こんにちは。

「はじめまして」のみなさまも「おひさしぶりです」のみなさまも、こんにちは。〈栞日 / sioribi〉代表の菊地徹(きくち・とおる)と申します。

この度は、数多あるクラウドファンディング・プロジェクトの中から、僕たちのプロジェクトに目を留めてくださり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

以下、やや長くなりますが、最後までお付き合いいただけましたら、幸いです。

まずは、栞日の自己紹介。

栞日は、2013年8月に、長野県松本市で、当時26歳の僕が、ひとりで始めた事業です。松本駅からまっすぐ東に延びる大通りのちょうど中腹。通り沿いに佇む小さな4階建てのビルで、喫茶を併設した本屋としてスタートしました。

扱う本は新刊の中でも一般流通に乗ることは稀な独立系出版物たち。売上至上主義に絡み取られていないこれらの出版物は、上役や広告主の顔色を窺う必要もなく、制作者本人が自らの考えや想いを伸びやかに表現しているメディアです。僕はこうした、ちいさな、けれど、すこやかでたくましい声のなかにこそ、社会の真理やまっとうな良識が潜んでいると信じていて、学生の頃から好んで追い続けています。

静岡県静岡市で生まれ育って、茨城県つくば市で学生時代を過ごした僕は、就職先の旅館がそこにあったという理由で、長野県松本市に移り住みました。山々に囲まれたコンパクトな城下町に、工芸、演劇、音楽など、多彩な芸術シーンが混在していて、豊かな土地だと感じた一方、これほど文化の素地が確かな街に、僕がフォローしたい独立系出版物と出合える機会は、ほぼないことが不思議でした。あったら、もっと愉しいのに。ないなら、つくろう。そう考えて始めた店が、栞日です。

開業翌年の初夏に妻が合流して、夫婦ふたりで営む体制になりました。開業1周年を目前に控えた2014年7月には、松本から北に車を1時間ほど走らせたところにある木崎湖(長野県大町市)のほとりのキャンプ場を舞台に、ブックフェス「ALPS BOOK CAMP」を初めて開催しています(以降、2019年まで毎夏開催。2020年は中止)。

転機は3年目。2016年の年明けでした。客席も書架も手狭になってきた、と感じ始めたちょうどその頃、当時の店舗から同じ通りを東に数軒だけ進んだ先に、旧家電販売店が空き家になっていることを知りました。教えてくださったのは、その建物の大家さんであり地主さん。「更地にして駐車場にしようと思うのだけれど、これを使いたい若者なんているだろうか」と相談してくださったのです。僕は自分の店を移転することを即決。かねてから「移転するそのときが巡ってきたら、一緒に空間をつくりたい」と願っていた空間デザイナー、東野唯史(あずの・ただふみ)さんに依頼して、移転先のリノベーションに臨みました。そうして同年6月にリニューアルオープンを迎えた店舗が、現在の〈栞日STORE〉(本店)です。独立系出版物を中心に扱う書店兼喫茶として「ちいさな声に眼をこらす」をテーマに掲げ、営んでいます。

さて、移転前の店舗の活かし方を考えたとき、僕は宿をつくることに決めました。旧カメラ店のその建物は、もともと店舗兼住居だったこともあり、初めて内見したときから「宿向きだな」と感じていました。そして、店を始めて以来「松本が移住先の有力候補」というみなさんにご来店いただく機会が多く、その検討期間中に現地で「暮らすように泊まる」ことの叶うベースキャンプがあったらいいのに、とずっと感じてきたことが、宿をつくると決めた理由です。そして、このとき、そのような中長期滞在型の宿を地方都市、松本につくる必要性を世の中にヒアリングしたい、という意味も込めて、改装施工費を募るために実施したクラウドファンディングが、前回の、栞日にとって初めてのクラウドファンディングです。当時ご支援いただいたみなさま、その節は、本当にありがとうございました。おかげさまで、本店移転と同年、2016年10月に、毎回1組限定のアパルトメント〈栞日INN〉を開設することができました。

もうひとつ。松本市街地で空き家の利活用に取り組むべく、2017年から活動を始めたチーム〈そら屋〉のプロジェクトを通じて生まれた空間の中にも、栞日があります。メンバーの設計士、横山奈津子(よこやま・なつこ)さんが惚れ込んで借りた明治の蔵を、仲間を募ってリノベーション。2019年4月から、テナントハウス〈List / リスト〉として再出発したその蔵の2階に、オープン当初から入居するテナントのひとつとして〈栞日分室〉があります。本店〈栞日STORE〉からは北東に歩いて10分ほど。女鳥羽川(めとばがわ)を渡ってすぐの〈善哉酒造 / よいかなしゅぞう〉西隣りです。「工芸の街」「クラフトの街」と呼ばれる松本で暮らし始めたことで、僕が関心を寄せて、「考え続けたい」と定めた対象が「日用品」であり「民藝」でした。もともと本店の中で展開していたこのテーマにまつわる企画を、分離独立させた空間が、「これからの日用品を考える」ためのギャラリーストア〈栞日分室〉です。

この秋、銭湯を継承します。

2020年7月に開業7周年を迎え、8年目に入った栞日は、この秋、本店の斜向かいにある銭湯〈菊の湯〉を引継ぎます。

現オーナーで3代目の宮坂賢吾さんから声をかけていただいたのは、この5月下旬。宮坂さんには、2年前、2018年の春先に一度お会いして〈菊の湯〉についてインタビューさせていただいたことがありました。当時、創刊準備中だった栞日のマンスリーレター『a piece of』(休刊中)の誌面で、長年ひとつの生業に向き合っている同じ街の先輩たちから話を聴いて書くコラム「masterpiece」を連載することが決まり、そのトップバッターとして真っ先に思い浮かんだ取材先が〈菊の湯〉でした。

現在の場所に移転したときから、僕たちは毎日のように向かいの銭湯を眺めてきました。暑い日も、寒い日も、営業開始の30分近く前から一番風呂を目当てに並ぶご近所さんの姿があり、風呂を待ちながら世間話に花を咲かすその様子は、見ているこちらが微笑んでしまう、平穏で愛おしい風景です。きっと長く営んでいらっしゃるに違いないと確信して、インタビューを依頼しました。

もともと家業は材木屋。宮坂さんのお婆さまが、職人さんの労をねぎらうべく、廃材を燃やして風呂を炊いたのが〈菊の湯〉の始まりといいます。その起こりは定かではないものの、100年近く遡るそう。昭和の初めに大衆に開かれた以降は、市民はもちろん、北アルプスから降りてきた登山者にも、街の湯屋として親しまれてきました。

ただ、家庭に風呂のある環境が広まると、当然のことながら客足は遠のき、全国の銭湯が苦境に立たされます。〈菊の湯〉も例外ではなく、この数年間、閉業を考えては思い留まる、という苦悩を繰り返していらしたそうです(その現実を知ったのは、2年前の取材時ではなく、今回の継業に向けた話し合いを始めてからのこと)。

宮坂さんは「masterpiece」の取材以前から栞日のことを目に留めてくださっていたそうで、最近では僕が地域タブロイド誌「MGプレス」に寄稿しているリレー連載「水のおと」や、〈まつもと市民芸術館〉の広報誌『幕があがる。』で連載しているエッセイ「街を耕す」まで読んでくださり、(本当に有難いことに)そこに綴られた言葉たちに共感を寄せてくださっていたそうです。慕って通ってくださる地域のみなさんや、ご自身も好いている「銭湯があることで生まれる風景」を想っては、閉業を踏みとどまり、でも経営する立場としては判断を迫られる状況も続き、という日々の中で、一緒に運営なさっている奥さまとも「菊地さんに一度は相談してみようか」と話してくださっていたというのですから、これほど光栄なことはありません。

最初にいただいたご相談は、いまの栞日本店が〈高橋ラジオ商会〉の看板はそのままに(外観にはほぼ手をつけず内装中心にリノベーションして)営業しているように、この〈菊の湯〉も銭湯以外のコンテンツを入れ込むことで、建物を取り壊すことなく活用する術はないだろうか、という内容でした。しかし僕は「銭湯を残したい」と訴えました。「でも菊地さん、この時代に銭湯は本当に厳しいですから」。宮坂さんは幾度となく、僕に銭湯以外の道を勧めてくださいました。「でも」。僕も喰いさがります。話し合いを重ねる中で、宮坂さんが「わかりました。ありがとうございます」と仰ってくださったとき、どれほど嬉しかったことか。

銭湯がある街の風景を、残したい。

松本の街を歩いていると、まだ幾つもの銭湯が残っていることに気付きます。地域のみなさんが自分たちの社交の場を大切に守り、受け継いできたことの証しでしょう。10年前、初めてこの街に越してきた当初から、僕が好きな風景のひとつです。暮らしているうちに、その風景を誇らしく思うようにさえなりました。

一方で、この街にはかつて、幾つもの映画館があったと聞いています。古本屋も、星の数ほどあったものだ、と長くお住まいのみなさんから聞きます。時代のニーズと折り合いがつかなくなったちいさな(けれど、それゆえ豊かで人間味あふれる)商いはどれも、限界まで踏ん張りつつ、その限界が訪れたとき、一斉に街から姿を消してしまいます。僕がこの街に来た10年前、既に市街地の映画館は一軒も残っておらず、古本屋も数えるほどになっていました。「銭湯と、銭湯があるこの街の風景は残したい」。密かに強く望んでいました。

だから(実は)、栞日を開業した7年前のその頃から、遠い将来、万が一、ご近所の〈菊の湯〉がいよいよ時代の流れに抗うことが難しくなって「閉じるらしい」という噂を耳にしたら、自ら名乗り出よう、と決めていました。それがまさかこんなにも早く、このタイミングで巡ってことになろうとは、夢にも思いませんでした。が、巡ってきたものは、巡ってきたもの。やるだけです。

目指す姿は、「街と森を結ぶ湯屋」。

〈菊の湯〉を引き継ぐにあたり、決めていることがふたつあります。

第一に、いまの〈菊の湯〉を慕って通っていらっしゃる、ご近所の(多くはご年配の)みなさんにとって、変わらず心地よい湯と場であり続けること。

第二に、地域と地球の環境、そして利用者の健康に配慮された、「エココンシャス&ヘルスコンシャスで持続可能な銭湯」に、段階的にアップデートしていくこと。この山岳文化都市、松本で営む銭湯であるからこそ、「街と森を結ぶ湯屋」を目指します。

まずひとつめは、事業継承者として当然の態度ですし、それが実践できないようでは、そもそも守りたかったはずの「銭湯があることで生まれる風景」を自ら壊すことになってしまい、本末転倒です。

その上での、ふたつめ。銭湯を「持続可能な場」として育むために鍵を握るのは、僕たち子育て世代そして、僕たちよりもさらに若い世代だと考えています(ちなみに僕は今年34歳になる1986年生まれで、6歳の息子と4歳の娘がいます)。風呂付住宅が一般化して、銭湯に通う理由が失われたあとの日本に生まれ育ち、実際、銭湯に出かけることは稀な僕たちの世代が、幼い我が子を連れて、あるいは友人と連れ立って、(もちろん、このコロナ禍の状況が続く限りは、適切な距離と作法を保ちながら)銭湯に通うようになったとき、現代の銭湯は本来の姿 - すなわち、あらゆる世代がひとつの湯という場を共有し、その中で地域のコミュニケーションが交わされ、年少者は年長者から社会のマナーを学ぶ、という社交場の姿 - を取り戻せるのではないか、という仮説です。銭湯はきっと、経営者サイドで世代継承が為されるだけでは不十分で、利用者サイドでも自然な世代継承(親から子へ、子から孫へ)が起こり、巡り出して初めて、「持続可能な場」に育っていくのではないでしょうか。

「環境」と「健康」が、追求テーマ。

この仮説を立証するためには、当然ながら、ある時期を境に銭湯で見かけなくなってしまった子連れのお父さん・お母さんや学生たちの姿を、再びその風景の中に取り戻すことがスタートライン。すなわち、これまで銭湯に出かける理由がひとつもなかったみなさんに対して、その銭湯に出かける「あたらしい理由」を提案する必要があります。そこで、僕が注目したいと考えたテーマが「環境」「健康」です。

「そのキーワード、いまさら?」「現代社会では既に語り尽くされたワードで何の新規性も感じない」と思われることでしょう。でも、今回この感染症が、過密な都市空間の脆さを浮き彫りにした「いまこそ」改めて、街場で営む銭湯が地域のみなさんと一緒に取り組めることは何か、立ち止まって問い直したいテーマだと僕は考えます。

従来型の資本主義経済は、合理性と効率性を突き詰めた結果、作業の能率と生産性を高めるために、労働者が密接に密集した密閉的な都市空間を構築しました。大都市は資本主義経済の結晶とも言えます。ところが今回その結晶が音を立てて砕け散りました。このコロナ禍は、産業革命以降の資本主義経済が孕んできた矛盾や限界を人類に示すべく、自然界が発したメッセージであり警鐘であると捉えています。いま多くの人たちが(物心ついたときからこの国は不景気で、さまざまな社会課題や環境問題が噴出しているの中を見て育ち、そもそも現代社会の矛盾について関心が強い世代は、とりわけ)、これまで経済合理性を追い求めるなかで蔑ろにして置き去りにしてきた「大切なもの」の価値に気付きはじめているのではないでしょうか。それが例えば、地球や地域の環境に対する心配りであり、自身の心身の健康に対する気遣いであるのだと想像します。

栞日が志向する、「親密で持続可能な地域経済」。

僕はこの先の、いわゆるポスト・コロナの時代における、世界の、日本の、経済について、(否応なく主流にはなってしまうであろう)旧来の資本主義経済を再び押し進める潮流とは別に、「別解」ともいえる「あたらしい経済」の在り方を模索する流れが生まれることを願っています。それは、それぞれの地域社会において、親しい「あのひと」を思い遣る気持ちから始まる「ちいさな経済」であり、互いへの共感や感謝をベースとした「贈与」が行き交う「あたたかな経済」。たとえささやかであっても、その地域が自立して存続するに足る、人情味たっぷりな経済の在り方です。

コロナ禍に陥ってからというもの、この国では「密」があたかも「悪」であるかのように語られていますが「過密な人間社会には無理があった」という事実が明るみに出た、というだけであって、「こまやか(精密/緻密)」あるいは「ひそやか(秘密/内密)」という意味も併せ持つ、この奥ゆかしい漢字そのものは、必ずしも「悪」ではありません。そして「密」は「したしさ(親密)」でもあります。本来、人間社会というものは「隣人との親密な信頼関係」の上に成り立っていたのではないのでしょうか。そして、(まさに銭湯の文化が象徴するように)日本人の社会は歴史的に、とりわけその傾向が顕著であったように思います。僕は、今回のコロナ禍、さらに、そのタイミングにおける銭湯の継承を機に、この社会の原点と経済の本来に立ち返り、これから先の時代を支える「親密で持続可能な地域経済」の在り方について、深く思索していきたい、と考えています。そして、その経済の循環の中における、自分の役割を見出していきたいのです。

ところで、ある地域社会が自立して存続するに足る親密な経済のスケール(地理的範囲)をイメージしてみると、それはその中心となる街場の内側だけでは完結しないことが想像できます。街場の暮らしは本来、周囲に広がる田畑や里山、川辺や海辺などの自然環境とその恩恵に支えられて、初めて成り立つものだからです。ところが都市生活者は、都市空間の利便性や快適性にいったん包まれてしまうと、その「あたりまえ」の真実を忘れがちです。例えば、天候不順に起因する不作で近隣のトマト農家が頭を抱えていたとしても、最寄りのスーパーマーケットに行けばその天候不純の影響を受けなかった遠方の産地から輸送されてきたトマトが手に入るため、同じ地域で苦しんでいるトマト農家の存在に気づくことはありません。これからの都市が「親密で持続可能な地域経済」を考えるとき、その経済の基本単位となる「生態系(バイオリージョン)」を意識することは、極めて重要です。街場の生活者や事業体が、自分たちと「生態系」を共にする周囲の自然環境、およびそれら自然環境が内包する課題に対して、しっかり眼を向け、理解を深め、「双方が支え合っている」という感覚を養うことは、この先、不可欠なのではないでしょうか。

だからこそ改めて、「街と森を結ぶ湯屋」。

そこで、今回の事業継承にあたって、栞日が営む〈菊の湯〉として掲げたコンセプトが街と森を結ぶ湯屋」です。例えば(僕もこの継業の打合せを進める中で初めて知ったことなのですが)、〈菊の湯〉の湯は街の東側の山から流れ込む豊富な地下水を汲み上げて沸かしています。利用者がこのこと - すなわち、森林からの恩恵を都市で享受していること -  を自然と実感できるような工夫を重ね、松本の市街地にある銭湯〈菊の湯〉を、この城下町をぐるりと囲む山々との結びつきが感じられる場に仕立てることで、街場に暮らす僕たちが、周辺の森の木や土や水に想いを馳せるきっかけをつくれたら、と考えています。

「ここではないどこか」や「自分(たち)ではない誰か」を想像して思い遣る「やさしさ(共感・贈与)」が、呼応して連なり、絡み合い、重なり合うと、それがいつしかその地域の「親密さ」を形成します。地域がこの「親密さ」を纏うことは、その地域経済が強力なインフラを実装すること。なぜなら、この「親密さ」こそが、その「生態系」における経済循環を持続可能なそれとして自走させ続けるために必要な基盤であり、エネルギーであるからです。

そして、元来「裸の付き合い」「肌の触れ合い」を前提とした、日本独自の文化とも言える銭湯という特異な空間は、この「親密さ」の醸成にとって、この上なく適した場といえるでしょう。そこでは、年齢も出自も身分も職業も関係なく、あらゆる肩書きや属性を文字どおり脱ぎ捨てて、誰もがひとりの人間として、ひとつの湯という場を共有します。こんな空間、古今東西を見渡しても、きっとなかなか出合えないでしょう。

" We "を、拡張していく時代。

今回のコロナ禍に世界中が見舞われて以降、この人類共通の難局をどうにかして凌ぎ切ろうと、さまざまなフィールドで既存コミュニティの枠を超えて協働を目指す動きが見受けられました。このちいさな地方都市、松本でさえ、僕自身そのようなシーンを幾つも目撃したし、そのうちの幾つかには現在進行形で立ち会っています。特定の価値観を共有してきたそれぞれのコミュニティの殻が内側から打ち破られようとする音は、いまもあちこちから聴こえてきていて、それらの音は、これまでびくともしなかった、「多彩な価値観が共存する、次の時代のやさしい世界」に通ずる扉が、いよいよ軋む音にも重なって聴こえます。

それは" I "から" We "へ、さらに来の" We "を、より高次の" We "へと拡張していく動き」ともいえます。とすれば、もとよりすべてのひとに等しく開かれた銭湯という場は、この重く厚い扉を押し開けるチャレンジの「最前線」に位置付けられるのではないでしょうか。これから引き継ぐ〈菊の湯〉という空間で、これまでの価値観の差異を超えた「親密さ」をどのように醸していけるのか、(このコロナ禍に不謹慎かもしれませんが)いま僕は高揚感すら覚えています。

段階的に、アップデートし続ける。

なお、上述したコンセプト「街と森を結ぶ湯屋」を具現化して可視化するために、本来、真っ先に取り組みたかったことは、湯を沸かすエネルギーを現在の都市ガスから木材に転換すること、すなわち、周囲の山々から出る間伐材などを用いて、街場にある〈菊の湯〉の湯を沸かすことでした。もちろん、街場から吐き出される廃材も、うまく組み合わせることができれば、材木屋だった初代が、その廃材を活かして湯を沸かし始めた〈菊の湯〉の原点に立ち返ることも叶うので、ぜひ併せて実践したいところでした。ただ、この引継ぎのタイミングでボイラーの交換を行うためには、まさに「投資」と呼ぶべき導入費用を要することが見えてきた時点で、まずは街場の銭湯としての基本業務を抜かりなく引継ぎ、その上で段階的に「街と森を結ぶ湯屋」の在るべき理想の姿を目指して、「弛まぬアップデートを続ける道」を選びました。

初期段階においては例えば、ロビーや洗面台に季節の野山の花木を活ける、森の野草やハーブで天然の入浴剤をつくり薬湯に用いる、環境配慮が行き届いたシャンプーやタオルを採用するなど、ちいさくとも確かなアクションを積み重ねる中で、そしてもちろん、疲労回復に効果的な入浴方法を紹介する、ランニングステーションとしての銭湯の活用を提案するといった、日々の健康づくりをサポートする取組みも展開していく中で、すぐそばの自然や森からのお裾分けを身近に感じることができる工夫と、「環境」と「健康」をテーマに据える湯屋としての表現を、追求します。「エネルギー源の転換」は、遠くない将来に必ず成し遂げたい目標として掲げ続け、その実現に向けたリサーチと学びを深め続けます。

そして、この「エココンシャス&ヘルスコンシャス」な「街と森を結ぶ湯屋」という構想に共鳴して、この銭湯に通う「あたらしい理由」を見出してくれる同世代(子育て世代)や僕たちよりも若い世代が、この街にも一定数いる可能性に賭けてみたい、と思うのです。「自分たちが見たい未来の景色は、自分たちの手で描いていくもの」だと信じたいから。

サポート、お願いいたします。 

前回の〈栞日INN〉開設に向けたクラウドファンディングは、毎回1組限定で中長期滞在型の宿を地方都市、松本につくる必要性を、世の中に問いかける「投票」と位置付けて実施しました。改修費の見込みを目標金額に設定して、達成できたらその宿は必要とされていると判断し、施工して開設するし、達成できなかったらその逆の判断に至り開設しない。ゆえに、「All-or-Nothing 方式」での実施でした。

一方で今回は、この10月1日に〈菊の湯〉の経営を引継ぎ、(毎日のように通っていらっしゃるご近所さんも多いので)できる限り短期間のリノベーションを経て、10月中旬のリニューアルオープンを目指す、(そして、その先は日々のこととして街場の銭湯を営んでいく)という一連の流れが既に確定しています。また、〈菊の湯〉のリノベーションも、〈栞日STORE〉〈栞日INN〉同様、空間デザイナー、東野唯史さん率いる〈ReBuilding Center JAPAN〉と共に進め、アーティスト、CHALKBOY 率いるチーム〈WHW!〉の手描きペイントによって仕上げられる、という段取りまで決まっています。

ではなぜクラウドファンディングにトライするのか、と問われれば、それはやはり今回も「投票」を試みたいからです。そして今回の場合それは、「栞日が引継ぐ銭湯〈菊の湯〉を『街と森を結ぶ湯屋』にアップデートしていくチャレンジを、サポートしていただけますか?」という問いを世の中に投げかけるための「投票」です。

このプロジェクトは、きっと「終わりのないチャレンジ」です。何をどこまで成し遂げたら「街と森を結ぶ湯屋」の完成!と宣言できるものではなく、その時代その時代、そのときどきの、社会の状況や要請に応じて、「街と森を結ぶ湯屋」の在るべき姿を常に考え、実践を繰り返し、試行錯誤を続けることになるでしょう。そして、だからこそ、僕たちだけでなく、(ここまで長々と多岐にわたって綴らせていただいた)栞日の思考の断片に共感を寄せていただき、この先、不断のアップデートに挑む〈菊の湯〉のスタンスを応援したいと感じてくださったみなさまと一緒に、道なき道を切り拓き、「街と森を結ぶ湯屋」を創造していきたい、と考えました。目標金額は、正直、あってないようなもの。それ以上に、おひとりおひとりのみなさまからのあたたかなエールが、ひとつ、またひとつ、と集まっていくことが、僕たちにとって大きな励みとなり、原動力になります。

以上の理由から、今回のクラウドファンディングは「All-In 方式」で実施して、支援総額の結果に関わらず(目標金額に満たない場合も含め)、プロジェクトは必ず実行します(リターンも用意が整ったものから順次お届けします)。お寄せいただいた支援金は、「環境」や「健康」に配慮した取組みを実行しながら、「街と森を結ぶ湯屋」という理想像の実現に向けて〈菊の湯〉を段階的にアップデートし続けるための活動資金として活用させていただきます。その一部はもちろん、引継ぎのタイミングで実施するリノベーションや、新たに導入する設備や備品、商品などの購入に、充てさせていただくことにもなる見込みです。あたたかなお気持ちのご支援、どうぞ、よろしくお願いいたします。

【 想定しているご支援いただいた資金の用途 】※ 目標金額500万円の内訳
▼ 改修施工費|200万円
▼ 設備導入費|100万円
▼ 運転資金(人件費・広報費等)|123万円
▼ 手数料等|77万円

【 直近のプロジェクト実施スケジュール 】
▼ 2020年9月9日|株式会社栞日設立(個人事業から法人成り完了)
▼ 2020年9月中旬|銭湯および設備の賃貸借契約
▼ 2020年9月下旬|通常営業に支障のない範囲内でリノベーション開始
▼ 2020年9月29日|現在の経営形態での営業最終日
▼ 2020年9月30日|休館して本格的にリノベーション開始
▼ 2020年10月1日|経営運営権を株式会社栞日として継承
▼ 2020年10月中旬|リノベーション完了/リニューアルオープン(通常営業開始)
▼ 2020年11月|リターン発送開始


すこしはぐれて、あすは栞日。

4年前の移転リニューアルオープンのとき、(当時は松本市街地の東の外れに住んでいて、現在は安曇野の森の中で暮らしている)詩人のウチダゴウさんが書き下ろしてくださった栞日の詩は、「すこしはぐれて あすは栞日」というフレーズで締め括られます。書店、喫茶店、宿、ギャラリー、そして銭湯。栞日が営む「場」は、一見ばらばらで、特にこの時代においては明らかに「不要不急」な空間ばかりですが、そのどれもが、この街に暮らす誰かにとって、この街を訪れる誰かにとって、日常あるいは世間から「すこしはぐれて」向かう先になったなら、と願っています。

二十歳の僕が、まだ何屋にするかも決めていないのに、先走って名付けた「栞日」という屋号には、当初から(当時の大学ノートにも、現在のWEBサイトにも綴られている)こんなステートメントが添えられていました。

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栞の日と書いて、sioribiと読みます。

栞の日。それは、流れ続ける毎日に、そっと栞を差す日のこと。あってもなくても構わないけれど、あったら嬉しい日々の句読点。さざ波立っていた心が凪いで、ふっと笑顔が咲くような。

今日が、あなたの栞日になりますように。

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これからも、この言葉を携えながら、栞日の歩を進めて参ります。あたたかく見守っていただけたなら、幸いです。冗長な文章に最後までお付き合いくださり、誠にありがとうございました。


菊地徹 / 栞日代表

  • 2020/09/16 15:01

    先日、〈菊の湯〉Instagramアカウントを開設しました。このアカウントは、今回の銭湯継業に伴い実施した、公募と選考の結果、採用が決まった「湯屋チーフ」、ひかるんこと山本ひかるによる「湯屋日誌」として、ひかるん(と、これから集まる湯屋スタッフ)が投稿、運営して参ります。みなさま、どうぞ、よろ...

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