2022/10/17 12:00

こんにちは、永田です。
プロジェクトへのご支援、ご協力をいただき本当にありがとうございます!

さて本題のなぜクラフトビールの販売をなぜ始めたのか?

ということですが、プロジェクトの自己紹介文にも家庭内の不和というものに少し触れていますがここでは私の父のことをお話しします。私が15歳の時の夏休みに自宅で突然倒れました。長い間、原因は脳の病気であると聞かされていましたが私が高校生になった頃に母との会話の中で、あれはアルコール依存症が引き起こした、くも膜下出血だということを知りました。

 少し心理学の話になるのですが、家庭内で父親と関係性を上手く持てていないと社会の中で対男性との関係性を結ぶのが困難になると言われています。これは私自身もその通りだと自覚しています。お酒をたくさん飲んで家でよく分からない事を言っていた父親と正常な関係性を築くことができると思いますか? 普通に考えて無理ですよね。そういった家族と付き合うというしんどさは世間からは見えにくく理解されにくい部分でもあります。そしてこれは1人の子どもの子ども時代を奪う行為でもあるのです。いわゆる最近よく話題になるヤングケアラーという状態です。お酒に関しても嫌悪感がありました。大学の新歓などはもう地獄だったので、眠った振りをして終わったら目を覚ますという狸寝入りで過ごしていました。お酒を飲んでよく分からない事を言っている先生や先輩を完全に軽蔑の目で見ていたのです。そういった生きにくさを持ちながら私は今でも生きていますが21歳の時に心の限界を迎えました。
 大学4年生の11月からカウンセリングルームに通いました。人生の約20年間、様々な感情を押し殺してきましたがここで爆発を迎えました。犠牲になっているものはいずれ限界を迎えるということです。これは肝に銘じておいてください。卒業間際に大学を1ヵ月休みましたがとても良いカウンセラーの方と出会うことができて、そこから第2の人生を歩み始めました。しかし男性との関係性を築いていくことは相変わらず困難でしたが…。
 そんな中で月日は経ち、フィリピンで約6年暮らしていました。日本を離れて、実家からも離れて、家族思いのフィリピン人たちとの生活の中で家族というモノへの考え方も少しずつ変わってきました。2019年8月にフィリピンから帰国して、島根県での活動が決まって、島根でのつながりを作る中でビール会社の株式会社石見麦酒さんと知り合いました。元々なにかオリジナル商品を作って販売することを計画していましたが、自分の過去と向き合い、自分の経験したことを活かしてクラフト・ビールを販売したいと考えました。
 お酒の依存症で苦しんでいる方は、厚生労働省の調査では平成28年のデータで約95,000名いると言われています。自分の父親も仕事や家族のことでの何かしんどさがあり、アルコールというものに助けを求めてしまったのだと思います。そこで私自身がお酒の販売することでアルコールには危険な部分があることを誰よりも事実として発信ができると思ったのでクラフト・ビールの販売をしてみようと思ったのです。

長々となりましたが、クラフトビールが届く先は、温かい家庭、ぬくもりを感じられる食卓であって欲しいと願っています。また独りで飲むのではなく「誰かと一緒に飲んでください」
誰かと一緒に居ることで会話が生まれます。そういった仲間を見つけることで人生は豊かになります。繋がりとぬくもりを大切に。



プロジェクトを多くの方に知っていただけるように情報拡散にご協力ください!

https://camp-fire.jp/projects/view/572307

最後までお読みいただきありがとうございます。

永田正彰