2018/11/13 18:23

10月末から11月上旬にかけて、ミャンマー国内のモン州タンビュザヤと首都ネピドーでロケを行いました。今回はそのご報告をさせていただきます。

クラウドファンディングは現在、24名の方に25万4000円のご支援を賜り、目標総額の30%に達しております。ご支援くださった皆さま、心より感謝申し上げます。


モン州タンビュザヤで、泰緬鉄道の博物館に行ってきました。

映画「戦場にかける橋」をご存知でしょうか。第二次世界大戦当時、タイとミャンマーを鉄道で結ぼうとした日本軍が、イギリス人捕虜に鉄道橋の建設を命じる、という、史実に基づいた作品です。

そして、ヤンゴンから夜行バスで約10時間、モン州のタンビュザヤという町は、この映画のテーマとなった「泰緬鉄道」のミャンマー側のターミナルです。

ミャンマーへの物資補給路を少しでも早く確保したかった日本軍は、超難工事とも言われた鉄道建設を1年で終わらせました。一方、多くの連合軍捕虜やミャンマー人が犠牲者となったため、この鉄道は英語で「デス・レールウェイ」、ミャンマー語では「テイミンタマー・ヤッターラン(死神の鉄道)」と呼ばれています。


私たちもこの場所で、当時の人々が置かれた状況についてお互いの意見を交わしました。

博物館の裏庭には、当時泰緬鉄道を走っていた機関車が展示されています。大人も子どもも登っていたので、私たちも。



他にもタンビュザヤには、ゆかりのある史跡が数多く残っています。


鉄道建設中に亡くなった連合軍捕虜が葬られている「連合軍戦没者墓地」や、



通称「ジャパン・パヤー」にも行きました。

「パヤー」とは、ミャンマー語で仏塔のこと。ここには、泰緬鉄道での犠牲を弔うために日本の軍人が建てた碑がありました。

このパゴダを古くから知る僧侶は、日本人が建てたというこのパゴダの来歴を話してくれました。



そしてネピドーの軍事博物館へ

続いて向かったのは、ミャンマーの首都、ネピドー。ヤンゴンから車で5時間走り、国立軍事博物館を訪れました。

非常に大きな建物が構えています。


なんと今回は、軍人の方に日本の占領期の話を聞くことができました。

※現役の軍人の立場に配慮して、顔は伏せております。

ミャンマーは、1942年に日本が侵攻するまで、イギリスの植民地でした。日本がイギリスと戦い、ミャンマーを占領したことで植民地時代は終了。その後、日本の占領政策に不満を持ったミャンマーは日本も追放し、1948年に独立しました。

日本の教科書には無い視点で1942年から1945年の歴史を解説してくださり、大変有意義な取材でした。


最後に

ロケも残すところあと3回となりました。

皆さまのご支援に支えられ、どたばたもありながら、ここまでいい撮影を進めてくることができました。

クラウドファンディングも残り12日、引き続き温かいご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。