2017/06/05 20:36

現在開催中の 「植田明志作品集刊行プロジェクト」。

プロジェクトスタートからわずか24時間で目標金額を達成した記念に

2つのリターンを新たにご用意致しております。

今回は新たなリターンのうち、「虹の人 手拭い」と

その元となった作品「虹の人」の物語を紹介致します。

 

 

今回追加リターンの手拭いのデザインに採用されたのは

2016年開催の第3回個展「虹の跡」のメイン作品であり

フライヤーにも用いられた大型作品「虹の人」のドローイング。

立体作品制作以前に描かれたドローイングを大胆にあしらった迫力のデザインです。

 

今回のクラウドファンディングでしか手に入れる事が出来ない

貴重なアイテムとなりますのでお求め逃しなく!

 

 

 

 

様々な記憶の色の集合である"虹” 。

そして、その時、その場所に自分が確かに存在していたという証である"跡"

をコンセプトにした大型作品「虹の人」。

 

 

 

 

個展「虹の跡」を象徴する作品であり、 今なお、高い人気を誇る作品です。

植田明志「虹の人」 幾重にも積み重なった街で形作られた身体。

風化し、朽ちかけた遺跡を想わせる身体の各部には 植物が根をはり、

胸部と腹部には"爪痕”を想わせる大きな穴があいています。

 

 

 

 

「虹の人」

その瞬間、僕は、虹をみた。

その虹はただ、そこに居た。

光と色が交差する。

 

 

この降り積もった記憶の山のてっぺんで、僕を待っていた。

地面はふわふわとした — 子供の頃に摘んで誰かにあげた花に、よく似ている。

— 真っ白い花に覆われて、足をくすぐった。

花の下の地面には、たくさんの足跡があった。

 

 

 

 

 僕は、この物語を知っていたよ。

沢山の跡をつけて。

僕は、確かにそこに居たんだよ。

涙は、音のない夕立のように、止めどなく流れ続けた。

 

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いつからかこの山を歩いていた。

多分、そうだ。山に詳しい友人に、聞いたのだと思う。

その山では、雨が降らなくても虹が見えると、教えてくれたのだ。

「虹って、ふと現れて、消えていくだろう? でも、心に残るんだ。

俺は、それを不思議だと感じるんだ。」

確か、そんなことを言っていた気がする。

何故か、どうしても顔は思い出せなかったが、ロマンチックなやつだ。

 

 

 

 思えば、もうしばらく、虹を見ていなかった。

雨が降れば、外には出なくなったし、

コンクリートに染み込んだ、夕立の匂いも嗅がなくなった。

そもそも、子供の頃も、あまり虹を見た覚えはなかった。

ずっと部屋の隅で、様々な色のクレヨンで、何か描いていた気がする。

何を描いていたっけ?

 

 

気づくと、何時しかあたりは真っ黒になり、空に浮かぶ月も頼りなかった。

山肌は、不規則にぼこぼことしていたが、それなりに舗装されており、

歩いてきた道を見ると、たくさんの足跡があった。

とても大きな動物のもの。 子供のもの。

そして、僕の足跡は、そのどれかに混ざってわからなくなっていた。

僕は、何時からここにいるのか、わからなくなっていた。

どうやったら、そこに居たことにになるのか、術を知らなかった。

僕は、自分の足跡の形すら、覚えていなかった。

 

 

この山では、たびたび、不思議なことが起こった。

歩いているうち、たまに、ふっと気配を感じて、

暗い崖のほうへ目をやると、子供がいるのだ。

その子供たちは例外なく、奈落の闇にぽっかりと頭だけをだした、

どうやってもそこには辿りつけないような岩の上にいた。

 

 

彼らは、本当に小さく、ささやくような声で、歌っていた。

僕が声をかけても、何の反応もしなかった。

きっと、彼らの世界には、僕はいないのだと、思った。

 

 

 

山の中腹あたりに差し掛かると、街が見えた。

その街は、ずっと燃えていた。

きっと夕焼けがあそこで眠っているのだ。

僕の家も、燃えているのが見えた。

多分、あれだと思う。

山の飛行機が、その街に落ちていくのが見えた。

飛行機は、燃え尽きる瞬間に、流星になれた。

夕焼けは、大きな生き物となって、世界を燃やし尽くしてしまってしまうのだと思った。

そしていつしか、さらに大きな夜が、そんな世界を飲み込んでしまうのだ。

 

 

 

 

世界は、真っ暗になって、夜の優しさに気付くのだろう。

ふと夜空を見上げると、月が山肌に、さなぎみたいにくっついて眠っていた。

そういえば、僕は約束をしていたことを思い出した。

誰かと会う約束だった。

この山の頂上で。

 

 

 僕は走った。

夏が終わったばかりの山は、肌寒かった。

途中で、公園が見えた。

遊具はみな闇の中で、 怪獣の骨みたいな体を、白く光らせて眠っていた。

怪獣の骨にはたくさんの子供たちが遊んでいた。

まるで、獲物に群がるたくさんの蟻のようだった。

息が切れる。

 

 

山はますます黒々としていった。

山肌には様々な種類の鉱石がむき出しになっているらしく、

星みたいにきらきら光った。

まるで、宇宙の彼方を走っているようだった。

心臓が張り裂けそうなくらいの全力疾走。

 

星が、次々と流れていく。

この暗闇は、僕をどこへ連れて行ってくれるのだろう。

たまに突き出た星たちで、体を少しずつ切った。

生暖かい感触が伝わる。少し深い傷もあるようだった。

 

頂上に着いたときには、すっかり月のさなぎはからっぽになっていた。

きっとさなぎの中の海は、宇宙に還っていったのだと思った。

今頃、さなぎの下ではその外皮で作る舟のために、たくさんの舟人で溢れているだろう。

 

山のここは、真っ白だった。

きっと、地面から無数に生えている白いぽわぽわした植物のせいだ。

それに、風に吹かれなかった植物の綿毛が、埃のように真っ白に地面を覆っていた。

下のほうが、少し茶色く、複雑に濁っているのも見えた。

 

 

 

声が聞こえて、振り向くと、君がいた。

何か小さく呟いた。

それきり、何も話さなくなった。

二人で、地面に寝転んで、星空をみた。

星座を教えようとしたが、僕の知ってる星の位置とは、少しずつ違っていた。

 

僕が声をかけようと横を見ると、彼女は真っ白になっていた。

彼女の身体からは無数の白い植物が、

空にむかって生えていて、人の輪郭を失っていた。

鉱石に引っ掛かってできた傷も、白くぽわぽわしていた。

 

 

 僕はどうしようなく泣きたくなった。

泣いてしまえば、きっと楽なのに、

鼻が冬の朝のように、少しツンとするだけだった。

涙を堪えようと、地面に顔を伏せた。

 

 

綿毛がふわふわと迎えてくれた。

ふと、綿毛の隙間に何かが見えた。

はっとした。

無我夢中で、降り積もった埃振りを払う。

見えたのは、無数の足跡。

はっとしたその瞬間には、もう涙は溢れていた。

闇の中でひとりぼっちの怪獣のように、わんわん泣いた。

 

 

 

夕立ちみたいな涙のせいで、

景色は夏のプールの様に光り輝いて、揺らめいていた。

地面は様々な色が重なりあっていた。

それは、全部僕が知っている色だった。

僕だけが、知っている色だった。

揺らめく景色のせいで、様々な色が複雑に絡まり合った。

 

 

その瞬間、僕は、虹をみた。