我々は希望喪失の時代に直面しています。そんな中で、アートで、コミュニティを創出して、希望を創りたいのです! 障害者、LGBTにおける芸術表現はもっと自由であるべきです。僕自身が障害者だからこそできることがあると思います。 だからこそ、最先端の芸術教育を学び、夢を実現したいと思っています!!

プロジェクト本文

はじめまして。こんにちは。

▼障害者/LGBTの芸術表現をどうにかしたい難聴の高校生です。

そんな高校生のクラウドファンディング、長いですが見てくれるだけでも嬉しいです。

 

難聴でどうやってアートなんか関われるんだ!どうやって留学するんだ!と思われるかもしれません。

まずは生い立ちから、そしてどうしてこの目的に辿り着いたのか。そこからお話していきたいと思います。
長いしめんどくさいな、と思われた方は飛ばして頂いても構いません!
最後の方にもちゃんとまとめるつもりなので…!

なお、この記事の完全版はnoteというサイトに投稿しています。
リンクを以下に貼っておきますので、ご興味のある方は読んでいただけると嬉しいです!

https://note.mu/waxogawa/n/n27659a03beba

 

▼生い立ち 〜生まれてから絵画の道まで〜

2001年の冬に生まれ、海側の田舎で6ヶ月まで普通に育つが、音に反応しないことを理由に大きな病院を受診。


結果、先天性高度難聴と診断される。

「お子さんは言葉を喋ることはないでしょう」と宣告された。
そんな時に、声をかけてくださったのは、金沢方式の能登谷先生でした。
「大丈夫ですよ。お子さんは言葉を話せるようになりますよ」 

そんな僕にとって、言葉を一切介さなくても、表現できるのは、絵だった。

多分、そこが、僕にとっての原点だと思う。
けれど、小学校三年生、転機が訪れる。

いじめの発生だ。

そうして暗い時期が小学校五年生まで続くことになる。
先生までもが「あなたは障害者なんだから我慢しなさい」とまでいうようになる。

その頃、やはり、没頭するのは絵だった。
そしてハリーポッター。

(中学校の時描いていた絵。未完成のまま残っている。1200×720mm程)

 

でも、だんだんと行き詰ってくる。

自分に表現者としての個性はあるのか。「ああ、これは彼の絵だね」なんて言われることはあるのだろうか。
「ピカソみたいな」「モネみたいな」って感じで「Ogawaみたいな」なんてあるのだろうか。

逆に僕にしかできないことって何だろう。

障害者だからこそできるアートって何だろう。

▼「Ogawaらしさ」って何だ?

そうして色んな本に没頭していく。

(2017年で読んだ本たち)

そんな中、僕の地元で「奥能登国際芸術祭」が開かれた。
様々なアーティストが一所に集まって、珠洲らしさ、あるいは能登らしさを包摂しながらもアートを展開していた。

 

(すごかった。全部毛糸で編んである。)

 

(どこかディストピア感のある、珠洲の森。)

 

(こんな感じで地域がそのまんま入り込んでる。逆か、アートが地域に寄り添っているだけ。)

こんなにアートは地域に寄り添える。もっと身近なものなんだ!
そして、障害者である僕だって参加できるものなんだ!

そう気付いた。

 

そして芸術祭関係の本も読み漁るようになり、直島・瀬戸内国際芸術祭の本に出会う。
福武總一郎さんの考える、地域とアートについての本だった。

その本を読んで、今までの点どうしだった知識や感情が、一気に線を結び始めた気がする。

▼アートには人を救う力がある。
 地域を救う力がある。

 

じゃあ具体的にどうするの?
もう少し詳しく話していきたいと思います。

もう少しお付き合いください…〓

 
▼アートを用いた希望開発、コミュニティとSNSとアートの協働
 

  

福武總一郎さんは、こう言います。

”経済偏重の先進諸国をモデルにしても幸せにはなれない”

人の幸せの問題もまた、世界は金や経済あるいは箱物といった施設設備で解決しようとしているということです。
私は、そんなことで人が幸せになれるわけはないだろうと思います。


アジアは、今後一番成長が見込める地域と言われていますが、先進諸国をモデルにしようとすると、一人ひとりの「ひと」を中心という考えが欠如しているという道をたどる可能性は非常に高いと私は思っています。
だからこそ、絶対にそうしてはだめだと思うのです。

ベネッセアートサイト直島(BASN)は時代によって傷付けられた過疎の島にアートを持ち込んで、そこを再生することに成功し、人々が再び自信を持つようになりました。これはもっと評価されていいと思いますし、これからの時代の新しい、アートによる地域再生のモデルになればと思っています。

 

では、「どこ」をどうして「何を」どうするのか。
スライドを用いながら説明してみたいと思います。

 

スライドで用いられている「希望喪失の時代」とは、

紛争と開発:平和構築のための 国際開発協力の研究 (課題番号 15203007) 研究成果報告書
平成19(2007)年3月 研究代表者 佐藤 安信 (東京大学教授・大学院総合文化研究科)

にて用いられていた表現です。
この希望喪失に関する論文の要旨はは大きく分けて四つの構造にあると思われます。

 

希望喪失は「暴力」によって引き起こされます。
主体がある、DV、いじめ、殺人、レイプ。
主体がない、LGBTの差別や黒人の差別、男尊女卑。

こうした暴力によって人々の希望は失われていきます。

 

ですが、この希望開発はあまりにも抽象的、概念的で、実践には至らないと思われます。
では、もっとミニマルに、ミクロの視点から希望を開発するためにはどうしたら良いのでしょうか。

そうです。SNS上ならば、いくらでもコミュニティがあるではないですか!

好きな人同士で集まって、話をして、希望を広げて行く。
承認欲求を満たし、一種の共感主義を示し、自身の希望を回復していける場所は、SNSではないでしょうか。

では、これとアートはどう関係性があるのか。

 

前のスライドであったと思いますが、「主体」による暴力が、希望喪失の原因の一つであることは自明です。
ならば、その主体をなくせるのは、何か

アートです。
アート、芸術ならば、主体が男か、女か、ゲイか、レズか、爺さんか、婆さんか、子供か、なんて問題ではないのです。多くの人々の琴線を動かし、感動させうるものならば、それで良いのではないでしょうか?

 

(最近製作中の、LGBTにスポットを当てた作品群)

主体性を排除し、中身だけに注目できるという特性を持つアートは、一層「平和開発」の重要な要因だとは言えないでしょうか。

主体性の暴力を大きく浴びている、障害者、LGBTの方達にこそ、アートの機会は平等に与えられるべきだと僕は思うのです。SNS上ならば、顔も晒す必要もないし、必要な情報だけを開示すればいい。

  

さて、肝心の資金の使い道についてです。

 
▼資金の使い道

このような方面で使わせていただこうと考えています。
基本的に9割方は留学費用になると思います。(親の負担を少しでも減らすため)

 

なお、資金の金額設定理由について触れておきたいと思います。

これは国公立大学と私立大学の費用の比較表なのですが、これを参考に金額を決定させていただきました。

実は、芸術学部があり、高レベルの教養を得られるのは、私立大学が主なのです。
海外留学するにしても、国公立大学には芸術学部がない、となると…ということです。

僕自身、国公立大学志望ですし、親とも家庭環境上、国公立大学を目指そうという話になっています。(今までの塾代、手術費用などの関係もあり

ですが、僕がやりたいと感じている分野、芸術分野は、海外芸術留学が必要ではないかと思っています。あるいは、学部に芸術がある大学といえば、青山や慶応などの私立大学。じゃあ東京藝大は?芸大予備校ないし親から絶対反対食らうし現実的じゃない…!

じゃあ、国公立か私立の学費を、クラウドファンディングで賄えたら!
これなら、きっと、親とも上手く折り合うつくだろうし、やりたいことが出来る!


将来の希望の、大学教授となって芸術に関わることもできる!


ということです。

(私立なら数学なくても受験可能だったりするし一層希望に近づくしね…)
▼リターンについて

大学留学中に制作した作品やCanvath(http://blog.canvath.jp/guide/campfire/)を通じての作品をリターンとしたいと思っています。リターン制度があることを知らず、やりたいことばっかり考えてしまいました…
他にもリターンできそうなものがありましたら随時アップさせていただきたいと思います。

そして、現在進行形で文學界新人賞に応募するための小説を書いています。
その小説が完成したら、冊子に綴じて、別途短編小説を収録したものを作ろうかな、と思っています。
この私小説をリターンとしようかな、と思います。

写真集でもいいのかな。今まで撮ってきた写真を冊子化して、小説と一緒にしても面白いかもしれない。

(自分が作ってきたイラストだったりポスターだったり)

 

 

▼最後に

まとめます。

 

 

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