2018/10/14 19:22

AFFECTUS vol.3に収録するタイトルのご紹介、今回は第14本目になります。いよいよ、今夜が最終回です。

最後に、このタイトルをご紹介できることを嬉しく思います。ラストタイトルのデザイナーは、マーガレット・ハウエルです。

ハウエルは心地よさをデザインしている。そう呼んでもいいのではないでしょか。それは、僕が伝えたい紙でファッションを読むことの心地よさと、通じるものでもあります。

vol.3最後のタイトル、ぜひ読んでみてください。

 

 

 

「マーガレット・ハウエルが着たくなる」

 

30代になってから、自分が着る服の好みが変わってきた。モードな服が苦手になってきたのだ。デザイン性が強く、濃厚な世界観の服を着ることがどうにもこうにも重く感じられて、その服に心地よさを感じらなくなってしまった。ミラン・ヴィクミロビッチがジル・サンダーのクリエイティブ・ディレクターをしていたころ、『時計じかけのオレンジ』からインスパイアされたシングルのライダースを発表した。シーズンビジュアルにも登場した、そのレアなライダースを僕は持っている(バーニーズのセールで購入)。30代になって数年を過ぎた僕は、ある日その服を着てみた。鏡に映る自分の姿を見て、こう思ったのだ。

「きついな……」

モードな服を着ているおじさんがいて、その姿を見て「痛い……」と思ったことはないだろうか。その感覚だった。自分自身でこの感覚を味わうとは。いやはや、まったくもって面白いよ。デザインは好きなのに、自分にはちょっと違うなと思ってしまう服になってしまった。だから売る気にもならないし、かといって積極的に着ることもない。悲しいことだ。

それから僕は、無印を着ることが多くなる。そこそこの価格で、ベーシックなデザインでナチュラルなテイストが気に入っていた。無印の店舗を歩いていたら、お客さんに在庫を尋ねられるほど、無印に溶け込んでいた。しかし、無印に完璧に満足していたわけではない。一番はシルエット。やはり幅広い世代をターゲットにしているせいか、シルエットにキレがない。凡庸なのだ。

ナチュラルなテイストで、デザインはベーシック、それでいてシルエットにキレのある服。そんな服がないだろうか。あった。それがマーガレット・ハウエルだった。

もちろんマーガレット・ハウエルは昔から知っていた。しかし、20代の僕はハウエルの服に興味が持てなかった。ハウエルのデザインが物足りなく感じたのだ。若い頃はどうしたって、刺激を求めてしまう。モードに熱中していた僕に、ハウエルの良さを理解するのは難しかった。

数年前のある日、渋谷のマーガレット・ハウエルの路面店を訪れた。そこで僕は1着のジャケットを購入する。価格はたしか4万半ば。リネン100%の裏無し、一枚仕立ての2つ釦ジャケット。色はやや暗めのライトグレー。そのやや暗めのライトグレーは生地そのものが、その色に染められているわけではない。つまり後染めではない。糸を染めて織られた、先染めの生地だ。後染めよりも先染めの生地の方が、色に深みが出る。

糸の色の濃度も均一ではない。濃いグレーと薄いグレーに染められた糸によって、織られている。そのことが、生地の表面に豊かな表情を描いている。まるで極小のチェックが、消えては浮かんでるようにも見える無地の生地。なんとも味わい深い。

生地に触れてみると、コットンが混ざっているのかと思える柔らかさがあった。しかしコットンとは異なる、リネン特有の弾力ある素材感がたしかにある。実に味わい深い。

パターンを見てみよう。バックスタイルはノーベントで、背中心に切替はない。そのことが全体のフォルムに柔らかさを生む。身体を優しく包み、気持ちを穏やかにする。縫代は折伏せ縫いで、5mmのステッチが入っている。上衿とラペルの端には、裾の身返し部分までコバステッチが続く。身頃裏のアームホールの縫代は、グレーのバイアス生地によってパイピング。派手さはないが、シンプルで丁寧な仕事。

以前、同じようにナチュラルなテイストが持ち味のヤエカのジャケットを着てみた。全体に丸みが強すぎて、僕の好みではなかった。しかし、ハウエルは違う。ハウエルの服はリラックス感がありながら、どこかにスリムなラインが潜んでいる。ただ、そのリラックス感を生んでいる服のボリュームが、当時の僕にはちょっとはまっていなかった。ハウエルの提案するシルエットを着るには、僕はMサイズを着るべきである。けれど、Mサイズを着た際のシルエットが僕には思った以上に大きく感じられて、好みではなかった。そこで1サイズ下のSサイズを着てみる。

「これだ」

鏡に映る自分の身体に描かれたシルエットは、身体を丸く優しく包みながら、1サイズ下を着たことによってボリューム感が理想に近づき、元々持っていたハウエルの絶妙にスリムなラインがより一層生きてきた。理想のシルエットが、そこにはあった。

袖丈がやや短く感じられたが、袖口に切羽の仕様がないし、春先か秋に着たかったから、袖口は二度ほど軽く折って着るつもりでいた。そう考えると、袖丈の短さは大した問題ではない。僕はこのジャケットを、シャツを着るように極めてカジュアルに着たかったのだ。リネン特有のシワ感を楽しむように、着込んで味わい深く着たかった。そのジャケットの全てに頷き、僕は購入する。それが僕にとって初めての、マーガレット・ハウエルだった。

ハウエルは優しい。その服を着たときに感じられる、あの優しさは独特だ。ささくれ立った心も、忙しなく焦る心も、完璧に抑えてくれるとは言わないけど、その気持ちを静めてくれる。あの優しさ、穏やかさ。自分を飾り立てることなく、ありのままでいていい。その自然な姿でいることが、あなたの魅力になる。そんなハウエルのメッセージが、服を通して伝わってくるかのようだ。

ファッションの魅力は、自分を変えてくれることだ。たいていそれは、自分を飾ることによって成立する。事実、そのようなデザインがファッションには多い。しかし、ハウエルは逆のアプローチを取る。飾り立てない。そもそも魅力とはなんだろう?飾り立てた自分に、魅力を感じられても嬉しいのか?もし、ありのままの自分を魅力と感じてもらえるなら、それはとても幸せで心地いいことじゃないのか?

マーガレット・ハウエルはそんな日常の心地よさを、実現してくれる服だと思う。自然な佇まいの中にあるエレガンスを見つけてくれる服。それがマーガレット・ハウエルだ。

ちなみにここまで語っておいてなんだが、僕が所有するハウエルはそのジャケット1着だけだ。

<了>
 

 

*こちらのタイトルは、note「AFFECTUS」にアップされた「マーガレット・ハウエルが着たくなる」と同じ文章になります。