2018/10/01 08:27

人との出会いも再会も偶然。その偶然が一人の人の人生を変えることがある。自分の身の周りにいる人は奇跡の出会いかもしれないとも思う。一期一会という言葉もそんなことを伝えているのだろう。つながりはいつも偶然と少しの勇気から生まれる。

以下は、佐谷さんの有料メルマガからの引用。超人気店にしたパクチハウス東京の原点がここにもある。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


めぐろパーシモンホールの思い出

以下の文章は僕が出している有料メルマガの引用です。もう6年ぐらいやっているけど、あまり読者は増えません。まとまった文章を編集してきちんと出していません。ほとんど日記です。なぜそういうスタイルにしているかというと、まぐまぐ創業者の大川さんがかつて、「メルマガってのを雑誌だと思っている人がいるけどメールだから、気軽に読者が返事するものであるべきだ」という旨のことを書いていて激しく同意したためです。殴り書きだし駄文だけど、僕の行動がよくわかると思います。「つながりの仕事術」ってこうやって生まれてるってことが、8~9年ぐらい読めば分かります。

以下、9月30日配信分を一部引用:

イベント自体も懐かしいのだけど、このイベントの打ち合わせに行く際に、目黒区役所近くの路上である人物に再会した。これがあとでパクチーハウスを作ると決めたときに決定的に大事な要素となった。再会したのは、張子賢さんという台湾人。僕がライブドアにいた頃、大好きで月1以上通っていた表参道にあった「ヤムチャイナ」という店のオーナーだった。店に行く度に親しくしてくれ本当に大好きな店だったが、建物の取り壊しで十数年やった店を閉じざるを得なくなった。移転先があったわけではなく、一人のファンとしてその店の閉店を惜しんだが、張さんの連絡先を聞くことはなかった。

その張さんが道端に偶然いたのだ。バッタリ会った。そして、連絡先を聞いた。当時彼は自由が丘に住んでいた。その2ヶ月ぐらい後、僕はパクチーハウスを作る構想ができた。その瞬間に存在していたメニューはヤンパクとぐちゃぐちゃが美味しい皮蛋豆腐だ。そして、ぐちゃぐちゃが美味しい皮蛋豆腐は、張さんの店にあったメニューだ。パクチーハウスのそれと違う点は、ヤムチャイナではネギを薬味として使っていた点。

あるとき、日本パクチー狂会の会合をヤムチャイナで開こうと思い、ヤムチャイナは打ち合わせに行った。僕は大好きだったぐちゃぐちゃが美味しい皮蛋豆腐に、パクチーをどっさり入れて欲しいと頼んだ。「なるほど、それは美味しそうだ」と二つ返事でOKしてくれ、当日パクチーをたっぷり用意してくれた。「日本パクチー狂会では、パクチーは薬味でなく主役ですよね」。そう言って出してくれたのは、のちにパクチーハウス東京で出てくるぐちゃぐちゃが美味しい皮蛋豆腐の姿だった。


これを是非出したいと思ったので、張さんに連絡をした。つまり再会できたためにその連絡ができるようになっていたのである。そして、本当に気持ちのよい接客をする張さんのスタイルを学びたいと思い、ぐちゃぐちゃが美味しい皮蛋豆腐という名前をそのまま使わせてもらう許可をいただくと同時に、 5回シリーズで彼に書道を教えてもらうことにした。彼は台湾料理店のオーナーであると共に書道家でもあった。ヤムチャイナで予約をすると、いつも達筆でしかも遊びごごろのある絵とともに、予約札を書いてくれていた。パクチーハウス東京で予約者に用意した札は、ヤムチャイナのパクりだ。

5回の授業で、書き方を教えてもらうというより、心構えを学んだ。張さんとの再会から連絡してまた会うまでの間に生まれたうちの長男の名前を大書するというのがゴールだった。毎回89分ぐらいの時間に、張さんの人生哲学の一部を聞き、ヤムチャイナであった経営のあれこれをいいことも悪いことも話してくれた。

話が随分それたが、めぐろパーシモンホールは僕にとってそんな思い出を思い起こさせる場所だ。

この活動報告が気に入ったら、
シェアしてみませんか?