はじめに・ごあいさつ
初めまして。
一般社団法人 岩魚留小屋再生プロジェクト代表理事の塩湯 涼(しおゆ りょう)です。
私は2022年から山の世界に身を置き、南アルプスの山小屋で支配人を務めるなど、山の文化を守る現場に立ってきました。
松本市安曇の島々に移住し、この地で出会ったのが、かつて上高地へのメインルートとして賑わった「徳本峠(とくごうとうげ)クラシックルート」の要所、岩魚留小屋(いわなどめごや)です。
約15年間の休業を経て、現在の小屋はまさに”廃墟”。建物は傾き、いつ倒壊してもおかしくない危機的な状況です。しかし、地元の方々の深い想いや、かつてここを歩いた登山者の大切な記憶に触れるうち、私の中に「この歴史を絶やしてはいけない。次世代へ繋ぐ拠点として、もう一度命を吹き込みたい」という、人生を懸けた強い決意が生まれました。
再生に必要な費用は、安く見積もっても3,000万円から4,000万円。
途方もない道のりですが、同じ志を持つ仲間が集まり、2024年11月にプロジェクトを立ち上げました。現在は7人のメンバーと共に、小屋再生に向けて全力で活動しています。
小屋再生の「第一歩」として、まずは登山者が安心して立ち寄れるためのトイレ修繕から着手します。
私たちは、単に古い建物を直したいわけではありません。岩魚留小屋という場所を起点に、再び人が集い、山を愛する文化が循環する未来を再建したいと考えています。
ぜひ、この再生の物語を共に紡ぐ「仲間」になってください。応援よろしくお願いいたします!

自己紹介
改めまして、塩湯 涼(30)です。山仲間からは「しょーゆ」と呼ばれています。
私は京都で生まれ、長崎の大学院修了後は製薬会社で研究開発に携わってきました。しかし、山への想いが勝り2022年に退職。南アルプス・百間洞(ひゃっけんぼら)山の家での勤務を経て、翌年からは千枚小屋の支配人を務めていました。

2024年、「上高地の玄関口」として栄えた歴史を持つ松本市の島々集落へ移住しました。現在は、山で働く人のためのシェアハウス「小屋番の小屋」や、登山者向けの宿「島々山荘」を運営しています。
移住後、かつて島々の象徴だった岩魚留小屋の窮状を知りました。
「山小屋と集落を再び繋ぎ、島々をかつてのように日本一ワクワクする登山口にしたい」。
その一心で、この再生プロジェクトに心血を注いでいます。
島々は人口約200人のこじんまりとした集落です。
かつては、上高地への玄関口として賑わっていました。
自然の中の岩魚留小屋
岩魚留小屋は島々から徒歩5時間30分、島々谷南沢沿いの標高約1260mにある山小屋です。今から135年前、1891年に建築されたと考えられています。
岩魚留小屋の上流に滝があり、「ここから先は岩魚は上がれない」というのが名前の由来です。
小屋の真横にはカツラの巨木が鎮座しており、神秘的な雰囲気を感じることができます。
春には新緑に囲まれたワサビやワラビを愛で、夏には清流がもたらす涼風に岩魚を眺め、秋には紅葉と自然の変化を満喫できる自然の中の小屋です。
岩魚留小屋周辺は、落葉の季節になると、
カツラのキャラメルのような甘い香りに包まれます。
宿泊定員は約10名、テント約10張。
しかし、2012年から小屋所有者の体調不良などもあり、休業状態が続いています。
上高地へと続く歴史の道「徳本峠クラシックルート」

上高地へ、歩いて入る道があることをご存じでしょうか。
島々から徳本峠を越え、明神へと至る約20km、コースタイム約12時間。島々明神線歩道、通称「徳本峠クラシックルート」です。
島々にある徳本峠入口の看板。ここから上高地まで約20kmの道のりがスタートします。
島々から岩魚留小屋までは沢沿いの道が続き、夏でも涼しい登山が楽しめます。
岩魚留小屋は島々から上高地までの中間地点です。縁側に腰かけてほっと一息。
徳本峠まで上がると、築100年を超える徳本峠小屋が出迎えてくれます。
晴れていると正面に穂高の山々を望むことができます。
徳本峠から約2時間下れば明神に到着です。
明神館の近くにあるこの分岐、見覚えのある方も多いのではないでしょうか。
今ではバスやタクシーで上高地へ向かうのが一般的になりましたが、1930年代に釜トンネルが開通するまでは、徳本峠クラシックルートが上高地へのメインルートでした。日本アルプスを世界に紹介した英国人宣教師ウォルター・ウェストンや、その案内人・上條嘉門次、詩人の高村光太郎、小説家の芥川龍之介も歩いた道です。
しかし、この道はもともと"登山のための道"ではありませんでした。
江戸時代、水稲ができなかった島々周辺の山間部の集落では、上高地で伐ってきた木を年貢として納めていました。集落に住む杣人(そまびと)、いわゆるきこりは徳本峠を越え、上高地へ通っていました。いま私たちが「クラシックルート」と呼んでいるこの道は、かつては"生活道"だったのです。
その途中に建つのが岩魚留小屋です。もとは農商務省の宿舎として使われ、1911年に山小屋として開設されました。築130年以上で、ウェストンが槍ヶ岳登山の際に宿泊したという記録も残っています。
大正登山ブームなど時代の流れとともに、上高地は仕事場から観光地へと姿を変えていきました。上高地の黎明期から、一大観光地になった現在まで、岩魚留小屋はその発展をそっと見守り続けてきました。
現在でも、徳本峠クラシックルートには、炭焼き窯や森林軌道跡などが随所にみられ、かつての生活を想像しながら歩くことができます。
昭和の中頃まで使用されていた炭焼き窯跡
何かの建物跡
大正~昭和中期まで使用された森林軌道の線路
岩魚留小屋の現状と課題
① トイレ問題
岩魚留小屋のトイレは損傷が著しく、使用することができません。
現在、島々から徳本峠までの区間(コースタイム8時間30分)にトイレが一つもなく、早急な整備が必要です。

② 建物の老朽化
長年の風雪にさらされた建物は大きく傾き、倒壊の危機に瀕しています。
岩魚留小屋は国立公園内に位置するため、万が一倒壊してしまうと、法的な制約から再建は極めて困難となります。135年の歴史を途絶えさせないためにも、早急な構造補強と修繕が求められています。
小屋の裏側は壁がなく、建物は約10cm傾いています。
③インフラ設備の整備
老朽化により電気・水道・ガスなどインフラ設備が利用できないため、営業再開に向けて新設する必要があります。

岩魚留小屋は重機が使えない立地条件で、小屋までの運搬手段は歩荷中心です。それにより多くの人手と時間を要するため、結果として工事費が高騰してしまいます。これらの課題により、再生への道のりは決して容易ではありません。
岩魚留小屋再生の意義
① 安全登山への貢献
約20km・12時間に及ぶこのルートにおいて、中間地点の山小屋は登山者の安全確保の要です。岩魚留小屋があることで無理のない山行が可能になり、安全登山につながります。
② 登山道の維持整備
徳本峠クラシックルートは沢沿いの道のため、自然災害が多発しています。
最近では、群発地震や大雨の影響により、通行止め期間が続いていました。登山道整備のボランティア団体(古道徳本峠道を守る人々・1095登山道整備隊)や行政機関の尽力により通行止めは解除されましたが、継続的な整備にも限界があります。
岩魚留小屋が登山道の維持管理の拠点となることで、有事の際にも早急な対応が可能となります。
沢沿いの道のため、土砂崩れや倒木は頻繁に発生する。
地元ボランティア団体が橋の修繕や、毎年、雪崩対策のために橋の取り外しをしている。
島々または明神から登山道整備の現場まで資機材を歩荷する。
③ 未来へつなぐ
岩魚留小屋を存在させ続けることそのものに大きな意義があります。歴史や記憶、自然との関わりが積み重なったこの小屋を守ることは、地域の文化と山岳の営みを継承することにつながります。
小屋を残すことはゴールではなく出発点です。その存在を基盤として、学び・交流・発信の場へと発展させ、山と人が新たな形で関わり続ける未来を描いていきます。
私たちが目指す岩魚留小屋のかたち
① 共に創る山小屋再生
この山小屋再生は、100年に一度の歴史に立ち会える大変貴重な機会です。
私たちはこの活動を、プロジェクトメンバーだけで完結させるのはもったいないと考えています。 より多くの方がこの場所を知り、課題を共に考え、多様な形で関わってくださること、そのプロセスこそが、山と深く向き合うきっかけになると思います。
共に考え、共に創り上げる山小屋再生を目指しています。
② 新しい登山の楽しみ方を見出せる小屋に
再生後の岩魚留小屋が目指すのは、単なる宿泊施設という枠を超えた「山を深く体験するための拠点」です。
囲炉裏を囲んで味わうイワナや旬の郷土料理、そして定員10名という小さな小屋だからこそ生まれる、小屋番との温かい距離感。さらに、歴史展示やミニ講座を通じて徳本峠クラシックルートの物語に触れることで、学びと体験が自然に溶け合うような、そんなひとときを作っていきたいと考えています。
山を歩いて泊まるだけではなく、自然・歴史・人とのつながりを肌で感じ、「またここへ帰ってきたい」と思えるような、新しい登山の楽しみ方を皆さんと一緒に育んでいけたら嬉しいです。
修繕工事後は、なるべく小屋の雰囲気を残したままにする予定です。宿泊者全員で食卓を囲み、まるで50年前にタイムスリップしたかのような小屋にしたいと思っています。
③小屋再生を地域活性化のきっかけに
岩魚留小屋のルーツは、登山者のための宿ではなく、林業などの「仕事」を支える宿舎にあります。そのため、他の山小屋にはない「麓の集落との結びつきの強さ」がこの小屋のアイデンティティです。
私たちは、この歴史的背景を活かし、山小屋再生を「地域活性化の起点」と位置づけています。 小屋が再生され交流人口が増えることは、集落の文化を守り経済の循環を生むことに直結します。
岩魚留小屋の再生は、建物という「点」を直すだけではなく、街と山を「線」で結びなおし、地域全体の活性化に繋がればと考えています。
コラム:建築的観点から 小黒由実(建築家)
山小屋は天候・立地・資材・人材などあらゆる制約の中でつくられる「生きるための最小限」の建築でありながら、宿泊施設・避難施設として需要の変化や環境へ対応するため、仮設や手入れが繰り返される。建築の専門家だけでなく、山の専門家が、建築を山の装備のように手入れしていることが山小屋の魅力の一つだ。
岩魚留小屋は近代登山以前の官舎が転用された山小屋で、炉をもつ一間の建築から、数回増築され今のかたちとなっている。登山者だけでなく、山を生業とする人々も含め、そこに集った人々の歴史と変遷が建築に刻まれ続けている、山と建築を考える上で魅力的な建築だ。このいくつもの履歴をもつ建築に、これから山に集う人々がどのように手を入れるのか、引き継ぐことと手を入れていくことを併存させる山小屋のあり方を考えたい。
これまでの活動
小屋の清掃、残置物撤去
小屋の中は残置物が散乱していました。
押し入れからは布団がいっぱい...。
金属、割れた陶器など分別して土嚢袋などにまとめました。
株式会社山屋様のご協力のもと、ワークショップ参加者の皆さんと力を合わせて歩荷しました。一回あたり軽トラ1杯分になりました。
計2,000kgを歩荷で下しました。残置物が無くなった小屋内はこんなにもすっきり!
正直、こんなの片付くのか...と思っていましたが、多くの方のご協力のおかげで見違えるほど綺麗になりました。
ようやく再生へのスタートラインに立つことができ、感無量でした。
2026年以降のスケジュール
2026年2月に任意団体から一般社団法人へ。2026年3月のクラファン開始を皮切りに、2028年7月の営業再開に向けて、着実な準備・工事を進めてまいります。
準備工事を経て浄化槽工事、本体工事・設備工事と先は長いですが、「営業再開」というゴールを皆様と一緒に目指したいと考えています。
一歩ずつ歩んでいくこの道のりを、ぜひ温かく見守ってください。

クラウドファンディング寄付金の使途について
岩魚留小屋の本格的な再生には、少なくとも総額3,000万~4,000万円の資金が必要と見込んでいます。 この中には、
・準備工事
・トイレ整備
・建物本体の修繕工事
・設備工事一式
が含まれます。
特に今年実施を予定している準備工事を含むトイレ整備工事には約1,500万円の費用がかかる見込みです。
今回のクラウドファンディングでお寄せいただいた寄付金の一部を、トイレ整備工事費用に充てさせていただきます。
岩魚留小屋を未来へつなぐために、いただいたご寄付を大切に活用させていただきます。
さいごに
岩魚留小屋は、単なる老朽化した山小屋ではありません。 徳本峠クラシックルートを歩いてきた多くの人の歴史と記憶を受け継いできた、大切な拠点です。
しかし現在、その存続は決して安泰ではありません。 厳しい立地条件のなかでの再生は、時間も労力もかかる挑戦です。
それでも私たちは、この小屋を未来へつなぎたいと考えています。
岩魚留小屋の再生は、建物を修繕することが目的ではありません。 登山文化を守り、山と地域の関係を見つめ直し、これからの山小屋の在り方を考える取り組みです。
そしてそれは、私たちだけで完結するものではありません。
ワークショップに参加してくださる方、講演を聞いてくださる方、情報を広めてくださる方、そしてご支援くださる皆さま―― 一人ひとりの関わりが、この再生を前へと進めています。
岩魚留小屋はただ「再生」させるものではなく、 共に創り、未来を考える山小屋だと私たちは考えています。
今回のクラウドファンディングも、その大切な一歩です。 どうかこの挑戦に力をお貸しください。
岩魚留小屋の未来を、ともに築いていけることを願っています。
最新の活動報告
もっと見る髙倉屋さんが動画を公開してくれました!
2026/03/01 18:20当企画を手伝ってくれている山と旅のYouTubeチャンネル『髙倉屋』さんが、岩魚留小屋を特集した動画を作ってくれました!【貴重映像あり】皆様にお願いがあります|上高地へ歩いて入る!岩魚留小屋は応援を必要としています動画はこちら昨秋の貴重な映像も含まれています。お時間許しましたらご覧ください! もっと見る




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