2021/01/07 12:00

こんにちわ、言語聴覚士の西村紀子です。19年、この仕事をしています。かつての私は、施設や病院に勤務する、ごく一般的な言語聴覚士でした。管理職になると、臨床が減ってさびしいなとか、リハ科の売り上げどうしたらいいのかな? 看護部と揉めないようにどうやって話をすすめようかな(笑)などということも考えているような、そんな日常を送っていました。

さて、そんな私が、どうしてこのプロジェクトに関わっているのか、それも、めっちゃ中心になっているのかと疑問に思われた方も多いかと思います。ちょっと長く、そして熱くなりますが、私と高次脳機能障害との出会い、そして、今回のプロジェクトの想いを語らせてください。あ、動画もあります!

私が「あ、高次脳機能障害って、こういう障害なのか」と初めて想像できたのは、山田規畝子さんが書かれた『壊れた脳 生存する知』でした。これはドラマ化されたのでご存知の人も多いかもしれませんね。 2001年に養成校に入学した私は、この障害について授業でたくさん習いました。しかし海外の文献が多く、日本のものでは山鳥先生の『神経心理学入門』を教科書として使っていましたが、いや、これが学生にとってちんぷんかんぷんで、ほんとに意味がわからない授業だったんです。注意とか遂行とか「は? なにそれ?」って感じでした。せいぜい、記憶障害について、「ここはどこ?」「私は誰?」といったあのシーンですね、そういう事ぐらいしか知らなかったんです。なので、ほとんど頭に残らず、必死で暗記して、国家試験に挑んだのでした。

その後、私は老人保健施設、そして療養病院等へ勤務して、ご多聞にもれず、介護保険の改定、疾患別リハの導入、摂食嚥下療法の制限緩和などの流れの中で、もうひたすら嚥下障害のリハばかりをしていました。時々、失語症の方がいると、「あ!この方は失語症だ」と思って、本を読みながら、試行錯誤でリハをした覚えがあります。その頃、行政では高次脳機能障害のモデル事業が始まった時で「なんだろう」ってちょっと頭の片隅で思ってるくらいでした。

そんな私にとって、山田規畝子先生の本はとても大きな衝撃でした。そう「高次脳機能障害ってこういうことなのか!」です。それは私だけじゃないんですね、同窓生の中でも、あっという間に大きな話題になっていました。その後、先生の講演会などに行くと、必ず「私は先生の本を読んでこのリハビリの世界に入りました」と言う方がおられます。学術の中では、非常に難しい、意味がわからんという高次脳機能障害を、当事者の視点で、日常生活でこんなことが起こる、こういうことが困難になる、とまざまざと知らせてくれたのが、山田規畝子先生です。

先生はご自身がこの障害になったときに、これは一体何なんだという、医療者ならではの疑問を持ち、第一人者である山鳥先生と書簡を交わし、非常に熱心に勉強されます。そして、この障害について、多くの人に知ってもらうのが医師の使命と、本を執筆され、講演活動などされていくわけです。

この本の初めにこんなことが書いてあります。

高次脳機能障害の患者は、自分の能力を過大評価すると言われる。異常なほど楽天的になって、万能感を持つと言われる。それはニュアンスとして少し違うと思う。正しく言うと、自分の周りの出来事の重要性の過小評価である。健康なとき、「こんなことはたいしたことではなかった」という記憶が判断を狂わせる。

健康な時の記憶があるから、判断が狂うだけで、決して、異常なほど楽観的であるわけではない。記憶があるから、たいしたことでなかったことは今もできるはずだと、つい判断してしまう。これは、私たちでもありますよね。ほら、子供の運動会に出たとき、脚がひっかかるお父さん。昔のようには、走れないのに、気持ちは若い時のままみたいな。

これは当事者にとって、決して自身の過大評価とか楽天的という感覚ではないでしょうし、たぶん自身を正当に評価できていないと言われた当事者の中には、傷ついたり怒ったりされる方も少なからずいるはずです。こうしたボタンの掛け違いが、当事者の心を閉ざし、そして医療側からすると「あの患者はわかってくれない」となるわけです。

この溝を埋めたいなと長年思っていました。

今回、当事者インタビューを考えたのは、学術では決して分からない、それぞれの当事者の生活でどんな困りごとがあるのか、とくに最も認知能力を要求される就労の場でどんな困りごとがあるのか、そこをもっと医療職に知って欲しいと考えたからです。そうすることで、医療の質が上がるし、診断もれや無支援が減るのではないかと思っています。

退院したあと、これまで通りでない自分に気づき、どうしたらいいのか迷っている人がたくさんいるのです。ほとんどの人は、自分でなんとかしようともがき、努力をします。なんとか切り抜ける人もいれば、心が折れちゃう人、どうしても仕事が立ちいかなくなり、やめざるを得ない人もいます。

「こういうお仕事の人には、こういう脳機能が必要なんだ」「こういう仕事の人には、こんなリハビリがいるんだ」そうした実践知が、医療の現場で活用されることを、希望しています。

そして、医師の方、脳神経外科の先生だけではなく、脳の障害を抱える人に関わる医師の方には、ぜひこの冊子を読んでいただきたいと思います。救命の先に一体何があるのか、その現実を知ってほしいです。未診断だと何の支援も届かないのです。

「命的にも死なせない、社会的にも死なせない。それがとても大事なことなんです」という当事者の言葉をぜひ胸に受け止め、この冊子を読んでいただきたいと思っています。