ドキュメンタリーを完成させるためのクラウドファンディングは終了しましたが、現在も引き続き資金を集めております。

詳細についてはdocumentaryaustralia.com.au/project/paper-city/をご覧ください。
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「助かるのと死ぬのと紙一重」

—清岡美知子, 東京大空襲の生存者

東京を襲った爆撃—忘れられた歴史

1945年3月10日、ちょうど夜中に差し掛かった頃、東京の下町一帯が米軍の空襲を受け、大火災へと発展しました。日の出前に10万人以上もが命を落とし、100万人ほどが住処を無くし、街の1/4が消滅しました。

                                                                                 By Ishikawa Koyo, August 4, 1945

この凄まじい記憶が生存者の脳裏には焼きついている一方で、多くの日本人にとってはすでに忘れられてしまった過去となっています。「Paper City」はこの歴史を風化させたくない3人の生存者の物語です。


東京と私— ディレクター ADRIAN FRANCIS

大都市東京は前を向き続けている、どんなに時間があっても知り尽くすことのできない、そんな街。オーストラリアで生まれ育った私ですが、東京にはもう15年ほど住み続けています。

もちろん日本とオーストラリアは第二次世界戦争の時は敵同士でした。そのため学校などで同盟国の話は聞いていましたが、日本がどのような被害にあったかはほとんど教えられてきませんでした。

Errol Morrisのドキュメンタリー映画「The Fog War」を観たとき、初めて東京大空襲について学んだことで戦争に対する見方が180度変わりました。たった一夜で10万人もの民間人が命を落としたことなど、言葉を失うような事実ばかりでした。「歴史上もっとも破壊的な空襲」であったにも関わらず、東京の街にはその跡がほとんど残されていません。

記憶と忘却

ドイツを旅した時には、ホロコースト記念碑を訪れ、過去を知ろうとする若者たちに出会い、広島では平和記念資料館を訪れ、原爆によって街がどのように変わっていったのか知ることができました。ニューヨークにも9.11の記念碑があり、世界中の人々が訪れ、過去の出来事を知り、学び、犠牲になられた方への敬意を払う場となっています。

しかし東京にはそのような場がありません。私はこの違いが生まれた理由を知りたい、そう思いました。

生存者は東京大空襲を語り継ぎたくなかったのだろうか?
それとも、忘れてしまいたかったのだろうか?

私は生存者の方々と連絡を取ることにしました。日本人では無い私は警戒されてしまうのではないかと不安でしたが、3名の生存者の方が快く家に招き入れてくれ、彼らの記憶や経験をお話して下さいました。

生存者たち

「遺体もみつからず、せめて生きていた証に、

氏名だけでも」          


 星野弘

星野弘さんは押上で生まれ育ち、空襲を受けた次の日の朝、死体で埋まった水路を目にしたそうです。憲兵隊は彼と彼の同級生にその遺体を水の中から引きずりあげる作業を命じられました。

戦後、兵士やその家族は手厚いサポートを受けることができましたが、星野さんのような市民のことはすっかり忘れ去られてしまっていたのです。

私は彼を見るたびに、破滅した街の中をたった14歳の少年が遺体をひきずる光景を思い浮かべては悲惨な歴史に鬱々とした気持ちになっていました。


「一人一人の名前が掘ってある、

沖縄の記念碑のようなものを建てて欲しい」


清岡美知子 

清岡美知子さんは浅草寺の近くで生まれ育ちました。近所が炎に包まれる中、清岡家は近くの隅田川(言問橋の下)へと逃れました。当時21歳の清岡さんは冷たい水の中、木の棒にしがみついて夜明けを待ち、数日後、彼女は姉と父の遺体を見つけたのです。焼け焦げてしまった他の多くの死体とは違って、傷ひとつなく、すぐに誰か判別できる状態だったといいます。

彼女はそれ以降、次の世代の人々に空襲の恐ろしさを知ってもらうことに人生の全てをかけて活動をしてきました。


           

軍需拡張しているように見えるけども、

日本は絶対に戦争っつーのはやっちゃいけない。」


築山実

1945年3月10日、築山実さんは16歳でした。近くに軍の標的になるものもなかったので、安全だと思い込んでいましたが、それは大きな間違いでした。その夜、街が壊滅していく様子を間近で目撃し、彼の三人の兄弟を含む多くの知り合いが命を落としました。

彼らを追悼するために、築山さんと周りの人々で亡くなった人の名前を記した巻物を作り、何十年も保管してきました。しかし、生存者が残り数名となった今、この地域の遺産をこの先も守っていけるのか心配しています。



戦後

戦後、東京で一から暮らしを立て直した生存者の生命力と負けない強さに私は心を突き動かされました。しかし、生存者の方が高齢となった今、彼らの一番の恐怖は彼らの死後、この悲惨な歴史が国民の記憶から消えてしまうことです。

彼らは何十年も東京大空襲について、正確な被害の把握や記憶を語り継ぐ公共の記念館の設置、被害者とその家族に対する補償などの必要性を日本社会に訴え続けてきました。

しかし、日本政府並びに東京都はその訴えに耳を傾けてきませんでした。対照的に、元兵士や軍人、その家族はこれまでに50兆円を超える支援を受けてきました。


市民による記憶の継承

政府による支援がない中、ボランティアや市民団体(空襲・戦災を記録する会や東京大空襲戦災資料館)によって東京大空襲の研究や記録が行われてきました。しかし、草の根の活動に関わってきた多くの方々が既に高齢で、あまり時間が残されていません。

彼らが亡くなられたらどうなるのでしょうか。この大空襲の記憶は完全に忘れ去られてしまうのではないでしょうか。 

私のお気に入りの本の一つであるミランダ・クンデラの「The Book of Laughter & Forgetting」の中の一説です。


第二次世界戦争、最後の生存者

生存者の方々から聞いた話の中で学んだことは、政府が戦争を生み、民間人がそれに耐え続けなければいけないということでした。それは攻撃する側であっても被害を受ける側であっても変わりません。

実際の空襲を体験した生存者の方が語る物語は唯一無二です。歴史の本や授業では決して学ぶことのできない本当の戦争体験を知り、想像することで、過去の過ちから学ぶことができると思います。

「Paper City」では、あの夜あの場にいた人々の目線から見た東京大空襲の物語を伝えたい、そのような思いを込めて制作に励んできました。


ドキュメンタリー映画を通して事実を伝える

私たちはこの物語を全世界の人々に見てもらいたいと思っています。国際映画祭やテレビ番組、様々な媒体を通してより多くの人の目に止めてもらいたいのです。

第二次世界大戦によって受けた心の傷は癒えることはありません。生存者からの視点で歴史を伝える「Paper City」をきっかけとして、世代を、国境を超えて、東京大空襲、そして戦争と平和に関して多くの対話が生まれることを願っています。街が復興を果たしても、市民の心の傷は根深く、決して癒えることはありません。この先も同じ過ちを繰り返さないためにも、このことは心に留めておくべきだと思います。


応援メッセージ

David Fedman氏

UCアーバイン大学准教授 / JapanAirRaids.org共同学芸員

映画「ペーパーシティ」は非常に高い重要性をもつ、待望のドキュメンタリーである。歴史に埋没していた東京大空襲という第二次世界大戦の事変に光を当てるのみならず、戦争における都市と民間人への無差別攻撃の是非を問う。人々のもつ第二次世界大戦の記憶が失われゆく現代において、この映画が提示する問題の緊急性はかつてないほど高い。


資金の使い道

ー目標金額の内訳、具体的な資金の使い道:

編集          150万円
書道撮影        50万円
翻訳          10万円
英語字幕        45万円
アーカイブ・リサーチ  55万円
音のアレンジ      80万円
アート・グラフィック   8万円

目標金額を超えた場合、このプロジェクトをより良いものにすることができます。
40000円でカラーグレーディングと作曲とマスタリングが可能になります。


実施スケジュール

2020年4月   書道撮影
2020年4月~5月 編集
2020年5月   翻訳 / 英語字幕
2020年5月   音のアレンジ
2020年5月   カラーグレーディング / ミキシング
2020年6月   映画完成

<All-in方式で実施します。>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たなかった場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。


リターン 

ご支援額に応じて、以下のリターンを準備しております。

日本国外の支援者の皆さまは英語ページにて[Recommended for backers outside of Japan]と記されているものを選択していただければ日本の住所を必要としませんのでそちらをご検討ください。3000円(約30ドル)もしくは10,000円(約100ドル)

● ディレクターからのお礼メール

● 3 x ポストカード    
大空襲経験者の写真と言葉

● DVD (パッケージ無し)

● DVD(パッケージあり)

● 映画のポスター

● 映画エンドクレジットのスペシャルサンクスにお名前掲載

● 完成した作品への限定公開
※URLは期間限定のURLとなります
※音声は日本語、字幕は英語です
※時期:2020年9月頃

● 初ドキュメンタリー映画上映会 
ダイレクターの挨拶とQ&Aあり
※バイリンガル (日本語+英語)で実施します。
※時期:2020年9月頃、場所:浅草(交通費実費)

● 大空襲体験者の講演会
ダイレクターと一緒に東京大空襲戦災資料センターにて空襲体験者の講話、映像鑑賞、展示見学 (90分)
※バイリンガル (日本語+英語)で実施します。
※時期:2020年9月頃 、場所: 江東区 (交通費実費)

● 撮影地見学 (40名限定)
ダイレクターとの撮影地見学 (90分)
※バイリンガル (日本語+英語)で実施します。
※時期:2020年9月頃 、場所:浅草など(交通費実費)



ディレクターからのメッセージ

「Paper City」の制作に着手してから5年が経とうとしています。既に十分な映像を撮りためており、いよいよ仕上げの段階に入ってきました。東京大空襲から75年、オリンピックも近づいている今年2020年に、皆様の力を借りて映画を完成させ、世界中の人々に見てほしいと思っています。

ドキュメンタリー映画が政府の措置の代わりを担うことは難しいですが、映画という形で世代を超えて、東京大空襲の物語を語り継いでいくことができると考えています。生存者の言葉は映画監督である私に託されましたが、語り継いでいくためには皆様の協力が必要です。どうぞよろしくお願いいたします。


制作チーム

ディレクター ADRIAN FRANCIS

オーストラリア生まれ。メルボルンのVictorian College of the Artsでドキュメンタリー制作を専攻。15年前から東京に拠点を移し約15年ほど活動。作品「Lessons from the Night」で Sundance Film Festival で受賞するなどの実績を持ち、ベルリン映画祭に招待されたことをきっかけに初の長編作品「Paper City」の制作を始めた。

プロデューサー MELANIE BRUNT 

メルボルンのFeather Films Pty Ltdでプロデューサーを務める。ショートフィルムやアニメーション、ドキュメンタリー制作を行い、その作品は50以上の賞を受賞、150以上の映画祭で上映されている。2019年国際エミー賞にもノミネートされたウェブシリーズの「Wrong Kind Of Black」でプロデューサーを務めた。

書道家  HIROMI EDO

幼少より書の世界に興味を持ち古典を学ぶ一方新しい表現を模索、日本やスペインで評価される書家。鎌倉を拠点とし制作活動の傍ら、次の世代へ、子供たちへ書の魅力を伝える活動も続ける。
「Paper City」で映画作品と初めてのコラボレーションを果たした。

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