山田スイッチです。トップ画像はトラクターをかけるバッチャ(88歳)です!絵本クラウドファンディングを見守ってくれていた友人に、「まるで高校野球のように白熱した!」と言われ、本当にクラファンをやって良かった……」と思いました!!達成率は105パーセントでした!! 終了とほぼ同時に、次男坊がインフルエンザに罹患しまして。医者に行ったりなんだりでバタバタしてた翌日、私もインフルエンザになってまして!!更に翌日、長男がインフルエンザで高熱を出しており、ただいま、絶賛、お礼のメッセージが滞っております。( ;∀;)申し訳ありません。※バッチャ、感染の気配はありません。いつも、何も移らないのは、生きてる間にあらゆる風邪菌に感染したからでは……? と思っています。それでも、インフル三日目にしてもはや平熱に戻り、私だけ元気に働けているのですが。面白いことがインフルエンザ中にありました。「インフルエンザ、しんどい」と思うと、いつもの半分の速さでしか動けなかった私ですが、「治った!!治ったも同然だ!!」と思うと、普段通りの速度で動けるんです。30分くらい。これぐらい、言葉による暗示というか、言葉の力は大きいのだな、と。改めて思った次第です。うちの村では90歳を超えるお年寄りが多いので、大体の90歳過ぎのお年寄りの口癖というものは「長く生きて申し訳ない」とか、「死んでいれば一番いい」とか、「寝ても大変だし、起きても大変だし」と、マイナスなことばかりだったりするんです。そういう時、いつもバッチャに言い続けてきたのが、「それでも、生きているんだから何か意味があるんじゃない?」という言葉でした。一体、何があるんだろう?私は、長い間バッチャというお年寄りを研究してきましたので、自分が年寄りになった時の対処法や生活というものを日々、考えてきているのですが、本当にもう「どうにもならん」ような時も来るのだと思います。でも、今、ワクワクしています。「このことを通して、主は何を望んでおられるのだろう?」ということを、いつも考えるようになったからです。パウロに言わせれば、「ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです。」と、「私の力は弱さのうちに完全に現れるからである」と主に言われたパウロは答えます。弱さや、苦悩を「喜んでいます」と言ったパウロ。絵本「よわくてもだいじょうぶ」と、この聖書の言葉(コリント人への手紙 第二 12章9~10節)は、同じ響きを持っているのです。(*´ω`*)♡☆追伸☆インフルエンザの私の自宅待機期間が8月2日までとなり、予告していたネプタ期間中の弘前市立郷土文学館での在廊予定日が、8月3日~6日の午前9時~午後1時に変更になりました!! すみません!!地元へお帰りの方、ネプタを観に来られた方、よろしければ、遊びにいらしてください☆山田スイッチでした!!(*´ω`*)♡





