ニセがん患者の僕が、世界的に有名なニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターに診療情報を送り、セカンドオピニオンを受けて見たいと思います。申し込み方法や実際の結果を可能な限り公開します。 海外でセカンドオピニオンをお考えの人に参考になればと思います。

プロジェクト本文

希少がん「軟部肉腫」疑いから1年

はじめまして見目隆俊と申します。

僕は現在、神奈川県立がんセンターと言うがん治療専門の病院に通院しています。

始まりは2016年11月、太腿に不自然な腫れを発見し、原因が分からずいくつかの病院を受診しました。そして最終的に行き着いたのが県立がんセンターでした。

考えられる病気は筋肉にできる希少ながん「軟部肉腫」。

 

「ヤバい死ぬかも…きっとバチが当たったんだな。」

当時の僕はそんな気持ちでした。

早急に入院し切開生検術と言う方法で病理検査を受ける事になりました。

そして結果は「悪性の根拠無し」=「がんでは無い」と言うのもでした!

命の心配は無さそうだと分かりホッとしたものの、1年3ヶ月が経った現在も脚の腫れは拡大を続けています。そして病名はハッキリせず決定的な治療法も見つかっていません。

「がん」では無いけど、治らずに拡大を続ける謎の腫れ、主治医は良性の腫瘍とも違うと言います。

命の心配はなさそうとは言え僕の左太腿周りのサイズは現在65cmまで膨らんでいます。(正常な右は48cm) そろそろ日常生活に支障が出て来ました。

がんでは無いけど良性の腫瘍とも言えない、そしてがん診療連携拠点病院に通い続ける僕。

県立がんセンターに来る人の殆どはがんの患者さんです。そこに紛れて通い続けるがんでは無い僕は、まるで「ニセがん患者」です。自分でそう呼ぶ事にしました。
そうは言っても、がんとは診断されていないのに、がん保険に入ろうとすれば断られます。

全く困った事になってしまいました。

この何とも中途半端な状況を何とか出来ないかアレコレ考えました。 

 

アメリカの世界的に有名ながん専門病院からセカンドオピニオンをもらいたい!

僕の病気は国内トップクラスのがん専門病院でもはっきり分からない。それでは、海外の病院ならどうなのか?

世界的に有名な病院ならどんなセカンドオピニオンが得られるのか?

ニューヨーク・メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター

この病院では実際に渡米しなくても、メールなどで必要な情報を送ることでがん治療のセカンドオピニオンを行うサービスを世界中から受け付けています。


ニセがん患者だからこそ出来ること

海外でのセカンドオピニオンに興味の有る患者さんは僕以外にも沢山いると思います。でも実際に体験した人の情報はまだ限られています。

体験記を作って情報を広めれば、海外でのセカンドオピニオンが多くの人に広まり他の患者さんの役に立つかもしれいない。
海外でのセカンドオピニオンなど考えもせず諦めていた人が新しい可能性を見い出せるかもしれない。
僕が失敗して遠回りしたとしても、そこで得た教訓を伝えれば後に続く人は同じ失敗を回避できると思います。

これは「ニセがん患者」の僕にはもってこいの役割のように思いました。
海外からセカンドオピニオンを受ける方法を紹介するには、まず「がん患者」が必要です。
僕は現時点では、がんとは診断をされて無いものの、再度病理検査をすればやっぱり、がんが見つかりましたとなる可能性もある微妙なグレーな状況にいます。

早急に治療をしなくてはならない状況でもないですが、ほっといても大丈夫と言うわけでもない。そんなニセがん患者の僕は実験台にはちょうど良いのではないでしょうか?
なるべく他の人が参考に出来るような内容をお伝えしたいと考えています。僕が体験を公開する事と引き換えにクラウドファンディングで費用を集められないかと考えた次第です。

情報はまずブログで公開して最終的には電子書籍のにまとめたいと考えています。
http://kemmoku.com/blog/
↑僕のブログです。

 

<この企画にご協力頂く主なメリット2つ>

1.およそ20万円の代行手数料の削減方法をシェア出来る。

2.世界的に有名ながん専門病院からのセカンドオピニオンの体験、実態の情報を患者の視点からシェア出来る。

 

<主な費用の内訳>

メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターのリモートセカンドオピニオン費用
US$2,750 ≒ 300,000円

診断書、診療情報の医療翻訳費
約100,000円

キャンプファイヤー手数料
17%

リターン品のコスト

 

企画の概要は以上の通りですが、実はここに至るまでに色々な事を考えました。

 
お蔵入りとなったもう一つのアイデア

僕は病理検査の結果がが出るまでの約1ヶ月間自分が死んでしまうかもしれないと言う思いに駆られました。
そしてこんなアイデアが思い浮かびました。
それは「死んで儲ける方法」

 

良い言葉では無いと感じる方も多いと想像しますが、実はこの「死んで儲ける方法」が思いついて僕は大きな気持ちの変化が起りました。あくまでも僕の感覚に過ぎませんが僕はこの気持ちの変化がなければ病理検査の結果は「悪性」だったんじゃないかとさえ思うのです。そのエピソードを紹介します。


2016 年 11 月に左足大腿部に不自然な腫れを発見し、近所の診療所へ行くと筋肉の中に何か出来ていると言われ総合病院の整形外科を紹介されました。紹介先の病院ではエコーやMRIなどの検査を受けましたが診断はつかず、一ヶ月様子をみてみようという事になりました。

僕は、なんだか気になりだしインターネットで調べてみると最悪のケースとして考えられるのは筋肉に出来るがん「軟部肉腫」だと知りました。

この病気は症例が少ないため希少がんに分類され、細胞の形態により多くの種類が存在し、悪性度の高い物の場合は治癒の見込みが極めて低い…

「軟部肉腫」をキーワードにネット検索すると、検索候補に出たキーワード「軟部肉腫 ブログ」が目につき、3件ほど闘病記ブログを見ました。するとそのうち2件はご本人が亡くなられていました。残り1件は再入院というタイトルの投稿を最後に1年以上更新されていない…

僕はそれ以上人の闘病記を見たいとは思いませんでした。

一ヶ月後、足の腫れはあまり変わっていませんでした。そして別の病院を紹介されました。
次に行ったのは以前国立がんセンターの肉腫の専門医で著書も書かれているような、経験豊富な先生の居る病院でした。初めての診察で先生は「軟部肉腫」と言う一番聞きたくなかった病名を示唆しました。
そしてすぐに行くようにと県立がんセンター宛の紹介状を渡してくれました。

県立がんセンターの先生も、それまでの経過とMRIやCTスキャンの画像から考えて「軟部肉腫」の疑いが高い、手術で病巣の一部組織を取り出し顕微鏡で細胞を見る病理検査をして最終的な判断をするという事でした。
そして僕は早急に入院し切開生検術による病理検査を受ける事になりました。

この検査で「悪性」また「良性」がはっきりします。しかし先生はそれまでの経過や画像から考えて良性の可能性は低いと見ている様子でした。僕も良性を期待しても無理そうだ、せめて悪性でも治癒率の高い種類であって欲しいと考えていました。

検査までの間様々な思いが僕の頭を巡りました。
インターネットで得た情報からは最悪の場合も考えざるを得ない状況でした。
その時の僕にとって自分の死は「怖い、悲しい」と言う感情より「情けない、悔しい」そして「ダサい、ダサすぎる!」そう思っていました。

と言うのも僕はこの10年思い描いていた事の殆どはうまく行かず、結局言い訳ばかりして来たと思えたからです。

僕が病気になる4年ほど前に父が口腔ガンで亡くなりました。
父は僕にとって本当に大きな存在で、とても尊敬していました。
そう思う理由は僕が高校卒業後の進路を決める時、普通に進学や就職をせず好きな事にチャレンジする事を認めてくれ、応援してくれたからです。
だから僕は父にそれまでの恩を返すべく回復を祈り出来る限りの事はしよう思いました。父は化学治療と放射線治療、そして手術と苦しい治療に耐え3年間は回復に向かっていました。

しかし4年目に再発、その後は病気の進行が早く約5年間の闘病生活が終わりました。

父が亡くなり葬儀や実家の片付けが終わると父が残してくれが遺産が入りました。
僕はこれを元手にそれまで中途半端に続けて来た自分の事業を立て直そうと考えました。
でも結局はうまく行きませんでした。今思えば真剣に取り組んでいなかったと言うか、言い訳ばかりしていたし、上手く行かない事を周囲の環境や社会のしくみのせいだとか言って、ここから逃げ出したいとばかり考えていた様に思います。

気がつくと尊敬する父が残してくれた大切な遺産はもう殆ど残っていませんでした。そんな矢先に今度は自分の病気が発覚しました。

小さな子供と妻がいながら、お金は無い、仕事も中途半端、足には腫瘍…
そして自分が死んでしまうかもしれない。
きっとバチが当たったんだと思いました。
本当に無様な人生だと思いました。なにより父親に申し訳無い。

父が認めてくれた僕の好きな事とはモトクロス競技でした。
高校卒業後、僕の進路はフリーターをしながらモトクロスレースに出る事でした。
そして10代、20代の頃はお金や時間など全てをモトクロスレースつぎ込む様な生活をしていました。
20代後半から幸運にもモトクロスをする環境の良いオーストラリアで6年間を過ごす事ができました。これも父の援助が有っての事でした。

残念ながらレースの成績はさっぱりだったので、レーサーを夢見ていたなんて恥ずかしくて言えないレベルです…

20007年に日本に帰国し、それまでのモトクロスや海外生活の経験を生かしてバイク部品の輸出事業を始めました。
しかし、その事業も良かった時期は短く、副業をしながら中途半端に今も続いている様な状況でした。

討ち死にの若きサムライ

モトクロスの世界には事故で若くしてこの世を去っていったライダー達が少なからずいます。せまりくる死をイメージした僕の頭にライダー達の顔が思い浮かびました。

僕にとって彼らは逃げずに戦い、そして討ち死にしていった若きサムライのような存在です。
せめて人生の最後くらい彼らのように戦って討ち死にできないものか?
そう思うと無性に悔しさがこみ上げてきました。
僕は何とかならないかと自問自答を繰り返しました。

ピンチはチャンスになり得る。

これは大ピンチだ。

ならば大チャンスなのか?

どう考えてもそうは思えない。

僕はこのまま逃げ際を後ろから切られる様な無様な死に方しかできないのか?

せめて戦いに挑んで討ち死にできないか?

人生は一度きり。

だから死も一度しか経験できない。

金持ちでも貧乏でも高学歴でも低学歴でも死は平等に一度きり。

望むと望まざるに関わらず、死ねるチャンスは誰にとっても一度きり。

2回以上死ねる人はいない…

誰でも人生に一度しか体験できない「死」その希少価値を何とか利用でき無いか?

「自分の死」の利用価値を追求する人はまだ多くないと思いました。

もしかしたらこれはチャンスかもしれない。

わずかな光が見えて来ました。

死の利用価値、死んで役立つ方法は何か無いか考え続けました。

そしてアイデアが浮かびました!

「死んで儲ける方法」です。


「死んで儲ける方法」の効用?

自分の死の利用価値を見いだした僕は気持ちが晴々しました。

そして体調も良くなったように感じました。

と感じたのも僕は以前より冷え性だったのですが病気を意識しだしてから、さらに冷えが酷くなり、とにかく毎日寒くてすごい厚着をしていたいました。でも、そのアイデアが浮かんでからは急に寒さが和らいだように感じ厚着をしなくなりました。

妻もびっくりした様子でこんなやり取りをした記憶が有ります。

急に薄着になった僕をみて妻が尋ねました。「いったい何が変わったの?」
僕はこう答えました。「考え方」
妻は不思議そうな顔をしていました。

でも本当にそれだけの事です。


意外な病理の判定

予定通り入院して病理検査のための手術を受ける事になった僕はがん専門病院に入院している身にも関わらずそれ程不安を感じていませんでした。
病院のベットの上で僕はパソコンを開き「死んで儲ける方法」の準備に夢中になっていました。

このアイデアを成立させるには最低条件として自分が「がん」の診断を受ける必要があると考えていました。
だから検査の結果が「良性」だとアイデアは不成立になってしまいます。

夢中になっていた僕はいつの間にか不成立になったらどうしようと意味不明な心配までしていました…
「いや、それで良いんだ、不成立で良いんだ」と自分に言い聞かせるような、おかしな精神状態でした。

そして運命の病理検査の結果は前述の通り
「悪性の根拠なし」=「がんでは無い」と言う判定でした。

幸か不幸か、思い浮かんだとっておきのアイデア「死んで儲ける方法」は不成立となりました…
それで良いんです!

でも僕には不思議な感覚が有ります。
追い詰められた僕は自問自答の末に自分の死を利用する一つのアイデアにたどり着きました。
そして不安が一気に解消し冷えも感じなくなりました。

もしこのアイデアが浮かんでいなかったら判定は違うものだったのでは無いかと思うのです。

「死んで儲ける方法」を思いついて僕の中で何かが切り替わった感覚があります。
あの瞬間に悪性の組織がそうでないものに変わったんじゃ無いか、そんな気がして仕方ありません。
医学的な根拠など全く有りませんが、もしこの仮説が本当なら僕は「死んで儲ける方法」で死を回避した事になります。

リターン品の一つとして、電子書籍「死んで儲ける方法」
 さて、当時僕が書き留めた「死んで儲ける方法」の内容を再度編集し電子書籍化しこのプロジェクトのリターン品としてご用意いたします!

 

 今の自分にできる事を
その後の僕は、多少の不自由が有りながらも元の生活へと戻りつつありました。
しかし、症状は収まらず徐々に病巣は拡大する事に困り始めます。
この中途半端な状況をなんとかしなくては、でもお金が…
そして似たような方法論で思いついたのがこの企画
「海外セカンドオピニオン」です。

僕のセカンドオピニオン体験を可能な限り全て公開したいと思います。
考えている内容は以下の通りです。


●自分の病状と経過

●肉腫について

●アメリカの病院の紹介

●問い合わ方法

●通訳の探し方

●代行業者の利用について

●日本とアメリカの診断結果の比較

●その他実際にやってみた感想

 
内容はひとまずブログに公開して、内容を整理して電子書籍としたものをリターンとしてお届けします。

http://kemmoku.com/blog/
 ↑僕のブログです。今の時点で調べた事などを掲載しています。

以上となります。

ご支援いたれば幸いです。
どうぞ宜しくお願いいたします。

 

==リターン品の紹介==

<3,000円コース>

●ニセがん患者がデザインしたオリジナル、ニセがんステッカー
●お礼メール
●海外セカンドオピニオンに関する質問に可能な限りお答えします。

<5,000円コース>

●電子書籍「海外セカンドオピニオン」
●ニセがん患者がデザインしたオリジナル、ニセがんステッカー
●お礼メール
●海外セカンドオピニオンに関する質問に可能な限りお答えします。

<8,000円コース>

●電子書籍「海外セカンドオピニオン」
●ニセがん患者がデザインしたオリジナル、ニセがんTシャツ
●ニセがん患者がデザインしたオリジナル、ニセがんステッカー
●お礼メール
●海外セカンドオピニオンに関する質問に可能な限りお答えします。

<10,000円コース>

●電子書籍「死んで儲ける方法」
●電子書籍「海外セカンドオピニオン」
●ニセがん患者がデザインしたオリジナル、ニセがんTシャツ
●ニセがん患者がデザインしたオリジナル、ニセがんステッカー
●お礼メール
●海外セカンドオピニオンに関する質問に可能な限りお答えします。

 

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