2020/11/06 23:49




昨日、間伐に向け山の神へ参拝をしてきました。周辺の木々もだいぶ色づいてきてた少し肌寒い日でしたが、陽が当たると多少暖かさが感じられる日和でした。祠は和歌山研究林の入り口付近にあります。お参りの日は山での木の伐採が禁じられているため、予め切っておいた榊に紙垂を結んで玉串を準備します。紙が貴重だった大昔は、木の棒を削りかけの状態にして紙垂のようにする文化がありました。この削りかけの木の棒を「削りかけ」と呼びます。そのままです。この「削りかけ」の文化は日本だけでなくアイヌや樺太の少数民族、さらには東南アジアでも似たような文化が見られ、その類似性がしばしば話題となるようです(※1)。アイヌの場合、この「削りかけ」に類似したものを「イナウ」と呼びます。結構凝った形をしているので興味のある方は是非ググってみて下さい。

紙垂をサカキにつけるところ玉串を作り終わると、お供え物をセットして参拝を行いました。参拝の形式は一応平井の形式に則っているそうですが、長い年月の中で北大流になっている部分もあるんだとか。北海道流と熊野流の奇跡の融合文化がここにあるといったところでしょうか。お参りは全体で数分の短いものでしたが、初めての経験だったので興味深かったです。

お供え物

参拝風景さて、山の神さまは女神だという話は聞いたことがあるのですが、どういう文化なのか全然知らなかったので、帰ってから調べてみました。すると、一口に山の神といってもその対象は様々なようです。

山の神は変幻自在?

例えば、農民たちの山の神は春になると山から下りてきて、秋になると山へ帰っていくと言います。これは来訪神としての一面もあるようで、ナマハゲの親戚といった立ち位置でしょうか。一方、狩猟民や炭焼きの民など山の民にとっての山の神は、いつもそこにいる存在なのでこのような性質は持ち合わせていなかったようです。そして、かなり厳格な女神様として恐れられていたらしく、祭りの日には女人禁制の文化があったとのことです。

さて林業における山の神様は大山津見神(おおやまつみのかみ) が主流だそうです。この神様はイザナギとイザナミの子供にあたります。また、大山津見神は山の神のトップを張っていて、一般的に山の神というとこの神様のことを指すんだとか。

一方で、鉱山における山の神は金山彦神(かなやまひこのかみ) が多いそうです。この神様はイザナミが火の神様であるカグツチを産んだときの火傷で苦しんだ時の吐瀉物からでてきた神様という位置付けです。商売繁盛などの意味合いもあって鉱山ではこちらの神様が主流となっていたようです。ただし世界遺産となった端島炭鉱(軍艦島)など、場所によっては大山津見神を祀っていたところもあります。

もはや何でもアリの山の神

さて、ここで面白いのは金山彦神は女神というのが主流なのですが、大山津見神は男神というのが多いという点です。山は共通して女神だと思っていたのですが、どうもそうではなかったようです。いつの時代からか男神だったはずの山の神が女神となり、女人禁制の文化まで形成されたのか、はたまた全く別の文化が混合しお互いの断片が残った結果なのか。どちらにしても、文化というのは非常に面白いものですね。

さらにそれだけに留まらず、富士山では大山津見神の娘である木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ) が山の神として陣取っています。また、奥多摩、秩父地域などで見られる狼信仰も山の神としての位置づけであったり、東京の高尾山で見られるような天狗も山の神だったりと、もはや性別どころか種の壁も越えて何でもアリの世界です。どうやら山の神は変幻自在だったようです。これだけ山だらけの国ならば無理もないかもしれません。

無社殿神社の矢倉明神森

平井の山の神は?

さて、平井集落の山の神は誰なのでしょう?集落の一番高いところに位置する若宮八幡神社は、調べてみたところ大山津見神でした。しかし、もしかするともっと昔から住む山の神がいたかもしれません。その痕跡が集落のはずれに残っていたので紹介したいと思います。

平井集落の属する熊野地方は古来の信仰形態とされる自然信仰が現在でも残されている稀有な地域です(※2)。このような地域には無社殿神社と呼ばれる社殿を持たない神社があり、古座川流域は特にこの無社殿神社が多く残っています。このような社では何を祀っているかというと巨木や巨岩といった自然物です。平井のはずれにある井ノ谷集落跡にもこの無社殿神社があります。元来は巨木を祀っていたそうですが、現在その巨木はありません。しかし残された磐座と石灯篭が今でも荘厳な雰囲気を醸し出しており、山の象徴として岩や木が祀られていたのではないだろうか?と想像が膨らみます。

平井集落内の若宮八幡神社に遷座した矢倉明神森

また、この矢倉明神森は後に若宮八幡神社境内に遷座され、北大和歌山研究林庁舎から徒歩5分のところでこの独特の信仰形態をみることが出来ます。興味のある方は是非足を運んでみて下さい。


さてお参りも済んだので、早ければ来週からいよいよ間伐を開始いたします。少し忙しくなるので、もしかすると更新が遅くなるかもしれませんが、間伐の方法や意義などを写真を交えてご紹介できればと考えております。どうぞお楽しみに!


※1:今石みぎわ・北原次郎太 花とイナウー世界の中のアイヌー 北海道大学アイヌ・先住民研究センター ブックレット第4号

※2:桐村英一郎 2016. 祈りの原風景 熊野の無社殿信仰と自然信仰 森話社