
就職氷河期の世代として生まれ、小中学校でいじめに遭い、高校も中退。 本が好きだったので、16歳の頃からアルバイトをしながら読書三昧の日々を過ごしていました。 20歳の頃に立候補中の市会議員の秘書として選挙期間中に勤めたことを機に、社会活動に積極的に参加し始めました。 22歳の時には西成のホームレス支援事業を主としたNPO法人に所属。 現実の難題と理想の社会貢献の狭間で悪戦苦闘しました 28歳の頃に結婚。 大手企業に就職し、企業内の深刻なパワハラに悩んだことを機に、少数派労働組合に所属し、国内最年少の役員として大阪、近畿の代表役員に就任。二年ほどの任期で全国360数件の労働問題の解決に携わりました。 交渉による労働者側の要求を成立させる労働問題解決率は99.9%を誇りましたが、激務と心身の疲労により退任致しました。 激務の傍ら、10年に及ぶ国際連合児童募金にも積極的に活動をしていました 身体が弱かった私は、40歳まで生きられるか難しいと幼少期に診断されていました 幼い頃から自分が、何故この世に生まれてきたのかと問い続けました 幸運に恵まれ、大病を何度か乗り越えながら、年齢を負うごとに心身は成長し、社会貢献できる自分に成れたこと。 周囲の友人や先輩後輩、また志を同じくする方々と信頼関係を結びながら感謝の日々を過ごしています かつて医者に診断された人生のタイムリミットまであと数年。 私はなぜ生まれてきたのか それは 『人を助ける為に生まれたきたのだ』 と、毎日、朝夕に心を燃やして確信し、また決意しています 人を笑顔に、人を癒し、人を励ましてあげたい そう願う私を、いつも支えてくれる周囲の人に感謝しています プロフィールを見て頂いたあなた自身にも、大感謝です ありがとうございます
今年の3月15日にデリバリー専門の丼屋さんを開業したいです
プロジェクトはSUCCESSせずに
2025-03-15に終了しました