一日お休みいただきましたので、ちょっと長めの活動報告をさせていただきます。最後までご一読いただけたら幸いです。今回アナザーストーリーとして17年に及んだ水戸での活動をご紹介させていただきます。実は、石田温泉再生プロジェクトは単なる温浴施設の再生事業を超えた、ワシントンという17年続く芸術活動の最新章でもあります。ドイツ人作家ヨーゼフ・ボイスの言葉を借りるとすれば、胆江地域版「社会彫刻」の実践活動なのかもしれません。この地域に住む人々、またこの地域を愛してくれる人たち全員が表現者でありアーティストである。そんな思いを胸に石田温泉の再生プロジェクトに取り組んでいます。その思いがきちんと伝わる文章が書ければよかったのですが、どうも自分の思いを語るのがあまり得意ではなく「矢口さんの思い伝わりきってないと思います」と先日、とある支援者の方からアドバイスをいただき、今からでも、自分のプロジェクトにかける思いを少しずつ活動報告でお伝えしていければと思いたちました。水戸での活動について「一軒の昭和建築と座敷童子との出会い」私は、2008年から2024年までの17年間、茨城県水戸市の空き家を拠点に「ワシントン」という芸術活動を続けてきました。活動の始まりは2008年、戦後の焼け野原で家主が廃材を集めて建てたバラック小屋から、増改築を繰り返してきた一軒の昭和建築との出会いでした。その建物は、水戸芸術館が企画した野外アートプロジェクトの会場として一時的に借り受けたもので、本来は展示終了後に取り壊され、更地になる予定でした。水戸市中心市街地にあったとある昭和建築(2008年)2階の住居スペースには座敷童子が戯れる様子が描かれたふすまがありました。そこで私は店先に「この建物には座敷童子がいます」と張り紙をして、地元の老人会のみなさんにしめ縄を手作業で編んでもらい建物一周に飾り付け、和紙で来場者に個々の願いを込めて紙飛行機を折ってもらい紙垂としました。そして、かつて小料理屋だった一階の内装をそのまま生かし、店先に立てかけてあった廃材をくり抜いて看板を作り「小料理喫茶ワシントン」を始めました。座敷童子が戯れる様子が描かれたふすま店先の張り紙としめ縄「小料理喫茶ワシントン」外観の様子(2008年)開店初日に、目の前のマンションに住む中年の女性が店にやってきて、突然自分のお見合い写真を私に渡してきました。名前を伺うと「たいきんめぐむこ大金恵子です」とおっしゃいました。私は心の中で「生きてる座敷童子じゃん」と感嘆しました。こうして、嘘のような本当の話、ワシントン由来の「生ける座敷童子」が誕生した瞬間でした。それから大金さんはワシントンのキャンペーンガールとして、時に役者として演じ歌い、周りをいつも笑顔にする七福神のような存在としてワシントンの活動の縁起物となっていきます。出会った頃の大金恵子さんとわたし(2008年)大金さんの存在のおかげかどうかわかりませんが、展示終了後、ワシントンの建物の解体は延期されることになり、喫茶営業と並行して、ローカル新聞「和心団新聞」の発行や、店先の路地を舞台に「ワシントン祭り」を開催したり、ワークショップや演劇、パフォーマンスなど色々なカタチで、老若男女、国籍問わず地域の人たちと協働することで共に場を紡いできました。和心団新聞(2008年-2013年)ワシントン祭りの様子(2009年-2013年)ワークショップ、演劇、パフォーマンスの様子(2009-2012年)それらは単なるイベントではなく、過去の記憶と現在をつなぎ直す試みでした。かつてこの場所で過ごした人の思い出が語られ、新聞をきっかけにご近所同士が再び挨拶を交わし、喫茶店には世代を越えた人が集まり、小さな交流がゆっくりと積み重なっていきました。古いものを壊して新しくするのではなく、そこで培われた時間や人の想いそのものが地域を再興するための本質的な資源となり得ることを共有し証明するための実践活動でした。2013年、ワシントンの建物は解体されることになり、喫茶店を介した日常的な共同体は消失し、私は個としての芸術表現へと傾倒していくことになります。竹の足場を組み、建物が建てられた時代背景や建物自体の記憶を遡るように、電動工具は用いず、全て手作業で解体し、廃材はできる限り保管しました。解体の目的は更地にすることではなく、登記を滅失することだったので、建物の一階外壁を残した状態で解体作業を終え「ワシントン跡地」と名付け、同地での活動を継続しました。その後は、解体から出た廃材を再利用し、跡地の空間を新たに再構築しながら、パフォーマンスや演劇の上演を行いました。ワシントン解体の様子(2013年)ワシントン跡地の様子(2014年)ワシントン跡地内での星空演奏会の様子(2015年)2017年には、それまでのワシントンの活動を紹介するためのプラットフォームとして大金さんをギャラリーオーナーに「Keiko Ogane Gallery」を立ち上げました。するとフランスで開催された世界最大級の写真展「パリ・フォト」に招聘され、それまでのワシントンの活動記録を収めた写真や映像作品を展示し大きな話題を集めました。2024年には中心市街地の開発の影響で立ち退きが決まり、17年間の活動の集大成としてワシントン跡地での最後のプロジェクト「青天井桟敷」を開催し、水戸での活動に終止符が打たれます。パリ・フォト展示会場で菓子パンを食べる大金恵子さん(2017年)ワシントン跡地外観の様子(2024年)「青天井桟敷」パフォーマンスの様子「青天井桟敷」展示の様子17年に及ぶ活動期間を通して、シャッター街と化していた水戸の中心市街地は目まぐるしく変化してきました。古き良き風景は影をひそめ、高層マンションが立ち並び、徐々に賑わいを取り戻していきましたが、「まちづくり」という大義名分のもと、画一化されゆく水戸の町並みに私の心はときめかなくなっていきました。そんな中、水沢の町中で出会った昭和建築群が織りなす懐かしい風景に強く惹かれ、その風景を後世に残していくことはできないかと考えるようになりました。具体的には、町中に取り残されている昭和建築を保存し、それらを宿泊施設や貸店舗として開いていくことで、水沢の町中に人の往来を呼び戻すことができるのではないか。その布石として、みちのく喫茶ワシントンを開業しました。そして現在「飲食・浴場・宿泊」の3つのコンテンツを実践できる石田温泉の再生プロジェクトに取り組んでおり、ここで得たノウハウを水沢の町中の空き家や空き店舗の活用事業に繋げていきたいと考えています。「懐かしさ」や「レトロ」をキーワードに、胆江地域の農産物を扱うスーパーやレストラン、地場のプロダクトを紹介するインテリアショップやカフェ、小さな映画館、レコードショップやブックショップ、はたまた銭湯の再建など、事業規模の大小関係なく同時多発的に商いが展開され、水沢中心市街地の「昼間の商業」が活性することが、その後の永続的な繁栄につながっていくと信じています。冒頭でも触れましたが、私にとって石田温泉再生プロジェクトは単なる温浴施設の再生事業を超えた、ワシントンという17年続く芸術活動の最新章でもあります。石田温泉を再生し、水沢の町中の再興に寄与することが、胆江地域の魅力の発信につながっていくと確信しています。この展望を実現するためにも一人でも多くの方の支縁が必要不可欠だと感じ今回クラウドファンディングに挑戦しています。




