はじめに

 この本は、教育関係者、支援者、防災担当者には、ぜひ一読して欲しい内容です。「3.11軽井沢つむぎ隊」は、この本を、学校や図書館に贈るプロジェクトを立ち上げました。※以下、「つむぎ隊」に省略します。
 つむぎ隊は、東日本大震災直後から、軽井沢町や御代田町、長野市などの皆さんと一緒に岩手県大槌町を支援してきました。震災から10年が経ち、この活動を継続してきた理由の一つが、当時、大槌中学校の校長だった鈴木利典先生と仮設校舎でお会いしたことでした。
 先生が軽井沢を来訪し町民や小学生、中学生を対象に講演した際の被災地の現状に驚き、さらに、先生の教育理念に共感、共鳴を受けたことが、つむぎ隊を始め、軽井沢町による10年にも及ぶ大槌支援に大きな影響を与えています。写真は、いずれも、軽井沢町での講演会の様子です。

写真(左)軽井沢町中央公民館
写真(中)軽井沢町立西部小学校
写真(右)軽井沢町立軽井沢中学校

 その鈴木先生が、被災地で2校4年間、校長として勤務した経験を基に「子どもたちは未来の設計者~東日本大震災「その後」の教訓~」という本を出版されることになりました。
 原稿を読ませて頂き、学校の存在が勉学を育む場所だけでなく子ども達の心の拠り所となっていること、災害発生時の支援物資のマッチングや支援をする側とされる側との課題、震災の「その後」の子どもたちの心のケアへの対応の在り方、防災・減災教育の課題など多岐にわたり記載され、色んな面で勉強になりました。トップに紹介した写真のように、子どもたちの笑顔には、私たちも驚いたのですが、何より、先生の「子どもたちは未来の設計者」という教育観に共感し、この本を多くの人に読んで欲しいと思いました。

 つむぎ隊は、「この本を教育関係者、支援者、防災関係者には、ぜひ読んで欲しい」と熱く語る先生を応援し、手始めに被災地岩手県の学校と図書館への寄付図書を目指しています。 

A5版、凡そ310頁、カラー印刷
*表紙は、イメージです

プロジェクトの概要
【目的】
この本の出版を応援し、被災地岩手県の学校、図書館、教育関係者に贈ります。
【目標】
・小・中学校 454 校(冊)
・高等学校等  80 校(冊)
・図書館    66 施設(冊)
・教育関係者 100 冊
(県教委、教育事務所、市町村教育委員会)
   合計  700 冊

【目標額】 1,700,000円
・書籍出版支援(書籍700冊購入、税込み)
 1,400,000円
・手数料(9%+消費税)
   168,300円
・送料・事務費他
   131,700円
・リターン経費
 返礼品の書籍・送料は著者のご厚意となります

すべての支援者に書籍(本書)が1冊送られ、リターンによって制限はありますが、書籍は、希望する冊数まで提供できます。
これは、支援者の皆さんの同僚や知人に、あるいは、近隣の学校や図書館に本を寄贈してほしいという著者の願いによるものです。

【リターンの概要】
・すべてのリターンにお礼のメール(メッセージ)と書籍1冊がつきます
・リターンごとに書籍は、下記の通り、希望する冊数まで提供いたします
リターンの数とほぼ同数の書籍が、学校や図書館に贈られるプロジェクトです
(書籍は、あたなと、学校や図書館と、両方に送られます!)
  
<支援の額>  <リターン>
2,500円 支援者に1冊
*学校や図書館にも1冊贈ることができます
5,000円 支援者には2冊まで
*学校や図書館にも2冊贈ることができます
10,000円 支援者には5冊まで
*学校や図書館にも5冊贈ることができます
20,000円 支援者には12冊まで
*学校や図書館には10冊贈ることができます
50,000円 支援者には30冊まで
*学校や図書館には25冊贈ることができます
100,000円 支援者には65冊まで
*学校や図書館には50冊贈ることができます
200,000円 支援者には100冊まで
*学校や図書館にも100冊贈ることができます
 特典:講演とセット
300,000円 支援者には150冊まで
*学校や図書館にも150冊贈ることができます
 特典:講演とセット
2,000円 支援者に1冊
*2,000円のリターンは、これから震災や防災を学ぶ 小学生、中学生、高校生、大学生の皆さんと、この本に興味をもって読んでいただける読者の皆さんのために追加いたしました

【ご支援の例】
例えば、50,000円を目標に、職場として、あるいは支援団体として30人で協力して頂ければ一人約1,700円のボランティア活動になります。
しかも、30冊の書籍が、学校や図書館への寄贈とは別に、職場や支援者団体の皆さんも、一人一冊ずつ(30冊まで)提供されます。

また、200,000円を目標にすると、特典として、著者による講演会(1回)がセットされます。もちろん、講師謝礼は不要です。こちらも、学校や図書館への寄贈とは別に、書籍は100冊までお礼として提供されますから、その書籍を、講演会の来場者(100人まで)に差し上げることもできます。書籍を、皆で分け合ったり、募金活動の協力者にお礼として差し上げたりしても構いません。

書籍はA5版、カラー印刷(写真満載)、約300頁の内容です。支援者による送料・消費税の負担はありません。

著者・鈴木利典先生のプロフィール

 鈴木先生は、被災地の校長として2校4年間ご勤務されましたが、震災前にも、被災地で14年ご勤務されており、先生自身も震災で知人、友人、そして、教え子やかつての保護者など亡くされています。
 先生は、被災地に派遣された校長という支援者の側面と、被災者という二つの側面を持ちます。この本の内容は、支援者でもあり、被災者でもある先生にしか書けない震災の「その後」の貴重な証言です。

 震災の年、先生は、岩手県立総合教育センターに勤務し、同センターの企画調整を担っていました。教育センターでは情報教育室長も務められ、情報教育の分野のエキスパートです。

 岩手大学工学部出身で、同学部の地下探査学研究室で学んだ先生は、地震波防災工学にも造詣が深く、著書では「災害時の情報伝達」「津波防災・減災教育の課題」についても触れられています。

 昨年、定年退職され、現在は、一関市教育委員会ICT指導員として「GAGAスクール構想」「プログラミング教育」「情報モラル教育」に携わり、特に、「情報モラル教育」の分野では「ネット社会の危険性と依存症」という演題で、教育センター時代から百数十回の講演、授業に携わられ、退職後もすでに30回を超える講演、授業を担当されています。
 今春、大学時代の友人堅田隆博氏と、岩手の子どもたちと教育を支援する「岩手堅田財団」を設立し、常務理事に就任しています。

「ネットの危険性と依存症」の演題で講演される鈴木先生

鈴木先生の震災前の赴任地
▲は津波の被災校
△は岩手宮城内陸地震の震源地
・陸前高田市広田町(広田中学校)▲
・陸前高田市高田町(第一中学校)▲
・大槌町(大槌中学校)▲
・川崎村(川崎中学校)*水害
・大船渡市三陸町越喜来地区▲
(越喜来中学校・教頭)

鈴木先生の震災後の赴任地
・大槌町(大槌中学校・校長、再赴任)▲
・陸前高田市矢作町(気仙中学校・校長)▲
・一関市厳美町(厳美中学校・校長)△

以下、著書の概要を「目次」と著書の「挿絵」から紹介します

ーーー 目 次 ーーー
はじめに
本文はの序章はこちらから
第1章 津波に浚われた赴任地
東日本大震災が発生する前に、著者の鈴木先生は、三陸沿岸に4校通算14年勤務していました。思い出の地は、すべて被災し、津波に浚(さら)われました。冒頭、第1章には、鈴木先生が、かつて暮らしていた地域の被災状況が紹介されています。
一 陸前高田市立広田町(1982年~1985年)
  変わり果てた初任地
二 陸前高田市高田町(1985年~1988年)
  教え子、友人、知人が浚われた町
  千三百人が避難した第一中学校
三 大槌町(1988年~1994年、*再2012年~2014年)
  津波と火災で壊滅した町
  巨大津波の伝説「臼沢」と「三枚堂」
四 大船渡市三陸町越喜来(2005年~2007年)
五 半分だけ被災者に与えられた使命
  被災者の変遷

第2章 奇跡の子どもたち
壊滅的な被害を受けた被災地で、鈴木先生は、意外にも明るく逞しく生きる子どもたちに出会ったと言います。第2章では、鈴木先生が被災地で目にした大槌中学校、気仙中学校、大槌高校の生徒の様子を紹介しながら、被災地の子どもたちの奇跡のような笑顔の源を考えています。

ぼくらは生きるここでこのふるさとで
鈴木先生は、被災地で校長を2校務め、2校目の気仙中学校では、「被災した校舎の負のメージを払拭したかった」と 、生徒と一緒に被災した校舎にスローガンを掲げています。このスローガンを間近で見られた支援者の声がネットに寄せられています。
「陸前高田の街は、四年十カ月前の震災でなくなりました。何百年も前から時間をかけて発展してきた街ですから、また街をつくりなおすには長い時間がかかります。人口も減っていく中で、街の将来を心配する声も多くあります。だからこそ、この街の将来を担っていく生徒たちの『ここで生きていくんだ』という言葉が発する力はとても大きい」

 大槌中学校
  仮設校舎から卒業する生徒たち
  鈍刀を磨く

「鈍刀を磨く」の本文はこちらから
※岩手堅田財団のホームページにリンクしています
二 気仙中学校
  けんか七夕太鼓の継承活動
  ぼくらは生きるここでこのふるさとで
  清流に癒される日々
三 大槌高等学校
  避難所運営に積極的に携わった生徒の変容
四 子どもたちの笑顔はどこから?
  学校のもう一つの役割
  気仙中学校の夏休み
五 学校生活を支えていた支援物資
  赤いくつ、白いくつ
  スクールバス
  仮設住宅

赤いくつ、白いくつ

色や形の違うカバンやヘルメットも支援物資

全国から乗り入れられたスクールバス


第3章 心のケアと「集団のケア」
心のケアと「集団のケア」の序章はこちらから
※岩手堅田財団のホームページにリンクしています
被災した生徒、肉親を亡くした生徒には「心のケア」が必要でしたが、それは、深く傷ついた生徒の「心」という「命」にふれることで、教員によるカウンセリングには限界があったと鈴木校長(当時)は語ります。そこで、鈴木先生は、校長として、教師本来の得意分野を活かして「生徒が安心して生活できる集団をつくる」ことに学校経営の舵を大きく切り換えたと言います。これが、鈴木先生が語る「集団のケア」の考え方です。

七夕祭り(左上)
豆まき(左上)
全校で楽しんだ焼肉カーニバル(右上)

思い出プリント作戦から
カラー印刷された写真(左)
感謝の写真展(中央)
支援者から寄せられた光沢紙やインク 

保護者のケア
旭山運動会

被災しながら子育てに奮闘する保護者の励みになればと、鈴木先生は、校長として、運動会の綱引きで生徒の間近での撮影を許可しています。
旭山動物園になぞらえて旭山運動会と命名されたそうです。
一 心という「命」にふれることへのためらい
二 学校をケアする「集団のケア」
三 焼肉カーニバル
四 折々に行事を楽しむ
五 思い出プリント作戦
  写真を流された生徒へのプレゼント
  支援に感謝する写真展 
六 心のケアと交流の制限
七 学校の正常化
学校の正常化の本文はこちらから
※岩手堅田財団のホームページにリンクしています
八 保護者へのエール「旭山運動会」
九 3・11追悼の日のメッセージ

第4章 支援者との関わり
芸能人や著名人はもちろんのこと、学校間の交流も断らざるを得ないという厳しい状況の中で、被災校と支援者は、互いにどのように向き合えばよいのか。交流が上手くいった事例を紹介することで、鈴木先生は、今後の被災地支援、被災地との交流に役立て欲しいと願っています。
一 支援者に生徒を託した交流事業 
 「いまいる。プロジェクト」
  大槌町で弟一家を亡くした支援者
 「絆コンサートin河内長野」
  市を挙げての吹奏楽部招聘事業
  被災地の外に出掛けることの意義
  ロータリークラブ・ライオンズクラブの底力
二 生徒と膝を交えてくれた演奏者
  午後のコンサート
  岩見淳三&YAYOI
三 支援者たちの横顔
  RKH
  鮭Tプロジェクト
  スローチャリティ
  気仙すぎの子基金
  軽井沢町
  24時間テレビと奇跡のピアノ
四 企業の社会貢献(CSR)
  みちのく未来基金
  中学生フォトブックプロジェクト
五 作家たちの活動「12の贈り物」

第5章 支援物資のミスマッチと「マッチング」
震災直後、被災校に大量に届いたのがノートや鉛筆といった文房具だったと言います。鈴木先生は、大規模災害が起きた時、皆が、直感的に行動すると、構造的なミスマッチが起きることを指摘しながら、これからの支援には「マッチング」の考えが必要だと述べています。
一 被災地で起きていたミスマッチ
  廃校に山積される文房具
  公平性が引き起すミスマッチ
  仕分けと配送に苦慮した自治体
  タイムラグによるミスマッチ
  被災地のニーズは刻々と変化する
  ボランティア受け入れのミスマッチ
二 支援物資の「マッチング」
  ICT時代の被災地支援
  ホームページやSNSの利用
  ほしいものリスト
  ウエブベルマーク
三 校長室の役割
  スマイル体育館
  グレース夫妻の贈り物
  スマイル図書館
  保護者の支援依頼・ホクエイ

第6章 津波防災減災学習の課題
被災地では様々な形で避難訓練や、防災・減災教育が行われていますが、鈴木先生は、私たちがこれから大事にしなければならのは、数十年に一度の地震、津波を想定した取組だと言います。災害を忘れた頃の避難訓練や防災・減災学習がいかに難しいか、その教訓として、先生が、東日本大震災前に実際に行った津波防災学習や避難訓練のエピソードを紹介ながら、持続可能な避難訓練や、防災減災教育について考えています。

大槌中学校の防災学習
(1993年)

一 1993年北海道南西地震の教訓
  津波警報発令時の避難者はわずか6.9%
  津波防災学習会と揶揄
二 避難訓練の課題 
  登下校中の避難訓練
  津波防災カードと「でんでんこ」の避難訓練

越喜来中学校の防災学習

三 エビデンス
  地形やビルに救われていた命
  津波は線路を越えない
  迷信が助長した被害
四 災害をイメージする
  災害発生時の学校開放
五 解体された教材・震災遺構
  夜爪を切る
六 災害は身近にある    
  学生時代に経験した崖崩れ
  川崎村(一関市川崎町)の洪水
  砂鉄川の氾濫・二度の床上浸水
  岩手・宮城内陸地震と厳美中学校の使命

第7章 災害時の情報伝達
東日本大震災では、被災地のほとんどが携帯電話やスマホが使えない「圏外」になり、バッテリー切れで困った人も沢山いたそうです。鈴木先生は、教育センターでネットワークを構築された経験から、専用回線で結ばれた自治体のネットワークが災害に弱いことを指摘し、災害時の情報手段の在り方を提案しています。
一 東北電力管内約440万戸が停電
  伝言やメモが情報手段に
  専用回線、専用サーバーで結ばれたネットワークの弱点
二 東大ロボの新井紀子先生が開発した次世代の情報基盤システム
  ネット・コモンズ(NetCommons)
三 被災者の足代り・飛脚ボランティア
四 ネット社会の「影の部分」について
  体験型情報モラル教育ソフト「情報サイト」
  情報を正しく解釈する力 
  釜石の出来事

情報を正しく解釈する力「釜石の出来事」はこちらから
※岩手堅田財団のホームページにリンクしています

 第8章 三陸の自然と遠野物語~筆者の原風景~
震災以前のことだと言いますが、三陸の美しい自然の中で、著者である鈴木先生は、ライフークの一つとして「遠野物語の検証」と「水の中の生き物の教材化」に取り組んでいます。この章では、書籍のタイトル「子どもたちは未来の設計者」という言葉が生まれた背景が紹介されています。
一 三陸の自然       
  湧水とイトヨ・水の都「大槌」
  ハマキグと「希望郷いわて国体」
  吉里吉里の鳴き砂
 「酔仙」と「浜娘」・美味しい水の話
二 ヒゲナガの川      
  水の中の生物との出会い
  水質調査の教材化
  親水活動 
三 遠野物語の検証     
  たたら(製鉄)の再現
  オット鳥
  白見山と「二十六夜様信仰」
  マヨイガ

遠野物語の検証
オット鳥の声を聞く会(左)
たたら製鉄実験記念(右)

白見山探検隊
白見山は遠野物語の舞台の一つです。この白見山に「二十六夜様信仰」を裏付ける石碑がありました。
この石碑が昭和8年の三陸地震津波と深く結びついていたと鈴木先生は語ります。詳しくは書籍で…。

第9章 豊かな体験「原風景」が未来をかえる 
38年間教育に携わってきた鈴木先生は、哲学者や教育学者が唱える教育論とまではいかなくても、子どもたちに物事を教えるためには、信念のような、基本的な考え姿勢が必要だと語ります。被災地で取り組んだ様々な活動の背景にある筆者の基本的な考えを「子どもたちは未来の設計者」というキーワードからご紹介しています。原稿を読ませていただく前は、震災関連本と捉えていたのですが、この本は教育のあり方を私たちに問いかけてきます。

豊かな体験
自然との触れ合い

豊かな体験
人(支援者)との触れ合い

豊かな体験
仮設店舗で再起をかける人たちとの触れ合い
一 行事や体験活動の大切さ
  ティーチング、コーチング、スイッチング
二 三つ子の魂を育む    
  仮設店舗での職場体験
  大槌版「ようこそ先輩」
  語り部プロジェクト
三 子どもたちは未来の設計者
おわりに
ーーー 目次は以上です ーーー
本文の内容(抜粋)は目次のリンクからご覧になれます。

著者と被災地との関わり

初任校(陸前高田市広田中学校)
広田中学校は2階建てのアパートを見下ろせる高台にありましたが、1階と体育館が浸水しました。

壊滅的な被害を受けた陸前高田市高田町
著者の二校目の赴任地(第一中学校区)です。

津波と火災で壊滅した大槌町
著者の三校目の赴任地(大槌中学校区)です。

津波で全壊した気仙中学校
著者が被災地で二校目に勤務した学校です。


震災前の高田松原海岸
写生会(1998年)
                                 
震災前の大槌町(1993年)


3.11軽井沢つむぎ隊について



「3.11軽井沢つむぎ隊」は、東日本大震災でたくさんの被災地がある中、ボランティアで大槌行った事が1つのきっかけでもあり、他にも色々なご縁から岩手県大槌町を主に応援している有志の支援団体です。

 2013.2月「子ども達は未来の設計者」と題して岩手県大槌町大槌中学校の鈴木校長先生を軽井沢に招聘し講演した事が1つのきっかけとなり、震災で被災した多数の市町村の中から、"顔の見える支援"をしたい。と考えていた軽井沢町の方針とマッチングして、軽井沢町全体として大槌町を支援しています。

 シンボルマークは、軽井沢町のシンボルである"浅間山"を甲羅にした亀と大槌町の象徴であるひょっこりひょうたん島のモデルである"蓬莱島"を甲羅にした亀が向かい合って、『お互いにゆっくりでも良いから一緒に歩んでいきましょう♪』という想いを込めたデザインです。2012年に中学2年生だった男子生徒がデザインしました。

 全国各地で近年、自然災害が多発しています。東日本大震災の被災地に寄り添いながら、そこから学び、古里の魅力を再発見し、地域の繋がりを大切にしています。

写真(左)つむぎ隊とオリジナルグッズ(亀Tシャツ) 2012年撮影(於:大槌中学校仮設校舎)
写真(右)清掃ボランティア 2011年撮影 (於:大槌町)

★★★ リンク  ★★★

※ 3.11軽井沢つむぎ隊 「震災を忘れない」プロジェクト 

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※ 岩手堅田財団

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