誰と何を話すのも自由。誰もそこにいることを強制しないし、ルールで縛りつけてくることもない。いたいと思える場所を自分で選んで、好きなときに行けばいい。それが私の感じたスナックの魅力でした。
飲み屋に限らず「人と会ってリアルなコミュニケーションは交わしたいけど、面倒くさい人間関係をつくるのは嫌」なんて望みを叶えてくれる場所は、意外とないんですよね。
10年以上前からそんな風通しのいいリアルの場づくりを続けてきたのが、町田博雅さん。90年代から都内にある数々の有名クラブでDJ SAZANAMIの名前で活躍し、2006年からは渋谷でDJバー「BAR SAZANAMI」を運営してきました。
しかし「大人になってからの友達作りができる場を作りたい。そして日本の古き良き文化を生かしつつ、今の時代に合うスナックを作りたい」と、2016年に「BAR SAZANAMI」は「ハイパースナックサザナミ」として業態と名称を変えます。そして渋谷に続き、2018年には銀座にも出店。渋谷店と銀座店の出店資金を集めるために、いずれもクラウドファンディングが利用されました。
SNSの盛り上がりもあり、常に広く人と繋がることができるようになりましたが、その一方、繋がりやすさゆえ人間関係が希薄になってしまうことも多い。そんな時代におけるスナックの価値とは何なのか、町田さんに話を聞きました。
10年続いたDJバーが、スナックに業態を変えた理由
ーーお店の名前にもなっている「サザナミ」は、長く使われているんですか。
90年代にDJを始めた頃から呼ばれている名前なので、もう長いですね。本当は本名でやっていこうと思っていたんですけど、先輩に「お前は今日からSAZANAMIな!」って言われて、これは逆らえないぞ……と思って。
当時はDJの上下関係が厳しかった時代なんです。それこそ新人は先輩のレコード持ちから始まるとか。
ーー体育会系の世界だったんですね。それからDJとして活動されてきて、最初にDJバーを開こうと思ったのはどういった流れがあったんですか?
私がDJバーを始めたのが2006年なんですけど、それまでの東京のクラブは自由が少なかったんです。誰の後輩なのか、誰と師弟関係があるか、どこの箱で経験があるとか、クラブでDJとして活動するためには基本的に実績や繋がりが必要でした。そんな中、ずっと前座のままでチャンスをつかめず、才能があるのに諦めて辞めてしまうDJもたくさんいました。
だから私は、若い人たちが自由に活動できる箱(スペース)を、小さくてもいいから作りたいと思ったんです。
ーーそれが、「ハイパースナックサザナミ」の前身となるバーの始まりだったんですね。
そうです。そうして「BAR SAZANAMI」を始めた頃、ちょうどDJバーのムーブメントがあって、同じように自由にできる箱が東京じゅうにたくさんできた。その後は、私と同じか少し下の世代のスターDJたちが生まれるようになってきました。それが2006年前後の話で、そこからお店を約10年続けましたね。
かつて「BAR SAZANAMI」で活動していたDJの中には、いま第一線で活躍している人も複数います。良質な音楽の提供をする場という意味では、2000年代のDJバームーブメントにおいて先駆けのひとつだったんじゃないかと思います。
ーー「BAR SAZANAMI」を10年やってきて、なぜそこからスナックに業態を変えることにしたんですか?
10年経つと当たり前ですが、みんな年をとるわけですよ。DJバーを始めたのは私が26歳のときで、10年やって36歳になりました。常連さんたちも一緒に年をとって、毎週のようにクラブで踊り狂っていたクレイジーな人たちも「疲れちゃったね」となったんです。それで、次はスナックを始めようかなと。
ーー業態が変わって、それまでDJバーに通われていた常連さんたちの反応はいかがでしたか。
正直なところ、賛否はありました。DJを目当てに来てくださっていた方々はあまり来なくなってしまいましたね。でも、「そろそろパーティーに疲れちゃったね」と言っていた方々は大絶賛。「初期に通っていたけど疲れて行けなくなった」なんて方々も戻って来てくれました。
というのも、DJバーやクラブのような音楽がメインの場所とスナックは、意外と似ているところがあるんです。
ママや常連さんに会いにスナックへ行くように、バーテンダーや知り合いのDJなどに会いに小さなクラブへ行く人が結構いる。お店の規模的に人との距離が近くて、ちょっと見渡せば誰が来ているか大体わかります。それはスナックも同じです。
ーーなるほど。結局みんな、人に会いたい気持ちが大きかったのかもしれませんね。音楽が好きなのはもちろんですが、音楽の話で繋がった人たちと話せることが楽しかったのかなと。
本当にその通りだと思います。特にSNSがなかった頃のクラブって、人に会いに行く場所だったんですよ。
「面白いやつ、確かあの箱にいたよな」とか「あいつはたぶんあのパーティーに来るから、行けば会えるな」とか、「DJがすごくいい人で、話しているとパワーもらえるな」とか。SNSがこれだけ広まって、人の動きが目に見えるようになっても、小さなスナックやクラブが人に会いに行く場所だという本質的な部分は変わっていないと思います。
若者でも来やすい、新しい時代のスナックをつくる
ーーちなみにハイパースナックサザナミと既存のスナックでは、お店のシステムに違いはあるのでしょうか。
はい、料金システムとママの役割が違います。
まず、事前に料金がわかりづらい既存のスナックに比べ、ハイパースナックサザナミでは1杯目+チャージ料金が1000円で、その後は1杯ごとの料金がかかるシンプルなシステムを採用しました。
また、ママもあくまでお酒の場を盛り上げるのが役割。お酌やタバコに火をつけるなどの接客はせず、お客さんとの会話に徹します。ママの接待だけを目当てにお客さんが来るのは違うなと思ったんですよね。
なぜなら、人に会いに行くため、そして若い世代でも気軽に来られる場所になってほしかったんです。名前も既存のスナックと差別するため、最初は「スーパースナック」にしようと思ったんですけど、調べたらすでにあって。だから「ハイパースナック」になりました。
ーーだから若者の街・渋谷に1店舗目を構えたんですね。でも、2店舗目は銀座です。正直、銀座は若者が少ないイメージがあるのですが……。
いえ、実は銀座って、この数年でかなり変化しているんです。昔はどちらかというと50代、60代以上のお客さんが多かったですが、いまは高架下に飲食店が並ぶエリア「コリドー街」などへ若い人たちが流入するようになりました。
ただし、そうした若い人が行くのはスナックなどではなく、若者向けにできた新しい店。昔ながらの店も、若い人を取り込もうとはしていません。
昭和から脈々と続く文化はもちろん大好きですが、お店も少しずつ時代に合わせて変化したら、もっと素敵な街になるんじゃないかと。だから私は銀座に出店することで、歴史や伝統がある銀座の街に、新しい風を吹かせたいと思ったんです。
ーーいまの若者には、インターネットを使って世に出ていく人たちも多いですよね。それでも、スナックのようなリアルの場が必要だと思いますか?
必ず必要だと思います。電脳化しない限りは生身の人間なので、感情や温度がダイレクトに伝わるリアルな場でのコミュニケーションを、潜在的に楽しいことだと感じるはずです。
「サードプレイス」なんて言葉もありますが、家と職場に加えて、今だとインターネットが「3つ目の場所」だと思うんです。でも、インターネットすらリアルと地続きになりはじめて、面倒臭い人間関係がある。それらのどれとも違う、「第4の場所」が必要な時代だと思うんです。
ーーそれがスナックだと。
そうですね。スナックは居酒屋などと比べて、店主や他のお客さんとのコミュニケーションが生まれやすい環境です。それでいて気楽で、「嫌だな」とか「疲れたな」と思ったら帰っちゃえばいい。もちろんほかの店に行ったっていいんです。
家や職場では、何か問題が起こってもそんなに急には出て行けない場合もあるじゃないですか。だからこそ、気軽に行けて自由に選べる居場所があることが大切なんです。
ーーたしかにスナックでの顔なじみって、お互いの何もかもを知っているわけではない間柄が多いですよね。フィーリングは合うけど深入りしすぎなくて、一緒にいたら心地良い。いまはそんな繋がりを欲している人が多いんじゃないかと思います。
自分の過去や家族の事情、いろんな細かい話を抜きにして楽しい時間を共有できる人との絶妙な距離感って気持ちいいんですよね。それこそ小学校からの親友よりも、店で知り合った人に驚くほど自分の本質を見抜かれることがある。
もちろんママやスタッフを目当てに行くこともあると思いますが、スナックはお客さん同士が心地良い交流をするためにある場所だと思っています。
インターネット上のことだけど人の温度を感じられる
渋谷店をオープンするプロジェクトでは、121人から約170万円の支援が集まったーー渋谷店オープンの際に初めてクラウドファンディングを利用されたとのことですが、リアルな場でのコミュニケーションにこだわる町田さんがなぜ、インターネットのサービスを利用したのでしょう。
クラウドファンディングはインターネット上のことだけど、人の温度を感じるリアルなコミュニケーションのひとつだと思うんですよ。
たとえば私は、人からお金をいただいている気持ちを忘れないために、クラウドファンディングで支援してくださった方々の名前を手書きで記録する「パトロンノート」というものを作っています。
その方々がリターンを受け取ったら、名前に丸をつける。その作業をすると、あらためて感謝の気持ちを感じるんです。
ーーリアルなコミュニケーションであることを意識するために、ノートを利用していると。
そうですね。それにコミュニケーションであるからこそ、ちゃんとしなきゃとも思います。
簡単にお金を集められるかもしれないけど、支援してくれた人の信頼を絶対に裏切らない覚悟が必要。だから目標金額もリターン内容も、自分のキャパシティ以上にするのは絶対に危ないと思います。私自身、プロジェクトを始めるにあたってそこは意識していました。
オリジナルグラスやドリンクチケットなど、クラウドファンディングのリターンに関しても少し工夫したんです。遠方の場合はお送りしますが、基本的に、リターン受け取りのためにはお店へ来ていただくようにしたんです。リターン受け取りのためとなれば、ハードルが下がって来店のきっかけになりますから。
ーーその方法だと、取りに来ない方はいないんですか?
実は、リターンを受け取りに来ない方が4割くらいいらっしゃいます。もちろん、そうした方にはこちらから連絡をするのですが、「リターンがほしくてパトロンになったのでなく、思いに賛同して支援しただけ。だからリターンは結構です」という方もいるんです。
人は多かれ少なかれ相手に見返りを求めて動くものだと思っていたので、これは面白い時代が来たなと思いました。
ーーそうした方々の行動は、寄付に近いと感じます。取り組みに賛同して寄付をすること自体に価値を見出しているというか。
海外だと寄付をする資産家が多いですが、日本ではなかなかそういった文化は広まってこなかった。でもクラウドファンディングは、寄付文化が日本に根付くきっかけになるかもしれませんね。
ーーお店を始めたい人に現金で直接1万円を渡すのは、お互いに気を使いすぎてしまう感じがして難しいじゃないですか。クラウドファンディングのように簡単にできる仕組みがあるからこそ、そのハードルは下がっているんじゃないかとは思います。
そうですね。新しい時代の、新しいお金の集め方だと思います。だから、クラウドファンディングを利用してお店を始める際は、その商売の内容も新しいものが向いているんじゃないかと感じました。
たとえばうちの店は「新しい時代の出会い」を提案しましたが、実現後のイメージをしていただきやすいよう「何をやりたいのか」「なぜそれをやりたい・やるべきなのか」といったことを丁寧に説明するようにしました。
そういった、やりたいことが明確で実現のイメージがつく、「実現前でも共感されてシェアされる」ようなプロジェクトがクラウドファンディングには向いていると思いますね。見た本人がパトロンにならなくても、その人がシェアしたら、その人の友達がパトロンになってくれるかもしれないですから。
ーーサザナミの場合は「スナックなのに新時代?」と意外性とわかりやすさがありましたね。プロジェクトページに書かれていた「溜まり場」という言葉も印象的だったんです。こんな場所、たしかに今の時代にこそあったらいいなって。
溜まり場くらいの感覚で気を張らずにいられる場所だからこそ、そこで出会った人たちがプライベートで驚くほど仲良くなったり、仕事での信頼関係も生まれたりするのかもしれません。
ーー溜まり場って、どこか共通するものを持った人が集まると思うんです。DJバーやクラブで共通するのは音楽という「趣味」ですが、サザナミの場合はお店のコンセプトに共感したかどうか、つまり「価値観」かなと。スナックは、そんな風に価値観で繋がれる居心地の良い場になり得るのかもと思いました。
そうですね。これからもいろんな化学反応が起きる場所として、「ハイパースナックサザナミ」を続けていけたらと思います。