こんにちは!
カリカリブックス(仮)の増川千晶です。

「なぜ大学に行くのだろう?」

高校生のとき、わたしはこんな疑問を一度も持ったことはありませんでした。

高校が多少進学校であったこともあり、大学に行くこと、行けることが当たり前になっていて「なぜ行くのだろう」をすっぽり抜かして「どこに行こう」なーんて考えていました。

高校のときの先生や友人に「高校の時のわたしってどんなだった?」ってきくと「勉強をひたすらしていた子」と答えられます(ほんとうに)。

そして何人かには「二宮金次郎みたいだった」と言われます(これもほんとう…)。
皆さんはご存知でしょうか?二宮金次郎少年の像を。
二宮金次郎少年っていうのは薪を背負い、本を読み歩いている少年のことです。

高校生のわたしは、自転車に乗りながら漢文必携を読み、歩きながら単語帳、トイレを待ちながら単語帳をこなす人間で、どんなときにも片手に勉強道具があったので、よくそう言われていました。

正直、どんだけ…と引いてしまうくらい、なぜか勉強をひたすらしていたんです。
大学に行く意味も勉強する意味も考えていなかったのに。

ただ、「勉強しているわたし」としてしか認められなかった、それだけでした。上でも言ったように、わたしのことを聞くと「勉強」しか、正直出てこない。仮に、高校生のわたしから勉強をとったら何もなかったんです。

友達も多くない、可愛くもない、部活も大してできない、そんな何の特徴もないわたしは自分の知ってる限りのパラメータの中で勉強を選んで必死にしがみついて高校生活を過ごしたのでした。

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大学に入り、ツルハシブックスにいた姉がきっかけで西田さんとお会いしました。

姉はすごく面白そうだから、と言って、イベントにわたしを誘い、西田さん・ツルハシブックスの皆さんを紹介してくれました。

そこにいたツルハシブックスの方々の印象は、小学生の女の子が大学生のお兄さんに恋するようなキラキラした感じ…つまり、ひたすらに素敵でした。

なぜこんなに楽しそうに、そしてたくさんのことをたくさんの方向から考えているんだろう、と本気で不思議に思いました。

ここには、勉強以外の世界があった、

高校生のわたしが生きていたのはとんでもなくちっぽけな世界だったんだと、思い知りました。

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このイベントを機に、過去の自分に伝えたいことを今の高校生に伝えようと伊那で古本屋「カリカリブックス(仮)」を始めました。

高校生のわたしはたったひとつだけの世界で生きていて、周りからの見える評価に頼りっぱなしで、立ち止まる隙もなくて、いつも全力で走っていました。

そんなことをすると苦しくなるのは当たり前でした。でも、立ち止まっていいよ、と言ってくれる世界はわたしの中になかったんです。

本、そして本屋というのはさまざまな価値観の宝庫です。
たくさんの世界に出会い、生きる楽しさにあふれています。
勉強という、ひとつのバロメーターにとらわれず、いっぱい立ち止まって。
もっと楽しい方へ、いろんな世界へ。

かえるライブラリーもそんなわくわくする価値観が集まってくる空間になります。
色とりどりの価値観が混ざり合って踊りだしたりして…想像するだけで楽しすぎます。

どうですか。本屋、やりたくなりませんか?

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