プロジェクトの実行者について
皆さん初めまして!
私の本名は菱岡龍哉(ひしおかりゅうや)
現在Yeneed(イェンニード)と言うアーティスト名で活動をさせて頂いています。
今年で25歳になります。
今回は皆様に、私のこれまでの人生を知っていただき、私が何を何のために成し遂げたいのかを知っていただきたく、ここに書かせていただきました。
1999年、私は徳島県徳島市上八万町明膳にて生まれました。
当時住んでいた徳島市明膳と言われる地域はいわゆる貧困家庭が集まる集合住宅、市営住宅地とされる場所でした。
2歳になる頃、両親が金銭的理由で離婚をしました。
それから半年ほど父親が仕事をしながら私の面倒を見ていてくれたみたいなのですが、男手1人だった為どうしても限界がきてしまったみたく、徳島県阿南市にある宝田寮と言う児童養護施設に預けられることになりました。
それから児童養護施設での生活は世間のイメージとは程遠い地獄の様な日々でした。
施設では私の様な両親が離婚し預けられた子供や、育児放棄により児童相談所により引き取られ両親を顔すら見たこと無い子供や、生まれつき脳に支障があり、育てることを諦め児童養護施設に預けたまま両親が消息を立った子供達など、2歳〜20歳の子供達男女含め総勢50名ほどで暮らしていました。
もちろん親からの愛情、道徳教育など受けて育って無く、いじめは日常茶飯、暴力は当たり前、毎日争いが耐えない食うか食われるかの世界でした。
職員は10名ほど在籍していたものの、あくまで仕事で来ているだけであって、我が子では無い私達にきちんとした教育などする職員はほとんどいなく、子供が泣き叫べば倉庫への監禁。暴力的な脅迫。いわゆる体罰をストレス発散の様に子供達に行っていました。
もちろん子供達は更生する訳などなく、ストレスによる暴力やいじめ、自傷行為、ドラッグ、未成年飲酒、喫煙、犯罪、性的暴力がひどくなる一方でした。
私もその加害者であり被害者でもありました。
今となっては本当に恥じるべき行為を何度も行っていました。
それから私が中学に上がる頃、初めて恋人ができました。
ですが、世間の子供達とは違い家庭と言うものが無く、ものすごくコンプレックスだった為。それを隠してお付き合いしていました。
付き合って半年頃、小学校から知る知人が僕の施設での事情をその女の子に知らせたらしく、突然別れを告げられました。
それからと言うもののその噂が学年中に知れ渡り、今まで仲良く接していた人達が180度態度を変えて接する様になりました。
中にはそれでも一緒にいてくれた子達もいたのですが、一緒にいると周りから冷たい目線をされる為自然と離れていってしまいました。
それからある日、中学1年の冬の頃、突然父親から施設への連絡があり
再婚を検討しているので私を引き取りたいとの連絡がありました。
再婚相手は高知県に住んでいて1人の息子を抱えるシングルマザーでした。
当時の私にとっては願ってもいなかった事だったので二つ返事で児童養護施設を出ることを決意しました。
晴れて児童養護施設を出る事が出来き、生まれた故郷の明膳住宅に帰って来ることになったのですが、私に待っていたのは見たことの無い外の世界であり経験したことの無い社会が待ち受けていました。
児童養護施設では一般学校には通っていたもののまともに行くことも出来ず施設の先輩達と毎日サボっては犯罪を繰り返す毎日でした。
当然「家族」なんてものは知らず、両親との接し方さえ当時の私は知りもしませんでした。
施設での荒れた環境が当たり前だった私は両親の熱心な教育でさえ反発し、暴力を繰り返し、また施設と同じ状況を繰り返してしまいました。
それでも両親は私を見放す事なく熱心に私に接してくれました。
そして中学を卒業するのですが、勉強など一切してきておらず、高校受験すら困難だったら私は卒業と共に16歳と言う若さで働くことを決意しました。
もちろんまともな就職先などなく、いわゆる建設業とされる業界で働くことになりました。
建設業では私の様な勉強などしておらず荒れた青春を過ごし、高校には行かなかった子供達が数多くいました。
私と同じ境遇の子供達が数多くいて、私はすぐに打ち解けることができました。
それからある日の事、仕事で知り合った友人がある音楽を聞いていました。そこで私はヒップホップと出会う事となります。
当時友人が聞いていたのはBADHOPと呼ばれるヒップホップクルーでした。
その友人に話を聞くと彼らは神奈川県川崎市と言われる日本でも非常に治安の悪い場所で生まれ育ち、貧困、犯罪、などを幼きながら経験し、それを音楽に消化する事で同じ環境の子供達やそんな環境で育ってきた大人達に共感を呼び、さらにそのリアルで生々しい歌詞に魅了され、沢山のファンが集まり貧困地域から音楽だけでお金を稼ぎ抜け出した人達だと。
当時の私には衝撃的でした。
そんな世界があるのかと。
それと同時に「これしか無い!!」と心の底から思いました。
今までまともに生きてきておらず、いく宛も無いまま仕方なく就職をし、荒れ果てていた私にとっては彼らの音楽はまさに心の拠り所であり、私の支えになりました。
そして、生まれて初めて私に夢が出来ました。
それからヒップホップにのめり込む様になり、今では私が当時人生を変えられたきっかけになった様に、今度は私が誰かの人生を変えられるきっかけになれる様に音楽活動に専念しています。
今では、badhopと言うクルーはhiphopでの日本初東京ドーム公演を成功させ、日本中にhiphopのカルチャーや人間一人一人の無限の可能性を音楽を通して人々に伝えてくださいました。
今では施設での過酷な日々や、受け入れられなかった社会での経験、私を引き取ってくれた両親、私に関わる全ての人々に感謝をしています。
そんな彼らの様に私も1人でも多くの報われない子供達や家庭、日本中の人々に音楽を通して幸せになり、勇気を与えられる存在になれる様にこれからも精進してまいります。
長々と読んで頂きたい本当にありがとうございました。
少しでも共感される方、日本のこれからを担う方々に是非
ご協力頂けると幸いです!
宜しくお願いします!
このプロジェクトで実現したいこと
このプロジェクトでは、今年の秋頃にYouTubeでのミュージックビデオ、アルバム配信、そしてSNSでの宣伝を通じて、私たちの音楽をより多くの人に届けることを目指しています。具体的には、新しく制作したアルバムを発表し、その中から厳選した楽曲のミュージックビデオを制作・公開します。また、SNSを活用して広く宣伝し、ファンとのつながりを深めることを計画しています。
プロジェクト立ち上げの背景
音楽活動を続ける中で、多くの方々から「もっと多くの人に聴いてもらいたい」という声をいただくようになりました。しかし、ミュージックビデオの制作やプロモーションには多大な費用がかかるため、資金の確保が課題となっています。そのため、今回クラウドファンディングを通じて皆様からのご支援を募り、より一層の活動を展開していくことを決意しました。
これまでの活動と準備状況
これまでにクラブハウスでのライブ活動や、SNSでの楽曲配信を行ってきました。(現在は新しく、クオリティの高い作品を提供する為に楽曲等を一時配信停止をしております。)
多くの方々からの応援を受け、少しずつですがファンの輪が広がっています。現在、新しいアルバムの制作は順調に進んでおり、ミュージックビデオの撮影準備も整っています。皆様からのご支援をもとに、さらに質の高い作品をお届けするための準備が整いつつあります。
リターンについて
リターンにつきましては、ご支援していただいた方々に今後オリジナルブランドの商品、グッズ、を販売する計画ですので、そちらを無償で提供させて頂いたり、ライブやイベントへのvip招待なんかも考えております。
スケジュール
7月 クラウドファンディング終了
8月〜9月 アルバム制作、MV制作開始
10月snsでの告知、MV宣伝開始
11月アルバムリリース予定
最後に
私の音楽は、ただの音楽ではありません。それは私の感情や経験、そして夢を詰め込んだ作品です。このプロジェクトを通じて、もっと多くの人に私たちの音楽を聴いていただき、共感や感動を共有したいと考えています。皆様のご支援が新たなステージへの第一歩となります。どうぞよろしくお願いいたします。





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