2016/10/09 16:38

皆様、こんにちは。代表の髙岡昂太です。

この度はご覧頂き、ありがとうございます。
また、これまでご支援頂いております皆様、心から御礼申し上げます。

今後、皆様への活動報告として、以下を企画中です。

・私達がなぜ虐待問題に関わるようになったのか?
・日本の子どもの安全に関する実状や問題
・プロジェクトによって何が変わるのか?
 -開発中のモバイルアプリの開発画面
 -開発中のAIの背景

など、少しずつご報告できればと思っております。


初回は、代表の高岡がなぜ子どもの安全問題に携わるようになったのか、少しお話させて下さい。

 

私は、埼玉県川口市で生まれました。小さい頃からやんちゃで落ち着きがなく、あまり型にはめられる場が得意ではありませんでした。


例えば、幼稚園で先生から「こうた君は、何度言っても先生の言うこと聞かないから、もう一人でお外で遊んでなさい!」とよく怒られていました。当時の私は、それを「俺だけ外で遊んで良いってこと?園庭独り占めじゃん!やったー!いってきます!」と捉え、一目散に教室を出て行ってしまうような子どもでした。そのため、家族だけでなく、先生方や近所の人達からもよく怒られて育ちました。

中学・高校に入っても、地理と地学以外の勉強には興味を持てず、ひたすらサッカーばかりしていました。朝練に行き、1-2限の休み時間に早弁し、授業中に体力回復を図り、午後は部活に集中し、家に帰ってからもテレビゲームでサッカーの練習に勤しみました。

 

そんな私が17歳のある日、他県で同年代の学生が殺人事件(酒鬼薔薇聖斗)やバスジャック事件を起こしたことを知りました。「なんで同年代が?どうしてそうなった?」と違和感を持ちました。

 

なぜそのような事件になったのか興味が湧き、最初は犯罪心理学やプロファイルの本を読みはじめ、そこから心理学に興味を持ちました。そこで、初めて”過去に不適切な養育環境や虐待を受けたことは後の人格形成に強く影響を与える可能性がある”という一説に出会いました。
当時は(そうなんだ、ふーん)とだけ思いました。

 

大学時代は心理学を専攻したのですが、好きだった地理・地学の影響で、バックパッカーとして様々な国を一人で旅歩いていました。

 

そんなある日、メコン川沿いにあるタイ・ラオスの国境付近で、小さな村に滞在していた時のことです。8歳か9歳くらいの少女が、突然英語で「私を買って(Buy me)」と言ってきました。英語が当時まったく得意でなかった私は(聞き間違いかな)と思いましたが、何度もその少女は「買って。買って。買ってくれないと家族のご飯買えないの」と言いました。それを聞いて私は、初めてそれが子どもの人身売買だと察しました。私はどう返答するのが良いか逡巡した後、「無理」とだけ答えました。

 

すると、その少女はくるりと後ろを振り返って、30mくらい先の木の下にいる、おそらくその子の母親であろう女性をじっと見つめました。その女性は(次に行け)と言わんばかりに、鼻をつつき上げるようにして、首を何度かかしげました。

 

その少女は踵を返し、私の後ろを歩いていた欧米の旅行者のところに駆け寄りました。そして、同じように「買って」と言っていました。その旅行者は、何か小声で一言、二言その少女に笑顔で話しかけた後、あろうことかそのままその少女を連れて行ってしまいました。

 

あっという間に目の前で起こったその出来事は、当時19歳だった私にとって大きな衝撃でした。その場で小さな女の子が連れて行かれたことにどうして良いかわからず、私は何も出来ず立ち尽くしました。そして、そこで何も出来なかったことを非常に情けなく感じました。


同時に、頭の中で色々な考えが飛び交いました。(俺がもしその場でその子を止めても、俺はこの村は明日出る。あの家族は食っていくためなら、何度もあの子を使って同じ事を繰り返すだろう。もしあの場で止めても、根本的な解決にはならない。それでも、あの時、止めるべきではなかったか・・・)。

 

そして、「自分が育った子育ての環境と違う」という違和感が湧きました。
同時に「これは何とかしないと」と、私の中で小さな種火が点りました。

その後、日本に帰ってからは、ベビーシッターや子どもの安全に関わる現場でのボランティアをするようになりました。そして、傷ついた子どもを目にする度、自分の中でその火はどんどん大きくなっていきました。

 

現場では、感情を揺さぶられることが沢山ありました。そして様々な解決すべき課題も見えてきました。その度に、当時小さかった種火はだんだんと大きくなり、同じような灯火を持った熱意ある仲間に出会うことで、子どもを第一に考える世界を作ってやる!という強いモチベーションに変わりました。

 

これが、私が虐待対応に関わる理由の一つです。

 

何かをより良く変えなければ、子どもも、家族も、現場の支援者も疲弊してしまいます。何かできることは必ずあるはずだと思い、これまで活動を続けてきました。今回皆様にご協力をお願いしている本プロジェクトもその一連の流れから生まれたものです。是非引き続きご支援、拡散のご協力を賜れましたら幸いです。何卒宜しくお願い申し上げます。

   

次回は、別メンバーによる「私が虐待に関わる理由」をお送り致します。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。 


※今週、本プロジェクト代表、高岡の原稿がシノドスαvol.205(有料)に記載されました(http://synodos.jp/info/18098)
今回のプロジェクトについても触れております。よろしければ是非ご覧ください。

来週も皆様にとって良い一週間となりますように。