2023/05/28 12:24

観音菩薩像持物の巨大な蓮華。木彫した物に、糊漆で麻布を貼っている。


(株)文化財マネージメントの宮本です。
第1期修復に引き続き、今回も修復をご担当いただいている吉備文化財修復所・代表の牧野隆夫さんにコラムをご執筆いただきましたので、掲載します。


「平戸のおおぼとけ」第2期修復の意味

吉備文化財修復所 代表 牧野隆夫

熊谷市指定文化財、通称「平戸のおおぼとけ」こと源宗寺本尊の第2期修復は、諸般の事情から、令和4年度から5年度にかけて実施することとなり、この7月中には完了します。
第1期修復が、本堂再建に伴い必要であった巨像2体の大規模な移動を可能とするための、構造的な補強が主な作業であったのに対し、第2期修復では、外観の整備が中心となっております。
像に生じていた亀裂の処理や、白毫や部材の大きな欠損箇所の復元、表面に塗られている漆の劣化の強化、などもさることながら、特に両像の持物(じもつ)=薬師如来像の薬壺と観音菩薩像の蓮(未開蓮)=と、観音菩薩像に取り付けてあったことが判明した装飾の復元は、第2期修復の最も目立つ作業内容と言えます。

観音菩薩像に厚紙で制作した頭飾と蓮華を仮設置し、バランスを確認している。学術的な資料としての意味合いが重視される文化財修復では、新たな制作物を加えることが厭われる傾向がありますが、今回はあえてそれを行なっております。
ここではそのことの意味について、ご支援頂く皆様方にご理解を賜るため、紙面をお借りして説明します。


平成末年、壊れかけた旧本堂の中で、2体の巨大な「おおぼとけ」と初めて対面した時の感動は、今でも鮮明に残っております。ただただ「圧倒」されました。
しかし同時にそれは、なんだか分からない大きなもの二つが狭い空間を占めていることに対する物理的な圧迫感と、関心が薄れ日常的に人との交流が希薄になった仏像の発する悲しみだったようにも思います。


仏像というものは、悟りを開いた「如来」、修行中の「菩薩」、など大きく幾つかのカテゴリーに分かれ、その中にも多数の種類があります。外観を一目見て「阿弥陀如来」だとか、「薬師如来」だとか、「観音菩薩」だとか、像の名前を判断するのは、仏像の専門家でも容易ではありませんが、その時、役に立つのがそれぞれの像の、持物(じもつ)=持ち物や、印相(いんぞう)=指先の形・サイン、なのです。


今から400年前、「平戸のおおぼとけ」は、薬師如来と観音菩薩という全国的にも極めて珍しい組み合わせの、同じスケールの巨像として、多額の資金を用いてこの地に制作されました。
ここでは詳しい見解は省きますが、その造像企画自体に極めて明確な意図があったことを疑う余地はありません。「なんだか分からない2つの像」であってはならぬのです。
まず、拝観者にそれを明快に伝えることこそが、この像の保存の「肝」であり、修理に関わる人間の責務である、と私は考えています。欠損している部分の復元にこだわるのはそれ故です。

観音菩薩像に木彫した蓮華を仮設置したところ。 

新しく復元する予定の持物や装飾を仮に作り取り付けた両像の姿は、観音菩薩像がより華やかになるのはもちろんですが、それに負けることなく、飾り気のない薬師如来像の静かな荘厳さが強調されることも実感しました。
江戸時代の造像に関わった多くの方々の思いに、今回ご支援を賜った方々の熱い気持ちが加わり、今後長きに渡り「平戸のおおぼとけ」が分かり易いお姿で伝え続けられることを願ってやみません。