2021/07/14 17:46

こんにちは。だいぶ気温も上がり夏の日差しを感じることも多くなってきましたね。そんな日でも森の日陰に入ると涼しい風が吹いているので、驚くことがあります。東京では街路樹の日陰でも熱風が吹き付けていたのでなんとも有難いです。

土壌実験:仮説の振り返り

山で採取してきた種子が順調に成長してきたので、山の土壌を使った実験を開始することにしました。今回はその様子をご紹介したいと思います。

発芽したマンリョウ

その前に、土壌実験の内容を忘れてしまっていると思うので、簡単に振り返りたいと思います。

僕は、図1の毎木調査の結果に見られる傾向がなぜ起こっているのか?と言う点に注目しました。そしてこのような傾向が現れるのは、「天然林に近いほど種子の散布量が多いも一方で、実生の生存率が下がっているからではないか?」と考え、その生存率を下げる要因が土壌中の病原菌であるという仮説を立てました。

図1:2021年春における毎木調査の結果。天然林では基部直径・樹高が小さい個体(つまり若い個体)の占める割合が高いが、人工林に向かうにつれて大きい個体の割合が高くなっている。天然林から離れる方が生存率が上がる一方で種子散布量が少なくなっていればこの傾向を説明できる。

この仮説を検証するため、山の土壌を使い次のような実験を行おうとしています。まず表1のように、天然林・人工林5m・人工林30m(境界からの距離)の土壌を採取し半分を殺菌して6種類の土壌を作ります。この土壌に先ほどの実生を植え替えて、生存率や成長量の差を観察する予定です。

表1:土壌処理

もし僕の仮説が正しければ、図2のような結果が期待できます。殺菌をしていない状態だと土壌中の病原菌の影響で、天然林内の生存率が著しく低下します。しかし母樹の効果が少なくなる人工林の奥へ進むにつれ、病原菌の影響が減るため生存率が上昇します。

一方で殺菌した土壌では、上記のような土壌中の菌類の影響が緩和されるため、地点間での差が減ります。その結果、生存率や成長量に差が生じにくくなると考えられます。

図2:期待している結果

土壌実験:実験の様子

では実際に実験の様子を見ていきましょう。

まずは実験に使用する土壌を採取します。表面の落葉をどけて浅い部分にある有機物層を採取します。この部分は種子が着地する場所で、尚且つ菌類が活発に活動している場所です。一回で20kg程度の土壌を採取し、それを林内の12地点で行います。急斜面を重い土を背負って上り下りするのはなかなかに大変で良い筋トレになりました!

土壌採取風景

ここで面白いものを発見しました。タヌキの溜め糞にサクラの種子が大量に混ざっていたのです。種子の動物散布と聞くと鳥やリス・ネズミなどが最初に思いつきますが、タヌキも種子拡散に一役買っているようです。パット見ただけでも100以上は含まれていたので、今後この場所でサクラが発芽してくるか注視したいと思います。

タヌキの溜め糞に含まれるサクラの種子

余談ですが、サクラに限らず動物散布の種子の中には、動物に食べられることで果肉や種皮部分が消化されたり、その過程で種皮に傷がついたりすることで、発芽しやすくなるものが多くあります。そのため、人工的に播種して発芽させる際には果肉を取り除いたり、種皮にやすりで傷をつけたりすることがあります。一見すると動物ばかりが植物を利用しているように見えますが、植物もしっかりと動物を利用しているようです。

ヤマザクラの実生 これもタヌキが運んだのかも?

さて土壌採取が終わると、土の条件付けを行います。今回は土壌菌類に注目したいので、それ以外の条件をなるべく均等にしていきます。

まず最初に廃材で作ったお手製の土壌篩機を使って、森林土壌を篩にかけていきます。森林土壌そのままだと、木の根や石が多く含まれており地点間でばらつきが生じやすいので、その原因を除去する作業です。篩にかけると重さは約半分ぐらいになります。大量の土を入れた容器を1日中手でゆするので、想像以上に疲れてしまいました。これも良い筋トレですね!

お手製土篩機

篩作業が終わると殺菌するため半分を電子レンジでチンします。この方法はJill &Anderson (2009)に則っており、殺菌効果は予めエコプレートを使って確かめています。約1kgに対し600Wで7分間チンすることで、高い殺菌効果が見られました。「こんな簡単に殺菌できるのであれば、食中毒予防にも有効かもしれないな」などと思いながら作業を進めます。

殺菌風景

この後、赤玉土を混ぜ込み土壌菌類意外の水はけや栄養といった点も揃えていきます。この先は現在進行中なので、次回ご紹介したいと思います。


広葉樹?針葉樹?梛(なぎ)の木

所変わって前回の伊太祁曽神社の続きの話です。境内に梛という種のご神木がありました。ここに来るまで聞いたことが無かったので、後で調べてみると、関東南部よりも南に分布するらしく関西では比較的多いようです。どうりて見聞きする機会がなかったわけですね。

伊太祁曽神社 梛のご神木

この梛の木、少々変わった特徴を持っています。下の写真が梛の葉っぱの写真なのですが、この木は広葉樹/針葉樹、どちらだと思いますか?

梛の葉っぱ

実はこれ、針葉樹なんです。ぼーっと眺めていた時は広葉樹とばかり思ていましたが、案内板に針葉樹とあって驚きました。調べてみると、南半球で主流の針葉樹であるマキ科の仲間のようです。日本で自生しているマキ科の仲間はイヌマキとこのナギの2種のみだそうで、どちらも暖かい地域で生垣や神社によく植栽されているんだとか。梛の読みが凪と重なるので船乗りの信仰を集め、葉っぱや実が航海のお守りになっているそうです。熊野三山の熊野速玉神社でも樹齢1000年で日本一大きい梛と呼ばれる個体がご神木になっています。

因みに同じ「マキ」でも「コウヤマキ(高野槇)」は全く別の種で一科一属一種の日本にのみ自生する変わった種です。コウヤマキは2年前まで和歌山研究林のお風呂の材でした。一度実習で入りましたが、とても良い香りがしたのを覚えています。またコウヤマキは樹形が非常に整っており、東京スカイツリーのモデルにもなっています。

コウヤマキの端材 研究林のごみ箱は面白い材がちょくちょく入っているので、時折ごみ箱を漁るのが日課になっています

話がそれてしまいましたが、梛の名を今まで聞いたことが無かったので古座川にもあるのかなあと思ってうろついていると…

串本町の梛

ありました。

正確には隣町の串本町ですが、大きな梛が2本並んで立っていました。偶然所有者の方にお会いできたので、母樹の下にあった苗を頂くことにしました。

もらった梛の苗

早速葉っぱをよく観察すると縦方向に沢山の筋が見られました。縦方向に引っ張っても裂けない頑丈な葉を持つことから、縁起物とされているようです。

それにしても、梛はなぜ針葉樹に分類されるのでしょうか?確かに広葉樹に見られるような主脈と側脈はありませんが、もう少し詳しく理解するためには針葉樹や広葉樹の定義を再確認する必要があります。

調べてみると、広葉樹とは被子植物(花をつける仲間)の木本、針葉樹とは裸子植物の球果植物門(松ぼっくりのようなものをつける仲間)のことのようです。そしてナギを含むマキ科は裸子植物の球果植物門なので針葉樹ということになります。

イチョウは何者なのか?

ところで、先ほどの針葉樹と広葉樹の定義にひっかかるところがありませんでしたか?広葉樹は被子植物でくくっているのに対し、針葉樹は裸子植物の中でもさらに「球果植物門」である必要があります。つまり区分の階層がずれているのです。

基礎生物学研究所の陸上植物の分類で図の一番上の部分に注目してみるとよく分かると思います。(※ここでは球果植物門が針葉樹類と表記されている)

基礎生物学研究所の陸上植物の分類 陸上植物の進化 より

なぜこのようなことが起きてしまったのかというと、形態的分類による広葉樹/針葉樹と、進化的な分類による被子植物/裸子植物球果植物門がよく一致していたため、ほぼ同義で用いられてしまったからということのようです。そのため、ナギのような種が「針葉樹」という字面に似合わなくなって違和感が生じてしまいました。

さらに違和感どころではなく、針葉樹/広葉樹という分類で立ち位置を見失ってしまう種も出てきます。イチョウです。先ほどの図で上から4つ目のところにイチョウとあるのが分かるでしょうか。そのため広葉樹の分類にも針葉樹の分類にも当てはまらないことになってしまいます。

新宮市の廃校にあるイチョウ

とは言っても便宜上、イチョウは針葉樹に分類されます。その場合針葉樹の定義を裸子植物に属する木本まで拡大する必要があるようです。

参考文献

・Jill T. Anderson 2009. Positive density dependence in seedlings of the neotropical tree species Garcinia macrophylla and Xylopia micans. Journal of Vegetation Science volume 20, pages27-36

陸上植物の進化 Yukiko Kabeya, Takanori Nakamura, and Mitsuyasu Hasebe @ 基礎生物学研究所 閲覧日2021年7月14日