プロジェクトデータ プロジェクト名: 【舞台化記念】原作版『左ききのエレン』初の紙版単行本&「0巻」制作プロジェクト! プロジェクトの目的: 広告・宣伝(=『左ききのエレン』ファンの拡大)・コアファンとの絆の深化・資金調達 募集期間: 2020年1月27日~3月3日 支援総額: 5,368万円 支援者数: 3,011人 プロジェクトURL: https://camp-fire.jp/projects/view/226474
『左ききのエレン』という作品をもっと多くの人に知ってもらう機会に
皆さんは『左ききのエレン』という漫画をご存じだろうか――。すでに周知されているかもしれないが、ここで改めて紹介しておきたい。才能の限界に苦しみながらも、天才に憧れて夢を追う主人公・朝倉光一と、絵描きとしての才能に恵まれながらも、孤独や苦悩を抱える山岸エレン。その二人が高校で出会い、やがて光一は大手広告代理店のデザイナー、エレンはニューヨークを拠点に活躍する画家として、それぞれの物語が進んでいく。異なる舞台で、互いに仕事を通じて葛藤し挫折を経験。そこで、個性豊かなクリエイターやビジネスマンとの関わりを通して、それぞれが抱える苦しみや悩みなど心情を赤裸々に描き出す群集劇だ。
こうした作品性はもとより、クリエイターが投稿した作品を閲覧できるWebサービス「note」で作品の投稿を始め、デジタルコンテンツ配信プラットフォーム「cakes」から連載がスタートしたことでも話題に。その後、『左ききのエレン』は、作者のかっぴーさんが直接描いた原作版に加え、集英社が運営する漫画配信サービス「少年ジャンプ+」にてリメイク版も発売。さらに、MBS/TBSのドラマイズム枠にて実写ドラマ化し放映されている。
そうした中、2020年から2021年にかけて全三部作で舞台化することが決定し、第一部として『左ききのエレン ~横浜のバスキア篇~』が上演される※1。ロックバンドSHAZNAのボーカルであり、俳優のIZAMさんが主宰する劇団「IZAMANIAX〈ベニバラ兎団〉」が演出・プロデュースを担当する。
この舞台化を記念し、原作版『左ききのエレン』の第一部(電子書籍1〜10巻)を再編集した紙の単行本と特別描き下ろしエピソードを含む限定本「0巻」を制作する目的で、「【舞台化記念】原作版『左ききのエレン』初の紙版単行本&0巻制作プロジェクト」を、クラウドファンディングサービスのCAMPFIRE(キャンプファイヤー)で立ち上げることとなった。プロジェクトメンバーは、作者のかっぴーさんと、原作版『左ききのエレン』のデジタル配信を担うナンバーナイン代表取締役社長の小林琢磨さんが中心となって特別チームを編成。
かっぴーさんは「舞台化の話があった時に、会場で物販できるものがないということから、以前から気になって頭の片隅にあったクラウドファンディングを活用しようと。物販するものには、以前ファンの方から紙の本が欲しいと言われていたこと、舞台を成功させる、盛り上げるためにも原作版の紙の本を出そうということになったわけです。リメイク版を手掛ける集英社さんにも事前に快諾していただき、その上でこのプロジェクトを始めました」。
ナンバーナインの小林さんは、「このプロジェクトは正直、宣伝につながればいいと考えていました。クラウドファンディングで集まった資金は、紙の本の制作原価で消えてしまう。それなら、『左ききのエレン』という素晴らしい作品をもっと多くの人に知ってもらう機会になればいいし、舞台化を盛り上げる事ができればと考え、2020年1月よりスタートすることにしました。」とプロジェクトの目的について語る。
※1 新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、当初予定していた開演は延期され、延期後の開催日については現在検討中(2020年4月21日時点)
漫画系クラウドファンディングで日本1位を獲得した成功の秘訣とは
かっぴーさんとナンバーナインの小林さん、さらにキャンプファイヤーの担当者は、今回のプロジェクトを成功に導くため、公開前と期間中にそれぞれさまざまな施策を講じている。主な施策は次の通り。【公開前】
・かっぴーさん主導のFacebookのファンコミュニティを事前に形成。エレンファンやかっぴーさんとの交流をメインに、一般公開に先駆けて新たな情報を公表。そこでクラウドファンディングの事前告知を挿入
・プロジェクト実施直前には、コアファンの熱量をさらに高めるために、コミュニティの新年会(リアルイベント)を実施
【期間中】
・cakesで週間連載中の第二部『左ききのエレンHYPE』の毎話にクラウドファンディングの告知を挿入
・話題化を目的に、既刊の電子版全巻11円販売セールを実施
・かっぴーさんによる毎日のSNS投稿、および描き下ろしイラストのアップ
その結果、2020年3月に支援総額5,369万円を達成し、漫画系クラウドファンディングで歴代日本1位となる快挙を成し遂げた。この秘訣として、かっぴーさんと小林さんは4つのポイントを挙げている。
1)熱狂的なファンが多い『左ききのエレン』はクラウドファンディングとの相性がいい
『左ききのエレン』は他の漫画作品に比べ、熱狂的なファンが多く、そこがクラウドファンディングとの相性がいいと指摘するナンバーナインの小林さん。「熱狂的なファンというのは、その作品または作者をもっと支援したい、応援したいという気持ちを強く持っています。その気持ちを爆発させる場になったのが、今回のクラウドファンディングであったのだと思います。ここまで、ファンが熱狂的に支援してくれたのは『左ききのエレン』が本当に素晴らしい作品であること。ここに尽きます」。2)作者のかっぴーさん自ら全面協力し、プロジェクトを宣伝し続けてくれたこと
今回のプロジェクトを始めるにあたり、小林さんはこれまで培ってきたクラウドファンディングの知識や経験をすべて注ぎ込むことをコミットし、かっぴーさんにはTwitterなどのSNSで毎日必ず告知してほしいと依頼。これは、クラウドファンディングは支援者=ファンと成し遂げていくものという持論による。これに対し、告知協力を断る漫画家も少なくない中、かっぴーさんは小林さんの熱意に応えたい、応援してくれる支援者の気持ちに報いたいとその依頼を引き受けることに。「毎日Twitterでクラファン、クラファンとツイートすることで、支援していないファンを疎外された気持ちにさせるかもしれない。その一方で、支援するコアファンの人たちに僕からの思いを届けるために毎日ツイートし続けなければならない――このジレンマは正直ありました。しかし、そこはクラウドファンディングを成功させるためにはある程度の犠牲はやむを得ないと割り切り、最後までツイートをし続けました」。
3)3つの条件が合致したコンテンツをリターン品として設定
リターン品については、次の3つの条件が合致したものを選定し提供している。1クラウドファンディングの視点で必要なもの
2支援者=ファンに喜んでもらえるもの
3かっぴーさんが創ってもいいと思うもの
リターン品には、作中の主要舞台である「目黒広告社」名義で支援者の名前が入るオリジナル名刺をはじめ、かっぴーさんによるSNSなどで自由に使用できる似顔絵の制作、かっぴーさんを招く特別食事会への招待などがあり、アイデアあふれたものとなっている。
4)ストレッチゴールは事前に検討し、設定時期は臨機応変に
今回のプロジェクトでは、盛り上がりを持続させるために、メンバーの間でストレッチゴール※2の設定時期を事前に検討していたが、実際の反響を見て判断することにしていたという小林さん。「当初目標金額を300万円と意図的に低く設定したこともあり、予想以上に資金の集まりが早く、開始当日に目標金額と1,000万円を達成。この盛り上がりを次へとつなげるために、支援金額2,000万円のストレッチゴールを設定しました。これに応えるように、支援してきてくれたコアファンの人たちがこれを達成したいとの思いで、SNSで自主的に宣伝していただいたこともあり、計3回のストレッチゴールの達成に至っています。コアファン=支援者の人たちとともに創り上げた、理想的なクラウドファンディングといえます」。※2 プロジェクトに対して支援者に興味・関心を持ち続けてもらうこと、支援者を新たに拡大することを目的に、現状では少し高い目標金額を再設定することでプロジェクトを盛り上げる手法の一つ
支援者=コアファンとプロジェクトメンバーが創り上げた最高のお祭り
小林さんは今振り返ると、今回のプロジェクトは一種のお祭りであり、クラウドファンディングは“劇場型広告”であると実感したと話す。それは、プロジェクト終了後に、支援者の人たちと話す機会があり、皆口々に「最終日は楽しかった」と言葉をかけてくれたことで、それを確信したという。「こうしたお祭りを、コアファンと一緒に楽しめたのは『左ききのエレン』だからだと思います。さらに言えば、かっぴーさんや僕、キャンプファイヤーの担当の方、そして紙の本のブックデザインを担当してくれたグラフィックデザイナーIIDA HAYATOさんを含めたこのチームだからこそ、勝ち取れた結果だと思っています」。
プロジェクト終了から始まる、クラウドファンディングの本当の成果
今回のプロジェクトでは、日本最高記録を樹立した支援総額5,300万円にどうしても注目されがちになる。ところが、かっぴーさんは今回のクラウドファンディングで得たものはそれ以上と断言する。その得たものとは、支援者という3,011人の仲間だった。「今回支援してくれた3,011人には、仕事をしている社会人をはじめ、大学生や高校生もいます。『左ききのエレン』を本当に“自分のもの”と思ってくれる、僕にとっては身内のような仲間たちです。今では、いろいろなことで相談したり、連絡を取り合ったりしています。中には、『エレンでこんなビッグプロジェクトをしてみませんか。』というお誘いもあります。そのきっかけを作ってくれたのは、クラファンです。こんな仲間たちがわずか1ヵ月で3,000人以上集まったことを考えたら、5,300万円どころじゃない恩恵を得たと言っても過言ではない」。
ナンバーナインの小林さんは、「単に資金を集める手段ではなく、支援者としてファンを可視化したり、ファンと一緒にコミュニティを生み出したりできるなど、そのプロジェクトが目指すこれからの道筋を創っていくことがクラファンの本質だと考えます。3,011人のコアファン、そして今回支援していないファンも含めて、もっと面白いことができると今からワクワクしている。その意味で、今回のプロジェクトを実施して本当によかったと思っています」と満足そうに語ってくれた。
オレの視点が分かるわけない――その思いが『左ききのエレン』を描く原点に
そもそも、この『左ききのエレン』をかっぴーさんが描き始めた理由とは何か――。それは、「自分自身が思っていることをカタチにしたい、カタチにすることで自分の中での悩みが少しはマシになる」という思いからだった。
これまでの人生を振り返り、ダメだった思う部分、できなかった部分を漫画に描くことで過去の自分と向き合い、心に抱いてきた悩みが少しでも解消されるのではないかと考えて描き始めたという。
「描き始めた時は、正直、読者のためになんて一切思っていなかった。結果的に、自分と似たような悩みを持つ人が、読んでくれたらいいなというくらいでした。多くの人に共感してもらいたくて描き始めたのではなく、むしろ『わかってたまるか』と思っていたほど。こんなこと考えているヤツが世の中にいるんだという、一種のもの珍しさで読んでくれたらそれでいいと考えていました」。
かっぴーさんは、社会人になって入社した広告代理店からWeb制作会社へ転職して間もない頃、せめて名前と顔だけでも早くほかの社員に覚えてもらおうと、全社員宛にメールで送信する日報に、自分が得意な絵コンテのような漫画を描いてみることを思い立った。
そこで、最初に描いたのがギャグ漫画『SNSポリス』。後に、かっぴーさんが漫画家デビューするきっかけとなる作品だ。『SNSポリス』は、会社の同僚に自分の視点を知ってもらうために描いたものの、反応は「あるあるー」「わかるー」など、“あるある系ギャグ漫画”と呼ばれるようになり、そうした評価はあまり納得がいかなかったというかっぴーさん。
「ギャグ漫画の『SNSポリス』ですら、正直、読んだ人にその意図を理解してもらえなくてもいいと。ただ、読んでくれた人が皆、笑ってくれていたので、それでもいいかなと思うようにもなっていました。その意味で、『左ききのエレン』は『オレの視点が分かるわけない』という思いをもっと強くもって描き始めた作品です。だから、いまだに“分かる”と言われると、“本当に?”と疑ってしまう。最初は共感されたことに驚いていたけど、今ではこんなに理解してくれる人が多くいる事実を受け入れています」。
かっぴーさんは、2016年2月にWeb制作会社を退職した翌月から、漫画家としての活動を開始。『左ききのエレン』を最初に描き始めてから、今年で5年目に突入した。その間、“オレの視点が分かるわけない”から“意外に分かる人がいる”ことを知るようになり、今では理解してくれる多くの熱いファンとともに、新たな活動へと進んでいる。
読者を騙すことになると思ったから――第二部『左ききのエレンHYPE』連載開始
2019年3月、かっぴーさんはcakesで第二部の『左ききのエレンHYPE』連載をスタートさせた。時系列でいえば、第一部は2010年以前の過去を舞台とする一方、第二部は2012年から物語が始まる。つまり、第一部は2011年3月発生した東日本大震災の前、第二部はその後の時代背景となる。
かっぴーさんが第二部を描き始めるきっかけとなったのは、第一部で完結してしまうと、読者を騙すことになるとの思いだった。「第一部は、美大卒のクリエイターが社会でどこまで闘っていけるかがテーマ。その時代はいい美術大学を卒業して、いい広告代理店に入社し、いいクライアントから仕事を受けるようになるのが、いいクリエイターだと本心からそう思っていた」と振り返る。
ところが、今やクリエイターになるには、美術大学卒業の学歴はアドバンテージにはならず、一般の大学生、さらには高校生からも優秀なクリエイターが輩出するようになり、広告代理店もクリエイターが活躍する主戦場でも、花形の会社でもなくなっている。まして、数日徹夜して仕事を終わらせる働き方は、政府が「働き方改革」を推進する今では否定される。
かっぴーさんは、第一部で描きっぱなしで終えていたら、それ自体が読者への誇大広告になってしまう。だから、第一部の物語を更新する責任がある――。そう考えて、第二部のサブタイトルをHYPE、つまり誇大広告としたという。ここには、「オレの視点が分かるわけない」から「思った以上に共感してくれる人がいる」へと変わり、「エレンが大好き」と支持してくれる人たちの思いに応えたいという、かっぴーさんの気持ちが込められている。
だからこそ、第二部では独身だった主人公の光一は、結婚し子どもが誕生して家庭を持つ父の設定にした。かっぴーさんは自身の現在進行形の人生と向き合いながら、そこで率直に感じたこと、思ったことを光一へ投影していく。
「僕自身は第一部が完結した後に、結婚して子どもが生まれました。実は今日、ここに来る前に奥さんからすごく怒られて、それが毎日続いて今は肩身の狭い思いをして生きている。そうした事実をきちんと描かないといけないと、日々自分の中で闘っています」。
第一部は、かっぴーさんが漫画家になると決意した後に、広告代理店時代の話を題材にしているため、客観的に“過去”を見つめて描くことができた。ところが、第二部は当事者として“現在”の自分を投影して描く必要があり、精神的には結構辛いと漏らす。「だからその分、面白くなるはずです。なぜなら、辛いことや難しいことを描こうとする時のほうが自分を追い込んで描くことになり、結果として面白いものになると思うからです」。
また、第二部では前日描いた作品は翌日に公表するスピードで描いているという。「今日、読者が目にする『左ききのエレン』は、昨日僕が考えていたこと。こんなスピードで作品をリリースする漫画家はおそらく他にはいない。もともと“描き溜め”ができる性分ではないので、描けたものからリリースしてしまう。それは、冷めないうちに料理を食べてほしい感覚に似ているかもしれません」。作品をリリースしたらすぐに読者に届けたいという気持ちは、読者を意識するようになった表れといえるだろう。
現在、連載中の『左ききのエレンHYPE』が完結した時には、感謝の気持ちも込めてファンと再び、クラウドファンディングという“お祭り”がしたい――。かっぴーさんと小林さんは、楽しそうに笑顔でそう話してくれた。
クラウドファンディングは本気を出して取り組めば、得られる成果も大きい
今回のプロジェクトは全力で取り組んだため大変だった反面、多くの成果が得られたと振り返る小林さん。これからクラウドファンディングを活用しようと考えている人たちに、これだけは伝えておきたいという。「クラファンは本気で取り組もうと思ったら、設計から実施、その後の処理を含めてやるべきことがたくさんあり、決して簡単なことではありません。しかし、本気で取り組めば取り組むほど、コミットが濃くなればなるほど、それに比例して大きな成果が出ることを確信しています」。
それは、『左ききのエレン』に、「本気出せよ 光一。本気出して それから――あきらめろ」という、エレンが光一に向けて発した言葉が出てくるが、それにとても近いという。「折角、クラウドファンディングを活用するなら、できるだけMAXまで目指してほしい。なぜなら、プロジェクトの先につながる、その人にとっての“価値ある財産”が得られる可能性があるからです。」