はじめに・ご挨拶

皆さんこんにちは、夢国世喜屋の森澤です。ピンとこないかもしれませんね。昨年八月末に一旦閉店した、亜鹿猪〜珍の森澤です。

昨年七月に株式会社夢国世喜屋を起こし今は、南知多の美浜で

  yohaku 

星空と海のシントーカフェ

亜鹿猪〜珍として色々なイベントへ出店しています。

昨年八月末に亜鹿猪〜珍としての実店舗を一旦閉店して、昨年九月からyohaku 星空と海のシントーカフェを始めましたが、時期的にもyohaku 星空と海のシントーカフェの売り上げはほとんど無く、また亜鹿猪〜珍としてパクチーの花束と一緒に色々なイベントへ出店する予定でしたが、コロナの影響でほとんど開催されず、恥ずかしながらこの半年間で(yohakuの営業形態は、キッチンカーなので持続化給付金も無く、会社としての実績も無いため)手持ちの資金が底をつきました。

yohaku 星空と海のシントーカフェへ来て頂いたお客様、数少ないイベント出店の時にわざわざ来て頂いたお客様から

「名古屋でまた亜鹿猪〜珍を復活させてね!待ってるよ!!」

こんなお客様の声を聞けば聞くほど自分の不甲斐なさを痛感しています。

このままでは、一旦亜鹿猪〜珍を閉店してまで

私達も含め世の中のみんなが喜んでくれる夢の国を創るために起こした会社の意味がなくなってしまい、亜鹿猪〜珍を待って頂いているお客様にも応える事が出来なくなってしまいます。

   お願いがあります。

また名古屋で亜鹿猪〜珍を

純子ママを中心に復活させてください。

また、yohaku 星空と海のシントーカフェと一緒にこれからの株式会社夢国世喜屋のためにも

皆様のご支援、ご協力をお願い致します。


<亜鹿猪〜珍を閉めてから今まで>

亜鹿猪〜珍を愛してくださっていたお客様は、何故あんなに流行っていたお店を閉めたのか不思議に思われていた方もみえたと思います。

実は、ちょうど一年ぐらい前に亜鹿猪〜珍を、一回り大きくして移転する予定でした。また移転と同時にスタッフも募集し、夢国世喜屋のスタッフみんなで、私の夢の一つでもあった海の前でお店を昨年夏から始める事も決まっていました。

しかし、昨年初頭からのコロナの影響で亜鹿猪〜珍の移転を取りやめ、

コロナウイルスの影響の少ない、オープンエアーな海の前の店

     yohaku 

  星空と海のシントーカフェ

を昨年七月に株式会社夢国世喜屋として立ち上げ、準備を始めました。

亜鹿猪〜珍を断念した事によりyohaku のスタッフの募集も出来ず、また昨年八月にコロナ第二波による非常事態宣言が発令された事もあり、亜鹿猪〜珍は一旦昨年八月末に閉店して、私と妻純子そしてyohaku 星空と海のシントーカフェを始める事を知り手伝いを買って出てくれた大関君の三名で

      yohaku 

  星空と海のシントーカフェ

を昨年10月から営業を始めています。

yohaku 星空と海のシントーカフェは、今春本格オープンに向けて着々と準備は進めていますが、昨年の秋から始め、今この冬の時期(11月〜3月)を経験し色々な問題も分かってきました。何よりこの冬の時期(11月〜3月)は、海からの風が強くお客様に外で食事をして喜んでいただく事ができない事。また暖かくなっても雨など天候に左右されて営業できない日もあります。

これから必ず来る春(アフターコロナ)のために

純子ママを中心に再び名古屋で

四つの特徴をもつ形態も違うお店

  一つにして

亜鹿猪〜珍を復活させたいと思います。

店名は、長いですが

夢叶え場ok.スナック純子と.ていしょくもありの.   what the 亜鹿猪〜珍!!

です。

ーお店のロゴを今作成中ですー


【これからどんな亜鹿猪〜珍を創りたいのか私の思いを綴ります】

 純子ママを中心に

『夢叶え場ok.スナック純子と.ていしょくもありの.what the 亜鹿猪〜珍!!』

を始めます。

四つの特徴のある形態も違うお店を一つにするって何?

❶【スナック純子を中心】

今、スナックは従来の客層(中高年男性)ではない20〜30代の若者や女性のお客様が増えています。

スナックでのお客様同士の関係は、しがらみが少なくSNS上の繋がりに通じるところもありますが、より現実的なコミュニケーションが可能な夜の社交場でもあります。

アフターコロナを見据え純子ママを中心にこれから必要となる社交場を創ります。

純子ママの人柄の良さ、軽快なトーク、さらに純子ママが大好きなカラオケを導入して

 『日頃の不満を解消してもらう場 』

『みんなが集い、楽しいひとときを共有する場』

を創ります。

20〜30代の若者、女性、そして社会人として必要な礼儀をスナックで学んだ男女が集まり、世代も職業も違う人達が打ち解けられる空間になればと思います。

ーこのカウンター越しに純子ママが毎日います。となりに日替わりチーママがいるかもー


❷ 【ていしょくもありの】

☆スナックなのに定食が食べられます。

亜鹿猪〜珍の前は、名古屋の新堀川沿いで、なんJAHコレ屋という定食屋さんを実母と営んでいました。

亜鹿猪〜珍では午前中にお店の清掃を母にお願いしていました。

そこで開店準備に併せて、お袋(今は、おばぁちゃんですが)の味として煮物を作ってもらい、純子ママによるメインディッシュとご飯、味噌汁の四点セットで


一人暮らしの若者や、単身赴任、出張で来られたお客様へ

『おなか満足夜ごはん』

の定食を出したいと思います。

ーお袋(おばぁちゃん)が心も体も温まる煮物を作りますー


❸ 【夢叶え場ok。夢を持つ世の中のすべての人が夢を叶えられる最初の場所に]

☆夢を叶える場として夢を持つ人々(路上アーティスト、パフォーマーなど)に場を提供します。

☆営業時間外に各種教室(語学、料理、音楽、アート、パソコン、ワークショップ)を開きます。

☆間借り食堂として貸し出し、将来お店を持ちたい人の夢を叶える最初のステップの場とします。

☆夢を持ち頑張るスタッフが厨房に立ち、新メニューの開発、マルシェ、フェスなどの出店(仕込み)の準備やこれからの夢を語る場とします。

ー通常は客席ですが、席の配置などを変えて音楽、落語、パフォーマンス、各種教室、ワークショップなどが出来ますー


❹【不定期ではありますがパクチー狂の聖地として亜鹿猪〜珍を。】

      「what the…!!」は、

「えっ!まじー!亜鹿猪〜珍がやってる 良かった‼︎」

の意味を込めました。

亜鹿猪〜珍を一旦閉店して約半年、イベント、マルシェなどに出店するたびにお客様から

「いつ亜鹿猪〜珍は、名古屋でまたやるの?」

そんな声を沢山いただきました。

また東京、大阪の有名なパクチー料理専門の実店舗が無くなっていく中、日本で唯一のパクチー狂の聖地を名古屋に存在させる事も必要だと思いました。

そこで私は不定期ではありますが、スナック(ライトな)亜鹿猪〜珍を復活させます。

yohaku 星空と海のシントーカフェの閑散期(11月〜3月)は、火水木の3日間を夜の営業に併せて亜鹿猪〜珍として「3日坊主ランチ」という名で昼も営業します。

これから暖かくなってyohaku 星空と海のシントーカフェの繁忙期でも雨天など営業が出来ないと思われる日は、SNS上に告知してランチと夜の営業をします。

またお店に来れないお客様のために、パクチーの花束と一緒に亜鹿猪〜珍としてイベント、マルシェ、フェスなどに出店するための準備(仕込み)の場としても必要なのです。


ーアフターコロナを見据えてイベント、フェス、マルシェなどの出店準備のためにもー

『あっ!亜鹿猪〜珍がやってる!良かった!!』

そんな声が聞きたいのです。


マグロの中落ちパクパッチョをホジホジしたり

塩釜焼きに思いを込めてトントンしたり

そして新しい亜鹿猪〜珍でみんなで乾パクしましょう!


[計画しているお店の場所は]

昨年八月末まで営業していた亜鹿猪〜珍から100mくらい西へ行った角地の中一階です。

お店の大きさ(坪数)はほとんど変わらないのですが、形状が異なり厨房も広くまたカウンター以外の客席も広くその場を利用して様々な夢を叶えられる場になると思っています。

以前の亜鹿猪〜珍を100メートルぐらい西へ行った角地の中一階で、Row✴︎dy’sさん、ロックモさん、ベトナム料理屋さんと同じ階です。

このカウンターに純子ママが立ちます。不定期ながら私も亜鹿猪〜珍のチーパパとしてここにいます。

いつもは客席ですが、私達と一緒にこの場で夢を叶えましょう。

この四つの特徴と形態も違うお店を一つにして純子ママを中心に新しい亜鹿猪〜珍を名古屋に。


【今、そしてこれからの夢国世喜屋は】

2020年コロナの影響で社会情勢、人々の動きが大きく変化しました。

2021年(アフターコロナ)以降も、生活様式や職場環境もリモート、ワーケーションなど様々な形が当たり前のようになってくると思います。

私は、このような時代の中で心にゆとり

       余白

を持つ事で、自分にとって本当に必要なものが見えてくると思いました。

決まった時間(24時間)の中で、それぞれが自分の感覚と感情に素直になれる

     yohaku 

の場を創りたいと思い南知多の美浜で

yohaku 星空と海のシントーカフェ 

を始めると同時に株式会社夢国世喜屋を立ち上げました。


【yohaku 星空と海のシントーカフェ】

 星空とー夜の営業を意味しますー  

南知多の美浜の星空は本当に綺麗でまた目の前に沈む夕陽は最高です。

海のーもちろんお昼の営業もー

伊勢湾をはさみ遠くに三重の山々と、空を見上げればセントレアから発着する飛行機が見え、旅への思いを駆り立てられます。目の前の海岸は、遠浅で夏は海水浴場になります。

シントーカフェとは

シントーは、ベトナム語で「ビタミン」の意味です。またベトナムの屋台でシントーといえば果物と氷、練乳をミックスしたスムージーが出てきます。

yohakuでは南知多の食材を使いシントー(ビタミン)を夢国世喜(むこくせき)料理として提供します。もちろんパクチー料理もありますよ。


【 現状   】

オープンデッキの客席とキッチンカー。そして焚き火も可能なキャンプ場としてもマルシェなどのイベント会場としても使える広いスペースがあります。

目の前の海岸は、遠浅で夏のシーズンは奥田海水浴場となり小さなお子様も安心して海遊びが出来ます。海水浴シーズン以外は、海苔の養殖が行われ、魚達が集まり釣りも出来ます。


【これから暖かくなってyohaku 星空と海のシントーカフェでは】

今あるキッチンカーは、シントー、デザートを中心に。新たにキッチンカーを用意してBBQ感覚の夢国世喜(むこくせき)料理を提供します。

ーBBQインストラクターの講習を私と大関で受けました。中央の方は、日本バーベキュー協会の会長さんです。ー

ブランチマーケット(お昼の市場)を開催します。

ナイトマーケット(アジアの純真)を開催します。

夏の海水浴シーズンを除いて一日1組限定のキャンプができます。もちろん焚き火もオッケーです。

Wi-Fi環境を整えてコワーキングスペース、リモート、ワーケーションの場として利用できます。

今春までにオープンデッキの横に天候に左右されないお店を作る予定でしたが、コロナ等の影響により資金繰りのめどが立たず、天候に左右されないお店としての計画は、先送りになりました。ただこの半年間の試行錯誤しながらの経験で、これからの夏に向かい

本当に可能性のある夢の国 yohaku 

の場は出来ると確信したと同時に名古屋にもう一つ、天候に左右されないお店

夢叶え場ok.スナック純子と.ていしょくもありの.   what the 亜鹿猪〜珍!!

を純子ママを中心に作り、私達と夢を叶えたい人達の次のステップの場になればと思っています。


【ここを乗り切った後、株式会社夢国世喜屋として考えている事業】

★ tauko

フィンランドに特化したお店を創る。

コーヒー+お粥+雑貨(ネット通販も)

純子ママの妹は、フィンランドの方と結婚し、フィンランド在住30年以上で、近い将来一緒に事業が出来ればと思っています。

★ 半立ち屋 VOIN VOIN

私がお巡りさんを辞めて最初のお店、夢国世喜屋も軽四トラックの屋台が入っていました。今までの経験を生かし、お店の中に昔ながらのリヤカーの屋台を置き、そこではおでん、焼き鳥など昔の屋台料理を作り厨房も併設し夢国世喜(むこくせき)料理をお出しし、客席は立ち飲み席と、くつろげる座り席を半分ずつ設け、フェスなどのイベント時は、サンダーバード2号のように屋台だけVOIN VOINと店から飛び出しパクチー料理と屋台料理を合わせた夢国世喜(むこくせき)料理をスタッフと共に楽しみながら提供したいと思っています。ちなみにVOIN は、フィンランド語で出来ますという意味です。

★新たなスタッフと共に、新たな事業を生み出す。

株式会社夢国世喜屋のスタッフは、私、妻純子、そして大関、これから入社予定の島村の四名で、みんなGoziU代です。これからの株式会社夢国世喜屋のために20代から40代まで幅広くスタッフを募集し、また新たな試みが生まれればと思っています。


【リターンについて】

リターンでのご支援頂く金額はそれぞれありますが大きく分けて3つのコースと、これからのyohakuそして夢国世喜屋のために一緒になって立ち上げて頂く事が出来るリターンです。

☆Moori〜コース☆Junkoコース☆とにかく応援コース

まずは、この三つのリターンをご説明します。


☆Moori〜コース5,000円(お客様から私はモーリーと言われてますので)


このリターンでは私と一緒に夢を語りながら食事が出来ます。それが楽しいかどうかは何とも言えませんが、生まれてから大学受験に失敗するまでの時代、警察官時代、イケイケ時代、どん底時代、亜鹿猪〜珍そしてこれからの時代、自分で言うのもなんですが本当面白い生き方をしています。亜鹿猪〜珍又はyohaku で焚き火を囲みながら貴方と私の今までとこれからを語り合いましょう。ご存知の方もいるかもしれませんが、私は呑めば呑むほど饒舌になり又すぐ奢ってしまいます。最後は、誰と呑んでいたか記憶すらない事が多々あります。私が記憶が無くなっても誰と夢を語り合ったか分かる為と私の食事代としてこのリターンを考えました。

ーyohaku で焚き火を囲みながら、亜鹿猪〜珍で夢国世喜(むこくせき)料理を食べながらー


☆Junkoコース5,000円


このリターンでは、亜鹿猪〜珍でカラオケ歌い放題、純子ママの歌聴き放題で、その後一緒に純子ママの行きつけのお店へ行きそこでゆっくり語り合う事が出来ます。多分純子ママは、私と結婚した事により大きく人生が変わったと思います。唯一の救いは、子供3人に恵まれたことだと思います。そんな純子ママの人生、子育て、私への愚痴など聞きながら貴方の悩み、不満を解消する事が出来るかもしれません。お店では他のお客様もみえますので、閉店後純子ママと貴方でママの行きつけのお店で語り会いましょう。このリターンは、その時のママの食事代にさせていただきます。

ー純子ママと一緒にカラオケ歌いながら貴方の悩み不満が解消出来るかもですー


☆とにかく応援コース5,000円〜


ただただご支援、私達への応援コースです。とにかく応援するよ!一緒に食事するより、カラオケするより、とにかく頑張って!そんな気持ちで私達を応援していただける方のためにご用意致しました。金額は5,000円〜で変更可能ですので、ご支援頂ける金額をご入力ください。ご支援頂いた方には、お礼のお手紙をお送りさせていただきます。

ーパクチーの花束の代わりにお礼の手紙を送らせていただきますー


この三つのリターンをベースにさらに金額に応じて食事券を10,000円 30,000円 50,000円 100,000円を加える事も出来るリターンがあります。

食事券の引き渡しは亜鹿猪〜珍、yohaku で行いますのでその際ドリンク一杯サービスします。メール等でご来店予定日お伝えください。


【これからのyohakuそして(株)夢国世喜屋の為のリターンもご用意致しました】

☆300,000円のリターン

100,000円分の食事券+yohaku 星空と海のシントーカフェでのキャンプ場とその際にテントサウナを利用出来ます。
但し夏の海水浴シーズン(7月〜8月)を除きます。またそれ以外の日も他のお客様の予約が入っている場合も除きます。
テントサウナをyohaku で使用しない時に貸し出します。(貸し出しする日数、日程は要相談)
リターンをして頂いたお客様と一緒にテントサウナを選び、yohakuの場で又旅先でyohaku の時を創りましょう。

ーyohaku の場でゆっくりソロキャンプをしながらテントサウナを、もちろんグループでも楽しめます。ー

三名様までとします


☆500,000円のリターン

100,000円分の食事券+リヤカーを購入し移動露天営業許可を取り各種イベントへ一緒に出店しながら、私達と一緒に半立ち屋VOIN VOINを立ち上げる準備をします。その過程を経験すると同時に私達の今までの経験を全て伝え、半立ち屋VOIN VOINの店長になっていただきます。そのお店が軌道に乗れば、フランチャイズのお店になって頂き、商号・商標の使用許可とともに独占販売権をお渡しします。リターンをして頂いたお客様と一緒にリヤカーを改造し営業許可を取りイベント、フェス等にVOIN VOIN(元気 元気)で夢国世喜屋のスタッフとして一緒に飛び出しましょう。

ーリヤカーを改造して、イベント、フェスなどに出店し、亜鹿猪〜珍でスタッフとしても働きながら一緒に半立ち屋VOIN VOINを立ち上げましょうー


☆1,000,000円のリターン


100,000円分の食事券+これから始めようと思っている日本とフィンランドを結びつけた事業taukoを(株) 夢国世喜屋のスタッフとして一緒に立ち上げその夢を叶える券

企画詳細は、リターン後ご説明いたします。フィンランドには義妹がいますので私達のまだまだ知らない世界を知る事が出来ると思います。

今はこのような状況ですが必ず春(アフターコロナ)は来ると信じて。


※更に詳しい内容は、各リターンをご覧ください。


【資金の使い道】

ご協力いただいた支援資金は、株式会社夢国世喜屋として設備投資、店舗維持費、リターンの用意等に使わせていただきます。


【最後に】

これまた長文になりますが私の思いを綴ります。

私は、27歳まで警察官をしていました。一般のお巡りさんとは違い愛知県警の射撃の代表選手に選ばれ、いつかはオリンピックへと思いながら頑張っていました。

ー愛知県警の後輩達が、愛知県警に保管してあった私のゼッケンを額に入れてプレゼントしてくれましたー

しかし26歳の時に体を壊し選手生命が終わり、警察官として現場復帰するまでの間色々悩んだ末に決断しました。もちろん警察官は、人の為に尽くすとても素晴らしい仕事です。今も警察官であった事誇りに思っています。

ただお客様は、(こんな事言っていいかわかりませんが)悪い奴か、その被害者、困った人達でした。

私が色々悩んだ時によく行くお店がありました。

もちろん当時私は、警察官です。

横にいるお客さんは、どんな人かわかりません。

悩んでいる人、楽しそうにしている人、ただただ酔っ払っている人、なかには、犯罪者もいたかもしれません。

ただそこにいるお客様が、そのお店を出る時の表情は、みんな喜んでいるのです。

店側の思い、接客、料理によりどんな人も喜んでいただける仕事。

飲食こそ人の為の仕事だと思いました。

27歳で警察を退職する時に決めた事があります。

26歳まで包丁を持った事も、飲食業の経験も無い私が作れる料理を確立する事と最初のお店の名前です。

夢国世喜(むこくせき)料理

と独立して最初のお店の名前を

夢国世喜屋

にする事です。

27歳で飲食の世界に入り、なんとか32歳で夢国世喜屋として鶴舞の高架下で独立して、色々ありましたが、何とかこの世界に入り昨年30年の節目を迎えることになり、コロナの話も全くない昨年初頭に、

もう一度57歳で

夢国世喜屋を会社として起こし、今までの良い事も悔しい思いをした事もあった30年間の経験を生かし

57歳から60歳までは

株式会社夢国世喜屋の先頭に立ってとにかく走ろう。

60歳から65歳の五年間は、

株式会社夢国世喜屋のみんなと共に確実に歩き進もうと決心しました。

しかし コロナのせいには、したくはありませんが

  今 走る事が出来ません。

  株式会社夢国世喜屋の理念。

Have a Dream  Chase the Dream  and  Get the Dream

夢を持ち夢を追いその夢をつかむ➖

今、私達も含め世の中のみんなが喜ぶ夢の国を創る為には

今、頑張らねばと思っています。

どうか、これから進むべき道標を。

それに向かって私達を走らせてください。

世のみんなが喜ぶ夢の国の為に。

最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。

 感謝感謝です。 ありがとうございました。

   株式会社夢国世喜屋 代表取締役 森澤倫久

今回のクラウドファンディングを始めるにあたり写真を提供して頂いたスパマキシマムさんあいざわけいこさんHotwaveのひろさん又アナログな私に色々教えていただいた方々に感謝申し上げます。

ありがとうございます。必ず夢を叶えますね。




このプロジェクトの問題報告やご取材はこちらよりお問い合わせください