2021/01/22 12:30

『チーム脳コワさん』クラウドファンディングも、残すところあと10日。期間半ばで初期設定のの目標金額に達した後も、少しずつ支援してくださる方が増えており、支援・拡散にご協力くださった方々に改めて深く御礼申し上げます。1月末にはこのクラウドファンディングの目的でもある冊子、この初回のインタビューを予定していて、インタビュー項目なども絞り込みを進めているところです。

 さて今回は、高次脳機能障害の当事者になった僕に残った「時間の不自由」という障害について、書いてみます。僕はフリーランスの文筆業という少し特殊な仕事をしていたからこそ、完全な失職には至りませんでしたが、もし企業に勤める会社員・従業員といった立場だったら、まず100%失職していたと思います。

 電話でパニックになる、通勤の雑踏でパニックになる、すぐ疲れて頭が回らなくなる、文書を読めない、人の指示や話しが聞き取れず自分の考えも上手に言葉にできない……もし勤め人だったらアウトだったと思う障害特性はいくらでもありますが、その中でもトップに君臨するのが、この「時間の不自由」でした。

 それはいったい、どんなものだったのでしょう……。

時間の不自由

 「鈴木さん、〇〇の訂正チェック、お願いできますか」

 病後、一日の仕事を終えた夜に担当編集からこんなメッセージが届くと、僕はその場で強い不安や不快感を伴うパニックに陥ってしまうことがありました。元々昼夜の境があまりない出版業界ですから、夜に連絡があったことが嫌なのではありません。

 チェック作業なんて、そのものにかかる時間は1時間程度の軽い仕事のはず。その場で寝る前にやるとしても出来なくはない分量です。にもかかわらず、メッセージを見た僕の脳内には色々な思考が渦巻き、混乱し、パニックに陥ってしまったのです。

 まず「いつまでに」が書いてないことに、猛烈に腹が立つ。期限が書いていない時点で、僕は頭の中で、

~~その仕事の全体の締め切りはいついつだから、担当がそのチェックを上にあげるのがいつで、担当の出社は明日の何時ぐらいで、僕は何時までにチェックを戻さなければ~~といったことを考えて、決めなければなりません。

 そもそも担当にチェックを戻した後の動きとか出社時間みたいな向こうの都合は聞かなきゃ正確には分からないけど、僕は「病前通り」にそれを自分で推測しようとして、結局頭の中でその複雑な考えを処理しきれずに破綻してしまったのです。

 かといってこれが、「明日の昼までにお願いします」と明確に指定されていても、僕は毎度パニックに陥るのです。なぜなら当時の僕は、「1時間で終わる仕事を翌朝昼まで」、「1日で終わるかなという仕事を一週間後まで」という感じで明確な指示を受けたとしても、そもそも翌朝とかその週にやろうと考えていた仕事の「全部ができなくなってしまう」ような、強い不安に襲われたからです。

 さらに、例えば一日5時間で終わる仕事を一日かけてやっている途中で「仕様の変更」が指示されたり、「今の作業の前にこれやってください」と30分で終わる仕事を差しはさまれても、やっぱり僕は発狂寸前のいらだちと、そこからどんな作業も始められない、やっていた作業も再開できないといった致命的なパニックに襲われることとなりました。


 意味が分かりませんよね。あの頃の僕にとって唯一苦しさを感じずにクリアできただろう指示とは、いまの手元にある仕事が終わって提出したところで、次の仕事の指示が入る。提出期限は「僕のペースで作業が終わった時間」というものだったのです。

 僕は病前にはどんな変則的な予定にも対応できる、どちらかといえばフットワークの良さを強みにして仕事をしてきたタイプだったので、こんな指示が通らない部下がいたら、仕事上で戦力外認定していたと思います。

 だってそうですよね。いつまでと期限を指定してもしなくても、難しいという。一度作業を頼んだら、終わるまで変更することも、ちょっと簡単な仕事を差しはさむことも、拒否されてしまう。ほんと、これじゃ使い物になりません。

 これが、僕に残った「時間の不自由」でした。「スケジュール能力の崩壊」といってもいいかもしれません。

 それにしても、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。僕に残った個々の障害特性から、読み解いてみたく思います。

スケジュール能力崩壊の原因

 まず、要所要所で感じるいらだちの原因は、もともと高次脳機能障害によって感情のサイズがコントロールできない「脱抑制」「易怒」の症状があったからですが、いらだった理由は「絶対無理なことを押し付けられている感」があったからです。

 そう、こうした「予定」に関わる微々たる障壁を、僕は自身ではどうにもクリアできないと感じていました。その理由を書き出すと、こんなものになります。

1・脳内で時間の逆算ができない。
2・一つの作業にかかる時間が想定できない。
3・脳内で予定の組み換えができない。
4・作業の中断ができない。

 まず1。時間の逆算ができない主な理由は、僕のワーキングメモリ(作業記憶)が低下していたからです。本来こうした逆算とは、脳内で作業完遂までに経る作業を洗い出し、それぞれどのぐらいの時間がかかるかを考え、その合算を提出時間から逆算して、作業のスタート時間を決めるという思考作業。

 ですが当時の僕にとってその思考作業には、とてつもなく複雑な暗算をしているような困難感が伴いました。なぜなら、脳内で逆算している先から、必要な作業、目標終了時間、それぞれの作業の所要時間といった情報が、頭の中のメモ用紙からすいすい消えて行ってしまうから。

 記憶が弱いなら、作業工程と必要時間をひとつひとつ書きだせばいい? もちろんそうですが、病前なら一瞬で「このぐらいで仕上がる」と読めた、きわめて単純な作業の組み合わせですら、読めなくなってしまうため、この「書きだせばいい」ことに思い至り、さらにそれが習慣化するまでに、僕は長い時間を必要としたのです。

 それは、何も考えずにたどり着けていた家から駅までの道を、いきなり地図を書かなければ帰れなくなったような不自由感。まさか駅まで行けないとは思わないから、思わず家を飛び出して、毎回たどり着けずに途方に暮れるような、そんな気持ちでした。


手順を逆算できても読めない作業時間

 けれど、いざ「書き出せばいい」に至っても、その先にあるのが2の「作業時間が読めない」です。

 理由は、脳の情報処理速度が落ちていて、そもそもこれまで10分でやれた作業が10分では終わらなくなったこと。加えて注意の障害や記憶の障害もあると、手元の作業一つに集中することそもそもが難しいし、易疲労で脳の認知資源が切れたら一層作業に時間はかかり、その認知資源がいつ切れるかも自分ではわからない。

 こうなると、10分でやれた作業が30分かかるのか1時間になるのかも自分ではわからなくなってしまい、すべての作業が「やってみないと終わる時間がわからない」ということになってしまうのです。もう、こうなると逆算どころじゃないですよね。


私の予定を変えないで

 さらに困難は続きます。1や2の状況があっても、締め切りのない状態で作業を一つずつ終わらせていくのはなんとかやれる。けれど、その作業中に仕様変更や作業の順番の変更、新規作業などが差しはさまれると、僕は途端に混乱して、いま順調に進んでいた手元の作業も何もかもできないような状況に陥ってしまいました。これが3の「予定が組み換えできない」ですが、これは本当にとても大きな苦しみを伴った不自由です。

 たとえば作業にかかる時間を数字にして、1時間の作業、2時間の作業、3時間の作業を順番にやれば1+2+3=6時間ですが、これの順番を入れ替えて2を頭にと言われた際に、僕にとっていきなり2+1+3=24とか=100とか=∞に感じられたのです。

 え? 何言ってんの? 順番を変えたからと言って、本来単体の作業にかかる時間が変わるはずがないでしょ? 1時間の作業を差しはさんだら単に+1でしょ?

 僕が上司や同僚なら、間違いなくそう思ったでしょう。けれど、1や2の不自由を抱えていた僕にとって、3はさらなる大きな思考負荷。あの混乱は、思い出すのもつらいです。

 何とか家から駅までの地図を書いてそれを見ながら進んでいるときに、その地図をバッと奪われて別の地図を渡されたり、地図を破かれたり、道がどんどん変化して地図と違う道筋の中に立ち竦むような、それは絶望的な混乱でした。


今していることを止められない!

 これだけでも地獄ですが、病後の僕にはここまで説明した症状に加えて、一度注意を向けたものから注意を引きはがすのが難しいという注意障害の特性もありました。一度見たものから目が離すのが難しい、一度考え始めたことや、おこった感情や、やり始めた作業などに注意が「強力な接着剤でくっつけられたよう」にへばりついてしまい。それを切り替えて別のことをするのが難しいという症状です。

 これによっておこるのが、4の作業を中断できない、という不自由でした。当時の僕は手元でやっている作業を中断しようにも、まず作業に没頭出来ているほどにその作業を「続けようとする力」が強く、注意を引きはがすのが困難なのです。

 さらに合わせ技で、ワーキングメモリが低下していた僕は、なんとか頑張って作業を中断しても、元の作業に戻ったときに「途中までやったはずの作業の記憶がない」「その作業を継続するために頭の中にあった思考が全く残っていないこと」が度々ありました。

 こうなると、僕の感覚では、一度中断されたり仕様を変更した作業に戻ると、「全部一からやり直し」「二度と前の作業は再現できない」という状況なのです。

 いわばその感覚は、家から駅まで行く途中でちょっと声をかけられて話をしたら、いつの間にかに家までワープして戻されるような感じです。

 何なのこの理不尽な世界!? 職場の人からすれば「こいつ何言ってるの?」でしょうが、当事者の本音は「こんなんやってられるか!」です。

僕のトリセツ

 当時の僕本音を書けば、 

「一度始めた作業は、終わるときが終わるときです!」

「始めた作業の仕様変更や予定変更は受け付けません!」

「一つ頼んだ仕事が上がってから次の仕事を頼んでください」

「複数の仕事を頼むなら、1日で終わる仕事の締め切りは十日先、十日かかる仕事の締め切りは二か月先にしてください」

「スケジュールは鈴木の仕様を見極めたうえで、そちらで決めてください」

 いやね。これじゃ仕事になんないのわかってます。

 僕は幸いなことに在宅ワーカーの個人事業主ですから、言える取引先には少しずつこうした事情を伝え、何とか仕事を継続しましたが、取引先は1/3ぐらいには減りました。

 これがお勤めの仕事だったら? もっとほかのスタッフと予定を調整しながら進めていくタイプの業種だったら? 人の命にかかわるような責任や、何よりスピードが求められる仕事だったら? ……「失職」、この二文字以外に、考えつきません。


 高次脳機能障害の症状について解説するリーフレットなどもたくさんありますが、「注意が悪くなる」「記憶が悪くなる」「感情がコントロールできない」といった説明に、ほんとうに、何の意味があるのかと思います。そうした障害特性の合わせ技により、日々、僕たちは仕事の場で想定外の不自由を味わいます。今回はあくまで僕のケースですが、多くの当事者がそれぞれの仕事の場で、どんな不自由を抱えているのか、どんなシーンでどんな理不尽な思いをしているのかを、丁寧に聴き取っていこうと思います。


引き続きのご支援をお願いいたします。