2022/10/16 01:07

こんにちは。キンモクセイの香りに温もりを感じる季節になりましたね。研究林の玄関でも、ふと香りが漂ってきたので、芳源となる木を探してみたら、隣の廃校の片隅に植わっていました。オレンジ色の花は葉っぱの濃い緑と調和しつつ、一目でそれと分かる鮮やかさがありますね。キンモクセイは漢字も良く知られている通り「金木犀」と書きますが、「犀」という字は動物のサイを意味していて、樹皮がサイに似ていることが由来。ちなみに静岡県の県の木は、キンモクセイです。

キンモクセイの軽い香り

このキンモクセイの香りが、人々に広く認識され季節を代表する香りに成り得たのは、偶然ではありません。その秘密は、香り成分にあります。キンモクセイの香り成分は、炭素が10個含まれるモノテルペン類から構成されています。このモノテルペン類は比較的軽い香り成分で、空中を飛ぶ蜂や蝶々などに、花の場所を知らせるのに適しています(ただし、キンモクセイの香り成分は昆虫の忌避成分が含まれており、何のために香りを出しているのか、はっきり分かっていません。もしかすると、媒介者を選抜するような香りになっているのでは?という可能性も考えられています)。

一方、同じように香りの強い花としてランがありますね。ランの香りは、炭素が15個含まれるセスキテルペン類によって構成されています。キンモクセイの香りより炭素数が多く、比較的重い香り成分です。重いため、空気中を遠くまで漂うことはせず、地上を徘徊する蟻などの昆虫を引き寄せます。

ランのように、重い香り成分によって花粉媒介者を引き寄せようとすると、どうしても狭い範囲で交配が生じてしまいます。近親交配が重なり、負の遺伝子が蓄積してしまえば、その個体群は絶滅の危機に陥る可能性があります。一方で、軽い香り成分によって遠くから花粉媒介者を引き寄せることができれば、香り成分は大量に必要になりますが、そうしたリスクは減らすことが可能です。したがって、花粉媒介のための香り誘導は、重い香りから軽い香りに進化したと考えられています。

ただ、キンモクセイに関していえば、先ほど注釈で説明した通り、香りの意義が不明なうえ、日本では中国から雄株だけが伝来し、挿し木で増えたのでそこらじゅう雄株ばかりです。そのため、いくら香りを播いたとしても、人の鼻に消費されるだけ…。その背景を知ると、キンモクセイの香りが何とも物悲しい香りに思えてきました。元気を出して欲しいです。

この点については、富山大学理学部のサイトに詳しく載っていたので、興味のある方はご覧ください。

ヤマハギ

続いてこちらは、ヤマハギです(たぶん)。ヤマハギは万葉集で最も多く読まれた植物だそうで、この列島に馴染み深い植物みたいですね。色々調べて、一番気に入った歌をご紹介したいと思います。

秋風は 涼しくなりぬ 馬並めて いざ野に行かな 萩の花見に (詠み人知らず)

少し寒い季節になってきた秋晴れの日に、ちょっと遠出して良い風景を見に行きたい。と思うのは、今も昔も変わらないようですね。詠み人知らずというのもまたそそります。昔の歌を読んでいると、いくら技術が進歩しても人が自然や人間関係に抱く感覚が、全く変わっていないことに驚かされます。

「美」という感覚が、時代背景や文化によって刷り込まれたものである、という話はよく耳にしますが、対自然観というのはそうした相互作用を超越した、生物としての根源的なものなのかもしれないなぁと思いました。人の心理が生物学的適応によって進化してきたと仮定し研究を進める学問に、進化心理学なるものがあるそうで、もしかしたらそこにヒントがあるかもしれませんね。

個人的には、メタバースのような新たな空間が生まれつつある現代において、新たな自然感覚が人間に生じたら面白いなぁと思ったり思わなかったり。

毎木調査進捗

この1か月はずっと間伐地の毎木調査を行っています。現時点で40プロット中20プロットほどが終了しました。今回で3年目になりますが、未だに新参者の種が入ってくるので驚きです。カラスザンショウやヤマザクラは、間伐後すぐに生えてきて、さすが先駆種だなぁと思わされましたが、中には今か今かとタイミングを伺って恐る恐る入ってくる種もあるようです。今日は、そんな新入り達をご紹介します。

ウリハダカエデ

大きなカエデみたいな葉っぱを付けるムクロジ科カエデ属の木です。西日本では、比較的標高の高いところで見られる種です。同じカエデ属の中でも非常に大きな葉っぱを付けていて、触るとごわごわと毛があるのが分かります。

そしてウリハダカエデの特徴は何といっても樹皮ですね。漢字で「瓜膚楓」と書くように、緑色の瓜のような樹皮をしています。若い間は緑色の枝を出す種は見かけますが、大人になっても緑色の樹皮で貫き通す我の強さがいいですね!

ウリハダカエデ成木の樹皮

ベランダに生えていた瓜

ところが、驚いたことに、花言葉は遠慮とか自制らしいです。成長も早く、周りを気にせずぐんぐん伸びる印象があるので、どこらへんが遠慮がちに見えたのか不思議です。調べてみると、どうやら花が目立たないことが由来だそうです。確かにカエデ属は紅葉に目が行きがちで、「花なんて咲いてたんだ」という感想を抱いてしまいます。ただ5月ぐらいにちょっとよく見てみると、小さい花が沢山ぶら下がっています。見つけようとしなければ気付けない美しさ、といったところですかね。

※ハウチワカエデの花似たような話で、非常に小さな日本画があると聞いたことがあります。その絵は、鑑賞者が何が描いてあるのだろう?と気になって、壁に近づくことで、視界から外界を遮ります。外界からの遮断というのは、茶道において茶室に入る際に小さい入り口をくぐるようなもので、美的感覚のスイッチを入れるのに役立つそうです。普段とは異なるレンズで森を見ることで、新しい発見ができるかもしれませんね。


ヤマグルマ

ヤマグルマは去年の予備実験で使った種ですね。沢沿いの崖っぷちを好むような種なので、あまり尾根沿いには住んでいませんが、調査地周辺には数本自生しています。トリモチが採れる種としても利用されてきた歴史もあります。

ヤマグルマの成木

ヤマグルマという名前は、下から見上げたときに、葉っぱが輪っかのようについている様子が車輪に見えたことが由来だそうです。常緑樹ですが落葉前は葉っぱが紅葉するのも特徴です。常緑樹といえど、同じ葉っぱを一生使い続けるわけではありません。…が、中には使い続ける木もいます。それも長ければ2000年以上!!

その名もウェルウィッチア、和名を”奇想天外”といいます。

上の写真は、東京都調布市にある神代植物公園の乾燥地帯コーナーにあるウェルウィッチアです。ウェルウィッチアは、ナミブ砂漠の一部に生息しています。裸子植物なので分類上は樹木になります。二枚の葉っぱは、10m以上になることもあり、地面にベターっと這いつくばって2000年も生きます。格好良いですね!個性がぶっ飛んでいる木は大好きです。

ちょっと調べていたら、ウェルウィッチアを種から育てている人のブログを発見しました。数千年に及ぶ個体の歴史の1ページ目かもしれません笑。

さてさて、話をヤマグルマに戻します。ヤマグルマを語るうえで欠かせないのが、その独特な組織です。

道管と仮道管

ヤマグルマの特徴をご紹介するには、まず針葉樹と広葉樹の水の運び方の違いについて知る必要があります。この詳しい説明は、自分が樹木生理学の授業に興味が持てなかったこともあり、今まで避けていましたが、今回詳しい友人に指導を仰いで決着をつけることにしました!

まず簡単に樹木の体がどのように形成されるのかご紹介します。

樹木は、樹皮の少し内側にある形成層と呼ばれる部分で細胞分裂を繰り返しており、その内側には、過去に形成層が作った細胞が蓄積されていきます。蓄積されていく細胞は分裂できなくなると、支持機能や通水機能を担う木部細胞に分化していきます。この過程で細胞は死ぬので、木の大部分は死んだ細胞で構成されており、生きている細胞は全体の数%にすぎません。

形成層は自身が蓄積した細胞たちによって外側へ押し出され、段々と木全体が肥大成長(水平方向の成長)していきます。この肥大成長が草本と木本を分ける基準です(竹は肥大成長しないが便宜的に木本に分類される)。

針葉樹と広葉樹では、形成層で作り出された細胞が、通水機能や支持機能を持った木部細胞へと変化していく過程やその構造が異なります。

針葉樹 仮道管

まずは針葉樹です。針葉樹では形成層で作られた細胞の細胞壁の内側に、新たに二次的な細胞壁が形成されます。この二次壁にはリグニンと呼ばれる高分子の物質が含まれていて、植物の体を構成するセルロースやヘミセルロースどうしを繋ぐことで、強度を高めています。二次壁が形成されると、中にあった細胞が死んで、原形質が消え空洞になります。ただし、一部分だけ二次壁が形成されず、一次壁が弁のような役割を果たす部分があります。この構造を壁孔と呼び、空洞になった細胞間の連絡を可能にする構造となっています。この壁孔を持った空洞の構造物を仮道管と呼びます。

仮道管が連なると、木の中に通り道が出来るのが想像できると思います。この通り道を使うことで根っこから吸い上げられ水が、上へ上へと昇っていくことが可能になるのです。この仮道管は、針葉樹に見られる通水機能と支持機能を持った構造です。

針葉樹 板目面 千原鴻志氏提供

ここで学部時代の友人である千原君に送ってもらった本物の画像を見てみましょう(上の写真)。

まずは板目面(丸太を中心を通らない部分で割ったときの断面)からです。縦に長い部屋がいくつもあるのが分かります。これが仮道管です。ちなみに中央付近にある小さな部屋のあつまりは、放射組織といって水平方向の構造をしています。役割については、まだ分かっていない部分も多いそうなのですが、木化に必要な物質の輸送や、水の通り道に空気が入ってしまったときに泡を取り除く役割があることなどが分かってきているそうです。

針葉樹 柾目面 千原鴻志氏提供 

続いて柾目面(丸太を真ん中で割ったときの断面) です。板目面のときと同じように、仮道管が見えます。また、よく見てみると壁孔が縦に並んで口を開けているのが分かります。ここを通って水がとなりの細胞へと運ばれていきます。

針葉樹 木口面 千原鴻志氏提供  最後に木口面です。小さい部屋が無数に見えますね。この部屋一つ一つが仮道管になります。よく見ると、部屋の大きさが異なる部分があるのが分かると思います。比較的大きい部屋があるあたりは、生長スピードが速い春から夏にかけて生長した部分で、早材と呼ばれます。一方、小さく密度が高くなっている部分は、夏の終わりから秋にかけて成長した部分で、晩材と呼ばれます。春先に比べ生長が遅くなっているので、部屋も小さめになっています。

針葉樹 木口面 千原鴻志氏提供  

この早材と晩材の繰り返しによって、丸太断面に見られる年輪が出来ます。そのため、晩材から次の晩材までが、1年間で生長した範囲と言えます。

針葉樹 木口面 千原鴻志氏提供 

ここで先ほどのこの画像に戻ります。よく見ると、左の方が早材と晩材の違いがはっきりしていますね。落葉針葉樹であるカラマツは、葉っぱを落とすと一気に生長が遅くなるので、このようにはっきりとした違いが現れやすいです。日本に自生する落葉針葉樹はカラマツだけなので、左側の材はカラマツの可能性が高いと考えられます。このように組織のちょっとした違いから木材の樹種同定が可能になります。

広葉樹 道管

続いて、広葉樹です。広葉樹も形成層で作られた細胞から始まるところは一緒です。しかし、二次壁が形成される段階で、一つ一つの細胞ではなく、複数の細胞をひとまとまりとして、二次壁が形成されます。続いて中の細胞が死ぬと、一本の長いストローのような構造になります。この構造を道管と呼びます。道管には、もともとあった細胞同士の接合部に穿孔と呼ばれる二次壁も一次壁もない穴が開いているのが特徴で、水はノンストレスでスムーズに移動できます。長いストローどうしは、仮道管と同じように壁孔でつながっています。つまり、道管の特徴は、水がスムーズに通れる穿孔によって、長い筒状の構造が出来ている点です。これが、広葉樹に広くみられる構造になります。

ではこちらも実際の写真を見ていきましょう。

広葉樹 柾目面 千原鴻志氏提供 

写真は広葉樹の柾目面です。中央を縦に横切る大きな筒が道管です。そこに空いている無数の穴が針葉樹でも見られた壁孔。集合体恐怖症の人にはきついかもしれませんね。一方、筒を横にぶった切っている構造があります。これが、もともと細胞どうしの境目だった部分で、今は二次壁も一次壁もない穴になっている穿孔と呼ばれる部分です。

広葉樹 木口面 千原鴻志氏提供 

木口面を見てみると、道管が針葉樹よりも大きくはっきり見えています。広葉樹は、軸方向に存在する道管以外の組織が発達しているので、逆に道管が際立っていますね。一方、針葉樹ではっきり見えた早材・晩材の違いは、それほど明瞭には見えません。

様々な広葉樹の木口面 撮影:井口

広葉樹はこの道管の並び方や大きさを見ることで、木材の樹種同定が可能です。道管が横に並んで輪になっているいる環孔材(ケヤキ)や、散らばっている散孔材、(サクラ)、縦に並んでいる放射孔材(スダジイ)など、バラエティーに富んでいます。

仮道管と道管のメリット・デメリット

道管と仮道管、それぞれにはどんなメリット・デメリットがあるのでしょうか。道管は、スムーズに水を運べるという点が大きなメリットです。根から吸い上げられた水のうち、大部分は二酸化炭素を取り入れるときに、蒸散してしまうため、光合成に利用できるのはほんのわずかです。 したがって、大量に水を輸送することができれば、今まで以上に光合成ができるかもしれません。

しかし、季節が変わり寒くなってくると、道管内の水分が凍結することがあります。凍結した氷には微量の空気が含まれます。春先になってこの氷が解けると、道管は一本の管が長いため、細かな空気が集まって大きな気泡になってしまうことがあります。そうすると、水の通り道がそこで遮断され、水が運べずに枯れてしまいます。

一方、仮道管は春先に微量な空気が出てきても、一個一個の細胞が小さく区切られているので、大きな空気の塊になることがありません。そのため、空気の遮断による枯れに強いと考えられます。


ヤマグルマは樹木界のペンギン

さて、壮大な回り道をしてしまいましたが、ヤマグルマに戻りましょう。ヤマグルマがなぜ変わっているかというと、彼は広葉樹であるにも関わらず道管を持っていない種だからです。

ヤマグルマ 木口面 井口撮影

顕微鏡をのぞいてみても、道管らしい穴は見当たりません。なぜ、ヤマグルマは広葉樹なのに道管を持っていないのでしょうか?

広葉樹が針葉樹から進化したことを考えると、ヤマグルマが進化の途中の種なのでは?という仮説が一つ浮かびますね。しかしこの案は、系統樹を見ると否定される可能性が高いそうです(このあたりのことは、木質の形成 [第2版]: バイオマス科学への招待 福島ほか 24pに詳細が書かれています)。簡単に言えば、進化過程というより、もっと進化している種であることが、否定の理由のようです。

そのため、ヤマグルマは一度は獲得した道管を、どこかのタイミングで失ったと考えられています。まるで、一度飛ぶことを覚えたのに、やっぱり辞めて水中を泳ぐことにしたペンギンのようですね。

ヤマグルマの話しで盛り上がりすぎてしまったので、今回はこの辺にしようと思います。研究紹介の続きは、10月後半で致します。どうぞお楽しみに。