はじめまして。このプロジェクトを立ち上げました、優と申します。
今回、私がこうして皆さまに向けてメッセージをお送りするのは、これまでお世話になった大切な方々へ心の底からの感謝の気持ちを伝えたいからです。

普段なかなかお話しできない方々、進学や転職でお会いできなくなった友人、そして2016年にうつ病になって以降、全てにおいて献身的に私を支えてくれている母親、吹奏楽活動で常にサポートしてくださっているチームの皆さん。皆さまのおかげで今の私があります。これを読んでくれているあなたがいなければ、私は今頃どうなっていたでしょうか。想像に難くありません。
あ!自己紹介がまだでした。ここで少し私の話をさせていただきますね。
今は、とある学校で数学の教師をしています。
趣味は筋トレと音楽、イラストを描いたり親戚のちびっ子と遊んだり、友人とお酒を楽しんだりしています。今の人生はありがたいことにとても楽しいです。彼女がいたらさらに幸せなのですが…(遠い目)
ただのどん底ではありません。ドどん底です。
10数年前、私が初めて学校の先生になったとき、過労が原因でうつ病になりました。
退職後は6畳ワンルームのアパートでただひとり。未来への不安にかられて震えて寝ていました。

(震えて眠るの図)
たまに家の裏のスーパーで半額のお惣菜を買いました。
自分の誕生日には、キッチンカーで「たこ焼き」を買いました。
毎日お金の計算に追われて生活していました。
母子家庭で私を育ててくれた、まさにその母から「1000円振り込んだから」というメッセージをもらって、「あと少し生き延びられる…」と安堵したときのことを、痛々しいほど鮮明に覚えています。

そうして一度教員に復帰するも、一瞬で再発。日常生活もろくに送れなくなっていく自分。
もう自分は夢をもってはいけないのだと思いました。
でも生きていくために働かなければいけない。お金がない。貯金はもちろんゼロ。いや、母に助けてもらいながらだったのでゼロどころかマイナス状態。失業保険や傷病手当金を糧に食い繋いでいました。
そんなときに限って壊れる家電にイライラしたことを覚えています。

それからというもの、自分が自分でないような感覚になるくらい、自分が変。おかしい。
なんでこんなこともできないのだろうか。
買い物の計算、道を間違えずに移動すること、アルバイトの研修ですら満足に覚えられない。
年下のバイト先輩に高圧的に虐げられる日々。
昨日できていたことが今日できなくなる。明日が怖い。
夜も寝られなくなりました。寝たら一瞬で朝が来るから。
そんなこんなで30歳。31歳、32歳。周りはいろいろ成し遂げている。
SNSを見ると華やかな生活が広がっており、自分との差を否応なしに感じました。

大好きなお酒に逃げる日々が続きました。
大して強くもないのに、別にお酒に強いことがかっこいいわけでもないのに、飲める男アピールを続けて泥酔。超かっこ悪い。

ある日、泥酔したまま帰りのタクシーで粗相。当然降ろされました。
深夜に家から遠い道で泥酔肥満うつ病男がひとり。まっすぐ歩けません。
ふらふらと蛇行しながら歩いて(よろめいて)、家の前までたどり着きました。
しかし家には入れず、自宅前の用水路で溺れました。(笑)
え!?なに??なにがどうなったの!?💦
そこは家の目の前、用水路の中。
用水路の中で鼻が痛む中見上げた満月、一生忘れません。

情けない。情けない。何をやっているんだ自分は。
それでも次の日にはお酒に手が伸びる。
ネットサーフィンにもハマり、長尺動画を見て朝が来たことも何度もあります。
とにかく毎日現実から逃げること、時間を過ごすことに必死でした。
コロナウイルスが流行し、正社員へ進むことも考えていたアルバイトを解雇されました。
「気の毒なんだけど…」と渡された書類には「コロナによる経営不振」「アルバイトは解雇」の文字。
なんだか、やってられなくなって、でも会社の都合も分かる、もう感情がぐちゃぐちゃ。
上司を目の前に応接室で泣きました。

それからも就職・退職を繰り返し、いつもその原因は私の体調やメンタルの不調。

そんなこんなで、一般就労は厳しいという判断を受け、私は継続就労支援のB型に通うこととなりました。もちろんその当時、手帳も持っていたれっきとした障害者です。
手帳を持っていた、というのは、手帳が更新に至らなかったからです。なにも病気が完治したわけではありません。
そこでも社会の現実は厳しかった。甘くなかった。
それまでとだいたい同じことが起きます。私の体調とメンタルはいつも決まって不調になる。
もう、こんな自分やだ。自分なんて大嫌い!
そんな私を知ってか知らずか、病気になる前勤めていた会社の元上司から数年ぶりに連絡が。
なんと吹奏楽の演奏会にエキストラでお誘いいただきました。演奏後はそのままメンバーに入れていただけて、学生時代ぶりに吹奏楽の活動が再開できました。とんでもびっくり嬉しかった出来事です。
その頃は、病気から5年が経った2021年初めのことでした。

楽しみなのに、思うように参加できずここでも体調とメンタルは不調になり休みがち。
そんなクソみたいな私なのに、周りの方々は大変優しくしてくれました。
そんな自分が申し訳なかった。何もできていないのに、これっぽっちも貢献できていないのに。

そんなとき
「練習終わりはウチでご飯食べていきなよ」
と、元上司からのお誘い。

悩む私をご自宅に招いてくださいました。経験したことのない大家族、と猫ちゃん。
なんとも言えない、温かい気持ち。このときのことを思い出すと今でも涙が出ます。
「1人分多く作るだけだから変わんないよ」「食材使い切りたかったからよかったよ」
ぜったいウソ。そんなわけない。その優しさに思いっきり甘えさせてもらいました。
2022年から突然始まった幸せ。たくさんのことに気づかせてくれました。
何もしなくても名前を呼んでくれる。一緒に笑ってくれる。
ただそこにいるだけで幸せでした。
それからというもの、吹奏楽のあとはご自宅にお邪魔することが増えました。
さらに、4人のお子さんと遊ぶことが増えました。
めちゃめちゃ可愛い。愛しくてたまりません。

成長するお子さんたちといろいろな思い出ができました。
お子さんたちといろいろな夢を語りました。
「大丈夫!君ならきっとできるよ!」と応援の言葉を言った自分にもやもやしました。
自分って人を応援できるような器なのかな。
このままの、自分嫌いの自分のままでいるのは嫌だな、と思いました。
そうこうしているうちに、みるみるうちに元気になっていくのが自分でも分かりました。
そんな自分がだんだんと好きになっていきました。
きっと、このひとときは人生の中でものすごく重要なときなんだろうと確信していました。
このときを噛み締めながら、来る日も来る日もずっとお子さんたちと遊んで笑っていました。


自分のことなのに信じられませんでした。何をやってもうんともすんともいわなかった、長年のうつ病が寛解。寛解というのは、服薬がなく症状も見られない状態のことです。

寛解と診断されたとき、母と元上司一家のみなさん、吹奏楽チームのみなさんの顔が浮かびました。
元上司と再開してから、吹奏楽が再開できてから、お子さんと遊ぶようになってからの変化は著しいものでした。

そして寛解から2年後、教員に復帰しました。

その道のりは普通では考えられないものです。
手前味噌ですが奇跡の連続だったと感じています。
なぜ私がこうも変化できたのか。それはまぎれもなく
「大切な人とのつながり」、そして「子どもたちのもつ純粋なパワー」
出会ってくれた全ての皆様のおかげです。

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知らず知らずのうちに幼少期に受けていた心理的虐待をきっかけに、私はとても生きづらい人生を送ってきました。それでも今こうして元気に生きているのは、本当にたくさんの方の支えがあってのことです。

大人になった今でも、私の中には癒すことのできていない子どもがいます。だからこそ、目の前にいる子どもたちのことは決して否定したくない。それは、私のインナーチャイルドを癒すことにもつながるからです。
うつ病になってから初めて見えてきた私なりの幸せ、気づいていなかった生きづらさの原因、私を救ってくれた周りの方々、そして心に響いた言葉たち。
これらを身内で発表したことから、この書籍が生まれました。
2025年の6月に友人たちが私の話を聞いてくださったことが、この書籍の全ての始まりです。
私の経験が、何でもないと思っていた私の経験が、誰かの心の助けになる。
ダメで仕方なかった自分が、ダメであることが役に立つ。こんな光栄なことはありません。
この書籍を通じて、私の人生の背景を知っていただくことで、お世話になっている方々の気持ちに何かしらの良い変化や、今後の人生を送られる上での良いきっかけを得ていただけることを願っています。

また、日頃からお世話になっている方々へ、いつかしっかりとした感謝をお伝えしたいと思っていました。
母、吹奏楽の道へ引き戻してくれたチームの皆様、友人知人、全ての皆様へこの感謝の気持ちを伝えたい。
これは資金を集めるためのクラウドファンディングではありません。
私からの感謝の気持ちと共に書籍を手に取っていただくためのものです。
今まで皆様からいただいた沢山の優しさへ、私から精一杯の恩返しです。
病気の後、疎遠になってしまった友人もいます。きつく、辛くあたってしまった人もいます。言動とは裏腹でしたが、心の中ではいつもその方々のことを大切に思っています。直接お会いすることが難しい方へも、この書籍を通じて私の想いを届けたいと思ったからです。
誰かの人生に少しでも希望や勇気を与えられたら。
今まで言葉にならなかった気持ちをここで表現できたら。
そんな想いで一文字一文字、一コマ一コマ書き綴りました。
私はこれまで、NoteやAmebloを通じて自分の体験や想いを発信してきました。心の奥底にある言葉たちを少しずつ形にしながら、同じような経験をされた方々とのつながりも感じることができました。
最初の一歩は2023年に、指でスマホのメモに書いたこの絵でした。
この絵を書いたのは、吹奏楽チームのお嬢さんの晴れ舞台の日。
自分も何か失敗を恐れず挑戦をしたくなった日でした。
吹奏楽活動では、チームの皆さまと共に音楽を通じて人とのつながりの大切さを実感しています。一人ひとりの音が重なり合って美しいハーモニーが生まれるように、人と人とのつながりもかけがえのないものだと感じています。
「またね」「ひさしぶり」と言えることの素晴らしさをひしひしと感じています。
吹奏楽のチームのみんなといると、人生って楽しいと心から思えます。
そこには尊い存在の子どもたちもいます。
私がして欲しかったことを、吹奏楽を通してその子たちにしてあげたい。
その子たちを想うことが、私の中の子どもを癒すことにもつながるから。
きっと、私はこの吹奏楽のチームでこうやって子どもたちに優しく接するために、少しだけ幼少期に大変な思いをしたのかもしれません。
そう思うと、幼少期の自分はとても頑張っていたのだと思えます。
この書籍は単なる本ではありません。私の分身、本音です。
お世話になった方々への【心からの贈り物】として、感謝の気持ちを込めて一冊一冊お届けします。
支援してくださる皆さまにとって、私の人生を通してご自身の人生や人とのご関係を振り返る時間になれば嬉しいです。そして、きっと読み手の皆さまにも癒しと勇気をお届けできると信じています。
また、私にはもうひとつ夢があります。
今回の出版を機にその活動に向けて動けたらと思っているので、ここで宣言させてください。
これまで私は多くの方に支援、サポートをいただきここまで来れました。
次は私が手を差し伸べる番だと思っています。
「誰もが暮らしやすい社会の実現」に向けて、保険・医療・福祉の充実を目指し、まずできることとして生活に困窮されている方々に直接つながる団体を探し、寄付活動を行っていきたいと考えています。
今回の支援金はまだ直接寄付にはできないかもしれませんが、寄付につなげるための私の活動に応援していただけると嬉しいです。
今回のリターンは、感謝の気持ちを込めた書籍そのものです。
商品としてではなく、私からの【心からの手紙】として受け取っていただけたら幸いです。

書籍の執筆はすでに完了しており、現在は印刷に向けた最終調整を行っています。
支援が集まり次第、印刷作業に入り、春頃にはお届けできる予定です🌸
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。これまで私を支えてくださった全ての方々へ、心からの感謝をお伝えしたい。そんな想いでこのプロジェクトを立ち上げました。
皆さまの存在があったからこそ、私は今日まで生きることができました。本当にありがとうございます。
そしてなんと言っても、献身的にサポートし続けてくれた母へ。あなたは世界一の母親です。
この書籍が、少しでも皆さまの人生にとって良いきっかけになることを心から願っています。
どうぞ応援のほど、よろしくお願いいたします。
優より


















