セカンドゴール達成しました!
▲感謝の気持ちを観音さんにご報告…
皆さまのご支援、応援のおかげで、無事セカンドゴールも達成できました。
いも観音さんのお住まいの外側、内側ともに修理することができ、大変嬉しく思います。
本当にありがとうございます!
セカンドゴールで掲げていました目標金額350万円よりも超過した分のご支援金額につきましては、観音堂境内で災害などが発生した際に使うための積み立てとさせていただきます。
近年の異常気象により、大雨や台風などがございます度に、観音堂の裏手の山から土砂が流れ込んだり、強風で近くの木が倒れたりしています。
それらの整備などに使わせていただければと存じます。
また使用した場合は、クラウドファンディングページの「活動報告」よりご報告させていただきます。
※工事の予定日は来春着工予定です。
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目標200万円達成!!ネクストゴールに挑戦します!
9月20日の午前3時に、目標金額200万円を達成しました!!
これまでご支援いただいた皆さまに、心よりお礼を申し上げます。
本当にありがとうございます!
おかげさまで、観音堂の修理を来春から始めることができそうです。
保存会の皆さんと、ご支援者の皆さまからのコメントを拝読させていただきました。
コロナ禍で大変な時代でありながらも、たくさんの方から心温まるメッセージをいただき、本当に励まされました。
また、わざわざお越しいただいたり、お手紙が届いたりと、インターネットに止まらないご支援の輪の広がりに、驚くばかりです。
しかし、クラファン終了まで1ヶ月近くあるため、さらなる挑戦をすることにしました。
次の挑戦は「観音堂内の修理・整備」です!
目標金額は、350万円!
対象箇所は扉・地袋の修理、いも観音さん特製台座の設置、壁の張り替え、照明の取り替えなどです。
これらの修理、整備の見積もりをとったところ、150万円かかるとのこと。
これまで整えることができなかった箇所を、今回のクラウドファンディングを機に行いたいと思います。
新たな目標を達成して、ご支援くださった皆様が、いも観音さんとゆっくりお会いしていただける空間にできればと思います。
引き続き、皆様のご支援、ご協力を宜しくお願い致します!!
※ご支援くださる際は、備考欄にお名前をご入力していただけますと幸いです。
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ご挨拶 ようご覧くださいました!
▲左から順に藤田長蔵・藤田道明・藤田健三と申します。
はじめまして。安念寺いも観音保存会です。
安念寺(黒田安念寺)がある滋賀県長浜市木之本町西黒田は戸数10戸の小さな村です。
安念寺には「寺」という名がついているものの、住職がおらず、村人たちで拝観者の対応やホトケさんをお守りさせていただいています。
うちのホトケさんをご紹介させていただきます!
▲近年、県外からわざわざお参りくださいます。
こちらのホトケさんは安念寺のご本尊、村では聖観世音菩薩さんと伝わっています。
とても堂々とされたお姿で、平安時代10世紀の作とされています。
安念寺のホトケさんは平安時代に遡る古仏が多いですが、手足を失い、お顔がはっきりとわからないお姿をされています。
じっとそのお顔を見つめていますと、不思議なことに表情がだんだん浮かび上がってきますよ。
「観音の里・長浜」から挑戦!
▲観音堂の横には八坂神社があり、神仏習合のなごりがみられる。
私たちが暮らす滋賀県長浜市は「観音の里」と呼ばれ、県内でも有数の仏教文化財の宝庫です。
滋賀県の北東部、近江国の鬼門にもあたるこの地域は、奈良時代に中央仏教、北陸白山の十一面観音信仰、そして平安時代に比叡山天台宗勢力の影響を受け、観音信仰を基調とする独自の習合文化圏が生まれました。
しかし時代がくだるにつれて、寺院の多くは衰退、無住、廃寺化し、そこに残された仏像は宗派の枠を越えて、「村の守り仏」として民衆に迎えられ、小さなお堂に安置されました。
「観音の里」たる所以は、その数ではなく、村人の手によって村の守り仏を代々大切に守り伝えられてきたことから由来します。
安念寺にいらっしゃる村の守り仏「いも観音さん」もまた、村人とともに苦楽をともにした一つの物語があります。
戦禍を村人とくぐり抜けた「いも観音さん」
▲現在戸数10戸のうち、なんと9戸が藤田姓です。
安念寺のはじまりは奈良時代に遡ります。
大化の改新で知られる藤原鎌足を祖とする、藤原氏に縁ある人物が安念寺を興して以来、藤原一族はこの地にとどまり藤田姓を名乗り、代々この安念寺を守ってきたと伝えられています。
平安時代の安念寺は天台宗山門派に属し、七堂伽藍が立ち並び、大いに栄えていました。
しかし、元亀元年(1571)織田信長の比叡山焼き討ちの際、比叡山の流れをくむ湖国の天台宗の寺々は焼かれ、末寺である安念寺も兵火にかかり堂宇は焼失してしまいました。
さらに悲劇は続き、その12年後の天正11年(1583)賤ヶ岳合戦で、柴田軍の放火によって安念寺は再び堂宇を焼失しました。
▲傷みは激しいものの、在りし日の姿の面影を感じます。
この2度の合戦で、村人たちは命からがらお堂からホトケさんを運び出し、田畑に埋めて隠し、守り抜きました。
しかしホトケさんは、手足を失ったり、お顔もはっきりとわからない痛ましいお姿となってしまいました。
そんな戦禍を乗り越えた痛ましいお姿から、村人たちは疱瘡、皮膚病を治してくださる「身代わり観音さん」として信仰しました。
子どもたちと遊んだ「いも観音さん」
▲いも洗いした余呉川は春になると菜の花と桜で美しい。
2度の大きな戦乱の後、田畑に隠したホトケさんを掘り出し、近くを流れる余呉川でいも洗いのように洗い清めたことから村人たちは「いも観音さん」と呼び、今も変わらず親しみを込めて呼んでいます。
▲子どもの守り(遊び相手)をしてこられた「いも観音さん」
昭和初期までは、いも観音さんを川へ運び出し、洗い清める行事がありました。
この時、西黒田のこどもたちは、いも観音さんを浮き輪のように浮かべて、遊んでいたと聞いています。
観音さんに感謝する暮らし
▲ご先祖さんたちはよくぞお守りくださったなと思います。
このように戦禍をくぐり抜けてきたことを拝観者の皆さんにお話しすると「痛々しいお姿ですね」とお声かけいただくこともあります。
私たちは幼い頃よりこのお姿で見守っていただいていますし、自分たちのご先祖さんと村をお守りくださり、時には遊んでくださったお姿なので、とても親しみ深いお姿なのです。
▲良いことも大変なことも観音さんにお話しします。
私たちがいも観音さんを拝む時は、何かお願い事をするというより「いつもお守りいただきありがとうございます」という「日々の感謝、お礼を申し上げている」と言った方が近いかもしれません。
ですから崇め奉るというような遠い存在ではなく、いも観音さんは私たちの暮らしに寄り添う、とても身近な心の拠りどころなのです。
いも観音さんのお住まいが危ない!
▲昔の観音堂
そんな村とともに年月を重ねてきた、いも観音さんのお住まいが今、危機に直面しています。
現在の観音堂は昭和初期に建て替えてから、ほとんどそのままの状態です。
長年の風雨にさらされ、階段や床はカビてきてしまっていますし、縁束は腐り折れてしまっています。
▲穴があいてしまい、観音堂の下に動物が住んでしまうような状態。
しかしここ数年で観音堂の横にある八坂神社の囲いをつけたり、擁壁や参道の階段に手すりをつけたりとメンテナンスが続き、観音堂の修復費用をいよいよ10軒で負担することが難しくなりました。
そこで、1人でも多くの方のお力をお借りして、観音堂を修復しようと、クラウドファンデシングに挑戦することにしました。
支援金の使いみち
▲90年ちかく風雨にさらされ、至るところにカビが生えてしまいました。
観音堂の階段・廻縁板などの修復材料費 820,000円
解体、廃棄処分などの修復費 580,000円
手数料・委託料など 490,000円
諸経費 110,000円
合計 2,000,000円
これからも「いも観音さんに」村をお守りいただきたい!
▲観音さんと向き合うと心がほっとするんです。
安念寺のいも観音さんは、2014年、2016年と東京藝術大学大学美術館で開催された「観音の里の祈りとくらし展~びわ湖・長浜のホトケたち」展やびわ湖長浜KANNONHOUSEに出開帳したことがございます。
そのご縁で関東地方を中心に多くの方々にお参りいただきました。
村人のほかにも、いも観音さんに心寄せてくださる方がいらっしゃることにとても励まされました。
これからもいも観音さんを大切に思う方々に拝んでいただきたい。
これからも私たちを見守ってくださるいも観音さんと暮らしたい。
西黒田の村人と皆さまで一緒に、暮らしに寄り添ういも観音さんの未来をつくっていきたい。
最後に、プロジェクトに少しでもご関心をお持ちいただけましたら、ぜひお知り合いにお声かけしていただけますと幸いです。
皆さまのご支援ご協力を何卒、宜しくお願い申し上げます。
※工事の予定日は来春着工予定です。
私たちも応援しています!
高月観音の里歴史民俗資料館
学芸員 佐々木悦也さん
高月観音の里歴史民俗資料館学芸員の佐々木と申します。
湖北地方の方々とホトケたちが、ともに時を刻んでいる様子を長く見てきました。
この地方では、戦国時代、戦乱のさなか、仏像が焼かれたり奪われたりしないようにと、村人た
ちが地面や田んぼの中に埋めたり、川に沈めたりして、身を挺して守ってきました。
ホトケたちは、村の絆であり、心の拠りどころであり、また子どもたちにとっては遊び相手でもありました。
その象徴的存在が西黒田の「いも観音」です。
朽ちても壊れても、自分たちにとってかけがえのないホトケさま。
「いも観音」を拝すると、数百年受け継がれてきたホトケを守る心が、今なお地域の方々の中に息づいていることに気づかされます。
ぜひ、その「守る心」をいつまでも絶やさないでいただきたい。心から応援しています。
長浜市 市民協働部
学芸専門監 太田浩司さん
木之本町西黒田に伝来するいも観音10躯。
そのホトケたちの面相は、破損が甚だしいなか、その光によって浮かびあがる容貌は、完形なホトケより、かえって慈悲深く見えるのは不思議だ。
そのホトケたちを守る仏堂の縁が、破損しているという。
わずかな世話方で守られているホトケと仏堂。
このコロナ禍の時代に、我々に慈悲の心を伝えてくれる文化は、世話方だけでなく、みんなの力で守っていかなければならない。
今回、言ってみれば仏堂を守るための電子版勧進が始まった。
私も、この勧進には応じるつもりだ。
さらに、全国の多くの方が、この不思議な慈悲を放つ、ホトケたちの住み家に関心をもって頂きたい。
コロナ禍は科学的な対応はもちろんだが、心の救済がなければ乗り越えられない。
応援サポーター
はじめまして。全力で応援&サポートさせていただきます観音ガールこと對馬と申します。
今回、保存会の皆さんの代わりにメール、SNS対応を担当させていただきます。
皆様からの応援メッセージは責任もって保存会の皆さんにお届けします。
村人が戦乱を守りぬき、村の子どもたちと遊んだ「いも観音さん」が、これからもお参りできるように皆様のお力が必要です。何卒、宜しくお願い致します。
また「シェア」「いいね!」などの情報発信にもご協力をお願い致します。
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お問い合わせ先
観音ガール/観音の里コーディネーター
對馬(ツシマ)
imokannon@gmail.com
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クラウドファンディングサポート:合同会社MediArt(FAAVO北びわこ)
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。
目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。
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