昨年10月の台風19号により被災した福島県石川郡玉川村にある「滝見不動堂」は屋根と柱1本を残し全て流されてしまいました。お堂にあった賽銭箱や木札と肝心の「弘法大師が彫ったとされるご本尊」も流されてしまいました。玉川村のシンボルでもある「滝見不動堂」を1日でも早く復旧させたいと思っております。

プロジェクト本文

はじめに・ご挨拶

はじめまして。「たまかわ未来ファクトリー」の大羅と申します。

地域商社機能を持つ「たまかわ未来ファクトリー株式会社」を平成30年9月に設立。福島県石川郡玉川村の物産品・観光の資源開発や販路開拓支援を行っております。地域と地域、地域と販路を繋ぐ玉川の補助エンジンとして日々活動をしております。


このプロジェクトで実現したいこと

昨年10月の台風19号により被災した「滝見不動堂」を1日でも早く元の姿に復旧させたいと思っております。

被災前

被災後

私たちの地域のご紹介

福島県の阿武隈山系の中南部地域に位置する本村は、都市近郊という立地条件のほか、村中央部に「福島空港」を有する福島県の「空の玄関口」でもあります。玉川村では、子育て支援や教育振興、健康づくり、観光振興、産業振興に取り組んでおり、特に村特産の「さるなし」に着目し、さるなし摘み取り体験や様々な加工商品を取り揃えております。

 

滝見不動堂の歴史(玉川村村史より)

本尊は不動明王で、御丈二尺余のものである。弘法大師が真言宗普及のため奥州を巡錫した折、この地に来て稀有の霊地であるとしばらく留まり、自らノミをふるい、不動明王の御像を刻んで堂に安置し、滝見不動堂と称したのが大堂三年(八〇八)四月八日であると伝えられている。この寺は、慶安年間(一六四八~五二)にいたって廃寺になったが、時の白川城主、榊原忠次が御堂の修繕を行った。以来代々の白川城主によって修覆が加えられてきた。榊原氏が播磨国姫路に移り、本多忠義が領主となってからは、御供田として田地一反歩を寄進した。これより先、会津藩生領の時代には、毎年滝で漁れた初鱒を領主に献上する習わしであったという。


プロジェクトを立ち上げた背景

滝見不動堂周辺の復旧には何千万円かかるか現段階では検討がついていません。管理している竜崎地区の住民の方々も、自分の家が被災しているにもかかわらず少しずつ寄付を集めて、1日でも早く復旧できるように行動しております。

しかし、復旧するためにかかる費用が全然足りていません。なので今回は、藁にも縋る気持ちで全国の皆様の温かい支援を頂戴したく掲載させていただきました。


台風19号被災時の玉川村の様子


これまでの活動

昨年10月の台風19号により被災した時は、屋根と柱1本を残し全て流されてしまいました。阿武隈川の水が引いた翌日から、被災住宅等の復旧活動の合間に、滝見不動堂を管理する竜崎地区の住民や氏子さん達が、阿武隈川周辺を捜索しお賽銭箱や木札等が次々と見つかりましたが、肝心の「弘法大師が彫ったとされるご本尊」は行方不明のままでした。しかし先日の1月23日にお隣の須賀川市の畑から発見され、無事にご本尊が引き渡されました。

現在の滝見不動堂は、台風によりずれてしまった屋根の位置を復旧するところまでは終わっておりますが、その後の復旧はこれからとなります。


滝見不動堂(お堂内)から流されたもの

滝見不動堂(お堂内)から流されたもの

修繕状況(現状)


資金の使い道・実施スケジュール

今回集まった費用は、滝見不動堂の復旧費用の一部として使用させていただきます。


リターンのご紹介

滝見不動堂限定の修繕情報を月に1回程度状況を報告するメールをお送りさせて頂くほか、限定のお札や玉川村特産品をリターンの商品とさせていただきます。また高額の支援をして頂いた方には、修繕が終わった際に行う序幕式に来賓としてご招待し、テープカットを行っていただきます。

限定のお札

最後に

阿武隈川が氾濫したことによって、歴史・文化・建物が次々に流れていってしまいました。地域住民同士が手を取り合って、被災住宅や滝見不動堂の復旧活動を日々行っております。

復旧が完了した際は、是非ご機会を作っていただき、玉川村へお越し頂きたいと思います。

どうか皆様のお力をお貸しください。宜しくお願い致します。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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