2021/06/23 06:00

そもそもソーラー無人飛行機が実現すると、私たちの社会にとってどのような嬉しいことがあるのか?
ソーラー無人飛行機の価値は、太陽光発電を利用することによって「長時間飛び続ける」ことです。この「長時間飛び続ける」という機能は、私たちの生活に様々な恩恵をもたらす可能性を含んでいます。


通信局としての利用

まず、スマートフォンやパソコンを使用する際の、インターネット通信のための基地局としての活用が有力な例として挙げられます。飛行時間が短いものであれば飛ばす手間がコストとなってしまいますが、一度飛ばしてずっと飛んでいられるのであれば運用も現実的なものとなります。

最近ではソフトバンクのような大手通信会社が、成層圏に無人航空機を飛ばすことで、基地局整備の難しい地域への通信サービスの拡充を目指しています。

ソフトバンクニュース, 雲上の基地局「HAPS」。無人航空機の成層圏テスト飛行とスマホ同士の通信に世界で初めて成功
https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20201013_01

山岳地帯など、地上の通信設備の維持管理にコストがかかる地域にも、無人航空機の航続範囲内であれば、より低コストで通信サービスを提供できる可能性が考えられるため、快適な登山を楽しむことができるようになるかもしれません。

また、何らかの理由で一時的に地上の通信設備が使用できない状態(例えば停電など)でも、緊急の連絡が必要な際に迅速な通信サービスが行えるようになるかもしれません。


災害時の観測

前述の通信局としての利用と重複する部分はありますが、災害時における通信サービスの中継ポイントとしては有効であると考えられます。特に、日本のように地震や津波といった自然災害が発生する地域では、地上の通信基地が使用できない状況に陥ったとしても使える堅牢なシステムの構築は、今後重要となってきます。

また、同時に観測機としての利用も考えられます。例えば山火事など。墜落による二次災害や、有人機の救助や消火活動等の邪魔にならぬよう配慮したシステムである必要はありますが、危険地帯の状況把握、人命の確認等の活用が可能であると考えます。

JAXA航空技術部門, 災害対応航空技術(D-NET2)
https://www.aero.jaxa.jp/research/star/dnet2/

災害時にはとにかく早く、正確な情報が必要となります。そのために、航続時間と速度の速いソーラー飛行機は、人間の代わりの「眼」となる存在になりえるでしょう。


気象調査および観測

観測という利用ができるのであれば、災害時でなくとも地上・気象の観測機としての利用が可能です。長時間滞空し続ける気象観測機があれば、変化の激しい天候も予測が早くなると考えられます。

特に私たちの住む栃木県宇都宮市は、夏の夕方になると南風が盆地によって押し上げられ雲を形成し、急な夕立と雷が発生します(昼間は晴れていても…)。こういった局地的で、リアルタイム性の高い気象の予測は、シミュレーションのみでは未だ難しい段階にあります。そのため、正確な予測のためには、実地での気象データによる予測データの補間が必要なのです。

近年ではマルチコプター型のドローンによりこのデータを取得しようという動きもあります。

メガソーラーニュース, ドローン向け気象情報を提供、NEDOと日本気象協会が実証https://project.nikkeibp.co.jp/ms/atcl/news/16/102009608/?ST=msb

ソーラー飛行機は、マルチコプター型ドローンよりもより速く長く飛べるため、宇都宮市の雷のような現象を早期に予測することが可能になるかもしれません。

以上が、ソーラー飛行機の実現によって私たちの社会にもたらされると考えられるものです。


固定翼航空機はマルチコプター型よりも滞空性能において優れている

ドローンという言葉が出ましたが、ここで少し脱線して、一般に浸透しているいわゆる「ドローン」と、私たちが作っている飛行機型の無人航空機(これも、ドローンの一種)の違いについて書いていきます。

私たちが開発しているような、固定された翼を持つ形の飛行機は、現在活発に利活用が進められているマルチコプター型(いわゆる「ドローン」)よりも、長時間飛び続けるということが得意です。理由は、それぞれの飛ぶ原理の違いにあります。

マルチコプター型の航空機は、機体に取り付いているプロペラの回転によって揚力を発生させています。各プロペラの回転数を変化させることによってそれぞれの揚力を調整し、機体の姿勢(上昇・降下、前進・後退)を制御するため、操作がシンプルで直感的、小回りが利くなどの利点があります。しかしその反面、プロペラを常に回転させていなければ機体を空中にとどめる力が無くなってしまうため、飛行中は常に動力を発生させ続けていなければなりません。

マルチコプター型無人航空機, DJI, Phantom 4 Pro
https://www.dji.com/jp/phantom-4-pro

一方、固定翼型の航空機はプロペラによってではなく、翼に風が当たることによって揚力を発生させています。下の図は揚力の発生原理を模したものですが、翼に風が当たることで翼の上下に圧力差が生まれ、その圧力差が翼を持ちあげる力になります。

原理的にはプロペラが力を発生させるものと同じですが、言い方を変えれば、固定翼は機体が前進することによって風を翼に当てているのに対し、プロペラは翼自身が回転することで風を翼に当てているということになります。

揚力の発生原理

つまり、揚力を発生させる翼への風の当て方の違いが、マルチコプター型と固定翼型の違いと言えます。飛んでいるために必要なことを比較すれば、鳶(トビ)が風を利用して滑空していられるように、常に翼を回転していなければならないマルチコプター型よりも固定翼型の方が燃費という点では優れています。

滑空する鳶
Canon Global, 鳥のヒミツをときあかせ vol.2, 鳥はなぜ飛べるの?
https://global.canon/ja/environment/bird-branch/bird-column/kids2/index.html

これらの理由から私たちは、固定翼機の高い滞空性能と、ソーラー発電による持久力に着目し、現在のような機体を開発しています。

ちなみに、ソーラー飛行機の滞空時間の世界記録は高度21kmの成層圏を飛行するエアバスのZephyr Sで、その記録は25日23時間57分にも及びます。

CNET Japan, エアバス、ソーラー発電の無人飛行機で26日弱の無着陸飛行
https://japan.cnet.com/article/35123971/

現在日本にはこれほどの長時間飛行の記録はありません。また、前述のソフトバンクの合弁会社であるHAPSモバイルも、米国AeroVironment社と設立しており、いずれも海外の技術が先んじているのが現状です。しかし、日本でも安価に広くサービスを拡充していくためには、国内でも開発できることが望ましいと言えるでしょう。

私たちが作っているものはまだまだ手作りの小さな飛行機です。しかし、規模は違えども、工学者が工学的な問題を一つ一つ解いている限りは、最新技術もその延長線上にあります。小さくても、まだ自分たちができていないことを認識し、それに取り組む。こういった活動を継続することが、将来の布石になると信じています。