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  • 在住国:日本
  • 現在地:広島県
  • 出身国:日本
  • 出身地:広島県

三段峡ホテルの歴史と名前の由来 昭和4年、先代の創業者高下常市が三段峡入口に旅館を建てたのが「峡南館」という旅館。昭和7年には広島の大富豪、羽田氏が三段峡に進出し「峡南館」を吸収合併し「羽田別荘」を建設し高下常市は羽田別荘三段峡出張所総支配人となる。昭和20年の終戦後は「羽田別荘」は今度は進駐軍に接収され、そこでも管理人をしていた。進駐軍は「羽田別荘」のことをホテル、ホテルとよんでいた。常市はこういう旅館をホテルと呼ぶのかと理解した。 昭和31年「羽田別荘」の跡に「三段峡ホテル」を新築。広島で初めてホテルという名がついた現存する建物。  現在、変化に富み神秘的で新緑と紅葉の美しい景勝地として有名な三段峡を、この秘境を日本有数の名勝地に育てた最大の功労者は、熊南峰である。熊南峰の努力によって大正14年10月8日、三段峡は名勝地指定を受けることに成功しました。  高下常市は大正6年熊南峰を当時俗称悪谷と言っていたが正式名もないこの渓谷(三段峡と名付けたのは熊南峰)を案内したことをきっかけに氏に心酔し南峰にほれ込みついていった。大正8年には黒渕に渡し舟をすることを勧められ洞穴に住み込んで筏を作って渡し舟を始めた。大正15年に黒渕荘を新設し妻ハルノをめとり二人だけで旅館業を始める。  熊南峰は、三段峡を癒しの場とし、奢多を嫌い、地元で採れる食材を用いるこそがおもてなしであると説いた。  三段峡ホテルは氏の教えを代々に伝えていきます。

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