2019/03/23 11:52

宝石サンゴの国際取引と資源管理について

[KEYWORDS] 宝石サンゴ/ワシントン条約/海洋資源管理

金沢大学理工研究域物質化学系 准教授◆長谷川 浩

宝石サンゴは、日本が主要産出国である数少ない天然資源の一つである。
現在、海洋資源としての宝石サンゴの保護・保全の観点から、ワシントン条約締約国会議においてCITES附属書への掲載(国際通商の規制)が議論されている。
海や宝石サンゴとともに生きる文化を育んできた日本だからこそ国際社会に提案できる取り組みを期待したい。

宝石サンゴとは

宝石サンゴ(左)と造礁サンゴ(右)の炭酸塩骨格。(珊瑚の文化誌より)宝石サンゴ(左)と造礁サンゴ(右)の炭酸塩骨格。(珊瑚の文化誌より)

宝石サンゴは、熱帯や亜熱帯の浅い海に分布する造礁サンゴとは異なり、太陽光がほとんど届かないくらいの水深で長い年月をかけて成長するサンゴである。どちらも刺胞動物門花虫鋼に属して炭酸カルシウムを主成分とする骨格を有する生物であるが、造礁サンゴの骨格が隙間のある塊であるのに対し、宝石サンゴは密に詰まった樹木状の骨格を形成する(写真参照)。宝石サンゴの骨格は、鮮やかなアカやモモイロで硬度は高く、その美しい外観から宝石やアクセサリーとして高価に取引されている。
一般にはあまり知られていないが、宝石サンゴは日本が主要産出国である数少ない天然資源の一つである。宝石サンゴの産地は世界でも限られており(地図参照)、海外では、地中海、北太平洋西部、ハワイ・ミッドウェー周辺が産地として知られている。国内では、高知や鹿児島、沖縄、五島列島、小笠原沖で主にサンゴ漁が行われ、平成13年~17年の5年間で、年間1~2.5トンの漁獲が報告されている(高知県漁業管理課資料より)。日本近海で取れるアカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴは、海外にも輸出されている。

ワシントン条約における経緯

宝石サンゴの採れる海域

最近、海洋資源の保護・保全の観点から、「絶滅のおそれのある野生動物の種の国際取引に関する条約(通称・ワシントン条約またはCITES)」の場で宝石サンゴが取り上げられている。2007年6月に開催された第14回ワシントン条約締約国会議では、CITES附属書IIへの掲載(国際通商の規制)がアメリカから提案された。この提案は第1委員会で可決されたが、資源量の減少を示す科学的データの不足等の理由から総会で否決され、論議は2009年に開催される第15回締約国会議に持ち越された。すでにアメリカは、再び附属書IIへの宝石サンゴ種の掲載を提案する予定であることを今年7月の官報で発表している。また、2008年には、中国が自国の宝石サンゴ4種をCITES附属書IIIへ掲載した。附属書IIIへの掲載は、自国(この場合は中国国内)における資源保護のために、他国へも協力を求めるものである。
宝石サンゴの掲載が検討される附属書IIでは、「現在は必ずしも絶滅のおそれはないが、国際間取引を規制しなければ絶滅のおそれのある生物」が対象となる。附属書IIに掲載されると、国際間取引においてその取引自体が種の存続を脅かすものではなく、また、その個体が適法に捕獲されたことを証明するものとして、輸出国の許可証が必要になる。日本では、ワシントン条約の運用を定めた法律として、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(通称・種の保存法)」が制定され、ワシントン条約の規制対象種に関しては、宝石サンゴのように生物の一部を用いた加工製品でも取引の際には許可証が義務づけられている。現在、好況とはいえない国内の宝石サンゴ産業にとって、CITES附属書IIへの掲載は経済の冷え込みをさらに加速させかねない死活問題であると危惧されている。また、将来的には、附属書Iへの掲載(国際通商の全面的な禁止)につながる可能性もある。
日本国内の宝石サンゴ産業が資源の乱獲を行っているかというとむしろ逆である。宝石サンゴの採取には、地方自治体の許可が必要で、操業区域や期間、漁法には乱獲を防止するための制限が設けられている。また、宝石サンゴ組合の下では、一定の大きさに満たない宝石サンゴは採取しないという自主規制が行われている。しかし、世界的には宝石サンゴの乱獲は現実の問題であり、日本周辺の海域では、特に、台湾籍のトロール船による密漁が明らかになっている。世界的に実効性のある対策をとらなければ、宝石サンゴ資源の減少は避けることができないであろう。

宝石サンゴ問題に対する戦略と将来への期待

日本を挟む2大国は、恐らく異なる立場から宝石サンゴの資源保護に取り組もうとしている。アメリカは、野生動植物の種の絶滅を防ぐといういわば普遍的な理念に基づいて海洋生物の保護に乗り出している。一方、中国は目的を明確にしていないが、最近のレアメタル資源を巡る動きをみると、宝石サンゴを資源外交に利用する意図があるように考えられる。貴重な宝石サンゴは、パンダと同様に国家的な戦略資源として扱われる可能性もある。これに対する日本政府の対応は、国内産業保護の立場からCITES附属書IIへの掲載反対に軸足があるようである。水産庁は、規制の根拠となるだけの科学的データがあるか疑わしいと第15回締約国会議の場で反対する方針を示している。
実際、宝石サンゴに関する科学的データは著しく少ない。宝石サンゴの資源量を把握するためには十分な学術的な知見が不可欠であるが、莫大な数の研究が積み重ねられてきた造礁サンゴと比較して、宝石サンゴに関する学術論文は2桁ほど少ない。日本近海種に関しては特に解明が不十分で、学術的に種が同定されていない未記載種も国際間取引で流通している。このような状況の下、筆者らのグループは、数年前より日本近海の宝石サンゴを対象とした研究プロジェクトに取り組み、宝石サンゴの分布や資源量の調査を実施してきた。宝石サンゴ資源を持続的に利用するためには、宝石サンゴの種類や分布、成長速度を正確に知ることが基本となる。現段階では、このような基礎的な科学データも不十分である。また、国際取引の規制が行われた場合、種と産地を同定する技術の確立も求められる。この場合、日本産宝石サンゴの詳細な分析により、海外品との差異を明らかにし、高品質なブランドイメージを明確にすることも必要である。
国際貿易に大きく依存する日本にとって、短期的には、十分な海洋資源を獲得するために国際間取引が円滑に行われるための方策を考えることが重要であろう。長期的に考えると、海洋資源に対する日本独自の哲学を確立するとともに国際的に誇ることのできる戦略や確かな科学的知見が求められているように思われる。日本は海洋に囲まれた島国であり、宝石サンゴに限らず、日本人の生活や文化は海と深く関わってきた。狭い意味での自然保護や資源の囲い込みだけでは拾いきれない生活文化がある。また、未来の世代に現在の文化を引き継いでいくためには、当然、海洋資源の保護に対しても真正面から取り組んでいかなくてはならない。宝石サンゴの問題に関しても、国際社会における議論をリードするための戦略や哲学、科学的知見を積み重ねることを期待している。(了)

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