6/1 追記

まずはご支援をいただいた方、ありがとうございます。本当にたくさんの方々からご支援をいただき、1ヵ月を残して目標額の2倍を達成することができました。

こんなに多くの方にご支援をいただけるとは思っておらず、限定数を設定しておりませんでした。冷凍ビリヤニの発送と毎週の料理教室など、お店を営業しながらの返礼品対応を考えると、これ以上の数は難しいです。以降のご支援はお気持ちだけでも嬉しいです。お店がオープンしたら、ぜひお越しください!

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はじめまして。このたび東京・神田に「ビリヤニ大澤」をオープンすることになりました、大澤孝将(おおさわたかまさ)です。



僕は、人生をビリヤニに懸けてきました。


というか、ビリヤニに懸けざるを得ませんでした。コロナ禍でビリヤニを作れなくなって、うつになって無職になり、生活費を稼ぐためにやむを得ず始めた某出前アプリの配達員をクビになり…、やっと気づいたんです。自分にはビリヤニしかないんだと。


「ビリヤニのお店をやろう」


2021年の頭に、やっと僕はそう思えました。少し長くなりますが、ここに辿り着くまでの話をさせてください。



2009年、僕は初めてインドに行きました。初めてビリヤニを食べたあの日のことは、今も忘れられません。元々、炊き込みご飯や炒飯など味付けご飯が大好きだったからこそ、ビリヤニにドハマリしました。


南インドのタミル・ナードゥ州のビリヤニは、日本では目にすることのない形の大きな鍋で、一度に大量に調理されていて、炊き立てホヤホヤをバサッと皿に盛って振る舞われます。下ゆでしない生の米から一気に仕上げる調理法ならではのジューシーさで、一日4食は食べることができました。


▲写真はバングラデシュ・ダッカで訪れたビリヤニ専門店。初めて食べたタミルナドゥ州と同じく生米式のビリヤニ


そこからインドにいる間、毎日毎日、毎食毎食、ビリヤニを食べていました。街ゆく人に美味しいビリヤニの店を聞いては食べに行きました。日本に戻ってきて、翌2月にはビリヤニパーティを開催。友人や知人、カレー好きを集めて、パーティを開き続ける日々が始まりました。


2012年には、ビリヤニパーティを開催させてもらっていた経堂のインド料理店「ガラムマサラ」で働き始めました。同年3月からは、今で言う「間借り店」として、ビリヤニ専門店「ビリヤニマサラ」をやらせてもらい、2014年には店長になりました。



2012年12月に「ビリヤニを作るためのシェアハウスやろう」と一軒家を借りて「ビリヤニハウス」を始めました。これはお店ではなく、あくまで友人たちにビリヤニを振る舞うための場所でした。



そこからこれまで、僕はビリヤニを日々、作り続けてきました。今思えば、ビリヤニハウスを作ってからの時間は順風満帆でした。その回数はこれまでに300回以上。ビリヤニは煮込みから炊き上げまで、3時間半以上かかります。ビリヤニを炊く日は、一日がかりでビリヤニと向き合うんです。


最初は一部の友人たちが集まるだけでした。



コツコツとビリヤニを作り続けていたら物好きが集まるようになり、



次第に人気がでて、イベントを公開したら一瞬で埋まるようになりました。



僕は好きなだけ材料費をかけてビリヤニを追求でき、サービスを求めずただ美味しいビリヤニを食べたいだけの人が来る。そこにはとても良い関係性が出来上がっていました。2020年1月には、ビリヤニハウスに来てくれた方は過去最多の月273人でした。


でも、去年、コロナ禍が来ました。



2020年は、壮絶な毎日でした。まず、それまでは毎週ビリヤニを作っていたのに、コロナ禍で突然「人が集まるのは密だからやってはいけない」と言われ、ビリヤニを作れなくなってしまいました


さらに3月以降、人々は飲食店から離れていき、ガラムマサラの売上も半分以下になりました。スタッフの給料を確保するため、テイクアウトを始めたり冷凍カレーを通販したり、店舗の維持運営に奔走しました。


オーナーのハサンさんは、僕の親代わりです。たくさんお世話になりました。とにかくガラムマサラを守りたかった。コロナ禍で店がなくなってしまうなんてことは絶対にイヤだったんです。めちゃくちゃな日々で忙しかったけれど、それでも僕は興奮していました。


▲ピースをしているのがハサンさん


しかし、その生活が一ヶ月も続いた頃。僕は肉体的にも精神的にも壊れてしまいました。うつになり、6年間も店長としてお世話になっていたガラムマサラを僕は辞めました。


思えば、ビリヤニを作れなくなったことで僕はうつになりました。数ヶ月は廃人のように家で過ごしてました。人と会いたくないし、人の顔を見たくない。


夏が来た頃、生活のために仕事をしなくてはと思い、出前アプリの配達員の仕事を始めました。人に会わなくていい仕事だろうと選んだもののすぐにクビになりました。飲食店と揉めて、クビになってしまったんです。


前から薄々は感じていましたが、改めて「あー、僕ってビリヤニを取ったら、何も残らない人間なんだ……」と突きつけられました。



そんな中、2020年12月、飼っている犬のマロンが癌になりました。しかし働いていなかったため、手術代を用意することができませんでした。コロナは少し落ち着いていた時期だったこともあり、「マロンチャリティービリヤニ」を行いました。


久しぶりにビリヤニを作ることで、周りのみんなから手術代を集めたんです。ビリヤニ作りを再開したものの、ビリヤニだけで生計を立てていけるとは考えていませんでした。趣味でのビリヤニ作りは、続けられたら続けていこうと思っていました。


一般企業に就職しようと考えましたが、友人たちに止められました。


「ビリヤニは諦めちゃダメ!」

「大澤さんのビリヤニを作る才能を世の中のために使わず、就職してしまうなんてもったいない!」

「ビリヤニをやれって天から言われてるんじゃないですか?」



そう言われて、自分の中にあった「最高のビリヤニで、人を喜ばせたい」という気持ちに、だんだん向き合えるようになっていきました。コロナ禍とうつの期間を経て、僕はようやく「ビリヤニのお店をやろう」と腹を括ることができました



僕の理想とするビリヤニは、通常のインド料理店のように来たお客さんを順番に迎え入れる業態では、絶対にできません。炊き立てだけを食べてほしいんです。大鍋で大量調理するので、お客さんには同時に来てもらう必要があります。


だから、ビリヤニ大澤は予約制です。


そして、メニューは「ビリヤニ」一品のみです。



ドリンクはコカ・コーラのみ。お酒も含め様々なペアリングを試しましたが、コカ・コーラより僕のビリヤニに合う飲み物は、まだ見つかっていません。


世にいろんな食べ物がある中で、なぜ僕はビリヤニ一品しかない、めんどくさい店をやるのか。 


ビリヤニは、肉とスパイスの炊き込みご飯です。米が主食の日本人にとって、カレーライスよりも馴染みやすいものだと考えています。11年前に「ビリヤニを国民食に」と唱えだした20歳のとき、これから確実にビリヤニが日本で普及すると思っていました。その思いは今も、変わっていません。 



そして、「これはビリヤニにするのが一番美味しく食べられる」と思うからこそ、僕はビリヤニを作っています。そうでなければ、他の料理にしたほうがいい。わざわざ変なものを作らなくていい。そう自分を戒めて、僕は自分のビリヤニのレシピを開発してきました。


過去、ありとあらゆる種類のビリヤニを作ってきましたが、ビリヤニ大澤のバリエーションは5種類のみ、通常は骨付きマトンのビリヤニだけです。一日に何種類もやるつもりはありません。ビリヤニは工程と要素が多岐にわたり、非常に難しい料理です。一品に集中して、今の自分にできる100%のクオリティを提供します。毎日、ビリヤニ大澤でビリヤニを作り続けて試行錯誤し、さらなる高みを目指します。



一皿に山盛りのビリヤニ、それが美味しければ不思議とたくさん食べることができてしまいます。途中で食べ飽きるようなら、そのビリヤニは美味しくありません。お客さんが途中でカレーをかけたくなったら、それはビリヤニ職人としての敗北です。


だから、付け合わせを出したくありません。付け合わせがないと満足感が足りないなら、それはビリヤニとして未完成です。


でもライタだけは許してください……。ライタは寿司におけるガリなんです。



前菜も出したくない。デザートやチャイが美味しいとか、他のもので点数を稼ぎたくない。ビリヤニ一品がどれだけの満足感を提供できるか。それが僕の勝負です。 


そのために僕のすることはシンプルです。「ビリヤニ大澤」ではビリヤニ専用の厨房をゼロから設計して、今まで以上の炊き上がりを可能にします。 毎日、ひたすら同じビリヤニを炊いて、どんどん改良していき、さらに美味しいビリヤニを安定して炊けるようにします。



ビリヤニ鍋を囲うコの字カウンターで、目の前で盛り、最短距離で提供して炊き上がりの風味を味わってもらう。 


飲食業は、市場原理が働かない業種です。最も儲かっているお店は、最も美味しいお店ではありません。 どうやったら儲かるのか、原価を下げるにはどうするのか、いくらで売れば売れるのか、そんなことを考えていたら、いいビリヤニは作れません。 


唯一無二の、美味しいビリヤニを作る。 


一日に20人のお客さんが来てくれれば、採算は取れます。それなら、僕はビリヤニのことだけ考えていれば、なんとかご飯が食べられる。 


それが、究極のビリヤニを追求する、僕の理想の人生です。 




結果的に、僕はビリヤニをやめたら、うつになりました。ビリヤニ作りを再開したら、復活しました。改めて僕には「ビリヤニしかない」と気づきました。


カッコつけてるわけじゃなくて、僕はビリヤニしかできない、どうしようもない人間です。だからこのクラウドファンディングを通じてお店をオープンして、成功させて、多くの人に最高のビリヤニの美味しさを届けていきたいと思っています。そしてビリヤニを日本の食文化の一部にし、日本をビリヤニ大国にしてみせます


「ビリヤニはインドで生まれ、やがて日本で発展した」


後の世でそう語られるビリヤニをこの手で作ります。そのためにもこのクラウドファンディングを通して、お力を貸していただけたらうれしいです。


ご支援、よろしくお願いします。


2021年5月吉日

ビリヤニ大澤

大澤 孝将





物件の契約費用は友達から集め、内装工事の費用は政策金融公庫でなんとか借りられましたが、運転資金が足りない状態です。開業後しばらくはコロナの影響で売上が読めないため、ご支援いただいた金額を運転資金に充てさせていただきます。 



3,000円 
【パクチー大盛】

4,000円 
【ビリヤニ大澤ロゴ入りTシャツ ウルドゥー語版】

5,000円 
【バスマティライス10種類セット】

6,000円 
【冷凍ビリヤニ4食をおうちで食べる権利】

7,000円

【ビリヤニ大澤ロゴ入りTシャツ 日本語版 】

10,000円 
【お食事券11,000円分】
【冷凍ビリヤニ8食をおうちで食べる権利】

12,000円 
【ビリヤニ大澤ロゴ刺繍キャップ】

28,000円 
【ビリヤニ料理教室 初級編 1名様】

30,000円 
【お食事券33,000円分+お好みビリヤニ1回】

33,000円 
【ビリヤニ料理教室 上級編 1名様】

50,000円 
【出張ビリヤニ】

100,000円 
【お食事券110,000円分+優先予約会員2年間】

  • 2021/06/09 13:43

    こちらの活動報告は支援者限定の公開です。

  • 2021/05/19 02:36

    お店のロゴが完成しました!インドやパキスタンの再現ではなく、料理としての完成度を追及して日本で独自に発展させたいとの思いから、和テイストになりました。落款印にはウルドゥー語ロゴが入っています。ウルドゥー語ロゴは「ビリヤニ大澤」のウルドゥー語表記をパキスタン人カリグラファーZahid Mayo氏...

  • 2021/05/18 15:56

    皆様ご支援ありがとうございます!!おかげさまで30時間で目標額500万を達成しました。ありがたいことに現在800万に達し、さらに増え続けております。「ビリヤニはオワコン」と思っていた去年からは考えられない状況で、僕に期待してくれている方の多さ、ビリヤニという料理のポテンシャルの高さに改めて胸が...

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