支援者は「共犯者」。イシイジロウ氏に聞く、一緒につくるクラウドファンディング イシイジロウインタビュー | Non Filter(ノンフィルター)by CAMPFIRE

支援者は「共犯者」。イシイジロウ氏に聞く、一緒につくるクラウドファンディング イシイジロウインタビュー | Non Filter(ノンフィルター)by CAMPFIRE

CAMPFIREの番組「Non Filter(ノンフィルター)」で、新作『シブヤスクランブルストーリーズ』の開発参加型クラウドファンディングに挑むゲームデザイナー・イシイジロウさんにインタビュー。ファンの熱を確かめる起案の背景から、参加型リターンの設計、制作中の発信まで、支援者を「共犯者」として迎え、応援が続く関係をつくるための考え方を聞きました。

全編インタビューの動画はこちら


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イシイジロウ様のプロジェクト



ゲストとインタビュアーの紹介

ゲスト・イシイジロウ様のプロフィール写真
ゲスト

ゲームデザイナー・作家・脚本家
イシイジロウ

19歳でゲーム制作に携わり、広告・コピーライティング、マルチメディア領域を経て、チュンソフト、レベルファイブでゲーム開発に従事。『3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!』『428 ~封鎖された渋谷で~』などを手がける。独立後はゲーム、アニメ、舞台など幅広い領域で活動。取材時は新作『シブヤスクランブルストーリーズ』の制作を進めている。

シブヤスクランブルストーリーズ 公式サイト
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株式会社CAMPFIRE 代表取締役 中島 真
インタビュアー

株式会社CAMPFIRE 代表取締役
中島 真

アクセンチュア、ディー・エヌ・エー、リブセンス取締役などを経て、2018年3月CAMPFIRE取締役に就任し、2024年11月代表取締役CEO就任。ギフティ社外取締役、Inspire High社外取締役、社会変革推進財団理事等。

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プロフィール出典:CAMPFIRE公式



ゲーム、広告、アニメ、舞台。領域を越えて活動してきたイシイジロウ様を動かしてきたのは、作品をつくりたいという思いでした。19歳のゲーム制作で味わった挫折、広告の現場で学んだお客様への視点、ゲームだからこそ描ける感情。そしていま取り組むのは、支援者を「共犯者」として制作に迎える『シブヤスクランブルストーリーズ』です。CAMPFIRE代表の中島が、創作の原点からクラウドファンディングで目指す新しいものづくりまで伺いました。

「脱ゲームクリエイター」を目指した理由

「脱ゲームクリエイター」を目指した理由

エンタメ担当:ゲームだけでなく、アニメや舞台、IP開発など、さまざまな領域で作品をつくられています。いま、ご自身を「何をしている人」と説明されますか。

イシイジロウさん:いまは、やっぱりゲームデザイナー、ゲームクリエイターと言っています。独立した当初は、少し「脱ゲームクリエイター」という気持ちがあったんです。でも10年経って、自分に求められているのはゲームクリエイター、ゲームデザイナーとしての仕事だと強く感じるようになりました。まずそこに応えながら、ほかのことにも挑戦している、というスタンスに変わってきたんです。


エンタメ担当:一時期、「脱ゲームクリエイター」を目指したのはなぜですか。

イシイジロウさん:レベルファイブの日野社長の影響は大きいですね。日野さんはゲームだけでなく、アニメ、おもちゃ、コマーシャルまで、本当に幅広く関わる方なんです。

僕はチュンソフトからレベルファイブへ転職しました。チュンソフトは、ゲームをこつこつつくる職人の会社。僕が映画やアニメの話をすると、中村光一さんに「僕らはゲームクリエイターだよ、ゲーム屋だよ」と言われ、そうだよねと納得しました。ところが日野さんは、同じゲームクリエイターでありながら、何でもやっている。その姿を見て、これはこれですごいなと。

当時はゲーム発のアニメが次々にヒットしていて、僕自身にもアニメの原作をつくってほしいという声がかかるようになっていました。会社のゲームをアニメ化する仕事だけでなく、オリジナルのアニメなども自由につくってみたい。それなら独立しよう、と考えたんです。


中島:独立した当時は、どのような肩書きを名乗っていたんですか。

イシイジロウさん:いまは「作家・脚本家」と言っていますが、当時は「原作・脚本家」と言っていました。会議の中で企画を出して、それを原作にする、という仕事が多かったんです。「これは何という仕事なんだろう」と考えて、原作をつくる仕事として名乗っていました。その後、いろいろな経験をして小説も書くようになり、これなら原作を小説として自分で書いた方が早い、というふうに変わってきました。


中島:チュンソフトもレベルファイブも、開発を担うデベロッパーから、自社で作品を販売するパブリッシャーへの大転換を引っ張った会社ですよね。外から見ると、どちらも領域を越えて挑戦している印象でしたが、社内のあり方は違うんですね。

イシイジロウさん:そうですね。ゲームデベロッパーとして、パブリッシャーへと正統に進化したのがチュンソフト。一方、メディアミックスの時代を代表する存在になっていったのがレベルファイブだと思います。

日野さんには技術への強い思いがあって、3D黎明期に3Dで先駆けなければ勝てないと独立しレベルファイブを作られた。ものすごいエネルギーを持っている方です。ゲームの外の業界を巻き込んで仕事をするときにも、引けないところは絶対引かない。戦うのその姿勢もすごいと思っていました。



19歳の挫折と、消えなかった「つくりたい」

19歳の挫折と、消えなかった「つくりたい」

中島:10代でゲーム開発に携わり、一度ゲームから離れて、後にチュンソフトやレベルファイブへ進まれたんですよね。最初はどのような経緯だったのでしょうか。

イシイジロウさん:もともとつくりたかったのは、映画やアニメでした。でも、当時の大阪では、自分がやりたい仕事をなかなか見つけられなかったんです。そこで、たまたまゲーム会社の「イラストレーター募集」というアルバイトの求人を見つけました。

僕は絵も描けたので面接に持っていくと、「このゲームの絵を全部描いてくれ」と言われました。ところが企画はない。「企画はできる? シナリオも書ける?」と聞かれて、19歳くらいの僕は「できますよ」と気軽に答えてしまった。それでゲームをつくる事になったんです。

でも、ノウハウがないから納得できるものにならない。東京から出てくる最先端のゲームを見て、こんなものをつくりたいのに、全然勝てないと感じていました。

せめてパッケージだけは格好よくしようと思って、一生懸命デザインしました。当時のレコードジャケットのように、英語のタイポグラフィーや写真を生かした表現を取り入れたかったんです。

ところが、そのデザインが別の絵に差し替えられてしまった。悔しくて、会議の場で泣きながら「こんなパッケージで出すんだったら、出さないでほしい」と言いました。でも、作品は出されるわけです。それで「もう二度とゲームなんかつくるか」と思ってしまいました。

そのとき、デザインを勉強しなければいけないと思いました。自分でパッケージを仕上げられれば、「これで入稿してください」と渡せたはずです。中身をつくるだけではなく、プロモーションやパッケージまでできないと、自分の作品を守れない。その思いが、リクルートの求人広告でデザインやコピーライティングをする仕事、さらにTSUTAYAの広報・宣伝の仕事へとつながっていきました。

中島:ゲームに一直線だったというより、映画やアニメも含めた、作品をつくりたいという思いが出発点だったんですね。

イシイジロウさん:そうです。当時はゲームの技術に限界を感じていましたが、「この技術なら、やりたいことができる」と思う転換点がありました。Macintoshで、絵や音声が動き、プログラムで分岐もつくれるマルチメディアの表現を見たんです。これなら自分がつくりたい、映画のようなゲームができるかもしれないと思いました。

会社でもマルチメディアをやってみるように言われ、映像とプログラムを組み合わせたものをつくり始めると、「あれ、これは昔やっていたことだ」と気づいたんです。


中島:ご自身の経験も技術も積み重なって、当時よりできることが増えていたわけですね。

イシイジロウさん:そうですね。もう一つ大きかったのは、TSUTAYAの店舗に研修で行ったときのことです。大きな店には10万本ものビデオがある。その映画の山を見て、「こんなにたくさんあるのに、なんで俺の作品がないんだろう」と思ったんです。自分は、つくる側を目指していたんじゃなかったのか、と。

それで東京へ行こうと決め、3通の履歴書を書きました。送り先は、ガイナックスの庵野秀明さん、スタジオジブリの宮崎駿さん、日本サンライズの富野由悠季さん。「あなたのもとで働かせてほしい」という手紙と一緒に送ったんです。


回り道を重ねて、ゲームをつくる「本丸」へ

回り道を重ねて、ゲームをつくる「本丸」へ

中島:手紙を送って、どうなったのでしょうか。

イシイジロウさん:実際に東京へ行き、お話をする機会をいただきました。宮崎さん宛ての手紙は徳間書店に送ったのですが、アニメ雑誌を立ち上げた編集長の方が興味を持ってくださったんです。ガイナックスでは庵野さんにも資料を見てもらいました。ただ、生活や給料のことを含め、自分がアニメ業界の常識を分かっていなかった面もありました。

その後、会社に辞めたいと伝えたところ、マルチメディアを手がけるための子会社を作ってやると、部屋とMacintoshを用意してもらい、さまざまな実験に取り組ませせていただきました。そこから2年ほど頑張ったのですが、やはり東京へ行きたい、エンタメを作りたいと思い、日経グループのマルチメディア部門の会社に転職しました。27歳のときです。

転職先では最初、企業向けのマルチメディアソフトをつくっていました。あるとき社長から、日経グループとしてCD-ROMのソフトを出したい、どんなものがいいだろうと相談されたんです。地図やニュースのソフトという案もあったのですが、僕は「これは勝負だ」と思って、「ゲームをつくらせてください」と提案しました。

それで予算をもらい、業務用ソフトをつくっていたチームとゲーム開発を始めました。『リトルラバーズ』では、キャラクターとリアルタイムで生活するようなアイデアに挑戦し、PC版はヒットしました。でも、その後のプレイステーション向け開発では技術が追いつかず、動作が重い、バグが取れないなどの問題が出て、納得できるものをつくれませんでした。

最初のヒットはアイデアで売れたから、アイデアで戦えると思っていたんです。でも、ある程度の技術がなければ絶対に駄目だと痛感しました。技術のある会社で、次はサウンドノベルのような、自分がやりたいものをつくりたい。それでチュンソフトへ行こうと考えたんです。

諦めが悪いんですよね。「絶対に本丸にたどり着いてやる」という感じです。


「広告はラブレターの代筆」から学んだ、お客様への視点

「広告はラブレターの代筆」から学んだ、お客様への視点

エンタメ担当:広告・宣伝やマルチメディアなど、さまざまな仕事を経たことは、いまの作品づくりにどう生きていますか。

イシイジロウさん:リクルートで先輩に言われた、忘れられない言葉があります。広告とは何かという話になったとき、「ラブレターだ。でも、ラブレターの代筆なんだよ」と教わったんです。

商品があり、メーカーがあり、「自分のことを好きになってほしい」「付き合ってほしい」という思いを、お客様に向けて書く。すごくいい言葉だと思いました。同時に、自分は自分のためのラブレターを書きたい、とも思ったんです。そういう経験が、いまの自分の血や肉になっている気がします。

TSUTAYAでも、資料に「顧客」と書くと、「お客様と書け」と怒られたことがありました。当時は、客観的に分析するのだから「顧客」でいいだろうと反発していました。でも、いまは自然に「お客様」という言葉が出てきます。

一方で、販売や貸し出しの実績を示すPOSデータに頼りすぎると、縮小再生産しかできない、ということも学びました。

例えばレンタル店で、たくさん借りられる人気作だけを見るのではなく、「1本しか置いていないのに、いつも貸し出し中の作品」に注目する。数字の大きさだけでは見えないチャンスが、そこにあるわけです。同じデータでも、視点を変えると違うものが見えてきます。

そうした経験があるから、ただ作品をつくればいいとは思えないんです。今回のクラウドファンディングでも、お客様に大胆な提案をしたり、いろいろあがいていると思います。既存の考え方だけでは勝てない。広告も含め、あらゆる手法で戦わないといけない、ということですね。


つくりたいものと、お客様の期待をどう両立するか

つくりたいものと、お客様の期待をどう両立するか

エンタメ担当:自分の作品としてやりたいことと、お客様の視点。そのバランスは、どのように取っていますか。

イシイジロウさん:自分の中で、無意識に一体化しているくらいでないと、つくるのは難しいですね。「この作品を求めるお客様がいるはずだ」というのも、最終的には仮説です。売れないこともあります。でも、そこに賭けなければ新しいものはつくれない。

ただ、プロジェクトの規模によってバランスは変わります。今回の『シブヤスクランブルストーリーズ』では、お客様の視点をとても意識しています。自分に無理がない形へ落とし込めないと、つくり手としては苦しくなってしまいます。


中島:自分の思うままにつくる作品と、ビジネスとしてつくる作品を分ける人もいます。イシイさんも、そうした使い分けはあるのでしょうか。

イシイジロウさん:一番ヒットしている人は、自分がやりたいことと、お客様が求めていることが一致しているんだと思います。ただ、その一致がずっと続くとは限らない。

だから、ヒットしたときにこそ「なぜ売れたのか」を考える必要があります。自然につくったものが愛される状態でなくなったとき、どこを押さえれば勝てるのか。再現性を考えずに成功に満足していると、次が続かない。そのことは、業界の中で強く感じてきました。

僕は怖がりなので、どこかにお客様がいると思えなければ駄目なんです。でも、お客様にすべて支配されてしまうと、クリエイターとしての自分が死んでしまう。その二つが一体化していないと動けません。小さな予算なら冒険的なものもつくれますが、予算が大きくなるほど、お客様の存在を意識します。


中島:ものづくりに対して心配性なのは、昔からですか。

イシイジロウさん:プライベートでは雑なところもあるんですが、ものをつくるときは24時間、「これでいいのかな」と考えています。頭の中で、ずっと検証やデバッグをしているような感覚ですね。うまく動いているときは、何か起きた後でも手を打てます。

若い頃は、自分は天才だというような、生意気なところもありました。でも、すごいクリエイターたちと出会い、ヒットが続くとは限らないと知ってから、頭を使う先が変わったのだと思います。いまは、自分のやっていることや、プロジェクトで起きていることを検証する方に、力を使うようになりました。


ゲームでしか語れない物語を、もう一度

ゲームでしか語れない物語を、もう一度

エンタメ担当:イシイさんの作品には、強いストーリー性があると感じます。小説や映画でも物語を表現できる中で、あえてゲームでストーリーをつくる意味を、どのように捉えていますか。

イシイジロウさん:1990年代に、「ゲームでしか語れない物語」があると強く感じたんです。僕はすごいクリエイターたちと出会い、自分にはゼロから大きな市場を生み出すほどの力はないかもしれないと思うようになりました。それでも勝てるとしたら、メディアや技術の転換期で、一番手、二番手になることだと考えたんです。

当時のサウンドノベルや、その後のノベルゲームでは、一度物語を終えた後、最初に戻って別のルートを探しますよね。その繰り返しに対して、登場人物が「ここに来たことがある」「また同じことが起きるのでは」と感じるような実験が始まっていました。同じ場所を通っているのに、前とは違うことが起きる。その違和感に、面白さを感じました。

企画を考えるうちに、ゲームは作り手とキャラクターだけの話ではない、と気づきました。そこには「プレイヤー」がいるんです。

例えば小説でヒロインが亡くなる場面を書くと、作り手は「本当にこの子を死なせなければいけないのか」と葛藤します。でもゲームには、生きる選択肢も、死ぬ選択肢もある。そのどちらを選ぶかはプレイヤーです。

そうなると、キャラクターが「前の周回では、どうして私が死ぬ選択をしたの?」と問いかける相手は、作り手だけではなくプレイヤーになる。その関係から生まれる感情は、それまでの小説や映画には書かれていないものではないかと思ったんです。

このような企画をチュンソフトにも持ち込みましたが、マニアックすぎると言われました。ただ、そのニュアンスは『3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!』や『428 〜封鎖された渋谷で〜』にも少し残っています。

別のルートを遊ぶほど、ほかの登場人物の人生や魅力も分かってくる。一人を選べば、別の誰かが悲しむかもしれない。そうした相反する結末を、もう一つ上の視点から捉え直すような「トゥルーエンド」の構造も出てきました。

1990年代後半から2000年代にかけて、そうした実験がたくさんあり、その表現は『STEINS;GATE』や『魔法少女まどか☆マギカ』などにも結実していったと僕は捉えています。

ゲームから生まれた構造が、映画やアニメへ取り入れられて広がっていく。そうして使われてきた表現の、その先で僕らがやらなければいけないのは、新しいゲームシステムを提案することだと思っています。

今回の『シブヤスクランブルストーリーズ』の群像劇でも、映画やアニメでは表現できない感情を生み出せるはずだ、と探りながらつくっています。それが、ゲームクリエイターとして物語をつくる矜持です。


中島:お話を聞いていると、映画やアニメでは表現しきれないことを実現できるものが、ゲームだったということなんですね。メディアやデバイスの転換点と、ゲームシステムの新しさには関係があるのでしょうか。

イシイジロウさん:ゲームの構造をうまく映画やアニメに落とし込む、才能のある人たちもいます。僕が大きな転換点だと考えているのは、ノベルゲームでそうした表現が生まれたこと、3Dゲーム、そしてオンラインゲームです。

ただ、僕自身が追ってきたのは、ストーリーを通じて、これまでとは違う感情を描くことでした。新しい分野すべてに手を出すということではないんです。

いまの『第四境界』のような取り組みにも、その体験でしか生まれない感情を探す可能性を感じます。既存のものとは違うユーザー体験をどう生み出すか。そういうところにチャンスがあると思っています。ただ、いまのところ自分はまだつかめていないな、とも感じています。


「あの熱は本物ですか」――再び渋谷の実写アドベンチャーへ

「あの熱は本物ですか」――再び渋谷の実写アドベンチャーへ

エンタメ担当:新作『シブヤスクランブルストーリーズ』で、もう一度、実写アドベンチャーに取り組もうと思ったのはなぜですか。

イシイジロウさん:これまでの僕は、人がやっていない新しいことを、どう見つけるかを考えてきました。でも、このプロジェクトは、ある意味で逆なんです。

『428』は本当に大変な作品でした。渋谷で2カ月ほどロケをして、終わった後はしばらく渋谷で電車を降りるのも嫌になるほどだった。二度とつくれないと思っていました。だから当時は、「僕はもうつくらないけれど、10年後に誰かつくってください。その人を応援したい」と話していたんです。

ところが10年が経ち、20年が近づいても、ファンからは「ああいうタイトルをつくってほしい」という声が届く。自分も、いつかもう一度つくろうかと考えていたところに、Skeleton Crew Studioの村上さんから、東急不動産が関わるゲーム制作支援の話をいただきました。渋谷に還元できるゲームなら自分がつくれる、と思ったんです。

ただ、実写アドベンチャーには、「評価は高いけれど、売れるのか」という見られ方もあります。つくってほしいという声があっても、それがどれほどの熱なのかを証明できないと、出資する側も、僕自身も踏み切れない。

そこで、まずクラウドファンディングをしようと考えました。その結果を見て、企業にも判断していただこうと。お客様がいないなら、今回はできなくても仕方がないと思っていました。

そういう意味では、自分から新しいものを押し出すというより、運命やお客様の声に前へ押し出されたプロジェクトです。まずはお客様が求めるものを置く。ただ、それだけではない新しいアイデアも、その裏でちゃんと考えています。


中島:お客様の熱を確かめる方法として、クラウドファンディング以外の選択肢も考えましたか。

イシイジロウさん:以前から経験があったので、今回はクラウドファンディングで勝負しようと思っていました。僕らの実写アドベンチャーを待っている方々の熱は、どれくらいあるのだろうと、確かめたかったんです。


中島:過去の経験を経ても、ご自身の活動でもう一度クラウドファンディングを使おうと、自然に考えられたんですね。

イシイジロウさん:最初のKickstarterでは、可能性を感じる一方で、こんなに難しいものなのかとも突きつけられました。その後は、アルティメット人狼スカジャンのプロジェクトでページ制作、写真撮影、配送まで自分で手がけて、楽しかったし、やり切れたという手応えもあった。ボードゲームのプロジェクトでは、海外展開で思いどおりにいかない難しさも経験しました。

その積み重ねがある中で、今回の話が来たわけです。実写ゲームの開発や撮影がどれほど大変か、僕らは分かっています。「あなたたちの熱が本物だったら、僕らもその地獄にもう一度足を踏み入れる。どうですか」と。お金だけでなく、その覚悟を確かめたかったんです。


支援者を「共犯者」に。参加の楽しさと作品の品質を両立する

支援者を「共犯者」に。参加の楽しさと作品の品質を両立する

エンタメ担当:今回のクラウドファンディングには、TIPSの執筆、エキストラ出演、ロケ弁の提供など、参加型のリターンがあります。「共犯者」として参加してもらう楽しさと、クリエイターとして守りたいものの境界は、どう考えていますか。

イシイジロウさん:

そこは本当に、探りながらやっています。一緒につくるという理想はあるけれど、やり方を間違えると、作品の品質を落としたり、関係する業界との仕事を壊したりしかねない。その難しさは、過去の経験から自覚しています。

過去のプロジェクトに支援者のアンケートで声優を決めるという話があったのですが、選ばれた方へ必ずオファーできるとは限りません。実現できる範囲をつくり手側で設計しておかなければいけないんです。

一方で、『428』のときにエキストラを募集して、参加してくださった方々が本当に楽しそうだったことは、ずっと心に残っていました。制作にはエキストラが必要だし、参加する方にとっても特別な経験になる。お互いに意味があると思ったんです。

今回もお客様と話す中で、「もっといい役で出たい」「セリフがほしい」という熱を感じます。でも、役を演じるのは簡単なことではありません。メイクや演技の調整に時間がかかり、撮影現場全体が追い立てられてしまえば、作品の品質にも響きます。だから、現場で対応できる人数を考えながら枠を設けています。

皆さんは、あの世界の住人になりたいんだと思うんです。自分が実写の作品に出ている、初めてクレジットに名前が載る。その喜びを共有できることは、この作品のクラウドファンディングならではの可能性だと思っています。


完成を待つ時間も、参加できるエンターテインメントに

完成を待つ時間も、参加できるエンターテインメントに

エンタメ担当:「応援してよかった」と思ってもらうのは、ゲームが完成した後だけではないですよね。制作中には、どんな体験を届けたいと考えていますか。

イシイジロウさん:撮影に参加する方、お弁当を提供する方、命名権で関わる方。それぞれの関わり方がある中で、撮影期間はお祭りのようになると思っています。

現場で「今日のお弁当は、〇〇社さんの提供です」「このお花は〇〇さんからです」と伝える。見学や撮影の体験を、ネタバレや出演者の確認など、必要なルールを守ったうえで共有する。そうしたことが何カ月も続くのは、ゲームを遊ぶのと同じくらい、楽しい体験になるかもしれません。

でも完成したゲームでは、まず物語に没頭してほしいですね。自分が協力したことを一度忘れてしまうくらいに。2回目に遊ぶときに、「そういえば、自分はどこに関わったんだっけ」と振り返る。そのくらいの完成度を目指したいです。

今回は開発を支援してください、というお願いです。その支援に対して、ふだんはできない「開発に巻き込まれる体験」を用意できると思っているから、自信を持って挑戦しています。

今回のリワード(リターン)には、ゲーム本編をお渡しすることは含まれていません。もちろん、本編を発売しなければ本当の約束を果たしたことにはならないとは思っています。リワード(リターン)を届け、それとは別に作品を発売するところまでやり切って、この方法の可能性を証明したいんです。


支援は、クリエイターの決定権を守る力になる

支援は、クリエイターの決定権を守る力になる

エンタメ担当:今回の作品づくりを通じて、次のゲームクリエイターに残したいものはありますか。

イシイジロウさん:クラウドファンディングの可能性ですね。さらに資金が必要になったとき、出資者を探す方法もあります。ただ、出資する側にはビジネス上の期待があり、「こうしてほしい」という要望によって、つくり手の自由度が変わることもあります。

今回の座組では、クリエイターに著作権が残り、決定権もあることが大切です。だからこそ、支援者の出演枠をどうするか、新しい参加の仕組みをどうつくるかも、僕らが判断できます。

作品のクオリティーは上げたい。でも、そのために自分たちの決定権を手放したくはない。だから、クラウドファンディングで「皆さん、僕らを守ってください」とお願いしている。その分、皆さんにも楽しんでいただけることを考えられるんです。


エンタメ担当:資金を直接集められることが、やりたいことを実現するための決定権につながるんですね。

イシイジロウさん:皆さんのお金は、このゲームにおける「票」のようなものでもあると思っています。僕の後ろには、これだけのお客様がいる。企業のパートナーにも、イシイ一人が言っていることではないと伝えられるわけです。

できることの中で、ベストの作品をつくる。そのために守るべきところを守る力にもなる。支援してくださる皆さんには、そのことにも自信を持っていただきたいです。


「すごい」の中に、あなたもいる。支援への恩返しを重ねる

「すごい」の中に、あなたもいる。支援への恩返しを重ねる

エンタメ担当:実際にクラウドファンディングを行って、集まった金額以外に「やってよかった」と感じたことはありますか。

イシイジロウさん:キャッチボールになっていることですね。今回出したPV、ゲームプレイ動画は、僕らにとって最初の恩返しでした。「あなたたちが応援してくれたから、ここまでできる可能性がある」と見せるものだったんです。

自分たちのお金だけでつくっていたら、ただのプロモーション映像だったかもしれない。でも一緒に苦労してきた方たちには、「ここまでやってくれた」という喜びがある。その反応がとても大きかった。

僕らのつくったものをすごいと思ってくださるなら、その「すごい」の中には、あなたもいるんです。リワード(リターン)だけでつながっているのではなく、一緒につくったことを、作品で証明していく。完成まで何年も待っていただく間にも、小さく成果を返していくことを、今回学びました。


エンタメ担当:支援する側だけでなく、イシイさん自身にも「一緒につくっている」という実感が強まっているのでしょうか。

イシイジロウさん:そうですね。いま支援してくださっている方が「支援してよかった」「みんなにも知ってほしい」と感じてくださることが、新しい共犯者につながります。それに作品や発信で応えて、また新しい方が入ってくる。その循環が生まれているんです。

ゲームは通常、何年も開発して、発売して初めて評価されます。でも今回は、つくっている途中も見せて、エンターテインメントにしている。発売の何年も前から発信するには費用も労力もかかりますが、共犯者の皆さんとの連携で、それ以上の力になると信じて取り組んでいます。


約束を果たし、その先の「奇跡」を一緒に見たい

約束を果たし、その先の「奇跡」を一緒に見たい

エンタメ担当:これからクラウドファンディングで新しいものをつくろうとしているクリエイターに、伝えたいことをお願いします。

イシイジロウさん:勢いも大切ですが、プロジェクトの規模に応じた準備は必要です。お客様に「やります」と約束したリワード(リターン)を、完成できなかったというのが一番よくない。見積もりが甘かったり、業界のことを理解できていなかったりして、リワード(リターン)が頓挫することは避けなければいけません。例えば理想に届かなくても、形を変えたとしてもリワード(リターン)を実現し届けることが一番だと思います。

クラウドファンディングにも、これだけ経験やノウハウが蓄積してきました。起案者もプラットフォームも、そこを生かして、これからのクリエイターが自信を持って挑戦できるようにしていきたい。きちんと準備し、成功を積み重ねられれば、可能性の塊だと思っています。

クリエイターが独立して、自分で判断できる作品をつくれる。その夢は、10年経っても消えていません。今回のやり方が次の挑戦につながり、若い方たちが「こういう方法を使えばいいんだ」と、もっと大きなプロジェクトに取り組んでくれたらうれしいです。


中島:エンターテインメントとクラウドファンディングには相性のよさがある一方、制作期間の長さなど、難しさもありますよね。今回は、その一つひとつを調整しながら形にしているのだと感じました。

イシイジロウさん:リワード(リターン)としてどんな価値をつくるかを考えること自体、クリエイターとしてわくわくします。ただ、いまも毎週、新しい情報が入ってきて、考えを更新しています。ゲームとしての完成形はイメージしていますが、お客様と一緒に、どんな成功の形を見られるのかは、まだ分からないところもあります。

作品を完成させることは絶対です。そのうえで、「参加してよかった」「もう一度やってほしい」と思っていただけるものにしたい。

クラウドファンディングでは、皆さんは奇跡を見たいのだと思うんです。僕らにとっては、完成した映画やアニメ、ゲームそのものが奇跡です。だから、「その奇跡に立ち会えた」と感じてもらえるようにしたい。何とかそれを起こそうと、毎日、24時間考えています。


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