残ったものには、まだ続きがある。
2011年の震災のあと、私はよく物を拾っていました。
流木だったり、壊れた道具だったり、誰かが使っていたものだったり。もう使えないものや、いらないもの。震災ごみとして捨てられていくものです。

でも私には、ただのごみには見えませんでした。
傷があったり、汚れていたり、角がすり減っていたりする。
それを見ていると、誰かが使っていた形跡や、そこにあった時間が滲み出してくる。
正直、たまらなく愛おしいです。
その頃から、ずっと頭に残っている言葉があります。
人がいなくなったあとにも、物はそこにありました。
捨てられていく物を見ていると、物だけじゃなく、そこにあった暮らしまで「もういらないもの」になっていくような気がして、もったいない感じがして、ひたすらに拾い集めました。
何か立派なことをしようと思ったわけでもないし、当時は自分でも何をしているのか、そこまで考えていなかったと思います。
そして拾ったものを、ただ大事にしまっておいたわけでもありません。
破茶滅茶に使いました。

別のものと組み合わせたり、飾ったり、壊れていたものを分解し別の役割を持たせたり。
誰かが手放したものを、また使う。
そうやって拾った「もの」は、少しずつこの場所の一部になっていきました。
今になって振り返ると、自分はずっと、残ったものの続きをやってきたのかもしれません。
今度は、昔の自分が残したものを拾った。
それから何年か経って、中学校の卒業文集を開いた時。

将来の夢の欄には、当時、曾祖父から続くお米屋である
「川口商店を全国へ」
と書いてありました。
正直、自分がそんなことを書いたことを、記した本人はすっかり忘れていました。
震災で米蔵はなくなりましたが、当時の思い出と気持ちが紙には残っている。
何年も経って、当時とはだいぶ違う人間になった自分が、その言葉に再会しました。
「ああ、こんなこと書いてたんだ」
でも、その言葉は確かに今の自分を衝き動かしました。
この場所で、まだやれることがあるのかもしれない
震災のあとには、誰かが残した物を拾い。
何年か後には、昔の自分が残した言葉を、今の自分が拾った。
残っていたからこそ、また出会えた。
その感覚は、今の「発達」にもつながっています。

発達は、残ったものの上につくってきた
福島県南相馬市で、一日一組の宿「発達」をやっています。

ここには、拾ってきたもの、譲ってもらったもの、古いもの、自分たちでつくったものがあります。
壊れたところもあるし、直したところもある。誰かが使った傷も残っています。
最初から完成図があって、その通りにつくってきた場所ではありません。
古くなったら全部捨てる。傷がついたら全部隠す。前にあったものを消して新品にする。
そういうことも、あまりしてきませんでした。
前にあったものが少し残っていて、その上に今のものが加わり、壊れたらまた直す。
発達は、そうやって育ってきました。

ここへ来た人は、ごはんを食べて、風呂に入って、話をして、眠って、朝になったら帰ります。
別に、何か特別なことをするわけでもない。
普通に一日過ごして帰る。
最近は、そういう何でもない一日も、この場所をつくっているんだと感じるようになりました。
これからは、自分だけでつくらない
これまでの発達には、良くも悪くも、私自身の時間がかなり色濃く残っています。
拾ったり、持ってきたり、つくったり、壊したり、直したり。
自分から始めた場所なので当然です。
でも、この先もずっと「自分がつくった場所」のままでいいのかと考えると、なんか違う。
これからは、ここに来た方々と共に、時間をかけ、少しずつ育てていきたいと思っています。
何かを置いていく人もいるだろうし、何も置かずに友達と飯を食って帰る人もいる。
何年か経ったら、誰が置いたものなのか、誰が手を加えた部分なのか、分からなくなるものも出てくると思います。
それでいいし、それがいい。
最初は誰かのものだったものが、いつの間にか普通に発達にある。そういうものが増えていったら面白い。
今回のクラウドファンディングでつくりたいのも、完成した作品や空間ではありません。
触る。植える。置く。直す。
その次に来た人も、また手を入れられる。
そうやって、この先も変化を楽しめる場所にしたいと思っています。
現代の貝塚
そんなことを考えているうちに、地元の貝塚のことを思いました。

昔の人が残した貝殻や骨、道具なんかが積み重なっていて、ずっと後の時代の人がそれを見つける。
そこから、昔ここに人がいたことや、何を食べて、どう暮らしていたのかが分かる。
もちろん、発達に昔の貝塚を再現したいわけではありません。
でも、人がいた跡や、使われたもの、土、石、植物、壊れた破片、直したツギハギ、雨に打たれたもの、日に焼けたもの。
そういうものが何年も何十年も重なっていったら、発達そのものが「現代の貝塚」みたいになっていくんじゃないかと思いました。
人が来て、帰る。
草が伸びたり、物が古くなったり、壊れたりする。
誰かかが直す。
また人が来る。
何かが増えることもあれば、なくなるものもある。
それが何年も続いて、気づいたら、今を生きた人たちのいろんな時間が重なっている。
それくらいがいいと思っています。
残したものも、変わっていく
発達は、何かをずっと同じ状態で保存する場所ではありません。
残したものもやがて朽ち果て、錆びるかもしれない。どこからともなく植物が生えてくるかもしれない。
場所が変わることもあるし、なくなることもあると思います。
それも含めて、発達です。

だから、ここに何かを残すとしても、人生を象徴するような立派なものでなくていい。
未来の自分に向けて、いいことを書こうとしなくても大丈夫です。
普通の日に書いた言葉でも、子どもの絵でも、なんとなく選んだものでもいい。
なんなら、何も残さなくてもいいくらいです。
卒業文集だって、書いたときの私は、何年も後の自分を動かそうなんて思っていませんでした。
書いたことさえ忘れていた。
でも残っていたからこそ、何年も後になって、再び出会った時、今の自分にとって別の意味が生まれた。
未来でなにが大事になるかなんて、今は分からないと思います。
忘れてしまってもいい
ここに何かを残したからといって、無理に毎年見に来る必要もありません。
究極、忘れてしまっても大丈夫です。
いったん離れる時間も大事なのかもしれません。
みんな別の場所で生活を続けるし、仕事も変わるかもしれない。家族が増えたり、環境が変わったり、付き合う人が変わったりもする。
ここに来たことを、何年も思い出さないかもしれません。
その間にも発達は発達しています。
1年後でも10年後でも、何かのきっかけで思い出した時にまた訪れてみる。
その頃には、自分も違うし、発達も違う。
昔ここに置いたものが、まだあるかもしれない。
だいぶ姿を変えているかもしれない。
それでも
またここに立った時
「ああ」
と思う
同じものに、違う自分でもう一度会う。

発達は、忘れないための場所ではなく、忘れたあとでもまた会える場所でありたいと思っています。
今回のクラウドファンディングで、発達を一気に完成させるつもりはありません。
なんなら長い目で見たら、全部ずっと途中であるような気すらしています。
誰かのものだったものが、いつの間にか発達の一部になっている。
そこへまた誰かの時間が重なっていく。
そんなふうに、ここが長い時間をかけて変わっていったら、冥利に尽きまくります。
残ったものには、まだ続きがある。
震災のあと、私は誰かが残した物を拾いました。
何年も経って、昔の自分が残した言葉を拾いました。
そして今の発達には、自分が拾ってきたもの、つくったもの、残されたものに続きを重ねてきた跡があります。
その続きを、これからはここへ来る人たちともやっていきたいと思っています。
何を残すかは、今決めなくてもいい。
何も残さなくてもいい。
ここで一日過ごして、帰るだけでもいい。
そして、いつかふと思い出した時、また訪れてみてください。
その頃には、この場所も、自分も、あなたも、今とは少し違うと思います。
その時に、ここに残っていたものをもう一度見る。
そこから何が続くのかは、その時にならないと分かりません。
また会えるように、ここに残す
人生の一部を、ここに宿す。
つづきの宿 発達
今後のスケジュール
2026年10月 制作開始
2026年10月〜11月 土入れ、造形、場所の整備
2026年11月〜12月 植栽、石・古物などを加えながら制作
2026年12月〜2027年1月 人が参加できるかたちで制作・調整
2027年1月〜2月 完成した部分から公開、今後も人の手が入り続ける場所として運営開始
2027年2月以降 順次リターンの実施・発送





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