2020/07/09 00:29
今日は「オールトの彼方から」(上)。SFです。

プロローグ

 M理論。真空のエネルギーの揺らぎから無数の宇宙が生成される。その中には私たちが考えうる限りの宇宙の姿が実現されているという。

 パラレルワールド。私たちの世界は少しずつその姿を変えながら同時に並行して存在するという。広大無辺な時空の全体像は永遠に謎のままなのだろうか、あるいは人類が続く中で解明されていくのだろうか。

 マルチバースのひとつ、その四七十億光年の広がりを持つ時空に偏在する小宇宙。その数多ある小宇宙の一つ、棒状渦巻き星雲を巡回中のスペースシップがあった。その全長は五キロメートル、全幅は二キロメートルに及ぶ超超弩級の船だった。パイロットの男が、ある恒星系の第三惑星と第八惑星に致命的な危機が迫っていることを発見した。

 タイムリミットは第三惑星の時間でおよそ一万五千年だった。

「やむを得まい。成り行きに任すのだ。手出しはならんぞ」

 船長らしい男が言った。

「第三惑星はいいペースで進化してるのに、惜しいなあ」

 パイロットの男が言った。

「何か……懐かしいわ」

 科学主任と呼ばれているその女が呟いた。

「次のセクションのパトロールが終了したらまた寄ってみよう。うまく回避しているかもしれない」

 再び船長らしい男が言った。それを聞いた女が、すかさずインカムに囁いた。それは衣擦れのような摩擦音のため、それと気づいた者はいなかった。

「了解。じゃ、行きましょうか」

とパイロットの男が言った。

 亜空間トンネルを開けて姿を消す直前、スペースシップから第三惑星に向け、船尾から球体が発射された。直径百メートル程のそれは、その星で唯一の衛星軌道の内側、約三十万キロメートル付近で、夥しい数に分かれた。サイズは大きいもので直径十五メートル長さ三十メートルほどだ。それらは一旦その惑星の静止軌道に集まった。ほどなく目標に向かうようにひとつ、またひとつと落下していった。

 紀元前一万三千年、地球のいったいどれほどの人類がまばゆい光輝を曳きながら落ちてくるその姿を目撃しただろう。