2022/12/01 19:00

こちらは区役所の情報編纂室です。
全部門に向けて、新たな有害超獣個体の簡易対応手順を発行しました。
このマニュアルは、全ての職員が閲覧可能です。

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◆PB-105簡易対応手順

◇名称

ソカ

◇発見者

装備開発課 重機部門

古谷 一健 ( ふるや かずたけ ) 博士

◇危険度

緊急認定

◇簡易対応手順

・現出が確認された場合、機甲課への通知を徹底してください
・内部に取り込まれた場合、区役所指定の耳栓を装備し、救助を待ってください
・その他、いかなる場合においても、当該個体は現実性を伴いません


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【四面楚歌】

現場に居合わせることはできなかったものの。
妻も、二人の子も、そう苦しむことなく、死んだらしい。
遺体に面会できなかったことは、役所なりの心遣いだったのだろう、と思う。

あれ以来、黒く苦い、しかし熱い、どこか情念のような怒りが。
この心臓の中で燻っている。
黒煙をあげながら、ぶすぶすと音を経てて、しかし十分な熱量で。

燻っているのだ。

無くなった筈の右腕が痛む度に、義手を握り締めてその熱を確かめる。
冷たくなった私の右腕は、しかしまだ熱い。
この腕が、どうしてハンドルの操作を誤ることがあるだろう。

私はもう逃げられないし、逃げるつもりもない。
狂ったっていいのだ。この熱を、僅かでも、奴らに灯して焚べることが叶うならば。
いや、この復讐の効率を上げるためならば、むしろ狂っていた方がいい。

区役所の仕事にも慣れてしまった。
命令に従順であることは、チームの生存力を高める。
だから私は何度となく、トリガーにかけた指を外してきたし、アクセルペダルを踏む足を離してきた。狂っていたから、という理由で、その命令を無視することができたなら。
私の憎悪は、後悔は、今よりも冷めたものになっていただろうか。

ただの一度でも、激情に任せ、かっとなって暴れ、その果てに…万が一。
万が一の勝機を掴み寄せて、あの超獣たちに一矢報いることができていたなら。
私の復讐は終わり、この不毛な怒りは方向性と熱を喪って。
もう一度、ただの人間として、人生を歩み始めることができていただろうか。

結局のところ、私は正気のままだ。

今日もこうして、大型重機を操縦し、激甚超獣が遺した爪痕の跡片付けをしている。
この瓦礫の下に、一体いくつの家庭があったのだろう。
この絶望の下から、一体何人の私が、区役所に入所したのだろう。

私は、やはり突撃を志して死ぬべきだったのだ。
機甲課でも、警備課でも、適性がなかったとしても志願して、死ぬ気で食らいついて。
そして超獣の皮膚に楔を打ち込み、それで満足して死ぬべきだった。

この心臓の燻りは、もはや何処にも向かえないまま。
私は今日を生きている。生きてしまっている。


「お父さん」


…。


「あなた」


…。


「こっちへ」


…。


「こっちへ来て」


それは、だめだ。


それだけは、だめだ。


ああ、お前たちは。
私から奪い、そして今、与えるのか。

お前たちを殺すために必要な狂気を。
このアクセルを迷いなく踏み抜くための、意志の炎を。


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より詳細な対応手順へのアクセスには、レベルII以上のセキュリティ・クリアランスの提示、または当該クリアランスを持つ職員による認可が必要になります。