農業×テクノロジー=「農テク」で


『仙台伝統野菜』を

つくって持続可能な
伝統野菜を


より多くの方々へ届けたい!


はじめまして!宮城県仙台市は岩切で千葉農園を営んでいる千葉と申します。

運営する農園で主に仙台伝統野菜をつくっています。週末には仙台駅東口で行われているファーマーズマーケットに出店するなどして『有機農業』の理解と消費促進の活動をしています。今回、農業用ドローン導入とテクノロジーを活用した農業のPRをするためにクラウドファンディングに挑戦します。

 

「百の仕事ができる=百姓」。

ものづくりに一切妥協がなかった父の背中

私は、写真を見ればわかるかもしれませんが、実家が農家で、生まれたときから農業を身近なものとして育ちました。 

両親、特に父親は兼業にもかかわらずとてもストイックに農業をやっていたのですが、農業を軸に様々なことができた人でした。母親も農業を軸にいろんなことができる人です。そんな両親の姿を見て、「百姓すごいな」と、「百の仕事ができる」ということに、小さい時からあこがれを持っていました。

 

「僕もいつかは家業を継ぐんだろうな」、、、とは考えておらず、デザインの道に進みました。

 

「百の仕事ができる」という精神は持ち続けていたので、おかげさまでデザインの仕事をたくさん頂いて、いまでもそのつながりが活きています。

 

震災復興で

地元のために

動く大人たちを見て百姓を継ぐことを決心

デザインの仕事は順調で楽しかったのですが、2011年、あの震災で人生観を一変させられました。 

実家は幸い津波被害はなかったのですが、家が全壊するなど大変な被害を受けました。

震災復興のために地元での、両親のやってきた事が特に印象に残っています。何が印象に残ったかというと、生産者の方々が被災した方々のために自分だけではなくて他人のためにほんとうに一生懸命だったんですよね。


自分も関わらせてもらって

頑張ってきた復興への道

いまだ継続して活動をして

音楽を通して人がどう進めるのか

毎日、笑顔で生きようとする記録

 

活動を通して

自分の地元の絶やしたく無いものを

見つける

 

記録

写心家/石井麻木 

 


食の凄さ、大切さ、力強さ

地元を誇れる良いもの

続いていく大変さや大事さ

残したい


農家かっけえええー百姓かっけえええええーと。

そこで実家を継ごうと決心しました。同時に、家族のためにいかに時間を確保するかということを考え出しました。

 

ただ、農家を継いだはいいのですが、最初の数年間が本当に辛かった。親父は「いまが種まきの時期だ。(以上)」と、最低限のことを指示するだけでした。なので、自分でやってみて確かめたり、わからないことはインターネットで調べたりしていました。

 

諸先輩がいるなか、まだ立派に農業やっていると大層なことは言えないのですが、その試行錯誤の日々があったからこそいまの自分のスタイルが見えた気がします。

 

「農テク」で仙台伝統野菜の

再興を

九州・熊本の震災復興の際に、テクノロジーが震災復興で重要な役割を果たしていたのを目の当たりにしました。それは自分にとって衝撃的で、そして地元との比較をせざるを得ませんでした。

 

協力企業 株式会社 アイエスビー東北 取締役 「日本農業情報システム協会 理事」
岩佐 浩様 と 圃場調査会議


 

テクノロジーというとすぐ「仕事をとられるんじゃないか」と反応する人がいますが、小規模事業者ほどテクノロジーの力を借りて、いかに効果的効率的にものをつくるかというのが大事だと考えています。

特に自分は仙台伝統野菜という作り手の少なくなった作物を有機農法で扱っているだけに、テクノロジーによって負担が大きく軽減されることは魅力的です。(具体的なところは活動報告でアップしていきます)

 

どんっ!

世界最先端を走る

DJI MG-1

パカッ

とな

西日本以南では、先進的なドローンなどに

補助金も出されている現状
担い手不足と言われて、しばらく経ちますが

解決策を提案出来きない現状

東北にも、技術革新を!


そこで今回、この仙台エリアで「農テク」「オーガニック」を推し進めるために自分が率先して『事例』になろうと、クラウドファンディングで農業用ドローン導入費用と、自分のチャレンジを応援してくれる人を募ろうと思いチャレンジしました。



 


仙台の風土と伝統が生んだ「仙台伝統野菜」について

(からとり芋、仙台白菜、余目ネギ、仙台雪菜、仙台芭蕉菜)

 

日本で初めて白菜を結球をさせた『仙台白菜』

仙台雑煮に欠かせない『からとり芋』

東北人が厳しい冬を越す為だった漬け菜『仙台雪菜』

江戸 三河島から伝わった『仙台芭蕉菜』

「徳川家康が三河から百姓を入植された地を三河島(現・荒川区尾久周辺)と名付けたとの説があります。そこで栽培されたのが三河島菜であり、代表的な漬け菜として江戸の食文化を支えましたが白菜の普及とともに絶滅してしまいました。しかし平成22年に仙台で生き残っている事が判明し、東京に里帰り復活する事となり

時代を超えて旅する野菜となりました」



世界スローフード協会 味の箱船 認定(アルカ)

野菜のレッドリスト

絶滅するであろう品目にも登録されている。

『余目ネギ』


 

仙台伝統野菜は、その定義に「戦前・戦後まで仙台地域の風土の中で作られていた野菜の中で、種が現存するもの。」とあり、なかには400年以上にわたって受け継がれてきた品種もある野菜です。

仙台伝統野菜の一つである『仙台曲がりねぎ』は、仙台の風土と伝統の技により生み出された品種で、私の農園がある仙台市宮城野区岩切地域は「仙台曲がりねぎ」の発祥とされています。

その中でも、余目ネギが本家本元の『仙台曲がりネギ』となります。

 

(梅雨や台風が来ると、この様になって水はけが悪い地域の為)
立ちねぎの栽培に適していなかったため、「やとい」と呼ばれる独特の技術が考え出されました。

発案した永野家と交流を持てているのも、実際の話を聞けたのも

代々、家を継いできた両親やご先祖様のおかげです!

感謝です!


一度、立ちネギを抜き

枯れ葉等を取り除き

もう一度、土寄せをやっていく

人力で急いで、乾燥させない様にやっていく

この育成工程を、知って頂ければ

夏の忙しい時に、レベル3の自動運転が出来れば

より、美味しいものを

少しでも、多く消費者にお届け出来るように

なります!

 

栽培中のねぎを一度抜き取り、斜めに寝かせて土をかける「やとい」を行うことにより、曲がったねぎになります。

この「やとい」は機械化が難しく、手間がかかり夏の重労働となる為に生産者が少なく

ほぼ市場流通がなく希少性の高い『余目ネギ』は

白い部分が曲がっていることで、とても軟らかい食感となり、甘味が増すと評価されています。

 

過酷な環境に置かれてもしぶとく成長する「仙台曲がりねぎ」は、いまの時代に必要な強さを象徴する縁起物だと考えています。今回のリターン品にも用意させていただきました。

 

伝統とテクノロジーの融合。まずは農業用ドローン導入から

伝統を守るテクノロジーとしてドローンを導入します。今回はその購入費用を募るとともに、このプロジェクトの実績をもって農業におけるテクノロジーの有用性を発信したいと考えています。

有機農業に可能性と無農薬栽培の管理は人間がやるより

確実性がデータとなって、消費者の皆様にお届けでき

ヒューマンエラーが確実に少なくなります!

 

より多くの人に自分が育てた仙台伝統野菜を楽しんでもらいたいです。ぜひご支援お願いします。

母であり、師匠の美代子と私
(photo by 伊藤トオル)
美代子作

贅沢な家庭料理

その辺のシェフでも、作れない逸品

夏の唯一の仙台伝統野菜


現在は、残念ながら

ほぼ中国で生産された物を輸入して

仙台長ナス漬けとして売られている。
 (仙台長なす)
 

この一歩から、社会課題の解決の糸口へ

本物の ダイバーシティへ! 


コツコツと努力を重ねて
『日本全国の皆さんに仙台伝統野菜の美味しさを届けたい』

目指すわ!『世界一』の曲がりネギ!!

 

 

繋いで繋いで

数世代後には、宇宙まで行って

是非 、曲げて欲しいです。

 

 

 

 

支援金の使いみち

農業用ドローン購入費用

リターン品調達・配送費用

プラットフォーム利用手数料

 

スケジュール

12月上旬〜1月下旬 クラウドファンディング実施

2019年2月 リターン品の発送・農業用ドローン購入

2019年春以降 農業用ドローン活用推進、活動報告にてお知らせします。

 

お問い合わせ先

千葉農園 千葉英明

chibanouen@gmail.com

  • 2019/02/06 04:12

      変わらずコツコツやらして頂きます!     立春   ワーク アズ ライフ    

  • 2019/02/06 04:00

    足りない 足りない これ出来るようになりたい 気持ちが途切れなくて まだ出来る 気持ちは受け継いで いかなきゃいけないんだな 七転八倒 七転び八起き 末広がり

  • 2019/01/31 06:09

    私が百姓の道へ進むキッカケになったのが東日本大震災からでした。当時、私はアーティスト業をしていて古い伝統的な町の仙台市岩切に住む私の家も、例にもれず母屋、はなれ、蔵、作業場、等々全て全壊しました。でも、なぜか海側の支援に行かないと思い仲間たちと共に、翌日にはいち早く動き出しました。友達たちが海...