Camp Fire大分特別企画 クレイジーファンディング第一弾! 別府に通う大学生が幼少期から悩み続けていたある疑問を解決するために立ち上げたプロジェクトです!

プロジェクト本文

▼はじめにご挨拶

沖縄県から出てきました。崎山嗣玄(さきやましげん)と申します。

大学入学をきっかけに一生来ることはないだろうと考えていた大分にやってきました。

 僕は自分のお父さんがロナウジーニョだと信じています。宜しくお願いします。

 

▼プロジェクトをやろうと思った理由

今回このプロジェクトを実行するにあたって、周りの様々な人から「絶対成功しないだろ」とたくさんの批判やブーイングを受けました。ですが僕は諦めません。

(真実に真っ向からぶつかりにいく青年の背中です。背中はバックで見えません。)

 

 

僕の長年の悩みを解決して、新しい自分に出会い、世界を股にかける存在になりたい。

このプロジェクトを読んでいただくと皆さんも必ず僕を応援してくれるようになります。よろしくお願いします。

 

 

▼きっかけ

プロジェクトを始めるきっかけとなったのは、小学校時代友達のSくんから言われたこの一言から全てが始まります。

この一言からすべては始まったのです。

 

 

 

「あれしげんってロナウジーニョそっくりじゃね?」

 

 

 

父親にロナウジーニョって誰?ときた時、父親の顔が緊張でこわばっていたのを思い出します。

何か隠しているなと僕は思いました。

そして父親が見せてくれた初めて見るロナウジーニョの写真に僕は衝撃を受けました。一瞬自分の老けた写真かと思うほどに似ていました。あの時の衝撃を今も忘れたことはありません。

 

その日から僕の人生に「ロナウジーニョ」は深く深く関わっていくことをその時の僕は知りませんでした。

 

 

皆さんは誰かに似ていると言われたことはありますか?

「長澤まさみに似てる!」「私の友達に似てる!」「ジャニーズにいそう!」など誰しも誰かに似ていると言われたことはあると思います。

ですが「ロナウジーニョに似ている」と言われたことがあるのはこの世の中で多分僕だけだと思います。

でも僕は、自分がロナウジーニョに似ているなんて、嫌で嫌でたまりませんでした。

 

 

友達のS君には「絶対そのことは誰にも言うなよ!」となんども念をおして言いました。

 しかし時すでに遅し

 学校で喧嘩をするたびに僕はロナウジーニョと言われ、毎回号泣です。

 

 

そして事件はおきました、、

 

 

小学校で自分の誕生日にお友達を呼んで誕生会を開いた時でした。

小学 4年生の頃、僕の誕生日にはたくさんの友人が僕の家に遊びに来てくれました。

その楽しい楽しい僕の誕生日会の中、友人のS君が放った言葉をいまでも忘れられません。

その言葉は今までもらったどんな誕生日プレゼントよりも心に残っています。

 

 

 

「あれ?しげんの家族みんなロナウジーニョに似てないね…」

 

 

 

S君は僕に特別強い思いで言ったわけではないですが、

僕にとっては疑心を抱いていた気持ちがさらに強くなった一言でした。

 

 

 

確かに兄弟、家族誰一人僕に似ていません。

 

 

家族の中で僕だけがロナウジーニョにそっくりなのです。

その誕生日会をきっかけに周りからの僕に対する ロナウジーニョいじりは強まっていきました。

 

 

僕がロナウジーニョに似ている→兄弟、両親誰もロナウジーニョに似ていない


 
このルーティンです。

 

中学校から大学と同じことの繰り返しでした。 

 

 

ここまでくるとロナウジーニョに対する「怒り」の感情が生まれてました。

「ロナウジーニョに似ている?もうほんとやめろよ。うんざりなんだよ!」

似ていると言われ、いじられたりすると同時に、ここまでみんなに言われると、「僕とロナウジーニョはもしかして繋がっているんじゃないか?」という気持ちも出てきました。

 

 

 ここで一旦整理すると

-僕の顔はロナウジーニョにそっくり

-しかし家族は誰も似てない

-友達からロナウジーニョいじりが激しい

-家族はそれに関しては誰も触れない

-ここまでくると僕ってロナウジーニョとどっか繋がってるんじゃないか?←イマココ!

 

この時期くらいから僕の中で何かを隠している家族、友達のロナウジーニョいじりなどから疑心が疑問に変わり

ロナウジーニョは僕のお父さんなんじゃないか?と思ってきました。

 

高校の体育の授業の時でサッカーをした時などでも、

サッカーをしている時は何故か楽しくて楽しくてしょうがありませんでした。

高校では素人にもかかわらずフットサルの試合に入れてもらったり、ベトナムでもフットサルの試合に出場しました。

 

おれめっちゃサッカー好きやん

なぜサッカー部に入らなかったのか?この時もどこか心の奥底にロナウジーニョがいてまたみんなに似ている「ロナウジーニョいじり」と言われるのが嫌だったからです。

ここまでサッカーが好きなのは、僕はお父さん(ロナウジーニョ)の意思をついでるように思えました。

 

ロナウジーニョの思いは日々強くなっていました。

 

そして僕はふとこう思いました。

 

これはあれだ。ロナウジーニョお父さんなんだ。

 

大学生となった今、今まで話してきた内容から自分の中で整理がつき始めました。希望の光が見えた気がしました。

 

 

 

「僕のお父さんはロナウジーニョなんじゃないか」と思い始め、僕は気になってお父さん(ロナウジーニョ)について調べました。

すると僕のお父さんはやっぱりロナウジーニョとしか考えられない事実ばかりだったのです。

ロナウジーニョの歴史は僕の影がちらほら出てきています。

ロナウジーニョは1987年わずか7歳でプロ契約を交わしています。

昔からとんでもなく注目されていたのですね。

僕とお父さん(ロナウジーニョ)の今の年齢を考えると、ロナウジーニョが僕のお父さんになったのは若干14歳。

14歳でお父さんなったの!?ってみなさん疑ってるかもしれません。

 

しかしブラジルでは平均初体験が14歳くらいと言われています。

 

ロナウジーニョに関しては、スターですからもっと早かったに違いありません。

14歳を過ぎて、お父さん(ロナウジーニョ)のサッカーに対する意識が一気に変わってきます。

17歳の時にはブラジルの名門クラブチームでトップデビューしました。

僕の存在のおかげですよねこれ確実です。

父になるとやはり仕事に対する意識が格段と上がります。間違いない。

次になんで僕が日本にいるの?

とみなさん思いましたよね?

大丈夫です。理由があります。

 

1990年日本政府が出入国管理及び難民法が制定され2万人だった日本在住のブラジル国籍を持つ人がわずか5年で17万人に増えました。

多分この時期に僕を産んだブラジル人女性(お母さん)が日本に入国してきて、なんやかんやあって今の僕を育ててくれたお母さんに僕を預けたんじゃないかと僕は考えています。

 

もしかしたらお母さん(ブラジル)は生活が苦しくて僕を施設に預け、僕のお母さん(日本)が里親としてに引き取ってくれたのかもしれません。

これで、先ほど述べた家族全員と顔が似ていないにつながります。つながりました。もう疑いようがないですね。

 

間違いない僕のとーちゃんロナウジーニョ。会いたい。会って確認したい。

 

これが今回のプロジェクトのあらすじとなっております。

 

 

▼このプロジェクトで実現したいこと

世界的有名なサッカー選手ロナウジーニョに会い、「あなたは僕のお父さんですか?」とズバリ質問します。

そこから何が起こるかわかりません。

でも多分神妙な面持ちで「ついにこの日が来たか…。」といってくれると信じています。

そんな歴史的な瞬間に立ち会いたいまたは独占取材をしたいというメディアさんがいればよろしくお願いします。

ただしお父さん(ロナウジーニョ)の許可が取れたら。

お父さん(ロナウジーニョ)は引退疑惑が出ていますが、調べると現在はペルー2部のシエンシアーノ・デ・クスコに所属しているという情報があります。

ペルーに行ってお父さん(ロナウジーニョ)とお話がしたい。

みなさん信じてください。僕のお父さんはロナウジーニョです。

 

この企画を決めてローカルパートナーの人に相談をしました。

 

しげん君は自分のお父さんがロナウジーニョだと信じているの?

 

はい。信じています。

 

 ....

 

じゃ君の今のお父さんは本当のお父さんじゃないってこと?

 

そこは聞かないでください。病みます。

 

ロナウジーニョが本当のお父さんじゃなかったらどうしますか?

 

わ、わかりました。ロナウジーニョがお父さんであった時、どうなるのでしょうか?

 

どうなるというか親子の絆を作っていきたいですね。お父さん(ロナウジーニョ)との絆を深めたいです。

 

このプロジェクトを立てると多分批判とかたくさんくると思いますが大丈夫ですか?

 

はい。すべて受け入れます。

 

こーゆうクレイジーな企画は初めてなので僕はどうしていいかわかりません。

 

真実とはロナウジーニョがお父さんであるということですか?

 

はい。そうです。ていうかお父さんではあります。

 

もうわかりました、、、では最後にパトロンの方に一言お願いします。

 

今回はパトロンの方にも一緒にお父さん(ロナウジーニョ)に会ってもらいたいです。そこで父と子の絆ができる瞬間に立ち会ってもらいたいですね。

 

(心の声):こいつまじだ、、

 

聞くことは以上ですね?早く公開しましょう。オネシャス。

 

 このようにローカルパートナーの人たちも、信じてもらえませんでした!

 

(ローカルパートナーの人を説得させている様子です)

 

 このプロジェクトで突然ペルーに行って、お父さん(ロナウジーニョ)に会おうとしている僕ですが、お父さん(ロナウジーニョ)は多忙なため会えるかどうかわかりません、、

 

しかし自分は強運の持ち主と自負していて今回もその強運が発揮されるでしょう。

強運さを表す指標として以下があります。

-タイで強盗にあうが、奇跡的に翌日路上で半裸の状態で助かる

-黒木メイサと赤西仁と会った翌日にヤフーニュースにて結婚報告がされる

-家入さんのツイッターに非常階段でプログラミングをしているきちがい少年と取り上げられる

-マレーシアのペナン島で一緒に旅行していたインド人が実はマレーシア人で強盗として指名手配されていたが、何も取られなかった

などなどこの他にもたくさんあります。 

 

そして、このプロジェクトでは、一緒にロナウジーニョ選手にあってもらうパトロンを募集します。

 

以下2つが条件です!

1.お父さん(ロナウジーニョ)に一緒に会ってくれる方。具体的には私がペルーに行く際に一緒に行ってくれる方です。

一緒に来てくれる方には、私が海外に行った経験を生かして旅のサポートします。

-航空券取得
→安い航空券などを探します
-現地サポート
→現地での生活サポート
-翻訳
→わからない英語などの翻訳
などをパトロンの方に提供します。

 

2.旅をワクワクとハラハラにしたい人!

ロナウジーニョ(お父さん)に出会うところや出会うまでの過程でもワクワク、ハラハラの旅をしていく自信があります。

ぜひ一緒に旅をしましょう!

 

 

▼資金の使い道

1.飛行機代(日本からアメリカ経由、ペルーの往復航空券)22万

2.現地での生活費(1週間)1万5千円

3.滞在費(1週間)5千円

となっております。滞在費1万円となっておりますが、一緒に来てくれる人がいる場合、自分だけ安いゲストハウスなどに泊まることを考えております

▼リターンについて

5万 

→一緒についていく人すべて(航空券取得、現地サポート、翻訳、最高な旅にします)サポート

10万

→サンクスレター(長文です)

30万 

→もしロナウジーニョがお父さんだった場合お家にご招待。交通費もすべてお父さん(ロナウジーニョ)が出します。

 

▼最後に

旅するって面白い!!!!

自分は今までたくさんの国や地域をバックパックしてきました。

旅で出会う人にはいつも恵まれ、旅を楽しむに関してはとても得意としています!

一緒に最高の旅にしましょう!

 

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