全編インタビューの動画はこちら
Non Filter (ノンフィルター) by CAMPFIREでは各種SNSで最新情報を発信しております。ぜひフォローをお願いいたします。
Non Filter (ノンフィルター)公式 Instagram:https://www.instagram.com/nonfilterbycampfire/
Non Filter (ノンフィルター)公式 TikTok:https://www.tiktok.com/@nonfilter_by_cf
Non Filter (ノンフィルター)公式 X(旧Twitter):https://x.com/nonfilter_by_cf
宮城慎梧さんのプロジェクト
ゲストとインタビュアーの紹介
株式会社CoCRE 代表取締役
宮城 慎梧
沖縄県那覇市出身。平和教育の現場を経て、音楽やアートの表現活動に傾倒。2022年に香川県三豊市へ移住。2024年に株式会社CoCREを創業し、現在は新しいアーティスト支援の形を作るため、ギャラリー・シーシャカフェ「YUKURU」の開業に向け活動中。2025年のクラファンでは、クラファンが活況な香川県三豊でのCAMPFIRE歴代最高支援額*を達成。
*2026年4月現在
| Instagramアカウント |
株式会社CAMPFIRE 代表取締役
中島 真
アクセンチュア、ディー・エヌ・エー、リブセンス取締役などを経て、2018年3月CAMPFIRE取締役に就任し、2024年11月代表取締役CEO就任。ギフティ社外取締役、Inspire High社外取締役、社会変革推進財団理事等。
| Xアカウント(旧Twitter) |
沖縄での葛藤と表現への目覚め
——まずは自己紹介と、幼少期をどのように過ごされたか教えていただけますか?
宮城 慎梧さん:宮城慎梧と申します。沖縄県出身で、4年前に香川県の三豊市に移住してきました。現在は「YUKURU」というお店を開業する準備をしています。
私は今26歳で、22歳までずっと沖縄にいました。3つ上にすごく賢くて何でもできる姉がいるんですが、それに比べて私は勉強もスポーツも得意ではなくて。「できない自分」に対するコンプレックスや負け癖がついてしまい、人と比べてしまう幼少期を過ごしていました。
——そこからどうやって、アートや表現の世界へ進むことになったのでしょうか?
宮城 慎梧さん:大学時代に音楽やアートに出会い、人と比べられずに自分の内側にあるものを思い切り表現している姿を見て「この世界は面白い」と思ったのがきっかけです。
実際に自分で表現を始めたのは、お世話になっていたラーメン屋の恩師と衝突したことがきっかけでした。コロナ禍でお店の経営が厳しくなり、「お店をどうにかしたい」という思いは同じなのに意見が噛み合わなくて。その時に「自分の思っていることが伝わらないもどかしさ」を感じ、思いを伝えるツールとして絵を描き始めました。それを洋服などにして販売し始めたのが原点です。
自分の実力不足を痛感し、香川県三豊市へ移住
——沖縄から香川県の三豊市へ移住されたのは、どのような経緯だったんですか?
宮城 慎梧さん:沖縄で仲間たちと活動していく中で、イベントのような一時的なものではなく、日常的に表現できる「お店」を作りたいと思うようになりました。そこで大学を中退して物件を探し回ったのですが、21歳の若者に物件を貸してくれる人は中々見つかりませんでした。
その時に、「自分の生まれ育ったホームゲーム(沖縄)でやりたいことができないのは、圧倒的に自分の実力不足だ」と痛感したんです。環境を大きく変えないと成長できないと思い、たまたま先輩が移住していた香川県三豊市を訪れました。そこには「ないものは自分たちで作ろう」と最前線で動いているかっこいい先輩たちがいて、「ここが自分の人生の勉強になる場所だ」と直感し、飛行機に乗る3日前に家族に伝えて移住しました。
——移住して最初は、どのような生活や仕事をされていたんですか?
宮城 慎梧さん:初日は住む場所も仕事もなく、リュック一つ背負った状態でした。でも先輩が「勢いのある若者が来る」と事前に伝えてくれていたおかげで、町の人手不足のところを手伝う役割をいただけました。
飲食店のスタッフから、健康寿命の調査で「おじいちゃんの反復横跳びをひたすら数える」という泥臭い仕事までやりました(笑)。自分ができる・できないではなく、まずは頼まれたことに全力でバットを振り続けたんです。そうやって一生懸命動いているうちに、「お前に頼みたい」と言ってくれる人が少しずつ増えていきました。
起業、そしてクラウドファンディングへの挑戦
——そこから、ご自身のお店作りや会社設立に向けてどう動いていったのでしょうか?
宮城 慎梧さん:三豊市に来て3年ほど経った頃、一緒に遊んでいた仲間たちが水面下で泥臭く努力し、次々と新しいプロジェクトを立ち上げているのを見てハッとしました。「楽しいだけで満足してちゃだめだ」とスイッチが入り、本格的に事業化に向けて動き出しました。
事業の資金繰りに悩んで地域の先輩に相談したところ、「これまで地域で長く泥臭くやってきたんだから、応援してくれる人に出資してもらって会社を作ろう」とアドバイスをいただきました。そこから急いでプレゼン資料を作り、地域のボスたちにお願いして6社から出資を受け、会社を設立することができました。
——クラウドファンディングも実施されましたが、やってみていかがでしたか?
宮城 慎梧さん:目標金額が達成できるか、始まる前はプレッシャーで夜も眠れませんでした。でも、いざ始まるとこれまで出会ってきた方々が温かいコメントとともに支援してくださり、不安が前向きな力に変わっていきました。
期間中は毎日10分のラジオ配信を続けていたのですが、一番聞いてくれていたのが母でした。さらに驚いたのが、大学を中退して以来6〜7年ほど絶縁状態だった祖父が、私の挑戦を知って支援してくれたことです。祖父に電話をしたら「楽しいことを勝ち取るためには、9割の苦しいことを頑張りなさい」とエールをもらい、青空の下で号泣しました。クラウドファンディングを通して、家族の絆が変わったのは本当に大きな成功でした。
アートと日常が交差するシーシャカフェ「YUKURU」
——いよいよオープンするお店は、どのような場所になるのでしょうか?
宮城 慎梧さん:「YUKURU」というシーシャ(水タバコ)を取り入れたカフェ・ギャラリーです。ギャラリー単体での経営は難しいため、シーシャというコミュニケーションツールを軸に、飲食業として自立できるモデルを作りました。飾られている作品を見るだけでなく、アーティスト自身が店員として接客し、作品の裏側にあるストーリーや人となりを直接お客さんに伝えられる環境にしたいと思っています。
——沖縄時代のイベントは一過性だったというお話がありましたが、今回の事業ではアーティストの方々にとっての「持続性」をどのように実現していくのでしょうか?
宮城 慎梧さん:1つは、イベントだと「来月やらない」と自分たちが決めてしまうと終わってしまう世界線だったので、それを日常にするためにまず「お店」という形態にしました。日常的に使える環境が、チャレンジの場所になったらいいなというのが1つです。その中で、アーティストに必要な環境として「機会」「役割」「コミュニティ」の3つが大事だと思っています。機会とは自分が表に出ていける機会や人に出会う機会、役割は自分の作っているものが誰にどんな影響を与えるのかという役割、そしてコミュニティは切磋琢磨できる仲間や自分の作品を好きでいてくれるファンのことです。
この3つがあれば活動し続けられるのではないかという仮説を持っています。
今回の「YUKURU」では、実際にアーティストさんが店員になり、接客を通してお客さんと関係を作り、自分たちの企画や展示に集客していくモデルを作れたらと思っています。ご飯を食べるために働く「ライスワーク」と、自分でやりたい「ライフワーク」は分かれがちですが、うちのお店ではそれを一緒にして、接客という仕事でお客さんと関わりながら、その先に自身の活動へのPRやネットワーク構築ができる環境を作っていきたいです。
——最後に、これから挑戦やクラウドファンディングを考えている方へメッセージをお願いします。
宮城 慎梧さん:私自身、これまでにたくさん葛藤や後悔がありました。でも、小さなチャレンジから始めて、周りを巻き込みながら仲間を作り、徐々にチャレンジを大きくしていくことが一番だと気づかされました。
クラウドファンディングはまさにその第一歩を踏み出しやすいプラットフォームです。この方法で小さな挑戦を繰り返していけば、いつか自分が最初に夢見た景色を見られるようになると思います。
クラウドファンディングへ挑戦したい方へ
CAMPFIREでは、クラウドファンディングを実施されたい方をいつでも募集しております。皆さまの想いや、挑戦したいという気持ちを我々は全力で応援します!
少しでもチャレンジしたいことがあり、資金調達でお困りであれば、以下のリンクからお気軽にお問合せください!
皆様からのご相談、お待ちしております!
▼勉強会に参加して知識を深めたい方
https://camp-fire.jp/academy/seminar
▼成功に必要な資料が欲しい方
https://camp-fire.jp/academy/articles/po-success-support
▼プロと一緒にページを作成したい方
https://camp-fire.jp/readyfor-support












