〜目次〜
プロローグ:ご挨拶
1章. 生い立ち
2章.「下には下がいる」という気づきと、ボクシング・筋トレでの成功体験
3章. 20歳から3日後の「死」からの生還
4章. なぜ「身体」を通して「温もり」を届けたいのか
5章.「身体」を整えることは「人生」を整えること
6章. 2号店 雪が谷大塚への挑戦
7章. 【最後に】
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プロローグ:ご挨拶
皆様、はじめまして。
株式会社PIEACE 代表取締役の中田逸星(なかた いっせい)と申します。
弊社のVisionは「世界一"身体"を通して人生の宝物を増やす企業へ」です。
今でこそ経営者としてこのような大きな夢を掲げ、
たくさんの方々に支えられてきたおかげで、
自信もつき、2号店を出店するまでになりましたが、
かつての私は自信のかけらもない少年でした。
そのようなコンプレックスを抱いていた私が、
目指す人生の宝物とは?
そしてなぜ変わることが出来たのか。
そこには深い家族愛がありました。
長い文章にはなりますが最後までお読み頂ければ、私の想いが必ず伝わると信じております。
お読み頂いた上で、ご支援の検討をしてくだされば幸いです。
1章 生い立ち「三兄弟の末っ子」どん底の劣等感から始まった私の人生

1998年兵庫県で男3兄弟の末っ子として私は産まれました。
数ある家族イベントを全力で楽しみ、家族の仲の良さはピカイチの中田家。
ですがそんな私にはコンプレックスがありました。
容姿端麗、身体能力抜群で何をやらせても出来る両親や兄弟。
「お兄ちゃんイケメンだね」「お父さんかっこいいね」「お母さん綺麗だね」という言葉は幾度となく聞きましたが
末っ子の私が褒められる点は
「優しいね」でした。
もちろん素敵な言葉ですし、私も嬉しかったです。
ただやはり心のどこかで
「褒めるところがないから絞り出した言葉やろ」
「頭も運動神経も悪いし」
自信と呼ばれるものは何一つありませんでした。
中学校時代の5教科の合計点は、わずか60点。運動も微妙。
中学2年の後半で勉強して180点まで伸ばしましたが、
それでも公立高校の受験では、わからなすぎて問題を飛ばしているうちに全教科
それぞれ10分で解き終わってしまい、案の定不合格。
「自分は本当に何もできないし何も持っていない、何をやっても底辺なんだ」
そんな劣等感を抱えたまま、私は私立高校へ進学しました。
2章「下には下がいる」という気づきとボクシング・筋トレでの成功体験


私立高校で受けた最初のテスト。私の人生観が大きく変わる衝撃を受けます。
学年200人中24位、クラスで2位。
人生で初めて「自分より点数が低い人」を目の当たりにし
「上には上がいるけれど、下にも下がいる。」
「場所を変えれば、自分だって輝けるんだ」
と、少しずつ自分を信じられるようになったのです。
同時にこの頃以前から友人に誘われて始めていたボクシング。
練習とともに徐々に強くなる実感を覚え、
「これが成長ってやつか」とはじめて自分が好きで夢中になったことで
「成長の喜び」を感じ自己肯定感に火がつき、自信がついた瞬間でした!
さらに1年後には実力は強くなってるのに「見た目がガリガリで弱そうやな」と思い、外側も強そうに見えるようにと筋トレも始めました。
そして何よりも"本気"で没頭しました。
筋トレを開始した2015年から3年後に出場した初めてのボディビル大会(2018年)では、初出場にして唯一の10代が3位入賞。
勉強は底辺。運動も「微妙」だった私が、ボクシングや筋トレにより
"身体"と向き合うことで「人は変われる」
その確信が今の私のマインドの原点であり、
今の私の最大の強みであるコツコツ継続する「雑草魂」が養われた時でした。
それから私は更に「筋肉を大きくしたい!そのためには"身体の知識"をつけなければいけない」と思い、
柔道整復師という道を志すことになりました。
3章 20歳から3日後の「死」からの生還

しかしそんな絶頂期に最大の試練が訪れます。
柔道整復師の専門学校に通っている20歳の誕生日からわずか3日後、
人生で初めてのてんかん発作で倒れ、7日間、脳死状態の植物人間となりました。
あまりの大発作のため脳を休ませる必要があり、人工的に植物人間にさせる必要があったそうです。
医師から「目覚めるのは目覚めるが、明日かもしれないし、10年後かもしれない」と告げられる絶望的な状況。
そんな状態の私を見守り現世に引き戻してくれたのは、"家族の存在"でした。
勉強ができなかった私に選択肢を与えてくれ、高い学費を払って私立へ通わせ、
筋トレがきっかけで解剖学や医療を学びたいと思い進んだ柔道整復師の学校も
「あんたがやりたいなら全力でやり。今の逸星なら私もお父さんも全力で賛成や」と奨学金なしで行かせてくれた両親。
いつどんな時でも住んでいる所が離れていても、ずっと些細なことも気にかけてくれていた兄達や兄家族
不安だけが過ぎて行く時間
そして7日という期間で奇跡的に私は目を覚ましました。
夜に寝て朝に目覚めるような普通の睡眠のような感覚。
その間に何が起きてどれほどの方たちがお見舞いに来てくれたかなども知る由もありませんでした。
そう、私はまだ本当に大切な事に気づいていなかったのです。
そして両親と初めて大きくぶつかることが起きました。
退院初日にトレーニングジムに行っていると、母親から電話があり「今すぐ帰ってこい」と連絡。
両親にこれでもかと言われるくらい叱られました。
わけもわかっていない私は人生で初めて親に反抗をし、口論になりました。
ですが、私が眠っていたことの話やその重大さを初めて聞かされた時
「俺が寝とる間にこんなに色んな人がきてくれて、家族皆心配しとったんや。ほんまごめん」
「大切な人と笑い合える時間は当たり前じゃない」
そう気づきました。
私が倒れた時、両親は本当に生きた心地がしなかったようです。
いつ目覚めるかわからない世界線。
そんな気持ちもつゆ知らず、 私は呑気に自分のことしか考えず、トレーニングジムに向かい、退院してからも迷惑をかけてしまった。
コンプレックスがあって自信がなくてもやりたいことを応援し、見守ってくれた両親
いつもそっと側に寄り添ってくれて支えてくれていた誰よりも優しい兄達や兄家族
今までどれだけの人が自分を見守り支えてくれたかをこの時身に染みて感じました。
自分の愚かさや浅はかさ、そして家族の愛に本当の意味で触れ、泣き崩れました。
最も大切な家族が教えてくれた「愛」こそが、私の命そのもの、
それこそが私の人生の宝物だと気づけた瞬間でした。
心と心で向き合い、全員がそれぞれにリスペクトし、笑い合える関係性。
これが今の私の経営哲学の全てです。
その経営哲学・マインド・雑草魂を持って注ぎ込んだ場所が、
最初に出した弊社1号店である腰Laboの等々力院。
技術だけでなく、家族から教わった見守り寄り添う(🟰伴走する)私の人柄にも徐々に患者様がついてきてくださり、
また私のvisionに賛同してくれる仲間にも出会えました。
4章 なぜ「身体」を通して「温もり」を広げたいのか


私は、この家族との幸せな時間であったり、この温かい気持ちを日本中に広げたいと考えています。
AIやデジタル化が進む今だからこそ、身体を通した「人の温もり」が重要だと考えるからです。
そしてそれらは「身体」を通して届ける事ができます。身体の不調を通して患者様と接し、単にお身体を見たり症状に向き合うだけでなく
心と心で向き合う。
それはいつの時代も変わりませんが、AIの発展とともに人と人との対話は減り、現代ではとても大切なスキルだと思います。
「身体」という分野で言うならば、
身体が痛くてイライラしているとせっかくの家族との時間も心から楽しめませんし、優しくなれませんよね?
身体が不調だと物理的に動きが制限されてしまいますので生活にも支障がでますよね?
裏を返せば「身体に不調がなく健康な状態」であれば
気持ちに余白が出来て、人に優しくなれます。
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」
私が提供したいのは、単なる施術ではありません。
「身体を整え、心身ともに余白を作り、大切な人と笑い合える"人生"を作る」
この無形の財産つまり私の言う「人生の宝物」を築くためのサポートこそが
弊社そして腰Laboで成し遂げたいものです。
5章「身体」を整えることは、「人生」を整えること



先程の続きのようなお話にはなりますが私の目標はかつての私のように、身体を変えることで自分に自信を持つ人を増やしたり
一度失いかけた命を支えてくれた私の家族のような「温かい愛」を社会に広めることです。
綺麗事のようですが心が温かくなったり、気持ちが豊かになったり、自分に自信となるものを持てたりすると私は必ず未来が好転すると思っています。
そしてそのような人が1人ずつ増え、さらに次の世代に伝えていく。
そうすることでこの「温かい愛」は広がり、
日本社会にも大きく影響し、犯罪なども減る。
弊社及び腰Laboは皆さんのその温かい愛の循環を生む
「きっかけ」になることが目標です。
4章でもお話しましたが、心と身体は深く連動しております。
身体が痛かったり不調があれば、心に余裕が持てなくなり、大切な人を大切にできなくなることもあります。
私が「人生伴走型」の整体にこだわるのは、患者様の人生に寄り添ったうえで身体を整え、その先にある「大切な人と笑い合える時間」という無形の財産を増やしてほしいからです。
弊社1号店である腰Laboの等々力院にお越しの方から私が1番多く言われることは、
・もうだめかと思っていて一生痛みと付き合っていくのかなと思っていたけど先生に出会えて人生に「希望が持てた」(50代女性)
・腰の痛みがなくなって子どもと何も気にせず全力で遊べるようになったし妻も笑顔の数が増えました。(30代男性)
・普段練習はそんなに行けないのに趣味のゴルフのスコアが伸びた。(60代女性)
このようなエピソードを聞けることが1番嬉しいです!
もちろん技術を褒められるのも嬉しいですが、
身体だけでなく、生活そのものが向上していく未来を患者様とともに見て歩んでいける
この人生単位での出来事に触れられる瞬間が、私はたまらなく好きなのです。
だから「身体」を整えることは「人生」を整えることのきっかけになると確信しています。
6章 2号店・雪が谷大塚への挑戦

弊社1号店の等々力院で確信したこの価値を、もっと多くの人に届けたい。
そのために、2号店を雪が谷大塚にオープンします。
もちろん私一人の力では何もできません。
私のVisionに賛同してくれて、ともに突き進んでくれる仲間達と一緒に創り上げていきます。
AIが進化し、便利な世の中になっても、身体を通した心の温もりだけは変わりません。
弊社は「あの看板を見るだけで安心する」「あのマークをみると心が少し温かくなる」
そんな、地域の皆様にとってただの整体院ではなく「心温まる家族のような場所」を一緒に歩んでいく仲間達とともに創ります。
今回のクラウドファンディングで募る資金は、この想いを一人でも多くの方に届けるための広告費、そして店舗を温かな空間にするために大切に使わせていただきます。
7章【最後に】

私の家族がそうであるように、誰もが「今日も楽しかったね」と笑い合える社会を本気で作りたい。
私の夢は、32年かけて先程までお話していたこの「温かい絆」の先にある「温かい輪」を日本中に広げることです。
なぜ32年後かというと32年後は私が還暦を迎える年齢です。還暦とは全ての干支が1周を周った人生の大きな節目となります。
還暦の還は"まわる"という意味もあります。
"温かな輪"を"還暦の輪"とともに完成させたいと考えております。
雪が谷大塚の2号店は、その大きな目標への第二弾となる大切な挑戦です。
もちろん不安なこともたくさんありますが、私の原動力である家族や大切な仲間達が一緒であれば、必ず達成出来ると私は信じています。
最後までお読み頂き本当にありがとうございます。
これまでの私の想いに少しでも共感してくださった方は、ぜひ私と人生の宝物を増やす整体院を"一緒に"創りませんか?
一人でも多くの方にこの想いが届いてくだされば嬉しく思います。
株式会社PIEACE 代表取締役 中田逸星




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