2019/02/21 21:46


心療鍼灸
精神科・心療内科領域に対する鍼灸治療③


症例2

[主訴]
左顔面部の痛み 左眼周囲、左前額部、左側頭部、左後頭部の引きつったような痛みと違和感左腰痛

[西洋医学的診断名]
三叉神経痛、筋緊張性頭痛、パニック障害、抑うつ状態、腰痛症

[所見]
眼瞼や口角の下垂はなく、麻痺症状は認められない。
左顔面部の知覚は過敏になっており、表皮に触れるとピリピリ感がでる。眼窩上切痕、眼窩下孔、オトガイ孔を圧迫すると各神経支配領域に放散痛がある。
左後頭部に筋緊張があり、後頭神経表出部の圧迫により後頭部に放散痛を認める。

[弁証]
肝陰虚

[治療]
GV-20四紳聡・PC-6内関・SP-9陰陵泉・ST-36足三里・SP-6三陰交・LR-3太衝
Ex-HN-5(L)左太陽・ST-8(L)左頭維・TE-20(L)左角孫・GB-1(L)左瞳子膠・ST-2(L)左四白
TE-17翳風・GB-12完骨・GB-20風池・GB-21肩井・SI-13曲垣・BL-17膈兪・BL-18肝兪

18×40mmステンレス鍼 置鍼15分

コンスタントに週1回の頻度で施術。


[心理的アプローチ]
精神的愁訴ではなく、左顔面部の痛みという身体的愁訴の改善を目的に来院されたことから、パッケージとしての心理療法はせず、鍼灸と心理療法を統合的に行うこととする。
2回目以降は、四診・施術という一般的な鍼灸治療の手順のみを行い、施術中に患者が話しかけてくる場合において、心理療法を取り入れることとした。


[経過] 
初回は病歴の聴取と治療方針や内容を説明するインテーク面接である。
痛みの程度は、発症後、発作時と常時の最も痛い時を10とした場合のVASは発作時で8、常時で6である。


2回目~3回目:
患者の社会的背景をより詳しく知ることや、ラポールを形成することを目的とし、患者の世間話や痛みの訴えを受容、共感的に傾聴した。症状に変化はない。


4回目~12回目:
単に痛いと思うだけでなく、痛みの程度や発作の頻度、その前後の状況を客観的に観察するよう指示した。
家庭や職場の話題を、受容、共感的に傾聴した。(来談者中心療法)
毎回、置鍼後10分を経過した段階で脈診をしながら話すが、来院時には沈んでいる左関部L-barの脈が、10回目から10分後に少し力強くなる反応を示す。
痛みは夕方に強くなり、治療後数日は程度、頻度ともに少し良くなっている。
また、何となくわかっているつもりになっていたが、嫌なことがあったりすると症状が増悪することが自分の中で明確になったと報告される。


13回目:
心療内科の主治医より減薬を勧められ、処方は同じで土曜日と日曜日の朝のみ中止となる。
心療内科の主治医は偶然にも学会などで私と面識があり、「痛みに対して私はこれ以上何も出来ないので、鍼と心理療法をメインにした方が良い。」と患者が主治医に言われる。


14回目~30回目:
痛みを客観的に捉えることが出来るようになってきたので、痛みの訴えを長々と聞くことが痛みに対する強化子とならないよう、痛みに対する訴えにあまり時間をとらず流すようにし、痛みの話題から他の話題への転換を意識した対応を行った。(オペラント条件付け)
痛みの程度や頻度を問診として聞くことを4回に1回とし、3回は痛みについて患者が話してこないかぎり一切触れないようにした。
14回目の痛みの問診では、発作時VASが6、常時が3である。
痛みの軽減とともに、引きつるような違和感が余計に気になるようになっている。
違和感についても痛み同様の対応をした。
来院時の脈は相変わらず左関部L-barが沈細であるが、置鍼10分後の脈は平脈に近くなる反応を示す。
娘のことを話すときや、一つの仕事の案件が無事終わると、そのことを明るく話してくれる。
逆に腹の立つことやイライラすることは、不快な表情を示すなど、顔の表情も豊かになってくる。
30回目の問診で、会社の休みが数日続くときは、痛みが全くなく、違和感は少しあるものの気にならないことが報告される。


31回目~49回目:
会社のことや家庭のことで、否定的な感情を訴えたとき、その時何を考えていたかを質問し、感情と思考の関係について説明しながら、別の考え方や可能性が自然と出てくるよう誘導した。(認知の再構成法)
48回目の問診で、痛みについては全くないことが2週間続いているが、Ex-HN-5(太陽穴)周辺の違和感のみが普段は気にならない程度に残っており、嫌なことがあってストレスがかかったときにその違和感が少し強くなることが報告される。
また、ストレスがかかっても、自分の意見や感情を表現することでコントロールしている様子がうかがえる。来院時には左後頭部の筋緊張は残っているが、鍼施術後は緊張が解けている。
脈は来院時でも沈細がやや改善されてきている。


[考察]
心身症では、その発症や経過に心理的要因が関与していることを患者が自覚していないか、何となく気付いていても明確になっていないことが多い。
そのため、介入時に身体的アプローチから入っていくことは、患者にとって違和感がなく、治療方法に対する納得もし易い。
この症例でも、本人は発症については心因の関与を自覚しているが、経過については明確にはなっていない。
そこで、三叉神経痛と筋緊張性頭痛の治療として鍼灸を行うことで、患者はスムーズに治療に入っていくことができ、治療開始初期から症状を軽減させることができた。
さらに、解剖学的生理学的観点からの治療のみならず、弁証論治を行うことで、身体的アプローチから心因にも介入した。
患者は自覚していないが、施術者は意図して施術中の会話に心理的アプローチとして心理療法を導入した。
これら両者によって、心因の関与への気付きを促し、症状と心理状態の関係を客観的に理解することで、症状をさらに軽減させることができた。
また、心理療法によりストレス耐性を高めることで、一部症状が消失し、残存している症状の軽減されている状態を維持コントロールすることが可能となった。


心理的アプローチをする意味
•ストレス耐性の向上による再発の防止
•寛解あるいは治癒までの期間の短縮
•寛解あるいは治癒までの間のQOLの向上


「体の痛み」と「心の痛み」




鍼をして痛みが軽減されたとき脳はどんな反応をするのか?

ニューロサイエンスによる検証の可能性


薬と認知行動療法(CBT)と鍼灸

•共通の変化
•固有の変化
•ユニークな変化