リハビリ現場の課題から生まれたプロダクト。「必要とされている業界にきちんと広まることがクラウドファンディング成功の鍵」

荒川区の岡田病院で理学療法士として働く傍ら、南波製作所の代表である南波知春さん。これまでリハビリの現場で手で測るか高額な機器を購入するかしか選択肢のなかった徒手筋力計と呼ばれる機器を、手のひらにのるほどの小型のガジェットとして開発し、そのクラウドファンディングを行なった。その開発と、クラウドファンディングの成功のヒントを探ってみよう。
▲開発した筋力を測るための機器「Power gauge」。手に持ち、該当部位に押し当て抵抗を受けるようにして筋力を測る。
 
▲このプロジェクトを行った南波さん(写真左)と、矢野さん(写真右)

 

今回お話を伺うのは、南波さんと、中学時代からの友人でもあった矢野雄一郎さん。大手メーカーでロボット開発を行っている。このマシンの開発は、南波さんの課題を聞いた矢野さんが勧めたことから始まった。まずは、徒手筋力計の話から聞いてみよう。

プロジェクトデータ
プロジェクト目的: マーケティング・認知拡大
募集期間: 2019年4月25日~5月31日
調達金額: 204万円
プロジェクトURL https://camp-fire.jp/projects/view/152703

手で測るか高額な機器しか選択肢がなかった、徒手筋力検査


南波(以下、な):突然ですが、筋力を何で測っているか知っていますか?
──専用の機械があるのではないのでしょうか?

な:もちろん機械もありますが、多くのリハビリの現場では、なんと手と感覚で測っているんですよ。
──どういうやり方なんですか?

な:徒手筋力検査、マニュアルマッスルテストと呼ばれる方法です。筋肉の上から理学療法士が手で圧をかけ、「強い抵抗」や「抵抗」を加えるといった評価をするものです。基準になる言葉が曖昧ですし、それを満たしているかどうかは理学療法士の感覚になってしまうんです。
矢野(以下、や):これを最初に聞いた時は正直驚きましたね。機器で測っていると思っていましたから。


──人によって基準がぶれたりしてしまいそうですね。

な:リハビリするのには評価が必要ですが、機能評価が曖昧だと目指すものがわからなくなってしまう。体重や体温のように、客観的な数値で示す必要があります。そこで、低価格帯の機器を作ることを思いついたのです。

開発5年。足を使って秋葉原に部品を買いにいき、3Dプリンターを借りに行った


──実際に「作ってみよう」となって、そんなにすぐ作れるものなんでしょうか。

や:(南波さんのほうをむきながら)5年くらいはかかったよね。
な:かかりましたね。はじめはコンセプトを作って、現場でニーズをヒアリングしました。コンセプトが固まってからは、プロトタイプを作るために毎週末秋葉原にいって、部品を買って、試作品を作って、と5年がかりですすめました。

や:あちこちに3Dプリンターを使いに行って。3Dプリンターやレーザープリンターを使えるところにはひと通り行きましたね。
な:製品化の段階では、パーソナルプロダクツ株式会社として開発を請け負っている、エンジニアの萩原一成さんのご協力も大きかったです。

▲できあがった「Power gauge」。ロゴや取り扱い説明書、クラウドファンディングページの画像のデザインなどは南波さんの息子さんが行った。

 


クラウドファンディングはマーケティングと認知のため。


──クラウドファンディングについてのお話も聞きたいです。始めたきっかけはどちらからですか?

な:矢野さんですね。資金を集めるということだけではなく、商品のニーズを問うことができるということでやることにしました。
──マーケティングとして使われたんですね。

な:そうですね。実は、クラウドファンディングを行う時点で資金の目処はついていたんです。政策金融公庫や地方銀行なども回りました。
やなので、クラウドファンディングは、商品の認知やマーケティングを期待してやることにしました。
──不安はありませんでしたか?

な:専門的な機器なので、理学療法士がどれほどSNSをやっているものなのかと考えると不安もありましたね。金型を作るための資金の一部として30万円を目標金額にしましたが、それも達成できるか不安でした。

▲実際に筋力を測る様子。これまでの徒手筋力検査の要領で筋肉の抵抗を測るものだが、その力を数値にすることができる。

 


▲数値が表示されている様子。この時の筋力は22kgf。

 



成功の要因はプロモーション。ターゲットが読んでいればニッチなメディアでも効果はある。


──それを682%の達成率で成功させていますね。成功要因はなんだったのでしょうか。

な:専門的なメディアに取り上げられたのが大きかったと思います。「PT-OT-STネット」というリハビリの専門サイトなどに取り上げてもらえたのをきっかけに、リハビリ業界に広まっていったのを実感しました。


支援グラフが持ち上がっているところでメディアにとりあげられている。

や:やはりクラウドファンディングはSNSと相性がいいのだなということも感じました。一般的な広告では届きづらい専門的な業界内でこのプロジェクトがどんどん広がっていくのを見たので。

今はプロトタイピングのハードルが低い時代。「まずはやってみること」


──今からクラウドファンディングをやりたい人にアドバイスするとしたら、どんなことでしょう。

な:まずやってみてほしい、ということですね。足を使って、部品買って、試して、プロトタイプを作って、どんどん挑戦すればいいと思います。
や:今は3Dプリンターも安価になりましたし、僕らがやっていた頃よりハードルは低いと思います。
──これからやってみたいことはありますか?

な:これから量産フェーズをむかえるのですが、障害者の方にその一部の仕事をお願いしていきたいと思っています。福祉センターや福祉施設で 障害者の方に軽作業をお願いできるのですが、あまり仕事がないのだそうです。リハビリをする人が使う機器なので、障害を持っている方が関わってくださるといいなと思っています。
仕事をしていて感じた課題から生まれたプロダクト。その成功の秘訣は足を使った高速で試作品を作るラピットプロトタイピングと、プロモーション戦略にあったようだ。現在できあがった「Power gauge」は販売が行われている。リハビリの現場で当たり前に使われているのを目にする日は遠くなさそうだ。