2015/07/23 00:06
<きっかけ1>

22歳でウブドの住人になった私は、それまで踊りなどしたことがなかったけれど、人波離れた芸をする楽隊や踊り手に魅了され、近くで見ていたい一心で大胆にも巨匠といわれる先生方の稽古に通ってました。動機が「もっと近くにいたいから」だった私は、先生方のお手本に見惚れてばかりいました。
そんな私に先生方は、よく話をしてくださいました。
「私たちが子供のころは、師匠からの指導も厳しかったけど、それ以上に楽団の前に出るときは、怖くて怖くて震えがとまらなかったものよ」と。「だから観客に向けての全面よりも、自分の後ろ姿や横からの姿がきちんとできているか、横や後ろを向いたときにきちんとできているか、360度、常に緊張してとにかく一心に踊っていたのよ。」と。「うまく踊れなかったときは子供でも容赦なく、こっぴどく大人の楽団にしごかれたのよ。」と。
そうやって、こんな人波離れた芸が磨かれたんだなぁ。と20数年経った今でも、鮮明に巨匠の方が語っておられた顔が浮かびます。

<きっかけ2>

スダマニ楽団はこれまでも、消えつつある地方の芸能や、演奏されなくなっている貴重な楽曲や踊りを伝承していただく活動をこれまでも行ってきました。
時間をかけて丁寧に丁寧に、タイミングや感覚や味を、受け継いでいました。
しかし、楽団はみな演奏者です。若い子たちはついていくのに一生懸命。熟練の者は伝承される技を受け取るのに一生懸命。。。その結果、その過程や記録を残すことは、残念ながら行われてきませんでした。
家の敷地の中に練習場があり、楽団の活動が日々の暮らしの半分くらいを占めていた私も、記録を残す必要性を感じながら、きっとその内と思いながら、過ぎてしまっていました。

<そして・・・>

画像の踊り手は仮面舞踊の大巨匠。日本からの能楽師たちとのコラボレーション公演で、踊りだけではなく、構成まで支持をしてくださって、素晴らしいコラボレーション公演を、2回行うことができました。
そして、2回目のウブド王宮での公演の2日後に、天国に召されていかれました。。。
コラボレーションの練習や公演の様子を、きちんととることができないまま。。。
ほかにも、スダマニ楽団に伝承してくださって、10日で帰らぬ人となってしまった、太鼓の名手もいらっしゃいます。
月日は過ぎていくものです。今、スダマニ楽団の代表ほか、海外での生活や仕事もひと段落し、楽団の状況が整っています。
今、記録をきちんと保存していくための活動を、始めなければいけない。と感じています。

<協力>

楽団も撮影隊も、もちろん報酬があるわけではありません。練習場や楽器の整備や巨匠の送迎など、すべて楽団が行います。
日本に長く居るようになって、3年目になる私は、日本にいらっしゃる、バリ芸能を素晴らしい。と思ってくださる方たちに、共にご協力いただくことができ、その方たちにも、記録映像をお返しすることができたら、大きな意義があることだと思い、このプロジェクトを立ち上げました。

長文を読んでくださってありがとうございます。
どうぞよろしくお願いいたします。