2021/10/14 19:45

こんにちは!空気が冷たくなってくると、より一層星空が綺麗になってきたような気がします。近所の畑ではおばあちゃんがサツマイモの収穫を始めており、集落内にも秋の色付きがはじまってきました。林内の皆伐跡地ではススキが金色に輝き始め、哀愁漂う秋の匂いが漂います。

研究林内のススキ原

おばあちゃんの畑のサツマイモ

今日のトピックは次の通りです!

・毎木調査進行状況
・アカガシのどんぐり集め
・どんぐりの戦略
・木のボールペン
・ソマノベースの来林
・スギのゲノム編集

毎木調査進行状況

毎木調査も後半に入ってきました。間伐を行ったところでは、所狭しと実生が生えてきました。今年春の調査ではプロット内に3500ほどの個体が観察されましたが、この半年で新たに2000個体ぐらい増えそうな勢いです。今後の経過観察を行うために旗を付けて識別します。今年の秋は黄色い旗で統一することにしました。

1個ずつ実生を探して旗を付けていく作業は、森林の動態を可視化できる楽しい作業です。あまりに途方もない作業量に、「全部引っこ抜いてしまい!」と思ったことなんて1度もありません、本当です、、、。けど生まれ変わったら二度と実生の調査はしないと心に誓いました…。

特に今回の調査で出現頻度が高いのは、以前ご紹介したアカメガシワやカラスザンショウの他に、ヒサカキという種です。写真の赤丸のところに生えているギザギザの葉縁が特徴の樹種です。神事に使われる榊の代わりとしても利用される種で、漢字で書くと「非榊」や「姫榊」と書くこともあるそうです。学芸大の植物図鑑によると、ヒサカキの付ける花の香りが「たくあん」や「インスタントラーメンの粉末」に似ているらしいので、今度咲いていたら嗅いでみようと思います。

一カ所に集まって芽が出ていることも多く、写真の場所では17個体がひしめいていました。おそらく落ちてきた種子が、雨水の流れで集まってきたか、鳥たちが食べてフンと一緒に落としていったものと思います。疲れたタイミングでこんな場所を見つけてしまうと、見なかったことにしてしまいたくなります笑。

そんな憎きヒサカキですが、昨年秋の事前調査でも最大の個体数を誇っていました(上図下段)。また、人工林30m地点と5m地点の樹高差が全く無かった種としても注目しています(上図上段:縦軸は人工林30m地点と5m地点で出現した個体の樹高差の指数。値が高いほど30m地点で出現した個体の方が大きいことを示している。)。私の仮説では母樹集団である天然林に近いほど、天敵となる土壌菌類の影響で成長が阻害されることになりますが、ヒサカキはその仮説が当てはまらない種の一つです。

今のところ僕が原因として考えているのは①ヒサカキがスペシャリストとなる土壌菌害に対し耐性がある。②母樹集団が既に人工林内に進出していたため、土壌条件が一様になっていた。の2つです。他の研究結果などを見ていると、どのような林床でもヒサカキ実生の出現頻度は高いそうなので、①の可能性が高いかもしれません。今後温室での実験で検証していきたいと思っています。


アカガシのどんぐり集め

秋は多くの樹種が種を落とす季節です。ヒサカキを含め、今後の実験に用いる樹種の種子を集めているのですが、その中の一つにアカガシがあります。アカガシは比較的標高の高いところに生えていて、カシの中では最も大きくなる種です。とても重い材で耐水性もあり狂いも少ないので大昔から有用材として利用されてきました。ただ硬すぎて加工が難しいのが難点なようです。材が赤いことが名前の由来だそうですが…。並べてみてもさっぱり分かりませんでした。ただ光の当て方やオイルを塗った状態だと確かに赤く見えることもあります。

そんなアカガシのどんぐりを集めているのですが、どんぐりは動物にとってもご馳走なので、森の動物たちと競争をすることになります。うかうかしていると全部食べられてしまいます。ということで台風の通過後、早速どんぐりを山から山へかき集めてきました。

森から誘拐された大量のどんぐり

やっとの思いで数千個集めてきました。実験では1000個ほど確保しておきたいので、これで十分かと思いきや、これだけ集めても安心できません。どんぐりが好きなのは哺乳類や鳥だけではなく、昆虫も同じです。このどんぐり達を水に2~3日沈めて、浮かんでしまったら昆虫が既に食べてしまっている可能性が高く、発芽は期待できません(元から不稔という可能性もあります)。とは言え、これだけあれば大丈夫だろうと期待していたのですが、、、

見事にやられてしまいました。哺乳類との戦いに勝っても昆虫との競争に負けてしまったようです。浮いたどんぐりをよく見ると、小さい穴が確かに開いています。昆虫おそるべし。

最終的に集めてきたどんぐりのうち7割弱が残念な結果となってしまいました。まだまだ森の生き物たちとの競争は終わりそうにありません。


どんぐりの戦略

ところでどんぐりを含め樹木の多くは種子の豊凶周期があることをご存じでしょうか。例えばコナラだと2~3年周期、ブナでは5年おきに森中のコナラやブナが一斉に大量の実を付ける年があります。こうした豊凶周期の特性がなぜ樹木に備わったのかについて大きく2つの考え方があります。一つは、種子を作るのに必要な資源量が樹体内に溜まるのを待っている時間が凶作、溜まった資源を使って一気に種子をつけるのが豊作年という、現象面における考えです。

もう一つは豊作年が続くと、どんぐりを食べる虫やネズミの食べ物が増えて大量発生してしまい、結果として子孫を残せなくなってしまうので、敢えて凶作年を設けることで捕食者の個体数を抑制しているという戦略面での考えです。それならばネズミが絶滅するまで凶作を続ければ良いのでは?と思うかもしれませんが、ネズミはどんぐりを運ぶという役割も持っています。そのため多すぎても困りますが、少なすぎても困ってしまうのです。そんな絶妙な関係性を保つために豊凶年が定着したというのが後者の考えです。樹木の戦略が見て取れる面白い考えですね。

木のボールペン

さて話題を変えて、町内の小学生向けに行った木のボールペン作りの様子をお伝えしたいと思います。研究の傍ら町内の小学校で毎週2回放課後活動の支援を行っているのですが、その企画として年に数回、研究林産の木材を使った木工体験を行っています。今回のボールペン作りもそんな企画の一つです。因みにボールペンの作り方は千井さんに教わりました。

折角なら様々な種類の木に触れてもらおうと、コレクションの中から引っ張り出した材で、元となる部品を作ってきました。小学生に人気だったのは、良い香りのするクロモジと、北海道から持ってきた樹種です。特にクロモジの香りには驚いていたようで、他の木も匂いがするかどうかなど確かめていました。さらに、持った時の感触が良い物を選ぼうと、熱心に観察している子もいて、凹凸が独特な樹種に興味を持っていたので、持ってきた甲斐があったなと一安心です。

渡して終わりではつまらないかなと思い、色ペンを渡して自由にデコレーションする時間も与えたところ、それぞれ驚くようなセンスで色付けしていました。例えば下の写真の作品は、鉛筆の先っちょに季節の移ろいを表現したそうです。その発想の柔軟性には本当にびっくりしました!

こうした体験を入り口として森林や林業、環境問題にも興味を持ってもらえると良いなあと思っています。


ソマノベースさんの来林

木や森林の魅力を川下に届けようとしている方々は多くいますが、今月初めに来林したソマノベースさんもその一つです。ソマノベースさんは、「土砂災害での人的被害をゼロにする」という理念の下で発足した林業スタートアップの一つで、代表取締役を務める奥川季花さんはお隣の那智勝浦町ご出身です。高校の頃に紀伊半島大水害を被災し、林業と水害の関係性に興味を抱いた奥川さんは、都会の人にも参加できるような苗木生産・植林活動のシステム(戻り苗)を考えたり、適切な森林管理を促すための情報を収集したりしています。少し前にテレビでも紹介されたのでご存じの方も多いかもしれません。

千井さんの話を聞くソマノベースの社員さんたち

半日の日程でしたが、林道作設の現場や僕の調査地を紹介したり、改修中の資料室を見学したりと充実した視察になったと思います。特に現場で働いていた千井さんの話には釘付けで、代わる代わる質問していたのが印象的でした。現場にいた人だからこそ知っている知識や、ちょっとした作業のコツなどは、ネットや書籍にも載っていないことが多くあります。そうした知識を持っている方々が引退される前に記録しておくことは、広がりを見せる自伐型林業を推進するうえでも確かに重要です。また林業従事者不足も課題となる中、林業に関する情報へのアクセスを容易にして入り口のハードルを下げることで、林業人口の裾野を広げるのにも役立つかもしれません!

僕の調査地の紹介

また、川下も参加する苗づくりや植林活動は、「森に対して当事者意識を持つ」と言う意味で、この上ないアイデアだと思いました。どこか他人事になりがちな山のことを、都会にいながら意識できる社会が実現できれば、社会全体の環境意識を変えるきっかけになるのではと思います!

意見交換会の様子

半日ではやはり時間が足りなかったようで、「まだまだ聞きたいことが山ほどあるので、また来ます!」と仰っていただけました!奥川さんは田辺市の「木を伐らない」ことで有名な林業会社「中川」の社員も兼任しているので、ご近所同士、交流が活発になると良いなと思います!


スギのゲノム編集技術

最後に前回予告していたスギのゲノム編集についてです。樹木の炭素固定機能が注目される中で、より多くの二酸化炭素を吸収するようにスギを品種改良する研究が進められています。密度を変えずに成長速度を高めることもできれば、気候変動抑制へ貢献するだけでなく林業の短期的な収入機会を増やすことにもなるため、非常に重要性の高い研究と言えるでしょう。

前回少しお話したように、これまでの樹木の品種改良には精英樹(成長や性質がすぐれている個体)の選抜やその交配個体のクローンを増やすという方法が行われていました。しかしこの方法には10年以上の長い時間が必要です。そこで樹木に対してのゲノム編集技術の開発が始まり、2015年にはポプラで初めてゲノム編集が行われるまでに至りました。翌2016年には遺伝子情報から無花粉スギ個体の選抜を可能とする技術が開発され、今年8月には、森林総研が昨年ノーベル賞を受賞したゲノム編集技術、クリスパー・キャス9※1を応用したスギのゲノム編集に成功したと発表しました。

さらに森林総研と農業・食品産業技術総合研究機構、横浜市立大学は9月に、ゲノム編集によって林業樹種の任意の遺伝子領域を改変する技術を開発したと発表しました。実験ではスギの葉緑素を担う遺伝子領域を破壊した白いスギを作ることが可能になったと言います。「そんなことをして何になるの?」と思ってしまうかもしれませんが、ここで重要なのは葉緑素を失った個体を作り出したことではなく、あくまで「特定の遺伝子領域を改変する」という目的を達成したことです。つまり、今後ある性質を改変したいと思ったときに、遺伝子上の位置さえ分かっていれば技術的に改変が可能になったことを意味します。

今年5月に農林水産省が発表した「緑の食料システム戦略」には、林業用苗木における英精樹の割合を2030年までに3割、2050年までに9割以上という目標が立てられています。今回のニュースのようなゲノム編集技術が確立されたことで、今後林業樹種における品種改良のスピードが速まるかもしれません。

ここからは私の妄想ですが、スギやヒノキ以外の樹種でも品種改良が応用されれば、成長が早く樹形が適しているという理由で「スギ・ヒノキ」を選ぶ必要もなくなってくるのではないだろうかなと思いました。ともすると、多様な樹種を植えた森であっても建材や家具材に適した材の産出が、ゲノム編集によって可能になる時代が来るのではないでしょうか?今後林業用木本種の選択肢が広がることにも期待したいと思います。

※1

デオキシリボ核酸(DNA)を切断するCas9酵素と、狙ったDNAと相補的な配列になっているガイドRNAを組み合わせることで、DNAの特定の部分を切除するゲノム編集技術。CRISPERは一部の細菌に見られるウイルスに対する免疫システムのこと。一部の細菌は体内に侵入したウイルスのDNAの一部を自身のDNAに組み込み、再び侵入したときにCas酵素を使って攻撃する。ウイルスから切り取られた配列は、同じ塩基配列が繰り返されるリピーターと呼ばれる部分に挟まれたスペーサーと呼ばれる部分に組み込まれる。このスペーサーとリピーターのセットをCRISPRアレイと呼ぶ。CRISPRアレイはCas酵素を発現するCas遺伝子と共同で働き、ガイドRNAの役割を果たす。一連のシステムからクリスパー・キャス9という手法が開発された。


参考文献

スギ改良でCO2吸収量増 森林総研、ゲノム編集で実現へ 日経9/27
世界初 スギのゲノム編集技術を開発 ~針葉樹の品種改良を⼤幅に短縮する新技術として期待~ 横浜市立大学 閲覧日2021年10月14日
ノーベル賞解説】「クリスパー・キャス9」って何?新型コロナにも有効? 三菱電機 閲覧日2021年10月14日
CRISPRの謎 natureダイジェスト 閲覧日2021年10月14日
ソマノベースさんのぺージ 閲覧日2021年10月14日
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