2020/08/13 13:00

「子どもたちが孤立しない社会をつくる」

そうした目標のもと、NPO法人代表として奔走している児童精神科医がいます。認定NPO法人PIECES代表、小澤いぶきさんです。

子どもたちの「孤立」や、孤立につながる「傷つき」を減らすため、私たちにできることには何があるのか? そう考えたとき、意外と見過ごされがちな「ことば」の問題。

国内の難民支援や子ども支援に取り組む認定NPO法人、Living in Peace共同代表 龔軼群(きょう いぐん)が、子どもたちが抱える「ことば」の困難について話をうかがいました。

執筆:大沼楽

■「しんどさ」の背景にあるもの

龔:いぶきさんが代表をつとめられているPIECESとLiving in Peaceは、現在「Citizenship for Children(子ども達が孤立しない地域を作るための市民性醸成プログラム)」を奈良県で共同開催しています。

その御縁もあり、今日はいぶきさんが支援の現場で携わられてきた子どもたちの困難について、「ことば」という観点からお話をおうかがいしたいと思いお声がけさせていただきました。まず簡単に自己紹介をお願いできますか?

小澤:ありがとうございます。これまで私は児童精神科医として、医療機関や精神保健福祉センター、子どもの暮らす施設などで、子どもや家族のこころのケア、環境へのアプローチに関わってきました。特にトラウマケアやトラウマインフォームドケアなどですね。

小澤いぶき:児童精神科医 認定NPO法人PIECES代表理事(対談はリモートで実施された)

龔:トラウマインフォームドケアとは?

小澤:簡単にいうと、トラウマの知識に基づいて物事を捉え直したり、ケアを見直したりしていくアプローチのことです。

たとえば、あるお子さんの前で大人が(ものを取ろうとして)手を上にあげた際に、その子が突然大人に向かって攻撃的にみえる態度をとってきたとします。

一瞬驚くかもしれませんが、そうした時に「もしかしたら、この子は叩かれて育ったトラウマをもっていて、大人の手をあげる行為がフラッシュバックのリマインダーになってるのかもしれない」と考えてみる。

SAMHSA のトラウマ概念と トラウマインフォームドアプローチのための手引き」 SAMHSA (2014.7)より作成

そして反応を引き起こしている背景を理解したうえで、今は安全であることを伝えたり、その子がこれまでどう対処してきたのかという工夫を見つけたりしながら、本人の生活コントロール感を取り戻していくようなイメージですね。

龔:なるほど。いぶきさんは現在PIECESの代表として、子どもの「孤立予防」活動にも取り組まれています。子どもが孤立してしまう、親子がしんどい状況になってしまう背景には、どのような要因があるとお考えですか?

龔軼群(きょう いぐん):認定NPO法人Living in Peace共同代表

小澤:貧困やDV、保護者の方の孤立など、その要因はさまざまです。もちろん、しんどい状況や孤立というのは複合的に要因が重なって生まれるものなので、何かひとつの要因ですべてを説明できないことも多い。しかし、国外にルーツを持つ子どもたちの場合、「ことばの困難」が背景にあることは少なくないように感じています。

■感情を上手く伝えられないゆえの孤立

龔:難民・移民の家族は、ただでさえ孤立しやすい状況に置かれていることが少なくありませんよね。たとえば家族で移住してきた際、父親は職場などで語学学習の機会を得られることがありますが、母親や子どもはそういったサポートを受けられない場合が多い。そうすると、家族は地域で孤立してしまいます。

そうした「ことば」による孤立を減らすため、私たちは昨年から難民・移民の家族向けに、日本語学習支援事業をスタートしました。

LIP-Learning 2019募集要項:日本語学校に通うことができない難民の方々に日本語を学ぶ機会を提供するためのプログラム

小澤:とても大切な活動だと思っています。日本の環境は、難民・移民の子どもたちが「ことば」により孤立しやすいですよね。

まず、自国の言語で情報が探しづらい。また、その子の生活環境によっては、自国の言語と日本語のどちらも丁寧に学ぶ機会が得られず、自分の気持ちを「ことば」で表現することがむずかしいがために孤立してしまっていることもあります。

龔:外国籍の子どもは特別支援学級に入れられることが多いと聞いたことがあります。「周りとうまくコミュニケーションがとれていない」などが理由となるようです。

しかし、実際にはコミュニケーション能力に課題があるわけではなく、単純に「ことば」に課題を抱えているだけでしかない場合が多い。親からすると「障害があるわけではないのに、なんで特別支援学級なんだろう?」と思うことも少なくないようです。

小澤:「ことば」の問題に限らず、子どもの抱える背景を理解せずに行動だけをみて判断してしまうことって、すぐ身近で起こっていますよね。

表面に見えている不器用な行動や、「ことば」の獲得が難しかった環境ゆえのやりとりを、全て個人の問題や責任にしてしまうことには違和感があります。大事なのは、その子の背景に沿った安全な環境での関わりや学びが育まれることではないでしょうか。

子どもの生活・教育環境が、子どもたちの抱える困難や「傷つき」に気づく想像力を持ち、適切なサポートやかかわりを持てたらと思います。もちろん、私自身にも言えることですけどね。

■「自分はウェルカムされていない」という傷つき

龔:「ことば」をはじめ、なぜ日本では国外にルーツを持つ子どもたちへ適切な支援が行き届かないのか。そこには、そもそも日本では長いこと「国外にルーツがある子ども」は存在しないかのように扱われてきたという背景があります。たとえば今でも、外国籍の子どもは義務教育の対象外です。

小澤:そうですね。そして、そういったところから「自分はウェルカムされてない」と思ったり、小さな「傷つき」を体験したりすることがある。

たとえば、COVID-19感染拡大にともなう緊急事態宣言発令時などには、その傾向が現れやすかったのではないかと思います。

さまざまな支援情報が各所から出ていましたし、省庁や自治体からちゃんと多言語の情報が発信されていましたが、実際に日本語が母語でない人がたどり着ける、わかりやすい情報はなかった。「自分はこの国にウェルカムされていないのだ」と感じた方もいたのではないでしょうか。

小澤さんが共同代表をつとめる「とどけるプロジェクト」では、さまざまな不安や困りごとのある方を対象に、COVID-19にまつわる情報をわかりやすく発信している(デザイン:岡田めぐみ)

龔:私自身も移民二世なので、子どもの頃は「自分はウェルカムされてない」と感じることが頻繁にありました。たとえば私の場合には、「名前」がそうしたキッカケになることが多かったですね。

「どこ出身なの?」と尋ねられるたびに、「日本で生まれ育っていても、私は外の人だと思われているんだな。私の居場所はどこなんだろう?」と、子どもながらに悩んでいたことを覚えています。

親に連れて来られた子どもや、母国以外で生まれ育った二世などは、そういった「小さな傷つき」が積み重なって、自我形成などの部分で課題を抱えやすいという研究結果もある。なんとか解決していきたいですね。

小澤:そのためにも、そうした「小さな傷つき」の存在がもっと広く知られて欲しいなと思います。繰り返しになりますが、私も含めて一人一人が、自分とは違う背景や生活環境を持つ人に対する自身への眼差しや態度に対して想像力を持ち、自覚的になっていけたらと思うのです。

龔:そうですね。そしてそうした意識が、特定の個人だけでなく、地域全体に広がることが理想だなと思っています。「ウェルカムされていない」感は、たとえば買い物に出た先や、手続きに行った役所など、地域のさまざまな場所に存在します。そこで生まれる「小さな傷つき」を減らすことができれば、難民・移民の子のみならず、多くの子どもにとって孤立を防ぐことに繋がるはずです。

小澤:Living in Peaceさんにもご協力いただいている「Citizenship for Children」は、まさにそういった課題感から取り組みはじめました。こうした「傷つき」や「孤立」のない社会は、市民一人ひとりから作っていけると思うんです。

とある外国籍の子から、「僕のことをみた人から、目をそらされたり、ちょっと距離をあけられたりすることがある。どうしたらいいのか分からない」と聞いたことがあります。そういう社会を作っているのは、私たち市民です。みんなが「自分の行動が誰かの痛みを生み出しているかもしれない」という想像力をもって他人とかかわることのできる社会をつくるため、一緒にできることを考えていけたら嬉しいです。

龔:わたしたちも、現在取り組んでいる日本語学習支援以外にも、難民・移民の子どもたちへの心理支援など、新たな取り組みを進めていきたいと思っています。ぜひこれからもご一緒させてください。今日はありがとうございました!

―小澤いぶきさん クラウドファンディング応援メッセージ―

「自分の一部となった文化は持ってこれたんですよ」

他国で知り合った、とある難民の方が私にこんなことを話してくれました。

自分は、自分の国から何も持たずに逃げてきた。でも、音楽や食など、自分の一部になった文化だけは持ってくることができたんだ、と。

そういって、彼は自分の国の料理や音楽を私に教えてくれました。その方の地域のリズムを教えてもらい、一緒に奏で、母国では家具のデザインをしていたという話をきき、お互いの好きなデザインについて語りあいました。

私たちはの生活は、「困りごとを相談する」「痛みや願い、経験などを共有する」といったような、頼り、頼られるつながりに支えられています。それはあたかも、みえないインフラかのようなもの、それなしには生活できないようなものです。

彼と話したとき、彼と私の間には、「英語」という言語がありました。しかし、ちょっと困ったとき、何かを共有したいとき、就労を考えたとき、もし全く言語が通じなかったら。安全に頼る人も頼られる人もいない環境だったら。

「どんな境遇であれ、たまたま同じ場所に居合わせた人間同士で、共に生きていける社会、人種も国籍も肌の色も関係ななく各々がひとりの人間として向き合い、支え合える社会を作りたい」

そんな願いのもと、自国から逃れざるを得なかった難民の方々の声をききながら生まれたLiving in Peace さんの活動は、異なる経験や文化を持つ人々をつなぎ、「共に生きる社会」への扉になると感じています。

小澤いぶき

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