2022/02/28 23:35

前回の活動報告を挙げた翌日、今期一番の大雪が降りました。何回も雪を取り上げては「紀南では珍しい!」と声を大にして発信してきたので、なんだかオオカミ少年のようになってきてしまいましたが、本当に雪は珍しいはずなんです…。今年が偶然雪が多かっただけなんです。

畑もご覧の通り。結構ふかふかになるまで積もりました。山の中なので隘路の凍結が怖いところですが、道には既に轍が出来ていました。比較的暖かかったので、皆さんこれなら大丈夫ということで車を走らせているようです。恐るべし。

前回取り上げた梅の花にも雪が!こうやって見ると、梅の花がほんのりベージュ色をしているのが分かります。まさに冬の終わりを告げるほのかな温もりの色ですね。前回よりも沢山の蕾が開き、春はもうすぐそこです!

どんぐりの状況

以前、どんぐりの芽が出てきた!と報告しましたが、観察を続けたところ、ただの雑草だったことが判明しました笑。どんぐりはもう少し冬眠を続けるようです。どうにか芽が生えてきてくれることを祈りつつ、観察を続けます。どんぐりや他の樹種を使った、新たな実験については、3月末か4月にご紹介できればと思います。どうぞお楽しみに。

ただの雑草だった芽

ナラ枯れ

さて、今日の主題はナラ枯れです。現在、全国の森林で問題となっているので、お聞きになったことがある方も多いと思います。下の写真は実家の近所のクヌギに貼ってあった張り紙です。ナラ枯れが原因で、伐採を行う必要がある書いてあります。一体なぜこんなことになってしまったのか、今日は原因を探っていきたいと思います。

まず初めにナラ枯れ病の発生の流れを見ていきます。登場人物は①ナラ類(ブナ科の一部の樹種。コナラ属やクリ、シイ、マテバシイなど)と、②カシノナガキクイムシ、③カビの仲間のナラ菌です。

被害木

全ての始まりは、6~7月にカシノナガキクイムシのオスが、健全なナラ類の個体に飛来するところから始まります。ナラ類に飛来したカシノナガキクイムシのオスは、集合フェロモンを拡散し仲間を呼び寄せます。そして集まってきた仲間と共に、幹の内部へと潜り込んでいきます。そこへメスが交尾しにやってくるのですが、このカシノナガキクイムシのメスはなんと、背中に菌の胞子を貯蔵、運搬する専用ポケットを持っています。

その名も「マイカンギア」(個人的にこのポケットの名前が、とてもカッコ良いので気に入っています)。なぜ彼女らがそんなポケットを持っているかというと、カシノナガキクイムシにとって菌の胞子は餌となるからだそうです。ここで、彼女らが餌となる菌類だけを運ぶのであれば、まだ良いのですが、実際には様々な菌が混ざってしまいます。その一つがナラ菌です。

カシノナガキクイムシの穿入孔 

ナラ菌はカシノナガキクイムシがせっせと掘った穴を使って、ナラ類の樹体内に感染を広げていきます。ナラ菌自体はカビの仲間なので、セルロースなどの木質資源を分解する能力は低いようですが、問題は樹木側の応答です。感染したナラ類も黙って見ているわけではありません。菌に感染されたことを感じると、抵抗するための二次代謝産物を生産して防御態勢をとります。しかしこの二次代謝産物には油っぽいものが含まれており、健全な部分に滲みだして広がってしまうと、水の通り道を塞いでしまいます。つまり、防御態勢は通水機能とトレードオフの関係にあり、感染範囲が広すぎると、ナラ類は自身の防御反応が原因で枯死してしまうのです。

穿入孔のある個体の根本にはカシノナガキクイムシのかじった木屑が積もっている

また、カシノナガキクイムシは樹木に作った穴の中で産卵をし、幼虫が孵化します。母親の背中に乗ってきた酵母が穴の中で豊富に育っているので、幼虫たちはそれを食べてすくすく育ち旅立ちます。一つの穴から数十~数百の個体が巣立り、樹木1個体あたりでは数万頭にも及ぶカシノナガキクイムシが発生することもあるそうです。

被害木は樹液が滲出していることも多い

その数万頭がさらに数万頭…と言う風に指数関数的に増えていくことを考えると、事態の恐ろしさが分かって頂けると思います。その"ヤバい"事態が2000年代以降、北日本と西日本の日本海側を中心に広がり始め、次第に太平洋側へと広がり、最後に関東地方が残りました。しかし2019年に東京で初めて被害が確認されると、2020年代以降急激に拡大し、あっという間に多摩全域に広がってしまいました(新聞でも取り上げられていました)。ちなみに北海道ではこれまで確認されていませんでしたが、2020年の夏に道南の福島町で初めてカシノナガキクイムシが確認されました。詳しくはこちら

伐倒処理された個体の木口面 孔道が見える
辺材部の変色がナラ菌の影響かは不明

なぜナラ枯れは増えたのか?

昆虫の分布の拡大と聞くと、温暖化と関係がありそうだと考える方も多いかもしれません。私もそう思っていたのですが、今回記事を書くにあたり学び直してみると、どうもそうではないようです。林野庁補助事業として日本森林技術協会が平成24年度にまとめたナラ枯れ被害 対策マニュアル を見てみると、ナラ類とカシノナガキクイムシの遺伝子構成は両者とも、フォッサマグナあたりを境に、南北で分かれているそうです。これは中部地方の山間部で個体群の移動が制限された結果、地域ごとに軍拡競争が進んできた結果と考えられます。もし、拡散によりナラ枯れの被害が拡大しているのであれば、遺伝子構成は単調なまま広がるか、もしくはごちゃ混ぜなはずです。しかし綺麗に遺伝子構成が分かれているということは、拡散によって被害拡大が生じているわけではないことを示しています。

ちょっと散歩しただけで、こんな穴だらけの個体が山ほどありました

では何が原因なのか。前述のマニュアルではナラ類の大径木化が原因だろうと書かれていました。カシノナガキクイムシは細いナラ類には寄生しにくく、大径木を好んで棲みつく性質を持っています。大径木が増えると、カシノナガキクイムシが増殖しやすい環境が整うことになり、大発生するというわけです。

なぜナラ類の大径木は増えたのか?

ではなぜ、ナラ類の大径木が増えたのでしょうか?そこで森林総合研究所 関西支所が発行している「ナラ枯れの被害をどう減らすか ―里山林を守るために― 」(2007発行, 2012改訂)を見てみましょう。この文献によると、ナラ枯れの拡大にはエネルギー利用の変化が大きく関わっているといいます。

武蔵野の雑木林

戦後、薪炭材に代わり石油が生活のエネルギー源となると、それまで里山で薪として利用されていた木々が利用されなくなります。定期的に人々に利用されていた森では、木々は大きくなることが出来ず、細いまま維持されます。しかし人が利用しなくなれば、木は切られずに大きく太く育ちます。その結果大径木が増えたというわけです。特にナラ類は薪にもよく利用されていた種なので、人為の変化による影響は大きかったのではないでしょうか。

ここで疑問になるのは、「保全すべき状態」とはどの状態なのか?ということ。人為が減った今カシノナガキクイムシが繁茂するようになったというならば、原自然的な状態はカシノナガキクイムシが蔓延る状態とも考えられます。また、人にとって丁度良い状態を目指すのであるならば、昆虫の大量発生による不快感、景観価値の損失、根株による土壌保全などの観点からカシノナガキクイムシを排除する必要があるとも言えます。極端な例では、放っておいてもカシノナガキクイムシが大径木を食べつくした結果、自身の個体数を賄えなくなり減少し、平衡状態へ収束していくことも考えられます。

人為と自然のバランスやいかに

恐らく、どれが正解というわけではなく地域によっての使い分けが必要でしょう。例えば、都市公園や里山保全林など人為的管理が文化として根付き、今後もその文化や景観を残そうという計画がある地域では、積極的に対策を行うべきかと思います。一方、奥山に関しては、こうした積極的保全を行う地域に影響がないのであれば、そこまで人間が責任を持つ必要もないように私は思います。皆さんはどのように考えますか??

日経新聞「森林崩壊」から

さて、皆様の中にも既に読まれた方もいらっしゃるかもしれませんが、2月末に日本経済新聞の中で日本の森林・林業における課題が3日間にわたって特集されておりました。本来であれば、今回の活動報告で取り上げたかったのですが、長くなってしまったので次の活動報告で取り上げたいと思います。

もし気になる方がいれば、個人的に要約をnoteにまとめておいたので、ご覧ください。

2/21:荒ぶる放置林 座礁近づく「緑の資産」 日経  要約①
2/22:ウッドショックが映す現実 再生モデルは一握り 日経 要約②
2/24:「林業は所有者を犠牲にしてきた」 元農水官僚の独白 日経 要約③