祖父母の味を東京で。懐かしさあふれる、みんなの実家になるお店。

祖父母から母へ、そして東京へ。三代守り続けた実家の味と、お客様との温かな繋がりを東京で再び。昔からのお客様にも、新しく出会う方にも、帰りたくなる場所を作ります。

現在の支援総額

96,000

3%

目標金額は3,000,000円

支援者数

9

24時間以内に9人からの支援がありました

募集終了まで残り

48

祖父母の味を東京で。懐かしさあふれる、みんなの実家になるお店。

現在の支援総額

96,000

3%達成

あと 48

目標金額3,000,000

支援者数9

祖父母から母へ、そして東京へ。三代守り続けた実家の味と、お客様との温かな繋がりを東京で再び。昔からのお客様にも、新しく出会う方にも、帰りたくなる場所を作ります。


はじめまして。

東夏歌です。ページをご覧いただいてありがとうございます。少し自己紹介をさせてください。

私は大分県豊後高田市にある和洋菓子店の孫として生まれました。

店前で成人式の時に撮った写真

実家は和洋菓子職人だった祖父が始めたお店で、創業60年となります。祖父が若くしてこの世を去った後、祖母と母は二人三脚でお店を切り盛りしてきました。

実家のお店で祖母と母と喫茶スペースを開くというプロジェクトを進行中でしたが、その夢はかないませんでした。


祖父母から母へ、そして東京へ

私たちの家族が大切に守ってきたケーキの味があります。祖父と祖母が始めたお店の味を、母は大切に受け継いできました。母は30年間、祖母を支え、お客様との繋がりを何より大切にしてきました。実家を離れて東京で暮らす人たちが増えている今だからこそ、あの懐かしい味をもう一度、東京で感じてほしい。そして昔からのお客様に、東京にも帰る場所を作りたい。 そんな想いからこのプロジェクトが始まりました。 


祖母との思い出、母の想い

母と祖母と実家の店前で撮った写真

物心がついたころからお店で過ごし、母と祖母のお店に立つ姿を見て育ちました。菓子職人の祖父が遺したケーキ作りに込められた細かな工夫、季節ごとに変わる素材への向き合い方。こうした想いのすべてが、一つひとつのケーキに表現されています。 母がこの味を守ってくれたからこそ、今も変わらぬ美味しさがあるのです。

そして、お世話になったお客様への感謝は片時も忘れたことはありません。実家のお店で培われたお客様との関係性、その信頼と愛情は、私たちにとって何物にも代えがたい財産です。


実家の味と、お客様との繋がりを東京に

祖父母が丁寧に焼き上げ、母が守り続けた【その味】を、東京からお届けする。それを目標に今回のプロジェクトを進めてまいりました。そして何より、母がInstagramを通じて築いてきた、お客様との温かな繋がりをこの新しいお店で再び紡ぎ直すこと。実家を離れた人たちが、ここに来ると心がほっと落ち着く、そんな居場所を作ることです。


ケーキ屋と喫茶店で、実家のような場所を

コロナ禍に実家の経営を救ったたぬきケーキ

お店の看板商品であるたぬきケーキのおかげで様々な人との出会いがありました。昭和41年の創業時に作られていたたぬきケーキでしたが、祖父の他界後、製造を休止していました。イベントの折に度々再開していましたが、継続しての販売再開はコロナ禍でした。祖母の「たぬきケーキを復活させたい」という思いから販売を再開したたぬきケーキは「たぬきケーキ研究家 松本よしふみ」さんにご紹介を賜ったことがきっかけで瞬く間に人気者となりました。

県内はもちろん、日本全国、果てはニューヨークからたぬきケーキを求めてお客様がいらっしゃいました。

お客様だけではなく、同じたぬきケーキをつくるお店の方々との繋がりをいただけたのもたぬきケーキのおかげです。

1階にはケーキショップを、2階には落ち着きのある喫茶店を開きます。自家製のケーキを召し上がっていただき、ゆっくりとした時間をお過ごしいただく。子どもの頃に感じた、あの温かさを思い出していただきたいのです。


祖父の夢と、東京での新しい挑戦

完成予想図

今回の新規プロジェクトは新しい環境での挑戦ですが、変わらぬ品質と想いで、さらに多くの方にこの味をお届けしたいと考えています。私が生まれる前に難病で亡くなった祖父の夢は「東京に出店すること」でした。祖父は非常に腕の良い菓子職人でしたが、指定難病のALSを発症し、若くしてこの世を去ります。今回、東京でお店を開くことは奇しくも祖父の夢だったのです。

さらに、実家のお店では叶わなかった、喫茶スペースの復活も、新しい店舗で実現します。お客様とゆっくりとした時間を共有することもできます。昔からのお客様にも、新しく出会う方にも、ここに来ると帰ってきた感覚を味わっていただきたい。 皆様の応援がこのプロジェクトを実現します


宮川さんと私たち

宮川さんと

今回、新たな挑戦となる喫茶スペース。

コーヒーに明るくない私たちに淹れ方などを教えてくださったのは宮川さんです。


神楽坂の不思議なご縁が宮川さんと私たちを繋いでくれました。

かつて神楽坂にあった喫茶店「巴有吾有(パウワウ)」 撮影者:宮澤やすみ。掲載許可をいただいております。

神楽坂のランドマーク的な存在だった喫茶店「巴有吾有(パウワウ)」。学生時代神楽坂に住み、バイトをしていた母はそのお店に通っていました。そこできびきびと手際よくコーヒーを淹れていた店員さんのうちの一人が宮川さんです。そのお店で様々な出会いがあり、母にとってそのお店は「神楽坂に帰ってきた」という安心感を得られる場所でした。その後、「巴有吾有」は神楽坂の再開発により2006年12月に惜しまれつつ閉店してしまいました。

時は経ち私が大学に入学し上京した際、母のバイト先だった神楽坂のちゃんこ料理店「琴乃冨士」でお祝いをしていると、そこにたまたま居合わせた常連の神楽坂のあんみつ屋「紀の善」のマスターのご厚意で私を紀の善で雇ってくれることになりました。

そのお店で抹茶ババロアを作っていたのが宮川さんだったのです。琴乃冨士の親方が宮川さんに私のことを話したことがきっかけで宮川さんとは親しくさせていただき、神楽坂の色々なことを教えてもらいました。

様々な方々との出会いのおかげでこのお店をオープンすることができます。

私にとってこのお店は、実家を支えてくださった方々だけでなく、東京に出てきてから支えてくださった方々へ感謝を伝える場所です。


皆様の応援がこのプロジェクトを実現します


目標金額の300万円は、店舗の改装、厨房設備、什器の購入に充てさせていただきます。このプロジェクトへのご支援は、単なる出資ではなく、実家の味と、母が築いてきた温かな繋がりを次世代に繋ぐという私たちの想いへの応援です。


リターンのご紹介

ご支援いただいた皆様へは、心を込めてリターンをご用意させていただきました。

・オープン時の優先ご招待

・特別なケーキセット

・商品券

など、ご支援金額に応じてお選びいただけます。開店後、直接皆様のお顔を見てお礼申し上げたいと考えています。


スケジュール

神保町地域限定フリーペーパー『おさんぽ神保町』に掲載予定の地図。掲載許可を頂いております。


このクラウドファンディングは4月から2か月間の実施を予定しています。ご支援をいただいた後、速やかに準備を進め、初夏の開店を目指して準備を進めてまいります。


最後に

祖父母から受け継いだこの味が、東京の皆様の心に届く日を心待ちにしています。実家を離れた方も、新しく出会う方も、ここに来るとほっと帰ってきた感覚を味わっていただきたい。そして昔からのお客様に、もう一度お会いしたい。皆様の温かなご支援が、その実現を可能にしてくれます。どうぞ、よろしくお願いいたします。

Instagramでも情報を発信していきます。こちらもよろしくお願いいたします。


https://www.instagram.com/montblanc.jimbocho?igsh=MTN3dDcweGtiZTBleg%3D%3D&utm_source=qr


支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

ヘルプページを見る

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