130年の歴史を未来へつなぐために
― 下兵庫山車「令和の大修理」クラウドファンディング ―
和歌山県橋本市・隅田町。紀の川の穏やかな流れと山々に囲まれたこの土地には、古くから人々の暮らしと祈りが息づいてきました。その中心にあるのが、国宝「人物画像鏡」を所蔵し、石清水八幡宮の別宮として荘園「須田荘」を管理してきた隅田八幡神社です。古典『太平記』にも登場する武士団「隅田党」の氏神として、千年以上にわたり地域の信仰を集めてきました。
この神社で毎年秋に行われる「秋祭り」は、和歌山県無形民俗文化財に指定されており、地域の誇りとして今も大切に守られています。その象徴が、100人程度の担ぎ手が力を合わせて担ぎ上げる、重さ約1トンの山車(だんじり)です。
橋本市隅田町下兵庫区が所有する山車もその1基であり、明治24年(1891年)に新調されて以来、130年以上にわたり地域の人々とともに歩んできました。

■ 山車は「地域の記憶」そのもの
下兵庫区の山車は、かつて「暴れ山車」と呼ばれ、勇壮な運行で地域を沸かせてきました。その姿は、ただの祭礼道具ではなく、地域の誇りであり、子どもたちの憧れであり、世代をつなぐ象徴です。
山車庫は利生護国寺の境内裏手にあり、山車本体はそこで大切に保管されています。飾り幕などの祭礼道具は地蔵寺で保管され、3年ごとに区民全体の勇壮で楽しい行事として、隅田八幡神社の秋祭りに参加しています。
昭和53年には、「子どもたちにも夢を与えたい」という想いから、有志が声をかけ、区民全体の協力を得て、立派な「舟山車」が新たに作られました。この舟山車は、村全体の子どもたちの宝物となり、毎年の秋祭りでは山車委員会を中心に区民の支援を受けながら運行されています。
太鼓や笛の音色は、世代を超えて受け継がれてきました。「走り」「祇園ばやし」「七つがえし」などの曲目は、先輩から後輩へ、見様見真似・聞き真似で伝わり、今も秋祭りが近づくと地蔵寺で有志の方々が子どもたちに太鼓や笛の指導を行っています。
このように、山車は地域の文化そのものであり、子どもたちの成長の場であり、地域の絆を象徴する存在です。

■ しかし、130年の時は確実に山車を蝕んでいます
明治24年に新調された山車(親だんじり)は、昭和54年(1979年)に「昭和の大修理」として大規模な改修が行われました。その後も小規模な修理を重ねながら大切に使い続けてきましたが、近年は躯体や屋根を中心に損傷が著しく、現状のままでは安全な運行が難しい状況となっています。
木材の劣化、構造の歪み、屋根の破損、金具の腐食…。専門家の調査でも「このままでは次世代への継承が困難」という判断が示されました。
山車は、地域の誇りであり、文化財であり、子どもたちの未来をつなぐ存在です。だからこそ、私たちは決断しました。
■ 50年ぶりの「令和の大修理」を実施します
今回の修理では、
躯体の全面補強
屋根の修復
彫刻・装飾の補修
金具の交換
など、山車を未来へつなぐために必要な全ての工程を行います。
この事業は、文化庁の「地域文化財総合活用推進事業」として採択され、国の支援を受けながら進めることが決まりました。

■ 修理の工程 ― 山車が再び生まれ変わるまで
今回の大修理は、伝統に則った厳粛な儀式とともに進められています。

● 令和7年5月25日 隅田八幡神社による「抜魂式」
山車に宿る神霊を一度お返しする「抜魂式」が、隅田八幡神社の神職の皆さまにより厳かに執り行われました。この儀式を経て、山車は“ただの木組み”となり、修理のための解体作業へと進むことができます。

● 泉佐野市「大真工務店」へ搬送し、本格的な修理が開始
抜魂式の後、山車は泉佐野市の 大真工務店 さんへ運ばれました。ここは、伝統建築や祭礼文化財の修理を数多く手がけてきた、確かな技術を持つ工務店です。
山車は一度すべて解体され、
一本一本の木材
-
彫刻
金具
屋根の構造
など、すべての部品が丁寧に点検され、必要な修理・補修が施されていきます。

● 木彫刻は貝塚市の名工・原さんが担当
山車を彩る彫刻は、貝塚市の彫刻師 原さん に依頼しました。長年にわたり祭礼彫刻を手がけてきた職人で、伝統技術を守りながらも繊細で力強い彫りが特徴です。
山車の彫刻は、ただの装飾ではなく、地域の歴史や祈りを刻んだ“物語”です。その一つひとつが丁寧に修復され、再び命を吹き込まれていきます。

● 令和8年1月 修理を終えた部品が続々と完成
令和8年に入ると、修理を終えた部品が次々と工務店に揃い始めました。そこから、山車の組み立て作業が本格的にスタートします。
山車の組み立ては、単なる建築作業ではありません。130年前の職人たちの技術を読み解きながら、現代の技術で補強し、未来へつなぐための“文化の再生”です。
● 令和8年3月28日 修復完了、ついに地元へ帰還
長い修理期間を経て、令和8年3月28日、山車はついに修復を終え、下兵庫区へ戻ってくる予定です。新しく生まれ変わった山車が、再び地域の風景の中に姿を現す瞬間は、きっと多くの人の胸を熱くすることでしょう。
● 令和8年4月25日 お披露目と「入魂式」を実施
修復を終えた山車には、再び神霊をお迎えする「入魂式」が行われます。お披露目を兼ねたこの入魂式は、地域の皆さまにとっても特別な日となるはずです。
■ 事業費と資金計画
下兵庫区山車改修事業は、50年ぶりとなる大規模な修理であり、総事業費は 1,400万円 にのぼります。 今回の修理は、親山車(明治24年新調) と 子山車(昭和53年新調・舟山車) の両方を対象としており、それぞれに必要な助成金が割り当てられています。
■ 資金内訳(用途別)
● 親山車(明治24年新調)
文化庁助成金:660万円
→ 親山車の本体修理に使用 (躯体補強、屋根修復、彫刻補修、金具交換など)
● 子山車(昭和53年新調・舟山車)
宝くじコミュニティ助成金(自治総合センター):250万円
→ 子山車の 幕・ぼんぼり・装飾品の修理 に使用 (幕の張替え、ぼんぼりの修復、付属品の補修など)
● 地域・企業・個人からの協賛金
協賛金:500万円
→ 親山車・子山車の両方に必要な費用の不足分を補填
■ 地域の協賛金だけでは補いきれない
地域の皆さまからは、すでに 約400万円 の寄付が集まっています。 これは、人口規模を考えると非常に大きなご支援です。しかし、
助成金の対象外となる費用
物価高騰による追加費用
親山車・子山車の両方を修理する必要性が重なり、最終的に100万円以上の不足 が生じています。
■ だからこそ、皆さまのお力が必要です
山車の修理は、単なる「古いものを直す」作業ではありません。 地域の誇りを守り、子どもたちに文化をつなぎ、130年以上続く伝統を未来へ渡すための大切な取り組みです。
しかし、地域だけの力ではどうしても限界があります。 今回のクラウドファンディングは、不足している最後の100万円を、全国の皆さまと一緒に埋めるための挑戦 です。
あなたのご支援が、 山車を未来へつなぐ確かな力になります。
■ なぜ、クラウドファンディングなのか
人口減少が進む中、地域だけの力では大規模な文化財修理を支えることが難しくなっています。しかし、山車は地域だけの宝ではありません。日本の伝統文化の一部であり、未来へ残すべき文化遺産です。
クラウドファンディングを通じて、地域の枠を越え、全国の皆さまにこの文化を守る仲間になっていただきたいと考えています。
あなたの支援が、
• 子どもたちの笑顔を守り
• 地域の誇りを未来へつなぎ
• 130年の歴史をさらに100年先へ運びます
文化を守るという行為は、未来の誰かの心を豊かにする贈り物です。
■リターンについて
下兵庫山車「令和の大修理」完成記念タオル
― 法被の背中デザインを色反転した特別仕様 ―
今回の返礼品タオルは、下兵庫山車の法被(はっぴ)の背中に描かれた伝統デザインを、色反転して再構成した特別仕様 です。
法被の背中は、祭りに参加する者の誇りであり、 地域の象徴として長く受け継がれてきた“下兵庫の顔”ともいえる意匠です。

● 内容
下兵庫山車 令和の大修理 完成記念タオル(法被デザイン色反転) 1枚
● 仕様
サイズ:フェイスタオル(約34×85cm)(260匁)
カラー:法被の紺地 × 白文字 → 白地 × 紺文字 に反転(予定)
デザイン:法被背面の紋・文字を忠実に再現
● この返礼品は、5,000円以上のご支援の方にお届けします
あなたのご支援が、 130年以上続く山車文化を未来へつなぐ力になります。
● 本プロジェクトでは、より多くの皆さまにご参加いただけるよう、1万円以上のご支援も受け付けております。1万円のリターンと内容は同じですが、口数を増やしてのご支援も可能です。いただいたお気持ちはすべて、山車の修理費用として大切に活用させていただきます。
■ 最後に
山車は、地域の歴史そのものであり、未来へつなぐべき文化遺産です。しかし、文化は「守りたい」と思う人がいなければ、簡単に失われてしまいます。
どうか、皆さまのお力をお貸しください。あなたの支援が、山車を未来へつなぐ力になります。
下兵庫山車「令和の大修理」プロジェクトを、どうか成功へ導いてください。心よりお願い申し上げます。





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