GUNMA ARAI BOXING GYM
ボクサー達の居場所をつなぐ!
群馬 ARAI BOXING GYM 移転プロジェクト1. はじめに
ARAI BOXING GYMは、群馬県玉村町で多くの子どもたちや大人たちが汗を流し、笑い合い、成長してきた大切な居場所です。
子どもたちが学校帰りにランドセルを置いてジムへ向かう姿。仕事終わりの大人たちがミットを打ち、日々のストレスを汗と一緒に流す姿。
年齢も職業も関係なく「ボクシング」という共通の情熱でつながる温かいコミュニティがあります。
安中から毎週玉村まで通い続ける8歳の少年。
電柱工として働きながら夜もリングに立つ23歳の青年。
ここにいる一人ひとりの姿が、このジムそのものです。
ボクシングは、自分自身と向き合えるスポーツです。
練習を重ねれば確実に強くなれる──その達成感が、何より嬉しい。
スパーリングで殴られる経験を通して、人の痛みがわかるようにもなる。リングの上では誰もが平等で、努力した分だけ確実に強くなれる。
その実感が、子どもたちの自信につながり、大人たちの日常に活力を与えてきました。
「ここに来ると元気が出る」「ボクシングを始めて人生が変わった」──そんな声が、私たちの一番の原動力です。
■ はじめまして。新井恵一と申します。
このページをご覧いただき、ありがとうございます。ARAI BOXING GYM 代表の新井恵一です。
私は群馬県高崎市新町で生まれ育ちました。小学3年生から野球を始め、捕手として小・中・高と群馬県大会3位。
スポーツしか頭になかった少年時代でした。
幼い頃からボクシングが大好きで、いつかは自分もやりたいと、ずっと思い続けていました。
18歳で一度は一般企業に就職しましたが、21歳のとき、いよいよボクシングを始めるぞと決意してジムの門を叩きました。練習すれば練習しただけ、どんどん強くなれる──その達成感が、何より嬉しかった。スパーリングで殴られる経験を通して、人の痛みがわかるようにもなりました。
ずっと温めてきたボクシングへの想いを全力でぶつけた結果、1年でプロテストに合格し、プロボクサーとしての道を歩み始めました。
プロとして22戦を戦い、日本タイトルに2度挑戦しました。勝った試合も、負けた試合も、すべてが今の自分を作っています。引退後、「次はこの経験を誰かに伝えたい」という一心でジムを立ち上げました。2010年のことです。
もうひとつ、私には「美ゆき食堂」という家業があります。
祖母が昭和40年に開いた食堂で、父母が継ぎ、今は私が店主を務めています。ジムにもほど近く、地域に長年根差した食堂です。ボクシングと食堂──ふたつの世界で働きながら、この地域で生きてきました。
私にとって、ジムのメンバーは単なる「会員」ではありません。幼なじみのような、家族のような存在であり、同じ群馬で生きる仲間です。

↑看板メニューの”合盛り2枚カツ丼”。極旨ソースカツと秘伝たれカツの両方をお楽しみ頂けるメニューです。
3. 移転の背景 ── なぜ移転が必要なのか
現在のジムが面している道路で、拡幅工事と区画整理の計画が正式に決まりました。この道路は通学路にもなっており、地域の交通事情や子どもたちの安全への配慮から、行政による拡幅工事が進められることになりました。
ジムの建物や運営に問題があるわけではありません。長年積み上げてきた信頼も実績も揺らいではいません。しかし地域の安全を守るためのやむを得ない計画であり、このままでは練習場所が失われてしまいます。だからこそ、私たちは立ち止まるのではなく、次の場所へと歩みを進める選択をしました。
子どもたちの放課後の居場所、大人たちのリフレッシュの場、プロを目指す選手の拠点──すべての人の「日常」が突然なくなる危機です。
「先生、ジムがなくなったらどうすれば」
「せっかく始めたボクシングを続けたい」
ジム生から寄せられたこうした声に応えるためにも、新たな場所でジムを存続させなければなりません。
現在のジムには10年以上積み重ねた歴史があります。壁の選手写真、みんなの汗の染み付いたリング、子どもたちの成長を見守ってきた大型鏡。そのすべてを新しい場所へつないでいきたいのです。
実は、新井家にはこれと似た経験があります。昭和40年、新井の祖母は下久保ダムの建設に伴う立ち退きにより、藤岡の山奥から新町に移り食堂を開きました。そこから父母が継ぎ、新井自身も店に入り、現在まで地域に根差して営業を続けています。
大きな変化に直面しても、前を向いて場所をつないでいく姿勢は、新井家のDNAに刻まれているものです。
現在のジム外観写真
4. 直面している課題 ── 費用の現実
新しいテナントの確保、内装工事、リングやサンドバッグの移設など、想像以上の費用が必要となりました。
本来数年かけて準備する移転が、道路拡幅という外的要因で急遽必要に。資金準備が整わない中での移転は、自力だけでは非常に厳しい状況です。
ボクシングジムの移転は一般的なテナント移転とは異なります。
● リングの解体・運搬・再設置
● サンドバッグ用フレームの再構築
● 高さ約1800mm × 7200mmの安全な移設
床の補強や既存設備の整備などの内装工事も必要です。個人のジムオーナーが一度に負担するには非常に大きな金額です。
それでも、私のボクシングへの想いと、会員の皆さんの「続けたい」という声に応えるために、このプロジェクトを立ち上げました。
皆様のお力をお借りすることで乗り越えられると信じています。
移転先にて。新ジムの住所は群馬県藤岡市藤岡3093-5


5. ピンチをチャンスに ── 群馬からチャンピオンを
この移転を機に、ジムの名前を
「群馬 ARAI BOXING GYM」に変えます!
群馬からチャンピオンを輩出したいという強い想いを込めて、ジム名に「群馬」を冠します。ただの移転では終わらせたくない。このピンチをチャンスに変え、長年温めてきた夢を実現するための決意を、名前に刻みました。
100年以上の歴史のある日本ボクシング界において、実はいまだかつて、群馬のジムからプロボクシングチャンピオンは生まれていません。
群馬感を大切に、群馬の地から活動していくジムでありたい。そして、プロボクシングジムとして日本プロボクシング協会への加盟を実現し、JBC(日本ボクシングコミッション)による認定ジムを目指します。
「群馬県から初のプロボクシング
日本王者、世界王者を出したい」
この想いを、皆様に伝えさせていただきたいです。
同じ群馬で活動するバンド、G-FREAK FACTORYの茂木洋晃さんが、「群馬」を背負って音楽の世界で戦っている姿は、とても刺激になっています。フィールドは違っても、「群馬」を背負って戦うという想いは同じです。私もボクシングの世界で、群馬の名を背負って戦います。
群馬県内には現在、休会中のジムを除き、館林にプロボクシングジムが一つあるのみです。プロを目指す若い選手にとって、地域によっては通える場所がなく、夢への一歩を踏み出したくても踏み出せない現状があります。
群馬 ARAI BOXING GYMがプロジムになることで、地元・群馬で夢を追える環境を作ります。
プロジム化により、公式戦出場機会が広がり、他ジムとの交流機会をさらに増やせる可能性も生まれます。これまで以上に、選手にとって良い環境を整えていけます。
■ こんな仲間たちがいます
そして、今のジムにはこんな仲間がいます。
群馬からチャンピオンを出したい──その夢は、私一人の夢ではありません。これまでボクシングに関わってきた群馬の人々の悲願でもあると考えています。そして今ここで汗を流している一人ひとりの存在があってこそ、生まれた目標です。
だからこそ、この移転を必ず成功させ、彼らが夢を追い続けられる場所をつないでいきたいのです。
金庭 迅利(かなにわ はやと)(23歳)
群馬 ARAI BOXING GYM プロ第1号を目指すボクサー。電柱工として日々働きながら、仕事が終われば迷わずジムへ向かう。「群馬出身のプロボクサーとして、まずは自分が一歩を踏み出す」──そんな目標を胸に、今日もサンドバッグを打ち続けています。だからこそ、私たちは彼を応援したい。
茂木 琉弦(もぎ るいと)(8歳)
JCL(プロジム加盟限定の公式大会)への出場を目標に、安中から玉村まで毎週通い続けています。新ジムが藤岡に移転しても、通い続けます──そう言っています。小さな身体に宿る大きな夢を、群馬 ARAI BOXING GYMが全力で育てます。
■ ご支援の使い道
プロ加盟費を含め、移転には多額の費用がかかります。皆様からのご支援は、リングや鏡の移設といった「ジムの設備改修(ハード部分)」に充てさせていただきます。
プロ加盟費等の運営費用はジム側で負担し、クラウドファンディングのご支援はすべて設備移転費用に使わせていただきます。
代表の新井は22戦を戦い、日本Sウェルター級1位にランクインし、日本タイトルに2度挑戦した経験の持ち主です。リングで学んだ「挑戦する心」を次の世代へ。選手としての実績と、15年のジム運営で培った指導力で、本気でチャンピオンを育てます。
プロとして戦い続けた人間だから分かることがあります。才能と努力だけでは届かない場所がある。だから環境を整え、仕組みを作り、選手が「群馬にいながら夢を追える」状態にすることが、今の私に課せられた使命だと考えています。
新たな歴史を作る挑戦に、どうかお力をお貸しください。
6. 群馬 ARAI BOXING GYM の沿革
| 2010年 | 新井恵一がボクシングジムを創設。 |
| 2015年 | 玉村町に移転。現在の場所での運営を開始。 |
| 2026年 | 道路拡幅工事により移転が必要に。日本プロボクシング協会への加盟・JBC認定を目指し「群馬 ARAI BOXING GYM」として新たなスタートへ。 |
7. ジム基本情報
営業日・定休日
| 営業日 | 月曜日〜金曜日(祝日営業) 17:30〜21:30 |
| 定休日 | 土曜日・日曜日 |
料金体系
| コース | 月会費 |
|---|---|
| 週1回コース | 8,900円/月 |
| 週2回コース | 11,800円/月 |
| フリー(毎日)コース | 14,000円/月 |
入会金:18,000円(税込) ※CFリターンの場合のみ最低在籍期間は6ヶ月
8. 資金の使い道
皆様からのご支援は以下のジム設備移転費用に充てます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リング解体・運搬・再設置 | 専門業者による安全な移設 |
| サンドバッグ・フレーム移設 | 解体・再設置 |
| 大型鏡の移設 | 高さ1800mm × 7200mmの鏡の安全な運搬・設置 |
| 内装工事 | 新テナントのジム仕様への改修 |
| CAMPFIRE手数料・税金 | プラットフォーム利用料等 |
TARGET
目標金額:100万円
応援コメント
茂木 洋晃 氏
G-FREAK FACTORY Vo.

「そろそろまた手合わせを頼もうと思ってた今しがた、ARAI BOXING GYMが新たな挑戦に立ち向かっている。
ずっと戦って勝ってきた男だからあまり心配してないけれど、ものすごくかっこいいこのストーリー、一人のファンとしてずっと横で感じていたい。
そして毎度のことながら必ず逞しくなって帰ってくるんだよ。
それがまたジムを、人を、ボクシングを強くするんだ。」
ボクサーの入場曲とは、そのボクサーの「想い」そのもの。新井恵一はG-FREAK FACTORYというバンドに出会い、茂木洋晃という人の生き様を知り、どうしても入場曲として使わせていただきたいと直接お願いした。現役時代の終盤、G-FREAK FACTORYの楽曲でリングインしていた。音楽とボクシング──ジャンルは違えど、群馬から全国へ挑み続ける「戦友」としての絆がある。
恩田 宏紀 氏
OFB関東地区チャンピオン
37歳の時、会長に誘われて生まれて初めてミット打ちをした。
プロの年齢制限を超えても戦える舞台があることを知った。
「疲れて動けなくなってからが練習だよ」
リングに立つために、試合に勝つためにどれだけのことをしなければならないのか。自分の限界を越えることを教えてもらった。
会長と出会ってから7年後、OFB関東地区チャンピオンになった。
いつも会長が勝てると信じさせてくれた。
これから会長の元からプロボクサーとして世の中に出ていく選手たちも、きっと会長のマインドを引き継いだ、気持ちの強い、みんなに応援してもらえるような選手になると思います。
僕も1人のボクシングファンとして、群馬から初の日本チャンピオンや世界チャンピオンが出ることを心から応援しています。
小池 秀明 氏
CAMPFIRE公認キュレーションパートナー

『頑固一徹』これが現役時代の新井恵一の座右の銘だった。
友人の紹介で恵一と出会ったのは選手時代の終盤だった。
文字通り、頑固で、まっすぐ。見方によっては不器用で融通のきかない男だったが、その人柄、また周囲の人々の温かい応援を感じ、同年同月生まれということもあり意気投合するには時間は必要無かった。
現役引退後もボクシングにかける情熱は絶えること無く、後進の育成にずっと力を注いでいる姿をみてきた。
そして今回の挑戦。
『群馬からプロチャンピオンを出したい!』
その心意気に胸をうたれました。
まだ見ぬ夢を叶えて欲しい。
心からそう願います。
最後に ── 支援のお願い
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
群馬 ARAI BOXING GYMは、私たちにとって、ただ技術を教える場所にとどまりません。子どもたちが夢を見つける場所であり、大人たちが自分と向き合う場所であり、地域の人々がつながる居場所です。
一人ひとりの人生に寄り添い、その歩みを支える
──そんな場所でありたいと願っています。
移転を機に、群馬からチャンピオンを輩出したいという強い想いを込めて、ジム名に「群馬」を冠しました。
群馬から日本王者、そして世界王者を目指すプロボクシングジム
へと進化します。
ご支援はクラウドファンディングへのご参加だけではありません。
SNSでのシェア、お知り合いへのご紹介、そのひとつひとつが大きな力になります。
皆様のご支援が、ボクサーたちの
居場所をつなぎ、新たな夢への扉を開きます。
どうか、お力をお貸しください。
群馬 ARAI BOXING GYM 代表
新井 恵一




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